8 ウェイン・ロスガルド出陣する
アリシアを部屋へと送った俺、ウェイン・ロスガルドは執務室へと戻っていた。
アルフィンたちを送ったガイアンは、まだ戻ってきていない。
ふと窓から空を見上げると、空は満天の星空であった。
棚に長らく眠っていたワインを取り出し、グラスに注ぐ。
普段、酒はあまり飲まないのだが、今日は何となく飲みたい気分であった。
息子がノゾキをした。
しかも、ガイアンの息子と一緒にだ。
歴史は繰り返すってやつか?
何となく、背中がこそばゆい気持ちになってしまう。
それを紛らわし、誤魔化すために、俺はグラスの酒を一気に飲み干した。
(やめてくれよ、アルフィン………)
喉元から、五臓六腑に流れ込む熱を感じつつ、グラスにワインを注ぎ足す。
にやけそうな顔を、ぐっと引き締める。この嬉しさは、親心ってやつなのだろうか。
ともかく、あまりにやけてしまうのは、アリシアに対して不謹慎だとは思っていた。
そのうち、ガイアンが部屋へと戻ってくる。
「……酒か、珍しいな」
「ああ、お前もどうだ?」
「いや、俺はいい」
「しかし、奴らの顔、見たか? ははっ、俺たちの時はどうだったかな」
「………」
「そうだ、親父は不在だったんだよな。俺たちはそれぞれの母親に突き出されて………」
「その話はやめよう。そんな状況でもあるまい」
「……ああ、そうか。そうだな」
少し、昔話に花を咲かせたかったのだが、仕方が無い。
確かにそんな状況でも無いのだ。今日、ガイアンが城に泊まり込んでいるのにも理由がある。
領内を、傭兵団が通過中であった。
通常、武装集団は領内を通過させないのだが、今回はどういうわけか、領土境を警備する騎士が許可してしまったらしい。
傭兵団といっても、そのほとんどは日雇いの戦争屋、すなわち荒くれ者たちだ。
いつ、傭兵団が盗賊団に変わっても、おかしくは無い。
このまま何事も無く、領内を通過してくれれば良いのだが………。
「じゃあ俺は仮眠する。兄上も、ほどほどにしておけよ」
「わかってるさ。これでやめるよ」
退室するガイアンを見送ると、そのまま俺は杯を飲み干す。
そしてランプの明かりを消し、ソファーへと横になった。
▽
騎馬部族連合を率いていた大酋長マシャルが死去し、すでに十四年が経過していた。
その後、何名か大酋長を名乗る指導者も現れ、北の国境を侵す襲撃もあったものの、騎馬民族は徐々に衰退、かつての勢いが戻ることは無かった。
ここ数年は部族間同士の勢力争いが激化し、北の国境が侵されることも無くなっている。
そこでエルガリア王府は、北方戦線を縮小することとした。
騎馬民族を打ち滅ぼしたところで、得られるのは、何の生産性も無い大草原。
それならば、土地も肥沃で資源も有り、得るものが大きい西方の戦線を拡大させようとしたのである。
それまで北方で飯の種にありついていた傭兵団の面々は、西方への移動を余儀なくされた。
通常、西方への移動は、大陸公道と呼ばれる、エルガリア政府公認の道路を使って行われる。
この大陸公道は、基本的に誰でも通行可能なのだが、その難点は、やや遠回りであり、移動に日数がかかるということ。
一方、エルガリア北部を東西に横断する、北部横断道と呼ばれる道路は、最短距離で西方へ移動することができた。
だが、北部横断道の難点は、やや道が険しく、ベルナード領を含むいくつかの貴族の領地を通過すること。
そこの領主に、通行を拒否されると、そもそも通過ができないし、場合によっては高い通行税を要求される場合もある。
そもそも、個人の旅人や商人ならともかく、武装集団ともなると、領内通過は許容されないというのが通例であった。
そのため通常、傭兵団は大陸公道を移動することとなっていたのである。
だが今回、どういうわけか、領内を傭兵団が移動中だという。
まだ、一本目の早馬による報告があったばかりで、詳しい状況はわかっていない。
とりあえず、ガイアンがいくつか手を打ち、騎士を集め、いつでも出撃できる体制は整えていた。
明日の朝にでも城を出立し、その傭兵団とやらに会ってみよう。
もしかしたら、俺が北方戦線にいた頃の、知り合いがいるかもしれない。
───などと考えていたのだが、俺は翌日、最悪の報告とともに、それが甘い考えであったことを痛感させられることとなった。
▼
「殺された………?」
そう、密偵からの報告を受けたのは、日が昇り、まさしくこれから出立をしようとする直前であった。
同時に、今回の騒動の、詳しい状況が密偵から語られる。
当初、傭兵団は集団としてでは無く、一~三名の個人として入領してきた。
そのため警備の騎士も、旅人扱いで入領を許可してしまう。
だが、傭兵たちは一定の時間を置き、次々と入領してくる。
さすがに違和感を覚えて調査をしたが、時すでに遅し、傭兵たちはとあるポイントで集結し、すでに二十名近くの集団になっていた。
慌てて退去するよう説得にかかる。
だが当然、言うことを聞かない。数もすでに向こうが勝っていた。
さらに説得をしているうち、不正規ルートで入領した傭兵も加わり、その数は三十名を超える。
もはや手に負えなくなったこんな状況で、領主の元に早馬が送られた。
早馬を受けたガイアンは即座に、騎士五名と、密偵二名を現地に送る。
