表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

8 ウェイン・ロスガルド出陣する

 アリシアを部屋へと送った俺、ウェイン・ロスガルドは執務室へと戻っていた。

 アルフィンたちを送ったガイアンは、まだ戻ってきていない。


 ふと窓から空を見上げると、空は満天の星空であった。

 棚に長らく眠っていたワインを取り出し、グラスに注ぐ。

 普段、酒はあまり飲まないのだが、今日は何となく飲みたい気分であった。


 息子(アルフィン)がノゾキをした。

 しかも、ガイアンの息子と一緒にだ。

 歴史は繰り返すってやつか?


 何となく、背中がこそばゆい気持ちになってしまう。

 それを紛らわし、誤魔化すために、俺はグラスの酒を一気に飲み干した。


 (やめてくれよ、アルフィン………)

 喉元から、五臓六腑に流れ込む熱を感じつつ、グラスにワインを注ぎ足す。

 にやけそうな顔を、ぐっと引き締める。この嬉しさは、親心ってやつなのだろうか。

 ともかく、あまりにやけてしまうのは、アリシアに対して不謹慎だとは思っていた。


 そのうち、ガイアンが部屋へと戻ってくる。

 「……酒か、珍しいな」

 「ああ、お前もどうだ?」

 「いや、俺はいい」

 「しかし、奴らの顔、見たか? ははっ、俺たちの時はどうだったかな」

 「………」

 「そうだ、親父は不在だったんだよな。俺たちはそれぞれの母親に突き出されて………」

 「その話はやめよう。そんな状況でもあるまい」

 「……ああ、そうか。そうだな」


 少し、昔話に花を咲かせたかったのだが、仕方が無い。

 確かにそんな状況でも無いのだ。今日、ガイアンが城に泊まり込んでいるのにも理由がある。


 領内を、傭兵団が通過中であった。


 通常、武装集団は領内を通過させないのだが、今回はどういうわけか、領土境を警備する騎士が許可してしまったらしい。

 傭兵団といっても、そのほとんどは日雇いの戦争屋、すなわち荒くれ者たちだ。

 いつ、傭兵団が盗賊団に変わっても、おかしくは無い。


 このまま何事も無く、領内を通過してくれれば良いのだが………。


 「じゃあ俺は仮眠する。兄上も、ほどほどにしておけよ」

 「わかってるさ。これでやめるよ」


 退室するガイアンを見送ると、そのまま俺は杯を飲み干す。

 そしてランプの明かりを消し、ソファーへと横になった。


       ▽


 騎馬部族連合を率いていた大酋長(ボン)マシャルが死去し、すでに十四年が経過していた。

 その後、何名か大酋長(ボン)を名乗る指導者も現れ、北の国境を侵す襲撃もあったものの、騎馬民族は徐々に衰退、かつての勢いが戻ることは無かった。

 ここ数年は部族間同士の勢力争いが激化し、北の国境が侵されることも無くなっている。


 そこでエルガリア王府は、北方戦線を縮小することとした。

