4 俺の望んだ世界と違う
魔法もねぇ。スキルもねぇ。
魔物もそれほどはびこってねぇ。
チートもねぇ。ヒロインいねぇ。
そもそも魔王が存在しねぇ!
俺ぁ、こんな異世界嫌だ………。
というわけで、覚醒して早三ヶ月、城の書物を読みあさり、人々に情報収集し、様々な事に挑戦した結果、俺はひとつの結論に至った。
この世界は、俺が望んでいた異世界とは、かなり違う。
異世界転生ってアレですよね。
一般人に生まれ変わりたいって言ったのに、ドジっ娘の女神様とかが、間違ってチート能力つけたりして。
ちくしょう、俺の望んだ世界と違うぜ………とか言いつつも、魔法をバンバンぶっ放しつつ、魔物を退治したりして。
それなりの努力をしつつ、美少女と出会ったり、とんでもスキルでブラやパンツを奪っても、主人公補正で彼女らは俺に好意を抱いたままで。
戦いに勝ち抜いた先で対面した魔王も、実は美少女だったりして………って、そういうやつだったよね?
そう、この三ヶ月、俺は色々なことを試した。挑戦を続けた。
魔法を出そうと頑張った。
母やメイドに頭がおかしいと思われた。
チート能力で岩を砕こうと思った。
俺の拳が砕けた。母が泣いた。
メイドのスカートをめくり、パンツを下ろそうとしてみた。
顔面にヒザを入れられた。あの、アリシアとかいうメイドは要注意人物だ。
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そんな数々の挑戦は、はたから見ると奇行にしか見えないらしい。
母はマジで心配した。ある日、この世界でいう神父様っぽい人が来た。
「ふむ。なかなか手強い悪魔が、彼の精神に憑りついているようですね」
彼は見透かすような目で、俺の両目を覗き込んで言った。
うはっ! 何この人? 俺───、すなわちアラフォーヒキニートの存在に気付いてる?
やばっ、俺ってやっぱり、アルフィン君の精神を乗っ取った悪魔だったワケ?
「二人だけにして下さい。絶対に覗いたり、盗み聞きしないように」
威厳たっぷりな感じで神父は言う。
ガチャリ………と、重厚な音を立てつつ、部屋のドアが閉められた。
俺はゴクリとつばを呑んだ。神父はゆっくりと、俺の対面に座る。
すると彼は、おもむろに、くだけた笑顔で言ってきた。
「君、寂しいんだよねぇ?」
「………はぁ?」
「パパはお仕事で居ないし、お勉強とかも厳しいんでしょう?」
「は、はぁ、それなりに」
「うんうん、君みたいな家柄の子にね、すっごく多いの。こういうの」
「そ、そうなんですか」
「そうそうそう、君だけじゃ無いんだよぉ。つまりは、構って欲しいんだよねぇ。ママの愛情が欲しいんだよねぇ」
「いや、別にそういうワケじゃ………」
「ノンノンノンノン、君は思ってなくてもねぇ、君のココはそう感じちゃってるのよぉ~~」
俺の胸をツンツンと指しつつ、神父は言う。
な、なんかキモイぞ。こいつ。
まあ、前世の俺もキモ系だったろうが、それとはまた別系統でキモイ。
「じゃあ、まずはぁ、ママの嫌いなところを言ってみようかぁ………」
それから数時間、何かカウンセリングっぽいことが延々と続いた。
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「扉を開けなさい!」
神父が叫ぶと、外に控えていた弟子がドアを開ける。
その先では、両手を組み、心配そうにこちらを見つめる母の姿。
「ご安心ください。彼の中の悪魔は祓われました」
「し、神父様、ありがとうございますっ!」
「アルフィン君、そうですよね?」
「は、はい………」俺はげっそりと、憔悴し切った顔で、ぼそっと答える。
つ、疲れた………。
しばらくは、大人しくしていよう。
また神父を呼ばれては、たまったものでは無い。
何か神父の思惑どおりみたいで、少し腹立たしいが………。
そして神父様は、恐らくは金貨が入っているであろう袋をぶら下げ、ほくほく顔で帰っていったのであった。
てか、『ターンアンデット~~!』みたいなことをやるんじゃないのかよ!
