15 ウェイン・ロスガルドの回想
時は二十年ほどさかのぼる。
聖王暦七三七年。
俺、ウェイン・ロスガルドは十五歳。
王都の騎士学校の学生だった。
この年、王都では大きな催しが開催される。
それは、時の国王、バルテウス二世の、即位十周年を記念した祝賀会であった。
王都の一角にあった貧民街は丸ごと取り潰され、そこに大きな庭園と宮殿が造られる。
そこで、盛大なパーティーが催された。
なお、祝賀会は名目であり、当時、貧民街に巣食っていた反社会的勢力を壊滅させるのが、真の目的であったと言う者もいるが、真相はわからない。
まあ、その年、この庭園では、国を挙げた盛大なパーティーが催されたわけだ。
春、庭園には花が咲き乱れ、その中央に建てられた白亜の宮殿には、様々な階級・人種の人々が集い、王を祝福した。
騎士学校の面々も例外ではない。とはいえ、大貴族の子息たちは、学校からでは無く、それぞれの家から参加。
そのため、学校所属として出席したのは、俺のような地方出身の中小貴族の子息たちばかり。
同行していた教官たちも、当初は生徒たちに目を光らせ、「あれが違う。このマナーはこうだ」と厳しい指摘が飛んだが、やがて酒が入ってくると、徐々にその目も緩んでくる。
そして、パーティーも後半となると、俺たちはほぼ自由行動となっていた。
腹が満たされ、酒も入ると、若い俺たちの興味は、自然とある方向へと向く。
そう、この会場にいる、同年代の女の子たちだ。
宮殿の1階、その大きなホールでは、楽団が奏でる軽快な音楽とともに、ダンスが始まっていた。
緑の制服を着込んだ俺たちは、ホールの片隅に陣取り、周囲を物色する。
だが、この場に学校の制服でいること自体、自分たちが三流貴族であることをアピールしているようなもの。
そんな俺たちと、誰が好んで踊るだろうか。
何度か特攻を試み、断られて撤退してくる仲間にテンションはだだ下がり。何だか俺たち場違いみたいだな、という話になってくる。
だが、そんな中、俺たちと同年代の、やや地味目なドレスを着込んだ一団が、会場へと入ってくるのが見えた。
それは、俺たちと似たような境遇、王都のお嬢様学校の生徒たち。
何か通じるものを感じたのだろうか。
向こうの団体と、ふと目が合う。
(いくか?)
(いけそうか?)
俺たちはアイコンタクトでそんな会話をする。やがて、俺たちの中から、二名の勇者が進み出ていった。
しばしの交渉、やがて二人は、それぞれのパートナーの手を引き、ダンスホールへと進み出てゆく。
それまでの敗戦ムードから、一気に雰囲気が変わった。
バラバラと、向こうの集団に向かい、進み出てゆく少年たちと、そんな彼らを横目に、動けないでいる俺。
そう、この時の俺はちょうど、とある出来事から、男としての自信を失い、こと異性関係に関しては、非常に奥手になってしまっていた。
ためらいを覚えて留まった、俺を含めるシャイボーイズの一団は、完全に出遅れてしまう。
向こうでは、次々とカップルが誕生し、すでにダンスホールは、学生たちの独壇場。
そんな初々しいカップルたちを、周囲の大人たちが微笑ましい目で見守っている。
やがて、向こうから、仲間の一団が戻ってきた。
どうやら、彼女たちは売り切れてしまったらしい。
だが俺は、肩を落として戻って来る彼らの向こうに、まだ一人の少女が残っているのを見てしまった。
何というか、とてもふくよかな体の……、ぽっちゃりした頬の……、表現が難しいが、丸っこい黒髪の少女であった。
「おい、あれは……」と思わず問いかける俺。
戻ってきた彼らは、それに対し、苦笑いを浮かべつつ答える。
「ん、あれ? あれ……ねえ」
「ああ、俺たちだって、選ぶ権利があるっていうか……なあ」
「だよな。てか、腹の肉が邪魔で踊れなそう」
「ふはは、確かに。むしろ誘わないことが優しさ? みたいな」
彼女はホールで踊る主役たちを寂しそうに見つめると、やがてうつむき、肩を落としながら扉へと歩いてゆく。
憐憫の情がそうさせたのか。或いは、薄情な仲間たちへのいら立ちか。
心の中にかかった、霧のようなモヤモヤを、とにかく払拭したかった。
そして、俺の足は自然と、あの少女の方へ向く。
背後から彼女の腕を掴むと、強引にこちらを振り向かせた。
やや青みがかった両目に、驚愕の色が浮かんでいる。
「俺と、お、踊り、ませんか?」
意外と滑らかな言葉が出てこない。何気に俺も緊張していた。
