14-1 ウェイン、王都へ帰還する①
天上に燦々と輝く太陽、果てしなく広がる中央平原。
遥か遠くに霞む北の山嶺から、青空を切り裂いて鳥の群れが南へと飛ぶ。
緑の大地に走る大陸公道には、様々な人々が、絶え間なく行き交っている。
公道はやがて茶色の土肌から、灰色の石畳へと変わり、行き交う人々の密度が徐々に上がっていった。
王都が近い。
王都へと向かう、大きな荷物を背負った行商人たち。
そんな彼らを追い越してゆくのは、鉄の首輪で繋がれた奴隷の列、そして、それに続く数台の馬車。
馬車の荷台にある檻には、肌や髪、瞳の色の違う、各国の美女たちが乗せられていた。
やがて憔悴し切り、うつむいていた奴隷たちの顔が、わずかに上がる。
そして、その希望を失った両眼に、わずかに感情の色が灯った。
彼らの視線の先にあるのは、巨大な王都の光景。
その異様な圧迫感に、感情を揺すぶられたのだ。
中央にそびえる王城。
そしてその周囲に立ち並ぶ大貴族の邸宅。
時代を経るにつれ、王城はその周囲の貴族街を侵食するように巨大化し、貴族街はさらにその周囲にある平民街を接収しつつ巨大化。
行き場のなくなった平民や貧民は、城壁の外にあふれ出し、そんな彼らを囲うように何度も城壁が増設。
そのため、内部は迷宮のように入り組み、その形は歪で巨大、異様な圧迫感を訪れる者たちに与えている。
それはまるで宮廷の中で起こる権謀術数を糧に、外へ外へと肥大化する巨大生物のようでもあった。
外側は城壁で囲まれているものの、王国が安定期に入って以降、外敵がここ王都に襲来したことは無い。
むしろ、権力争いのため、騒乱が起きるのは、いつも城壁の内部であった。しかも皮肉なことに、中央に近付くほど、流された血は多く、その闇は深い。
果たして、この城壁には、どんな意味があるのだろう。
それは、外の敵に備えるというより、内側に籠る、何か醜悪な魔力を外に出さないためのもの。
そんな風にも感じてしまうのだった。
そして俺、ウェイン・ロスガルドは、馬を闊歩させつつ、その城門へと迫る。
城門に立つ警備の兵士は、慌てて背筋を伸ばして敬礼のポーズを取った。
そんな彼らの脇を、俺は無言で通過する。
普段であれば、声のひとつでもかけるのであるが、今俺はすこぶる機嫌が悪かった。
理由は単純、休暇が却下されためである。
ガイアンが王都に送った早馬には、今回の軍事行動の釈明と、俺の休暇延長の申請をする書簡があった。
だが、王都からの返答は、軍事行動については是、だが休暇の延長については却下。
しかも最悪なことに、その返答には、『直ちに王都へ帰還されたし』という文言が付け加えられていた。
冗談じゃない。本来の休暇ですら、まだ消化していないというのに。
何だ、今回の軍事行動に関する釈明を、直接俺の口からしろというのか?
だとしたら勘弁してくれ。盗賊の類が出て、軍を動かすことなど、そんな珍しいことじゃない。
余程のことじゃないと、領主が直接呼ばれることなど聞いたことがないぞ。
そうだとしたら嫌がらせだ。そうに決まっている。
俺、何か不興を買うようなことをしたか?
