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7)キャンプ第二夜は戦国時代

  

  

「イチ。暗くなる前に俺たち焚き木を拾いに行って来る」

 夢の割に現実的な提案をする俺をイチが制する。

「待て。野武士が近くに潜むかも知れぬ。焚き木拾いはそれがしが行く。オマエたちは姫とここでテツの帰りを待て」

 とってもリアルなことを言ってくれるじゃないか。これは夢なんだろ?

「現実だ!」

 やっぱし……。

 となると従うしかない。

 高飛車に言われようが、上から目線で告げられようが、今の俺たちはこの時代に詳しいイチにすがるしかないのだ。



 暮れ始めた空が赤く染まり出した。澄み切った青空が真っ赤に燃え、ひんやりとした透明な空気が漂う。夏休みは始まったばかりだというのに、イチの言うとおりここは秋の色一色だった。


 原っぱでは赤い太陽へ向かって、クルミが『夕焼け小焼け』を口ずさんでいた。もしかしてと思うが、俺の記憶までコピーされているのだろうか。別次元の生命体が童謡など知るはずが無い。なのにクルミは朗々と歌い続け、またその澄んだ歌声は、この光景にぴったり当てはまっており、違和感の無い状況に心が落ち着いた。


「子供がかえったあとからは……」

 夕日に赤く照らされたシャツを風になびかせ、クルミは歌の二番に入る。俺の記憶には二番の歌詞は無い。


「なぁサクラ……野武士って、本気かな?」

 すらすらと唄い続ける少女をぼんやり見つめながら、サクラに尋ねた。

「ん~。どうだろうね。出会ったら分かるよ、テル」

「相変わらず、お気楽なヤツだなお前……」

 何かとんでもないことがあの家で起きたことは確かだ。だが、クルミたちがおかしな連中なのはわかるが、ここが戦国時代だという確証はまだ何一つ無い。


 落陽のスポットライトを浴びていた歌姫は、唄い終わると、たたたと俺たちの前に駆け寄り、いつものように膝からダイブして、

「これが夕焼けなんですねぇ。初めて見ましたよぉ」

 ぷにゅぷにゅした頬をほころばし、暮れゆく茜色の空を見上げた。

「はぁ……綺麗ですぅ」

 オレンジ色に輝かせた無垢な瞳を夕空の中に巡らせて、思いを馳せている様子だった。


 やがて空が濃い紫色に深まるころ──、

「あっ、それって何ですかぁ?」

 忙しなく膝でにじり寄り、サクラの胸ポケットから頭が出ていた小さなモノを指差した。

「あぁん」と、取り出したのは、惨劇のあった家にあったボロ切れで作られた人形だ。


「お人形よ……」

 人間界でこれを見るのも最初なんだろう。簡素な作りの人形なのにクルミは目を大きく丸めた。

「すごぉい。どうしたんですかぁ、それ?」

「うん。一人で寂しそうに蒲団に入っていたから、一緒に行こうって連れて来たの」

 サクラは胸ポケットから出して、クルミの小さな手に握らせた。


 透き通ったガラスのような瞳を好奇に輝かせ、喜色に満ちた面差しをそれへと向け、

「これが……人形?」

 ゆっくりと広げた手のひらで、それをそっと寝かせた。

「可愛いぃ。これって人間の赤ちゃんのレプリカなんですよね? ね。これ、わたしにください。大切にします」

 きゅっと胸に抱いて、ワイシャツの裾を翻して舞うクルミに、サクラは慈愛に満ちた暖かい視線を注いだ。

「いいよ。きっとその子もこの半年間、寂しかったと思うんだ。大切にしてあげてね」


 天使のような笑みを浮かべて、サクラからボロ人形を受け取り、それへと頬を寄せるクルミ。

「ありがとうございます。サクラさん」

 歓喜あふれるにこやかな顔で人形を抱きしめると、少女は再び草っ原へ戻った。


「あの人形の持ち主も、きっとこの広場で遊んだことがあるはずよ……きっとね」

 ギリッとサクラが噛み締めた奥歯の音が聞こえてきた。俺も胸の中が熱くなり、何やら煮えたぎってきた。野武士の野郎ども、見つけたら皆殺しにしてやる。

 ガサリと茂みが揺れて、飛び上がる、俺。

「あひょ~。野武士か!」

 テツだった。


 口には名も知らない二匹の山鳥と、丸々と太った紫色のアケビをたくさん咥えていた。

「テツ。お帰りぃ」

 もうサクラんちのペットだ。テツも頭をサクラに擦り付けて軽く挨拶らしき儀式を済ますと、とすんとお座りをして、今夜のご馳走を地べたに並べた。


