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14-2 ウェイン、王都に帰還する②

 ここは近衛従士の宿舎で、俺の部屋。

 目の前にフレアとジャンを座らせた俺は、事の詳細を聞くため、詰問を始めていた。


 「ほう。じゃあ、俺を驚かせようと、部屋に入り込んだと」

 「はい、すみません……」

 フレアは、まるで動揺していないかのように無表情であった。


 一方のこいつは、可哀そうなくらい……。


 続けて俺はジャンを見て問いかける。

 「ジャン、お前は何で縛られていたんだ?」

 「あ、いや、それは……」

 フレアとは対照的に、ジャンは冷や汗をかきつつ、動揺を隠しきれない様子。

 彼はわずかにうつむくと、横目でフレアを見つつ、やや顔を赤らめて言った。


 「こ、こいつに倉庫に連れて行かれて、目を閉じろって言うから、閉じたら………」


 それを聞き、それまでベッドに腰をかけ、事の成り行きを見守っていたカインが吹き出す。

 「ぶはっ、何、お前、それで成すがままに縛られたってわけ?」

 「いや、その、俺は……、何か理由があるのか、と………」


 そこで沈黙し、やがてジャンは観念したように、ゆっくりと頷いた。


 事の成り行きはこうだった。

 本日、俺が王都に帰還するという情報を得たフレアは、部屋に潜み、俺を驚かせようと悪戯を画策する。

 だが、部屋に入るには、ジャンが持つ合鍵が必要だった。

 そのため、部屋の掃除を名目に、ジャンから鍵をゲットする。

 その後は、邪魔者のジャンを倉庫に連れて行き、下心のあった彼を、成すがままに縛り上げる。

 そして晴れて俺の部屋に侵入したはいいが、待っているうちに眠くなり、ベッドで就寝。

 慌てたジャンは、縛られたまま、必死に倉庫を抜け出し、この部屋に乱入………と。


 ……バカか、こいつらは?