彼女は口をきゅっと閉じ、何も答えなかった。その硬化した態度に、焦りがつのる。
「えーと、その、学校でダンスの練習とか、してるんでしょ。なら、ちょうどいいじゃないですか」
「あの、同情とかそういうの、いりませんから」
「………」
ああ、確かに同情かもしれない。俺は思わず頭をかいた。
だが、誘った手前、俺にも男の面子のようなものがある。
このまま無下に断られることだけは、絶対に避けたい。
「ん~~~、まあ、つべこべ言わず、とりあえず踊ればいいんですよ!」
俺は精一杯の笑顔を作り、ダンスホールへと、半ば強引に彼女の手を引く。
そして、そのまま、彼女の両手を取り、ダンスホールへと乱入した。
騎士学校にも女生徒はいる。
だが、学校での男女の接触は極力抑制されており、交際などもちろん厳禁。
よってダンスの講義で、ペアを組むのはいつも男同士だった。
恥ずかしい話だが、男同士で、男役と女役を決めて練習するのである。
ちなみに、すごく恥ずかしい。
よって、当然ながら、今回は勝手が違ってくる。
何て言うんだろう。言葉で表すなら、柔い、脆い、といったところか。
やはり女の子というのは、基本的にか弱い生き物なのだ。
そんなことを、彼女の両手を通して感じ取る。
まあ当然、息は合わない。
タイミングがずれ、足がもつれ、バランスを崩す。
それでも何とかリードをしようとするが、彼女はそれに付いてこれない。
その都度、転倒しそうになり、俺たちの足は何度も止まった。
周囲の、うまく踊れてる奴らから失笑がもれる。
彼女は顔を真っ赤にし、目に涙を浮かべながらも、必死に俺についてこようとしていた。
やがて、ふと、「俺の動きが速すぎるのか?」と感じる。
自分のペースに引っ張るのではなく、彼女の動きに合わせるべきだった。
だが、それに気付いたのは、曲の終盤。
結局、俺たちは挽回することもできず、周囲の奴らと一緒にフェードアウトをした。
無言のまま、俺たちはホールの隅へと歩を進める。
彼女の乱れた息を聞きつつ、俺は後悔をしていた。
散々な結果だった。きっと彼女は怒っている。
強引に誘ったうえ、身勝手なリードをし、彼女に恥をかかせてしまったのだから。
とりあえず謝罪しよう。
そう考え、彼女を振り向いたその時だった。
「……ごめんなさい」
「………え?」
その言葉を、始め俺は理解できなかった。
罵声を浴びることも覚悟していたのに、彼女は何と言ったのか?
「ごめんなさい。せっかく誘ってくれたのに、あなたに、恥をかかせてしまいました。ごめんなひゃひ……」
顔をくしゃくしゃに歪め、涙をぽろぽろこぼしつつ、最後は言葉になっていなかった。
その優しい、思いやりの言葉に、俺の涙腺が一気に緩む。
だが、泣けない。こんな場所では絶対に泣けない!
俺は拳をぐっと握り込むと、引き締めた顔を、やや上向けた。
「あ、や、俺こそ、その……」言葉が続かない俺に、少女は続ける。
「私、もっと練習して上手くなります。だから、だから、そうなったら……」
硬直する俺に、進み出る少女。
顔を赤らめながら、彼女は俺の手を、そっと握って言った。
「そうなったら、もう一度、私と踊ってくれますか?」
俺は呆然と、ひとつ頷く。
その時、それまで堪えていた涙が一筋、すっと頬を伝った。
これよりしばらく、俺は「ダンスで泣いたウェイン」という不名誉なあだ名を付けられ、しばらく同級生たちにからかわれることになるのだった。
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時はさらに流れる。
結局、在学中、彼女とは再会しないまま、俺は騎士学校を卒業し、地方の戦線へと配属された。
だがそこは戦線とは名ばかりの、すでに戦闘が収束した平穏な地域。
ここで俺は、指揮官クラスの付き人のようなことを二年ほどおこなう。
その後、再び王都へ呼び戻された俺は、王都守備隊へと配属されるのだった。
王都守備隊には、五つの隊がある。
中央、東部、西部、南部、北部の五つだ。
そのうち、俺が配属されたのは、中央守備隊。
中央守備隊の主な任務は、王城や貴族街の警備。
各城門や、居住区の治安を担っている、東西南北の守備隊に比べ、比較的安全で楽な部署であった。
主席とはいかないものの、それなりに優秀な成績で騎士学校を卒業した俺は、一応エリートコースを歩んでいたらしい。
中央守備隊へ配属され、一年が経過した頃の事だった。
