7-2 アルフィン・ロスガルド十二歳②
前世では、PCさえあれば、大抵のことができた。
俺が、いわゆる引きこもりになった原因も、その一端はPCにあるとも言える。
それっぽく言えば、情報化社会の弊害ってやつだろうか。
テレビも、漫画も、ゲームも、買い物ですらインターネットを通じて可能だった。
そしてそう、性欲を満たすエロ関係も………。
だが、そんな情報化社会の最前線を経験した俺でも、成し得なかったことがある。
俺は、女性の裸体(ただし家族を除く)を、生で見たことが無い。
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窓から差し込む月明かりが、部屋を薄明るく照らしていた。
二つ並ぶベッドで、俺とエランは布団をかぶる。
俺たちが今夜、寝る場所は、1階にある客人用の寝室であった。
有り難いことに、非常に抜け出しやすい場所である。
そして無論、まだ寝てなどいない。
布団をかぶったまま、俺とエランはそわそわしている。
俺たちは、ただひたすらに、覗きを決行する時期を待っていた。
覗きに行く時間帯が、これまた重要なのである。
早すぎても、遅すぎてもダメなのだ。
ベルナード城には、多数のメイドが勤務している。
十代そこそこの見習いから、もうかなりオバサンな、とりまとめ役までだ。
その平均年齢は、恐らく二十代前半といったところだろう。
夕方にまず、麓の街から通いで来ている、一部のメイドが帰る。
そして夕食の片付けが終わる頃、館に泊まり込みで住んでいるメイドが、順番に入浴するのだ。
そして入浴の順番は、恐らく年功序列。
時刻が遅ければ遅いほど、若いメイドに当たる。
俺たちの狙いは、その中間層が入浴する時間帯。
その頃合いを、見計らっていたのである。
とはいえ、ここで働くメイドは、みんな可愛い。
ここは貴族の館で、貴人を接待することも少なくないのだ。
その容姿が選考基準となるのも、当然のことだろう。
そしてそのほとんどが、城務めの騎士と結婚したり、館に訪問してきた貴族に見初められて愛人になったり、二十代そこそこで抜けてゆく。
まあ、そんなわけで良縁も多く、街の娘たちから見れば、けっこうな人気商売で、憧れの的だったりするらしい。
「なあ、そろそろ、どうよ?」
布団からもそり、と顔を出しつつ、エランが尋ねてきた。
「いや、多分まだ、夕食の片付け中だよ」
「そ、そうか………、ああ、ちくしょう。長ぇなぁ………」
エランは布団をかぶり、沈黙する。
しばかく静寂が流れた。
だがその静寂が、非常に危険であることに、俺たちはすぐ気付く。
昼間の疲れ、そして夕食の直後というのもあり、強烈な睡魔の波が押し寄せる。
ここで眠ってしまっては、全てが水の泡だ。
エランは、がばっと飛び起き、ベッドに座る。
俺もそれに倣うことにした。
「ところでさぁ」
「なに?」
「アルフィンは、誰が好みなのよ?」
「メイドの中で?」
「ああ」
「ん~………そうだなぁ、アリシア………かな?」
ふっと頭に浮かんだ名前を、ぽつりと口にした。
まあ、無難なところだ。容姿に関しては、頭ひとつ抜け出ている感がある。
だが、エランにとってそれは、意外な答えだったらしい。やや大げさなリアクション。
「へえ、アルフィンって、そういうのが好きなわけ?」
「え、なになに? そういうのって?」
「確かにキレイだけどなぁ、ほら、アリシア姐さんって、もうけっこう………」
そうか、もうけっこう年なんだっけ?
とはいっても、まだ二十代の筈だよな?
前世の感覚でいえば、全然ストライクゾーン、射程範囲内の年齢だ。
だがいかん、今の俺たちは、十代そこそこの少年なんだっけ。
確かにエランが、かなり年上のお姉さんと感じるのも無理はない。
「じゃ、じゃあエランはどうなのさ?」
「そうだなぁ、俺的には………」
つらつらとエランが名前を挙げたのは、十代後半から二十歳くらいの、キレイどころ。
すぐに感じたその共通点は、胸が大きいメイドということであった。
へえ、エラン、お前、そういう………。
口には出さず、俺は生温かい目で、語りに入ったエランを見守った。
さて、アリシア姐さんの名前を出したものの、俺は別に、彼女に特別な感情を抱いてはいない。
あくまでも、キレイどころで、ぱっと頭に浮かんだ名前を口にしただけだ。
まあ、前世であれば一生、絶対に交わることがないタイプの女性だよなぁ………。
いわゆる、クールビューティー系?