 あまりのバカバカしさに、怒る気力も失せてしまった。

 「あー、わかった。もういい。お前ら、部屋に戻れ」


 それを聞き、恐る恐る、上目づかいに俺を見るジャン。

 そこで俺は思い出したように、壊れた扉を指して続ける。


 「ああ、そうだ。ジャン、これだけ何とかしておけよ」

 「……はいっ! 今日中に、最高の職人を手配しておきます!」

 素早く直立し、敬礼しながら叫ぶジャン。


 そこでベッドに腰かけ、腕組みをしていたカインが横槍を入れた。

 「おいおい、それで終わりかぁ? これだけの事をやったんだ。何か罰を与えんと、示しがつかないんじゃないか?」


 それを聞き、ジャンの顔が一気に青ざめる。


 「だがなぁ、罰といっても、何を……」

 そんな俺のフォローを横目に、カインはベッドから立ち上がる。


 「ちょうどいい。お前ら、今晩、俺たちのコレに付き合え」

 カインは、片目を閉じでウインクすると、右手で作った杯を、くいっとあおるジェスチャーをした。


       ▽


 太陽は西に傾き、夜の(とばり)が下りかけていた。

 西の空は赤く染まり、長く伸びた建物や人の影が、路面に複雑な紋様を描き出す。

 日没を知らせる鐘が響き渡り、都市は徐々に静寂に包まれつつあった。


 足早に帰路を急ぐ人波に混じり、俺は地味な平民の服装を身にまとって、街中の路地を進んでいた。

 俺の存在を気に留める奴なぞ、誰もいない。この点、王都は非常に暮らすのに気楽ではあった。

 まあ、俺も英雄だとかで有名人になった時期もあったが、それも二十歳頃のこと。

 あれからもう、十五年が経つ。俺ももう、三十路半ばのオッサンだ。王都の住人も、わざわざ俺の顔を覚えちゃいない。

 だが、ベルナードでは、こうはいかないだろう。人混みを歩いていても、誰かしらが「あ、領主様だ」と、俺の存在に気付く筈だ。


 道の両脇に並ぶ商店や露店は、ほぼ店じまいを終えていた。

 一部の諦めの悪い商人たちが、最後の悪あがきとばかりに、声を張り上げ、商品を売り切ろうと叫んでいる。

 羽振りが良く見えるのだろうか。そんな彼らに時折、腕を引かれながらも、俺の足は繁華街へと移ってゆく。


 下級役人が、街灯のランプに、火を灯し始めていた。

 街が薄闇に包まれる中、繁華街は、そのピークを迎えつつある。早い奴は、昼過ぎから飲み始めているのだ。

 この頃になると、でき上がった奴らの話し声や歌声、時には口論する声が、各店舗から響き渡り、酒瓶を抱えて路上に寝込む奴らが出始めていた。


 そんな中、俺は目的地である「金の翼亭」へとたどり着く。

 入り口では、やはり平民の服を着込んだジャンが、俺を出迎えてくれていた。

 彼の褐色の肌も、ここ王都では、さほど目立ちはしない。

 王都(ここ)は世界有数の都市であり、様々な人種が集っているのだから。

 腰に帯剣をし、店の入り口で直立するその姿は、むしろ店の用心棒のように馴染んで見えた。


 「お疲れ様です!」と、胸元に腕を当てて敬礼するその姿に、俺は苦笑いをする。

 「ここではそういうの、やめろよ」その行為は、自分たちが騎士だと宣言しているようなものだった。

 「す、すみません!」

 「カインは?」

 「はい、もういらっしゃってます。こちらに……」


 そして案内されたのは、2階にある個室。

 テーブルには、すでに平民姿のカインとフレアが待っていた。

 「おう!」と手を上げるカインに、無言のまま直立し、胸元に腕を当てて敬礼するフレア。

 彼女は薄紫の長髪を後ろでまとめ上げ、俺たちと同じような男装をしていた。

 その敬礼(ポーズ)に、ジャン同様、忠告の言葉が喉元まで出かかる。

 だが、「まあ、個室の中ならいいか……」と、俺はその言葉を呑み込んだ。


 すでに卓上には、木製ジョッキに注がれた麦酒(エール)と、干し肉やパンが並んでいた。

 俺が着席するとほどなく、こんがり焼かれ、ソースで味付けされた肉料理が運ばれてくる。

 その香ばしい匂いは、俺の中の食欲を、否応なしにかき立てた。

 あふれ出るよだれを感じた俺は、思わずそれが垂れていないかと、口元に手を当てる。


 「これよこれ、これが絶品なんだ。まあ、食ってくれ」


 カインはその肉を一切れ、手でつまむと、そのまま口に入れる。

 俺、そしてジャンが続けてそれに倣った。それに対し、肉料理をじっと見つめ、硬直するフレア。

 まあ、無理も無い。干し肉やパンならまだしも、こういった料理は通常、ナイフやフォークで食べるのが貴族のマナーとされている。

 手づかみで食べるのは、いわゆる「はしたない」行為だった。恐らく幼少期から、マナーを教えられていた彼女からすれば、ためらってしまうのも無理のないことだろう。


 そんな中、「うま、これ、うまっ!」と、ジャンは二枚目の肉に手をかける。

 濃厚な甘辛いソースと、香ばしい肉の香り、噛むごとにあふれ出る肉汁のジューシーさ。

 一般的に薄味で、上品な貴族料理とは一線を画す、野性味あふれる庶民的な料理だった。

 そんなジャンの様子を見て、満足そうに笑うカイン。


 やがて、フレアも覚悟を決めたように、それを手で掴み、口へと運んだ。

 ゆっくりと、それを咀嚼する彼女に、男たちの視線が集まった。


 彼女の表情は変わらない。というか、俺は未だかつて、彼女の笑顔を見たことが無い。

 何か理由があるのか知らないが、それでも、最近はその微妙な表情の変化から、その感情を察することができるようになっていた。


 目をぱちっと見開き、その白い頬が、いくらか桜色に染まる。

 俺には、彼女の周囲に、ぱっと花が咲いたように見えた。


 カインが「どうだ?」と、問いかける。

 「おい、しい……です。はい、すごく。すごく、美味しい!」

 表情は変わらないが、それでも、必死に言葉でそれを表現しようとする熱意が感じられた。

 カインはその言葉にニコリと笑い、満足そうにうなずいた。


       ▼


 俺たちも、宴たけなわに差し掛かっていた。

 外は完全な暗闇。机の中央に垂れ下がるランプが、俺たち四人の顔を、ぼうっと浮かび上がらせていた。

 隣りの部屋から聞こえるのは、中年男の下手くそな歌声。


 獅子のたてがみ取ったなら、それは単なる犬っころ


 獅子を家紋とするエルガリア王家を中傷したその歌に、俺とカインは顔を見合わせ苦笑いする。

 まさかこの中年男も、その歌を隣室で国王直属の近衛従士が聞いているとは、夢にも思っていないだろう。

 だが、まだ若いジャンは、その歌が許せないといった様子で、眉間にしわを寄せつつ、隣室を睨んでいる。


 そんな空気を変えようと思ったのか、カインはどこからか、一冊の本を取り出し、机へと置く。

 そして俺に「これ、知ってるか?」と、悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、問いかけた。


 そのタイトルは「北の英雄 アイン・オズワルドの冒険」


 思わず俺は、口に含んだ麦酒を吹き出す。

 その直撃を受けたカインは、「ちょ、おまっ、汚えッ!」と席から飛び上がった。

 そんな彼を無視し、俺はその本を素早く手に取る。


 つ、ついに来たか。二次創作の被害が、俺にも!