俺たち隊員の間で、とある噂が流れ始める。
それは、舞踏会に現れる謎の美女で、誰とも踊らず、誰の誘いにも乗らない。
ただ出席だけして、いつの間にか、会場から姿を消している。何ともミステリアスな話だ。
まあ、俺には縁遠い話だと聞き流していたのだが、ある日……。
それは、とある貴族が主催した舞踏会での出来事だった。俺は数名の同僚とともに、そこの警備につく。
警備とはいえ、帯刀は御法度、俺たちは濃紺の制服だけを着込み、会場の警備にあたる。
こういった舞踏会や晩餐会は、主催した王族や貴族の、力の誇示の場であった。
そして同時に、若い貴族たちの、いわゆるお見合いの場でもある。
出席者の中には、かつての騎士学校の同期生の姿も、ちらほら見えた。
ああ、俺も恋人が欲しいなぁ……。
などと、休憩室で紅茶をすすっていた時だった。
「おい、噂の美女が来ているぞ!」
扉を開け、叫んだ同僚のその言葉に、沈黙していた休憩室が色めき立つ。
そして、野次馬根性から行ってみたその会場で、俺は彼女を見た。
「壁の花」とは通常、舞踏会などで誰にも誘われず、ずっと壁際に立っている女性を揶揄する言葉だ。
だが、その花はあまりにも美しすぎた。絹のような黒髪を揺らしつつ、壁際に凛として立つその姿は、まるで一枚の美人画のよう。
いや、肖像画というものは、実像より二割増しくらいで描かれるらしいが、それならば、果たして彼女を描ける画家は、この世に存在するのだろうか。
それに、彼女は決して、誰からも誘われないわけでは無い。
声をかけてくる紳士たちをあしらいつつ、彼女はあえて壁の花であり続ける。
そんな彼女の態度は、きっと同性からは嫌悪の対象となってしまうのだろう。
誰と一緒に居るわけでも無く、彼女は壁際で、ただ孤独に、じっと咲き続けていた。
いったい彼女は、何が目的でここに来ているんだ?
などと考えていた時だった。
彼女と、ふと、目が合う。
すると、それまで女神の彫像が如く、無表情であったその顔に、わずかな感情の火が灯った。
しばらく、こちらをじっと見つめた彼女は、やがてスカートをたくし上げ、駆け寄ってくる。
しかもそれは最短距離。ダンスホールを横切ってだ。
え、え……、何、何?
俺は周囲を見渡す。
いつの間にやら、周囲の奴らは俺と距離を置いていた。
それでも彼女は、俺を目掛け、一直線で駆けてくる。
……ええっ、俺、俺か? 俺なのか!
などと考えているうちに、彼女は俺の前で立ち止まった。
彼女は乱れた息を整えつつ、こちらを見上げる。
黒絹の髪はやや乱れ、紅潮した頬に、潤んだ瞳。
俺はもう、自分に何が起きているか理解できなかった。
完全に思考は停止し、ただ茫然と、彼女の次の行動を見守る。
そんな俺の腕を握りつつ、彼女はためらいもなく告げてきた。
「私と、踊っていただけませんか?」
そう、彼女はあの時の丸っこい黒髪の少女であった。
だが、あまりの変貌ぶりに、俺はまだ、そのことに気付いていない。
騎士学校時代の黒歴史。あの時の彼女が、ここまで変貌するとは、いったい誰が予想しただろうか。
「あ、ああ、俺は、いや自分は今、仕事中ですので……」俺はしどろもどろにそう返す。
だが、彼女は許してはくれない。俺の腕を両手で掴むと、力の限り、自分の方へと引き寄せる。
そして、悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。
「まあ、つべこべ言わず、とりあえず踊ればいいんですよ!」
そのまま彼女に手を引かれ、俺はダンスホールの中央へと向かってゆく。
人混みが、徐々に左右へと分かれ、俺たちの先に道が作られた。
その先のホール中央には、もはや踊っている者は誰もいない。
俺たちの到着を待っていたかのように、止まっていた演奏が再開される。
天窓の光を浴びつつ、踊る一組の男女。
久しくダンスなどしていなかった俺を、今度リードするのは彼女の方だった。
彼女の名は、エリーザ・グレイス。
そう、将来、ロスガルド姓となって、自分の妻となる女性。
目に映るもの、全てがまぶしく感じられた。
両手から伝わる、ほのかなぬくもりと、自分に向けられた、輝く笑み。
それは、まるで夢の中にいるような、幸福感。
だが、この時の俺は、まだ知らない。
すでに彼女は、とある男性に求婚をされていたことを。
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