王城に入った俺は、馬からすとんと下り、手荷物を取ると、厩舎の見習い騎士に馬を任せる。
そして、ぶつぶつと独り言を言いつつ、近衛従士の宿舎へと歩いて行った。
石畳の道は、両側を塀で挟まれており、それはさながら迷宮の通路のようだった。
上を見上げれば、突き抜ける青い空と、そこに向かってずしんと伸びる王城の異様な重厚感。
宿舎まで、まだそれなりの距離があるが、すれ違う者はいない。
そもそも、ここを通ることができる者は、限られた者だけだ。
しかし、宿舎の脇に厩舎があれば楽なのにと、常々思う。
その時代、時代に、その場当たり的な増築を繰り返したため、この都市は機能性が欠けている。
王都に火を放ち、全てを灰に戻して作り直したほうがいいと言った建築家がいたらしいが、全く同意だ。
まあ、その建築家は不敬罪で処刑されてしまったという噂だから、滅多に口には出せないが。
そんなこんなのうちに、俺は近衛従士の宿舎へと到着した。
左右の塀が無くなり、視界がぱっと開け、荘厳なお屋敷が目に入る。
ベルナード城よりやや小規模なその建物は、かつて、とある有力貴族の邸宅であった。
しかし突如起こったクーデターにより、その貴族は家族共々、この邸宅で斬殺されたらしい。
夜になると、亡くなった伯爵の亡霊が、成仏できず、この屋敷の回廊を徘徊するとかしないとか……。
とまあ、そんないわくつきの物件であるせいか………、
ガチャリ……と、正面の扉を開ける。
「あら、おかえりなさいませ」と、正面ホールの彫像を拭いていたメイドが挨拶する。その他に人影は見当たらない。
五十名を超す近衛従士が、ここには寝泊まりしている筈なのに、正面ホールは悲しいほどに、がらんと、人の気配がしていなかった。
まあ、亡霊の噂が原因というワケでは無い。
従士のほとんどは有力貴族の出。そのため、建前上はここに籍を置きつつも、実情は王都にある自分の邸宅から通っているのだ。
宿舎で本当に寝泊まりしているのは、俺のように王都に邸宅を持たない貴族や、まだ駆け出しの見習い従士。
その他は……、
「おう、ウェイン、戻ったのか!」
快活な声とともに、階段の踊り場に、まるで南方に住まう巨大猿人のような、いかついシルエットが踊る。
思わず見上げたその先では、その輪郭に反して、優男な顔が爽やかに笑っていた。
そう、カインのように、実家と問題を抱えている者たちだ。
カインは、名門アズベル家の出でありながら、他の兄弟とは折り合いが悪いらしく、実家にあまり寄り付かない。
もう三十代半ばになるが、未だに独身。この宿舎に寝泊まりしては、自由奔放な生活を送っている。
カインは俺の肩に腕を回しつつ、言う。
「待ってたぜ。どうだ、今夜あたり一杯。いい酒場を見つけたんだが」
「ん、そうだな……」
ベルナードでの一件を思うと、正直、あまり飲む気分じゃない。
だが、俺も酒は嫌いでは無いし、気分転換も必要かな、とも考える。
何より、ベルナードでの一件を、カインに少し愚痴りたいという思いもあった。
俺は答えあぐねたまま、回廊を歩き、自分の部屋の前へと立つ。
そしてポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込み、それをぐるりと回した。
………?
すぐさま手を伝う違和感。手ごたえが無い。
すなわち、すでに開錠されている?
「ん、どうした?」たたずむ俺に、カインが不思議そうに尋ねる。
その問いかけに沈黙で返しつつ、俺が考えたのは、見習い従士が施錠を忘れた可能性だった。
幹部クラスの従士が、部屋を長期不在にする場合は、部下の見習い従士が定期的に部屋を掃除することになっていた。
俺も今回は、ジャンという見習い従士に合鍵を預け、掃除を頼んである。
「いや、どうやらジャンの奴が、鍵を閉め忘れたようだ」
笑顔でカインにそう言いつつ、俺はドアノブを回す。
そして扉を半分開けたところで、俺は再び体を硬直させた。
………んん?
簡素な机やベッドに家具などの調度品。部屋の隅に吊るされた近衛従士の制服。
そんな見慣れた部屋の中に、特大の違和感があった。
それは、もっこりと盛り上がったベッド。
そして、毛布の隙間から流れ出る、薄紫色の長髪。
耳を澄ませば、沈黙した空間に、わずかに小さな寝息が響いていた。
思わず部屋を間違えたかと、周囲を見回す。
いや、間違いない。俺の部屋だ。
それじゃあ、この状況はいったい……?