 俺が二十歳そこそこの頃、北方戦線で、蛮族の王・ボンマシャルを討ち取ったのは、この国では有名な話だ。

 自慢じゃないが、その功績は、建国王アルバート以降の、二十六人の英雄に列せられている。

 すなわち、俺がボンマシャルを討ち取った功績は、エルガリア王府公式の英雄譚に記載されているのだ。

 それ以降、国家から正式に英雄認定された者はいないから、俺はまさしく、この国二十六人目の、最も新しい生ける英雄ということになる。


 とはいえ、昔に比べると英雄認定の基準も甘くなったらしい。

 かつては、その人物が死去した後、生存中の功績を総合的に判断して認定されていたのだが、現在は俺のケースのように、ひとつの戦線で目覚ましい活躍をすれば、英雄認定がされる。

 まあ、戦場(げんば)での士気高揚を図ってそのようにされたらしい。


 だが、それの弊害も起こっていた。いったん英雄認定されながら、その後国家への反逆が疑われ、英雄認定が取り消されるようなケースも相次いだのである。

 そのため、俺は二十六人目の英雄でありながら、その英雄譚・北の英雄の章は、第三十二章にあたる。

 すなわち、いずれかの理由で、削除された章が六つあるということだ。


 あー、怖い怖い、何となくこの国の闇が垣間見えるなぁ。

 俺も取り消されることの無いようにしたいものだ。

 まあ、国への反逆など、考えたことも無いがね。


 そして、この英雄譚ってやつは、この国の作家たちにとって、格好のネタでもあった。

 彼らは、英雄譚をベースに、それを面白おかしく脚色、肉付けして書籍として出版をする。

 そして国も、その内容が国家を侮辱するような、よほど酷いものでない限り、それを黙認していた。


 だが今まで、この手の書籍に、俺のものがあるとは聞いたことが無かった。

 いつかは出てくるとは思っていたが……ついに来たか!


 その表紙をペラリとめくる。

 次のページには、恐らく俺であろう、剣を持った騎士が、巨大なドラゴンに立ち向かう挿絵。


 一気に読む気が失せた。


 「何だこれ、俺、ドラゴンと戦ったことなど無いんだが」

 「まあまあ、落ち着けウェイン。これはアイン・オズワルドの話だぞ」

 俺の肩を叩きつつ、カインがニヤニヤ笑う。


 ちくしょう、今夜の宴を開いた目的はこれか!


 本をペラペラめくる俺に、カインはご丁寧にも、本のあらすじを説明してくれた。


       ▽


 貧しい平民の家に生まれたアインは、王都で騎士の称号を得る。

 その後、美しいエルザという姫と恋仲になるが、その姫に横恋慕するライスという貴族が現れた。

 ライスは、アインを抹殺すべく、生きて帰る者無しと恐れられた、北方の戦線にアインを送り込む。

 だがアインは、その度重なる活躍により勝利を重ね、最終的には蛮族の王を討ち取るのだった。

 王都に凱旋するアイン。しかし帰還した王都で待っていたのは、国王の死。

 そして、エルザと結婚し、国王になるべく画策をするライスの姿であった。

 アインは監禁されていたエルザを、王城より救い出す。だが、ライスは逃げる二人を追い詰める。

 最後は王国の秘宝により、巨大ドラゴンを呼び出したライスと最終決戦。

 何とかライスを打ち滅ぼしたアインは、晴れてエルザと結婚し、新国王として即位するのだった。


 「俺、即位しちゃったよ!」我慢できず、俺は叫ぶ。

 「まあまあ、これはウェルガリアという架空の国での話だ」とカイン。

 「そうです。アイン・オズワルドという架空の人物の話です」と、ジャンが続く。

 二人とも、顔をぷるぷる震わせ、爆笑をこらえている。


 何だ、この物語は。脚色が半端ない。

 俺は平民の生まれじゃないし、(エリーザ)は姫でもない。

 王都に凱旋してからの、後半の話など、ほぼ丸ごと作り話だ。


 そもそも、新国王に即位って何だよ。まるで俺にそういう野心があるみたいじゃないか!

 まあ、貧しい出仕の青年が、国王になるという、平民の夢のようなものを重ね合わせて、描いたんだろうが。

 それにしても酷い。俺、国家に疑われたりしないだろうな?

 野心なんかこれっぽっちも無い。はっきり言って俺は被害者だぞ。


 本を破りたい衝動を必死に抑え、ぱたんとそれを閉じる。

 そして心を落ち着かせるべく、大きく深呼吸をした。


 ……本来、俺は英雄となるような、立派な人間じゃない。

 ボンマシャルを討ち取ったのだって、ある意味、偶然の産物だ。

 エリーザとの結婚も、自分から勝ち取ったものでは無い。


 そうだな。この辺で、その話をしておいた方が良いのかもしれない。


       ◆◇◆◇◆


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