視界に入っただけで、冷たい眼差しで瞬殺されそうな。
学校で例えるならば、高嶺の花的な存在、といったところか。
ちょっと憧れていたけれど、気付いたらイケメンと付き合ってて、ああ、やっぱり俺の手の届く存在じゃありませんよね………って感じで人知れず諦める、そんな感じの女性だ。
そういえば、アリシアって、親父とデキてるって噂があるんだっけ?
まあ、家族の俺から言わせれば、九九%ウソだとわかってはいるのだが。
それでも万が一ということが………、いや、まさかな。
「おい、聞いてる?」
エランのその声に、俺は我に返った。
「んあ、ごめん、半分寝てた」
「おいおい、頼むぜ。で、そろそろどうよ?」
館は完全に静寂に包まれ、何の物音もしてはいなかった。
俺はごくりと唾を呑み、覚悟を決めて告げる。
「よし、行こうか」
▽
俺とエランは暗闇の中、忍び足で、館を壁伝いに移動していた。
門の守衛の光が、遠くにぼおっと見える。
大丈夫だ、きっと見つからない。
夜の守衛勤務は、居眠りをしていれば終わるって、城の騎士たちが言っていた。
だが、しかし、今日の守衛は真面目な奴で、きっちり見回りとかしてて、ばったり出くわしたりしたら………。
俺はぶるぶるっと首を振った。
いかんいかん、自分のやっている行為の背徳感からか、どうにも思考がネガティブになりがちだ。
まあ、それも仕方が無い。前世でやってたら、確実に手錠をかけられてしまう行為だもんな。
だが、ここは異世界だ。
そして俺は貴族の領主の息子、そしてまだまだ子供!
きっと見つかっても許してくれる………はず。
今しかできないんだよ、こんな事!
「おい、どうした?」
思わず立ち止まっていた俺に対し、背後からエランが、不安そうにささやく。
「ごめん、何でもない」
そうこうしているうち、俺たちは目的地へと到達していた。
▼
その風呂場は、館の裏口の、やや離れに設置されていた。
木造の建物の、窓や換気口からは、明かりが漏れ、中で影が揺れている。
………誰か、いる!
ビクリと、心臓が高鳴った。
ともかく、空振りだけは避けられたようだ。
振り返るとそこには、やや緊張した面持ちのエラン。
安心するがいい、人生経験トータル五十歳の俺が、サポートしてやるぜ。
とは考えたものの、正直、俺の心臓もバクバクだった。
もくもくと湯気が立つ、浴場の換気口へついに到達する。
すっと鼻を通る湯気の臭い。その生温かさを感じつつ、俺たちは恐る恐る、そこから中を覗き見た。
中央に吊る下げられたランプが、板張りの内部を、薄明るく照らし出す。
しかし、中に人影はまだ無かった。
何だ、まだ脱衣場に居るのか───と思った瞬間、ガラガラと開けられる木戸。
そこから出てきたのは、一糸まとわぬアリシアの姿。
───!
向こうからこっちが見えるのではないか?
瞬間的にそう考えてしまい、思わずしゃがみ込んで身を隠す。
隣に居るエランも、同じ行動を取っていた。
俺たちは視線を交差させ、その戦果を確認し合う。
み、見えた………。
息を殺し、呼吸を整えつつ、その一瞬で焼き付けた光景を反芻する。
大きさはそれなりではあるが、形の良い胸に、くびれたウエスト………
薄暗く、湯気にぼやけたその情景が、さらに見たいという欲望をかき立てた。
その体が、湯船に沈む前にもう一度───!