要するに、これってただのカウンセリングだよな?
元の世界でも、こんなんあるよね?
もしかしたら俺は、異世界ではなく、単にタイムスリップをしただけなのかもしれない。
ひょっとしたら、ここは中世ヨーロッパなんじゃないか? ………とも考えたが、地図や地名から考えると、どうも違うようだ。
やっぱりここは、中世ヨーロッパ風の異世界。
異世界ではあるが、元の世界とだいぶ類似した世界。
そんな風に、俺は結論づけたのである。
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とまあ、俺が考えた異世界とはちょっと違うわけだが、それでも転生したことに違いは無い。
どこぞの転生小説ではないが、せっかくのチャンスだ。この世界ではまっとうに生きたい。
幸い、今の状態は悪くない。というか幸せだ。
両親には愛されているし、生まれながらの貴族、将来的にも、ある程度の地位・名誉・財産は保障されている。
そうだ、加えて友達ができたんだ。
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透き通るような青い空、万年雪をかぶった白い霊峰、その下に広がるのは圧倒的な緑だった。
なだらかな丘陵、吹き抜ける風は草原を波打たせ、そこをかき分けるようにして続く一本の街道は、麓の街へと続いている。
初めて見た時は、思わず涙が出そうになった美しい景色だが、今はもう見慣れてしまった。
まあ、そんなもんだよね。
そんな丘陵地を、元気に走り回る子供がいた。
茶色い短髪に、青みがかった瞳。背は俺より頭半分高い。
エラン・ロスガルド、俺から見るとひとつ年上の従兄にあたる。
将来はアイドルですか? ………って感じのイケメン坊やだ。
夏の終わりではあったが、陽気は少し肌寒い。
標高が高いせいであろう、吹き抜ける風はむしろ冷たかった。
しかし、俺の体は少し汗ばんでいる。
太っているからじゃねえぞ。肥えていたのは前世の話だ。
ついさっきまで、エランと一緒に剣の稽古をしていたからである。
しかし、子供って元気だね。オッサン、ついていけないや。
………いや、俺も体は七歳の子供なんだけどね。
エランは何かを見つけたのか、おもむろに草むらへダイブをする。
すると、続けて体育座りをしている俺のほうへ駆けてきた。
「アルフィン、アルフィン、こんなん見つけた!」
彼は、手に持った蜘蛛っぽい虫を、ぐいっとこちらへ見せる。
「やっ、やっ、やめてよっ!」
形は蜘蛛っぽいが、質感はカブトムシっぽい。う~ん、カニっぽい虫………?
まあ、とにかく、この世界独特の虫だ。
別に俺は、蜘蛛もカブトムシも苦手ではない。
前世では、蜘蛛なんか素手で潰しても平気だったし、カブトムシはむしろ好きな昆虫だった。
しかしアルフィン君、どうやら物心つく前に、この虫と何かがあったようだ。
すぐさま俺の心に、嫌悪感と恐怖が走り抜ける。
「へっへっへっへ………」
悪戯っぽい顔で、カブトクモを俺の前でぐるぐる回す。
本当、男の子ってアホだな。てか、やめろ。マジでやめて!
そんな不毛な行為を見かねたのか、背後からパンパンと、手を叩く音が聞こえる。
「休憩終わり。稽古を始めるぞ」
振り向くと、そこには帯剣した、いかにも軍人さんっぽい男の姿。
ガイアン・ロスガルド。俺から見ると叔父であり、エランの父親。
今は、俺たちに剣術を教えてくれる先生でもある。
エランは、残念そうに「はぁい」と、虫を投げ捨てる。
おお、叔父さん、ナイスだぜ。
だが、この人、稽古に関しては容赦ない。
無駄口をたたかず、ただ淡々と、城の騎士の訓練と同じように授業を行う。
俺たちが子供である事や、エランが実の息子である事など、本当にお構い無しだ。
ラノベ風表現を使うなら、冷徹機械?