俺の肩越しに部屋をのぞくカインも、状況が把握できず、目をぱちくりさせている。
ともあれ、俺たちの視線は、そのベッドの主に釘付けとなっていた。
毛布から半分のぞく顔。形の良い柳眉に、閉じられた切れ長の瞳。
鼻と口元に当てた毛布が、すーはーすーはーと、その呼吸に合わせて上下をしていた。
徐々に頭が、落ち着きを取り戻してゆく。
その彼女はいったい誰であるのか。答えは、ほどなく導き出された。
「……フレア?」
俺の呼びかけを受け、その大きな瞳がパチリと開き、その双眸がこちらを向く。
その空色の瞳と、俺の視線がすっと交差した。
帰ると、恋人でもない部下の少女が、自分のベッドで寝ていた。
少なくとも俺は、こんな状況でかけるべき言葉を持ってはいない。
何とも言えない気まずい沈黙が流れる。
そんな俺たちをフォローするように、少しおちゃらけた感じで、カインが問いかけた。
「フレア、お前、いったい何をしているんだ?」
「……据え膳、というのでしょうか」と、彼女は表情を変えず答える。
思わず俺の頭に、遥か北の故郷での出来事が、ふとデジャブした。
てへっと悪戯っぽい笑顔で舌を出す、アリシアの顔が彼女と重なる。
軽い立ち眩みを覚えた俺は、苦笑いを噛み殺し、顔をひきつらせる。
「ああ、なるほどな。こりゃ~食わねば男の恥だ。どうだウェイン、俺も手伝おうか?」などと、茶化すカイン。
俺はその言葉を無視しつつ、「とりあえず、そこから出ろ」と、厳しい口調で告げた。
彼女は基本表情を変えることなく、ややばつが悪そうに、ベッドからするりと滑り落ちるように降り立った。
女性にしてはかなりの長身。手足は長く、スレンダーな肢体に、青を基調とした近衛従士の制服を、ぱりっと着こなす。
薄紫の髪と空色の瞳、さらには白い肌が相まって、ぱっと見、冷たい印象をかもし出していた。
その容貌は、間違いなく美人に分類されるのであろうが、惜しむらくはその胸。
そこに凹凸は存在せず、大草原と比喩されても仕方のない惨状が広がっていた。
本人もそれを気にしているらしく、やや大きめの上着を、普段から着用している。
彼女の名は、フレア・ドラゴラン、十七歳。
見習い従士であり、俺の直属の部下でもあった。
「フレア、どういうことだ。説明してもらおうか?」
その問いに、彼女の表情がぴくりと動く。
視線が宙を浮き、口を開けて何かを言おうとした、まさにその時だった。
トン、トン、トン………
部屋の外で、遠くから、何かが飛び跳ねるような音が聞こえてきた。
何かを言わんとしていたフレアの口が閉じ、俺たち三人の視線が、扉に集まる。
トン、トン、トン………
徐々に近付いてくる音。やがて……、
ドゴオォォォォン!
轟音とともに、部屋の扉が破られる。
吹っ飛ぶ扉と同時に、横っ飛びで部屋に乱入したのは、縄で体を縛られた褐色の肌の青年であった。
「ゴルアアァァァッ、フレア、おま……え、何、を………」
俺たち三人を見た青年の怒号が、徐々にトーンダウンしていく。
横倒しとなった扉の上に倒れ込む彼は、俺とカインの姿を見て、顔をひきつらせた。
黒髪に褐色の肌。そして筋肉質の長身に、近衛従士の制服をまとっている。
だが今、その逞しい体は、両腕両足を縄でがっちりと拘束されていた。
きっと回廊を必死に飛び跳ねながら、ここまで来たのであろう。
まるで陸に打ち上げられた魚のように、ずれた猿ぐつわの隙間から口をパクパクさせるその姿に、俺の顔は思わず緩む。
その一方、「ふははははは、お前、何、何してんの?」と、腹を抱えながら、遠慮なく爆笑するカイン。
「あ、あの、その、これは……」
倒れた青年は、もはや恐縮すればいいのか、恥ずかしがればいいのか、わからないといった表情で、涙目で顔を赤くしながら困惑していた。
彼の名は、ジャン・バシル、十八歳。
フレアに同じく、見習い従士であり、そして、俺の直属の部下であった。
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