同じことを考えたのか、シンクロした如く、俺とエランは同時に立ち上がる。
そして血走った目で、換気口から中を覗き見た。
ランプの薄明りに照らされた、その肢体の陰影が、やけに艶めかしい。
胸も重要ではあるのだが、俺の視線は、やや別の場所に向けられる。
それは、おへそ周り。
そこに、うっすらとついた、柔らかそうな肉が、やけに美味しそうに見えたのだ。
別に前世の俺は、そんなフェチでは無かった。
しかし覚醒間もない頃、悪戯で母親の脇腹をつまんだことがあったが………。
もしかしたらアルフィン君、あの時、何かに目覚めてしまったのかもしれない。
や、やべえ………。
抑えきれない興奮とムラムラ感に、俺は耐えきれず視線を外す。
横を見ると、半目で、鼻の下を伸ばしつつ、恍惚の表情をするエランが見えた。
そしてその鼻から、どろり、と垂れる赤い筋。
お、おい………。
エランは反射的に、それを袖で拭った。だが鼻血は止まらない。
もう一度それを拭ったところで、さすがにエランも違和感を覚えたのか、思わず袖を見る。
そして自分の袖が、真っ赤に染まっているのを見て、目を点にして驚愕した。
おい、落ちつ………
エランへと手を伸ばすが、間に合わない。
「なんじゃこりゃあああぁぁぁあああっ!」
エランが叫んだ次の瞬間、俺とアリシアの視線が合う。
反射的に両手で体を隠した彼女は、泣きそうな表情で、その場にうずまり込む。
そして、アリシアの悲鳴が、周囲に響いた。
▽
数刻後、俺たちは領主の執務室に連行されていた。
「それでは失礼します」と、夜警の騎士が退出する。
彼も微妙な顔だった。何せ、ノゾキを捕まえたはいいが、それが領主の息子だったのだから。
俺とエランは、やや青ざめつつ、直立不動でうつむく。
その前には、執務机に座り、苦笑いを浮かべる親父の姿があった。
親父はいい。親父はこの手の悪戯に関しては、大らかでさほど厳しくは無い。
だが、俺たちにとって計算外だったのは、その脇に立つガイアンの存在であった。
ガイアンは眉間にしわを寄せ、こちらをじっと睨んでいる。
………やべえ、絶対にしばかれる。
てか、何でおじさんがここに?
そういえば、親父も夕食に同席していなかったし、二人で何か仕事でもしていたのだろうか?
そして、やや離れた場所には、毛布で体をくるみ、ソファーに座ったアリシアが居た。
意外だったのは、アリシアのその表情、目を真っ赤に泣き腫らし、うつむき落ち込んでいる。
俺は、彼女が普段見せている、クールな立ち振る舞いから、裸を見られたくらいでは動じない女性と思っていたのだが、どうやらそれは違うようだった。
ふと、彼女と視線が合う。
ギッと、殺意のある目で睨まれてしまった。
………クールというよりかは、けっこう激情型の女性なのかもしれない。
「さて、どうしたものか」
困ったようにウェインがつぶやく。
ごめん親父………。
始めは軽い悪戯のつもりであったが、いざ捕まってみると、テンションはだだ下がり、もう俺は委縮してしまい、何も言えずにいる。
気分はもはや、死刑宣告を受ける前の罪人───といった感じだ。
俺とエランは何も言わない。
いや、何も言う権利が無い。
ただ、沈黙する。
だが、俺たちに対し、いっこうに死刑宣告が下される気配が無かった。
俺は落としていた目線を上げ、ちらりと二人を見やる。
ウェインは口をへの字に結び、困ったように頭をかいている。
そしてガイアンもまた、腕組みをし、困ったように何かを思案していた。
何か様子が変だな?
俺はすぐさま、何とも言えない違和感を感じ取った。
普段のパターンであれば、まずガイアンの雷が落ち、折檻が始まるものとばかり思っていたのだが。
肝心のガイアンが、これまた微妙な面持ちで悩んでいる。
やがて、ウェインが口を開いた。
「すまんな、アリシア」
「は、はい………」
「後できつく言っておく、ここは俺に免じて、許してやってくれないか?」
「………ウェイン様がそうおっしゃるなら」
結局、その場はそれで収まった。
アリシアはウェインが送り、俺たちはガイアンに連れられ、部屋へと戻る。
「明日の訓練は覚悟しておけよ」
別れ際、ガイアンのその言葉に背筋が凍る。
だが、それだけで済んだのは、あまりにも意外といって良かった。
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深夜、エランの寝息を聞きつつ、俺は窓から外を眺めていた。
少し興奮しているのだろう。なかなか寝付けない。
雨が降り、明日の訓練が中止になればいいのに。
ふと、そんなことを考える。
だが、見上げた空は、無情にも満天の星空であった。
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