 騎馬民族を打ち滅ぼしたところで、得られるのは、何の生産性も無い大草原。

 それならば、土地も肥沃で資源も有り、得るものが大きい西方の戦線を拡大させようとしたのである。

 それまで北方で飯の種にありついていた傭兵団の面々は、西方への移動を余儀なくされた。


 通常、西方への移動は、大陸公道と呼ばれる、エルガリア政府公認の道路を使って行われる。

 この大陸公道は、基本的に誰でも通行可能なのだが、その難点は、やや遠回りであり、移動に日数がかかるということ。


 一方、エルガリア北部を東西に横断する、北部横断道と呼ばれる道路は、最短距離で西方へ移動することができた。

 だが、北部横断道の難点は、やや道が険しく、ベルナード領を含むいくつかの貴族の領地を通過すること。

 そこの領主に、通行を拒否されると、そもそも通過ができないし、場合によっては高い通行税を要求される場合もある。

 そもそも、個人の旅人や商人ならともかく、武装集団ともなると、領内通過は許容されないというのが通例であった。

 そのため通常、傭兵団は大陸公道を移動することとなっていたのである。


 だが今回、どういうわけか、領内を傭兵団が移動中だという。

 まだ、一本目の早馬による報告があったばかりで、詳しい状況はわかっていない。

 とりあえず、ガイアンがいくつか手を打ち、騎士を集め、いつでも出撃できる体制は整えていた。


 明日の朝にでも城を出立し、その傭兵団とやらに会ってみよう。

 もしかしたら、俺が北方戦線にいた頃の、知り合いがいるかもしれない。


 ───などと考えていたのだが、俺は翌日、最悪の報告とともに、それが甘い考えであったことを痛感させられることとなった。


       ▼


 「殺された………?」

 そう、密偵からの報告を受けたのは、日が昇り、まさしくこれから出立をしようとする直前であった。

 同時に、今回の騒動の、詳しい状況が密偵から語られる。


 当初、傭兵団は集団としてでは無く、一~三名の個人として入領してきた。

 そのため警備の騎士も、旅人扱いで入領を許可してしまう。


 だが、傭兵たちは一定の時間を置き、次々と入領してくる。

 さすがに違和感を覚えて調査をしたが、時すでに遅し、傭兵たちはとあるポイントで集結し、すでに二十名近くの集団になっていた。


 慌てて退去するよう説得にかかる。

 だが当然、言うことを聞かない。数もすでに向こうが勝っていた。

 さらに説得をしているうち、不正規ルートで入領した傭兵も加わり、その数は三十名を超える。

 もはや手に負えなくなったこんな状況で、領主(ウェイン)の元に早馬が送られた。


 早馬を受けたガイアンは即座に、騎士五名と、密偵二名を現地に送る。

 騎士は、傭兵団を後から追従し、不穏な行動を抑止させるため。密偵は、身を隠して、傭兵団を周囲から偵察し、不穏な行動があった場合はベルナード城へ報告をする連絡役として。