まあ、こういうキャラ、実はいい人ってパターンが多いんだけどね。
しかしエラン君、ここで俺と稽古をするようになる前から、叔父さんに剣術を教わっていたらしい。
はっきり言って勝てない。まあ、年がひとつ上ってのもあるけど。
この年代で年がひとつ違うって、けっこう大きいよね。
まあ、ここに生徒は、俺とエランの二人しかいない。
ここでなら、集団の最下層という劣等感に苛まれることも無いわけだ。
だが、城への帰り道、俺は信じられない言葉を耳にする。
「騎士………学校?」
「ああ、そうさ。俺たちも、いずれはそこへ行くんだぜ」
「それは、どうしても、絶対に行かないといけないの?」
そんな俺の問いに少し困ったのか、エランはガイアンを見上げる。
「そうだな。学校に行かず、正騎士の叙任を受けるには、戦場で活躍するしかない」
それを皮切りに、ガイアンはこの国の貴族制度について語ってくれた。
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エルガリア王国、通称騎士の国。
そう呼ばれる所以は、ここの貴族が皆、正騎士の称号を得ていることにある。
つまり、正騎士でなければ、貴族にはなれないのだ。
元を辿れば古代、戦争に赴き、国に貢献できるのは、武器と防具を調達できる裕福な者たちだけであった。
そんな彼らに、国は特権を授ける。それが貴族階級の源流。この国は、その源流を、脈々と受け継いでいる。
貴族の家系の継承においては、その子供も正騎士の称号を得ていなければならない。
それがこの国のルールであった。
だが、大事な子を、危険な戦場になど送り出したくは無い。それが親心の常でもある。
一時期、金銭による正騎士の称号売買や、正騎士の資格が無い子息への家督相続など、不正が横行し、騎士の質が著しく低下した時代があった。
それを危惧した時の国王は、実際の戦争に出ずとも、王都近郊で行われる模擬戦に参加し、訓練を行えば、正騎士への資格を得られる制度を発案する。
これが、騎士学校の原点と言われている。
現在の騎士学校は、剣術や兵法に加え、貴族として最低限の教養やマナーを学ぶ場となっていた。
ここを無事に卒業することができれば、晴れて正騎士の叙任を受けられる。
ただし、騎士学校は全ての人民に開放されているわけでは無い。
入学できるのは貴族の子弟。あるいは、莫大な費用を工面できる、大商人の息子などであった。
それ以外で正騎士に叙任されるには、まずはどこかの貴族の元で見習いをし、戦場で抜きん出た活躍をするしかない。
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「今では国内に三カ所、騎士学校が設立されている。お前たちが行くのは王都だ。そうだな、入学はだいたい十四歳くらいになるかな………」
学校───、
前世でスクールカーストの最下層を経験している俺は、どうしてもその単語にアレルギーを覚えてしまう。
「あの………、正騎士がいない家はどうなるんですか?」
「男子がいない場合か? 娘がいれば、正騎士の婿を取るとか、稀にはその娘が正騎士の称号を………」
「いや、例えば………の話、僕が正騎士になれなかったりしたら………」
「心配するな、普通にしていれば卒業できる」
………前世で俺は、その普通ができなかったんだよ。
不安だった。
俺は前世の出来事を、全て記憶しているわけじゃない。
だが、心に深く刻まれたあの映像は、どうしても忘れることができない。
落書きされた机やノート。時に振るわれる暴力。
裸にひん剝かれた俺を指差し、笑うクラスメート。
無理矢理に連れていかれたゲーセン、金を差し出す俺。
奴らは言う「足りねえよ」そして俺は親の財布から………、
「おい、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
気付けば、エランが心配そうに俺を見ていた。
「大丈夫だよ。一緒に入ろうぜ。何かあったら、俺が助けてやるって」
………前世で同じセリフを聞いたことがある。
その友達は、俺の惨状を見て、気遣うふりをしながら、結局奴らの側についた。
「ああ、ありがとう………」そう力なく答える。
そうだ、大丈夫だ。まだ入学まで時間はある。
それに俺はこの世界でやり直すって決めたんじゃないか。
きっと………大丈夫。
そう自分に言い聞かせる。
見上げれば空は赤く染まり、太陽は西へ沈みつつある。
汗ばんだ体に、山から吹く風。それが妙に寒く感じられた。
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