騎士は、傭兵団を後から追従し、不穏な行動を抑止させるため。密偵は、身を隠して、傭兵団を周囲から偵察し、不穏な行動があった場合はベルナード城へ報告をする連絡役として。
彼らが傭兵団の元へ着いたのは、もう夕暮れ時であった。現地の騎士と合流し、八名で追従をする。
傭兵団はほどなく野営を始め、騎士たちもまた、やや離れた場所で野営を行うこととなった。
野営早々、酒盛りを始める傭兵団。騎士たちは、黙ってそんな彼らの様子を窺う。
やがて、追従の騎士たちの元へ、酒瓶を持った傭兵が、ひとり、またひとり、と移動を始めた。
騎士と傭兵合同の、大宴会が始まるのに、そう時間は要しなかった。
そして宴会が終わった夜半過ぎ、騎士たちは寝込みを襲われ、全滅したものと思われる。
というのも、遠方から監視をしていた密偵たちが、異変に気付いたのは、夜が明け始め、傭兵団が不自然に、付近の村へと移動を始めた時だったからである。
▽
村人に扮した密偵が報告を続ける。彼もまた、体に傷を負っていた。
「傭兵団も我々と同じく、周囲に密偵を放っていたようです。夜が明け、我々は捕捉されてしまい、私は何とか逃げ切りましたが、もう一人は………」
「………殺されたか」
「恐らく」
城から七名送り出し、帰ってきたのは、たった一名。亡くなった六名の顔が脳裏をよぎる。
危険が伴う任務であったため、若い独身者たちばかり。まだ将来のある若者たちであった。
戦場とは無縁とばかり思っていた、ここベルナードで、こんな思いをすることになろうとは。
傭兵団たちへの強い怒りが湧き上がる。これ以上の犠牲は、何としても避けたい。
続けてガイアンが密偵に尋ねる。
「付近の村へ避難の指示は?」
「はい、二つの村に行いました。しかし、あまり真摯に受け止めていたとは………」
何とか避難しているよう、願いたい。
十四年前、アリシアを救った際に見た、全滅した村の光景が頭に浮かぶ。
あの惨劇が、自分の領内で起こるのかと思うともう、居ても立ってもいられなかった。
俺は密偵をねぎらうと椅子を立った。
「出立する」
「兄上、領主みずから出陣せずとも、俺が………」
「いや、俺が出る。お前はいつも通りここに残り、サポートを頼む」
ガイアンの顔には緊張の色が濃く表れていた。
彼は騎士学校卒業後、数年間地方の戦線に従事した後、すぐに親父に呼び戻され、ベルナード領の内政を任されていた。
すなわち、俺に比べて実戦の経験があまり無い。俺が戦闘担当、ガイアンが内政担当、これが親父の思い描いた、俺たち兄弟のあるべき姿なのだろう。
まあ、俺も近衛従士となってからの、ここ十年ほどは、実戦から遠ざかってはいるのだが。
それでも軍籍に身を置く者である以上、ガイアンよりは適任であろう。
外は突き抜けるような青空であった。
美しい緑の稜線が、目に染みる。
城の前には、方陣に隊列を組んだ騎士団の姿。
伝令が持つ軍旗が、風にはためき、ひるがえる。
青地に剣と鷹、ロスガルド家の紋章だ。
俺の姿を見つけ、騎士長のグルガン・オルテスが馬で駆け寄る。
「ウェイン様、お待ちしておりました」
「ああ。すぐに出る」
馬に乗り込みつつ、その陣容を眺める。
ざっと五十名。まあ、よく集まったほうだろう。
軍隊ってのはとんだ金食い虫だ。こんな辺境に、百人規模の軍を養える資金力は無い。
平民を兵士として動員することも可能ではあるが、歩兵を加えると進軍速度が鈍るし、今回の作戦にはそぐわないだろう。
しかし、もしも俺たちが全滅した場合は、それも考えなくてはなるまい。
まあ、そんなことには絶対させないが。
エリーザやガイアンを始めとする館の面々が、見送りに出てくる。
「ガイアン、俺にもしもの事があったら、妻やアルフィンを頼んだぞ」
「あなた!」と、顔色を変えてエリーザが叫んだ。
「兄上………、冗談でもそういうことは言わないほうがいい」
「はは、すまん」と、思わず苦笑い。冗談が過ぎたようだ。
「お父様、がんばって!」と、続けて女の子の声がかかる。
見れば館の一室から、アルフィンやエランたちが顔を覗かせていた。
声の主は、栗色の髪の少女だろう。メルティナ………だったか、確かグルガンの娘だ。
案の定、グルガンが手を振って返す。
俺もアルフィンに向かい、手を振ってみた。
その行為が意外だったのか、びくりと動きを止めるアルフィン。
そして恥ずかしそうに、申し訳程度に手を振り返してきた。
何だあいつ、昨日のことを引きずっているのか?
あまり中途半端なリアクションだと、手を振ったこちらが恥ずかしいんだが。
俺は気を取り直すと、騎士団のほうを向く。
「出立する、目標はリュマ方面!」
騎士たちの声とともに、大地に轟く馬蹄の響き。
速度を上げるたび、そのリズムが早まってゆく。
相手は傭兵団。
北方で、騎馬民族を相手に戦い抜いた戦争屋どもだ。
だが、負ける気はしない。俺には貴族としての誇りと使命がある。
この土地と、この部下たち、そして家族を守らなければならない。
たとえ、どんな手練れたちであろうと、この覚悟と決意は奴らに無いものだ。
風が軍旗をたなびかせる。
遠くの山では、ロスガルド家の象徴である鷹が、青い空を大きく羽ばたいていた。
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