 彼らが傭兵団の元へ着いたのは、もう夕暮れ時であった。現地の騎士と合流し、八名で追従をする。

 傭兵団はほどなく野営を始め、騎士たちもまた、やや離れた場所で野営を行うこととなった。


 野営早々、酒盛りを始める傭兵団。騎士たちは、黙ってそんな彼らの様子を窺う。

 やがて、追従の騎士たちの元へ、酒瓶を持った傭兵が、ひとり、またひとり、と移動を始めた。

 騎士と傭兵合同の、大宴会が始まるのに、そう時間は要しなかった。


 そして宴会が終わった夜半過ぎ、騎士たちは寝込みを襲われ、全滅したものと思われる。

 というのも、遠方から監視をしていた密偵たちが、異変に気付いたのは、夜が明け始め、傭兵団が不自然に、付近の村へと移動を始めた時だったからである。


       ▽


 村人に扮した密偵が報告を続ける。彼もまた、体に傷を負っていた。

 「傭兵団も我々と同じく、周囲に密偵を放っていたようです。夜が明け、我々は捕捉されてしまい、私は何とか逃げ切りましたが、もう一人は………」

 「………殺されたか」

 「恐らく」


 城から七名送り出し、帰ってきたのは、たった一名。亡くなった六名の顔が脳裏をよぎる。

 危険が伴う任務であったため、若い独身者たちばかり。まだ将来のある若者たちであった。

 戦場とは無縁とばかり思っていた、ここベルナードで、こんな思いをすることになろうとは。

 傭兵団たちへの強い怒りが湧き上がる。これ以上の犠牲は、何としても避けたい。


 続けてガイアンが密偵に尋ねる。

 「付近の村へ避難の指示は?」

 「はい、二つの村に行いました。しかし、あまり真摯に受け止めていたとは………」


 何とか避難しているよう、願いたい。

 十四年前、アリシアを救った際に見た、全滅した村の光景が頭に浮かぶ。

 あの惨劇が、自分の領内で起こるのかと思うともう、居ても立ってもいられなかった。


 俺は密偵をねぎらうと椅子を立った。

 「出立する」

 「兄上、領主みずから出陣せずとも、俺が………」

 「いや、俺が出る。お前はいつも通りここに残り、サポートを頼む」


 ガイアンの顔には緊張の色が濃く表れていた。

 彼は騎士学校卒業後、数年間地方の戦線に従事した後、すぐに親父に呼び戻され、ベルナード領の内政を任されていた。

 すなわち、俺に比べて実戦の経験があまり無い。俺が戦闘担当、ガイアンが内政担当、これが親父の思い描いた、俺たち兄弟のあるべき姿なのだろう。


 まあ、俺も近衛従士となってからの、ここ十年ほどは、実戦から遠ざかってはいるのだが。

 それでも軍籍に身を置く者である以上、ガイアンよりは適任であろう。


 外は突き抜けるような青空であった。

 美しい緑の稜線が、目に染みる。


 城の前には、方陣に隊列を組んだ騎士団の姿。

 伝令が持つ軍旗が、風にはためき、ひるがえる。

 青地に剣と鷹、ロスガルド家の紋章だ。


 俺の姿を見つけ、騎士長のグルガン・オルテスが馬で駆け寄る。

 「ウェイン様、お待ちしておりました」

 「ああ。すぐに出る」


 馬に乗り込みつつ、その陣容を眺める。

 ざっと五十名。まあ、よく集まったほうだろう。


 軍隊ってのはとんだ金食い虫だ。こんな辺境に、百人規模の軍を養える資金力は無い。

 平民を兵士として動員することも可能ではあるが、歩兵を加えると進軍速度が鈍るし、今回の作戦にはそぐわないだろう。

 しかし、もしも俺たちが全滅した場合は、それも考えなくてはなるまい。

 まあ、そんなことには絶対させないが。


 エリーザやガイアンを始めとする館の面々が、見送りに出てくる。

 「ガイアン、俺にもしもの事があったら、妻やアルフィンを頼んだぞ」

 「あなた!」と、顔色を変えてエリーザが叫んだ。

 「兄上………、冗談でもそういうことは言わないほうがいい」

 「はは、すまん」と、思わず苦笑い。冗談が過ぎたようだ。


 「お父様、がんばって!」と、続けて女の子の声がかかる。

 見れば館の一室から、アルフィンやエランたちが顔を覗かせていた。

 声の主は、栗色の髪の少女だろう。メルティナ………だったか、確かグルガンの娘だ。

 案の定、グルガンが手を振って返す。


 俺もアルフィンに向かい、手を振ってみた。

 その行為が意外だったのか、びくりと動きを止めるアルフィン。

 そして恥ずかしそうに、申し訳程度に手を振り返してきた。


 何だあいつ、昨日のことを引きずっているのか?

 あまり中途半端なリアクションだと、手を振ったこちらが恥ずかしいんだが。


 俺は気を取り直すと、騎士団のほうを向く。


 「出立する、目標はリュマ方面!」


 騎士たちの声とともに、大地に轟く馬蹄の響き。

 速度を上げるたび、そのリズムが早まってゆく。


 相手は傭兵団。

 北方で、騎馬民族を相手に戦い抜いた戦争屋どもだ。

 だが、負ける気はしない。俺には貴族としての誇りと使命がある。

 この土地と、この部下たち、そして家族を守らなければならない。

 たとえ、どんな手練れたちであろうと、この覚悟と決意は奴らに無いものだ。


 風が軍旗をたなびかせる。

 遠くの山では、ロスガルド家の象徴である鷹が、青い空を大きく羽ばたいていた。


       ◆◇◆◇◆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