 テツの帰還に気づいたクルミが、原っぱから舞い戻って来て、独り芝居を始めるかのように語りだす。

「ご苦労様です。テツ……ええ……はい。イチは山に芝刈りですわ」

 頭を撫で回しながら語りかけるその仕草は、どう見てもこの動物と会話をしているようだ。

「なぁクルミ?」

「何ですか、テルさま?」

「テツは何て言ってんだ?」

「はい。今晩は焼き鳥だそうです。それと……あれをイチに渡して欲しいそぉでぇす」

 小さな指で茂みの奥を示した。

 銀狼はちゃんと言葉を理解するようで、力強い足の運びで茂みへ移動し、その奥に隠れていた長細い物体を咥えて戻って来た。


「帰ったか……」

 タイミングよく焚き木を担いだイチと合流。

 バサバサと枝の束を地面に積み上げ、テツが咥えてきた物体を拾い受けて、俺たちに見せた。


「か、か、か、刀か?」

 さて『か』を何回口にしたのだろう──どうでもいいか……。


 背筋を凍らせる鋭利な金属の摩擦音と共に、イチがそれを引き抜いた。


「に……日本刀だ」

 磨き上げられた表面はまるで鏡だ。濃紺の空と煌きだした星が綺麗に映り込んでいた。

「そうだ、本差だ」

 刀鍛冶みたいな目で、裏と表を繰り返し観察していたイチが、「本物なのか?」と問う俺に冷然と答える。

「なかなかいい仕事をしている」

「……お前もテレビの見すぎじゃないのか?」

 渾身の嫌味をイチは無視しやがった。


「ねぇ。イチさん。それって本当に本物?」

 イチは前髪を微妙に揺らし、柄の部分をサクラに向けた。

「お、おい。気をつけろ、まんがいち真剣(しんけん)だったら危険だぞ。いくらお前が剣道何段だって言っても持ったことは無いだろう? 本物だぜ」

「模造刀なら何度も振ってるよ」

「なんなんだよ、お前ぇ~ほんとに女かぁ?」

「だって、竹刀だと軽すぎるんだもん」


「……………………………………」

 言葉を失って、数秒沈黙──。


 気を取り直して。

「だ、だめだ。触るな。すぐに警察へ連絡しよう。山でとんでもない物を拾いましたって、な」

「とりあえず、本物かどうか振らせてよ」

 俺の忠告など聞かず、サクラは柄を両手で握り、上段に構えて数度振り下ろした。


 イチの整った顔に驚きの表情が浮かぶ。

「刃先がぶれていない。たいしたもんだ」

 感情の無い口調だが、そこには薄っすらと驚嘆の色が見えた。

「テル、これ本物だよ……すごいよ」

 さすがのサクラも息を飲んで、刃紋へ煌かせた瞳を向けている。


「そんなにすげぇのか?」

「うん。模造刀とは輝きがぜんぜん違うもん」

「なんか、お前、怖ぇぇぞ。目が行っちまってないか?」

「ばぁか。剣の道を究めたあたしに、なに言ってんのテル」

 サクラは片手で鞘を持つと、いとも簡単にそれへと刃を突っ込んだ。


「慣れてるな……」

 一連の動きを切れ長の目でじっと注視していたイチがつぶやいた。


「ほんとかよ?」

 カタチのいい顎をコクリと動かして、

「この時代でやっていける」

 それって褒めてんのか?

 イチは短く鼻で笑うと、焚き火の準備に入った。


 俺も連れ添って手を出す。

「焚き火の準備ぐらいは俺でも出来るぜ。あんたは料理を頼むよ。あれだけはちょっと無理だ」

「よかろう……」


 俺たちの会話をちゃんと理解したテツが山鳥を銜えてきた。それを受け取るイチの肩越しに尋ねる。

「なぁ。あの刀どうしたんだ?」

「テツがどこかで手に入れてきたようだ」

「マジかよ?」

「それがしは、ウソを言わぬ」


 ひと呼吸、俺の目をちらりと見て付け足した。

「この時代。あれが無くては生きていけぬ」

「うそだろ……やばいとこに来ちまったもんだ」

 サクラが素振りを繰り返す銀白色の物体を見つめて、首をすくめた。


「あいつ、また抜いてやがる……」

 イチもチラリと目を遣る。

「生まれた時代が悪かったんだ」

「ばーか。あいつは女だ。変なこと言うな」

 白く整った面立ちに薄い笑みを浮かべて、イチは鶏の調理を始めた。



 しばらく素振りをしていたサクラは、再び手馴れた仕草で刀を鞘に戻すと、ジーンズの腰に差そうとしていた。まるで侍気分だ。大声で忠告してやる。

「二十一世紀の人間が持つものじゃない……。銃刀法所持違反になるぞ」


 ヤツは目を丸くして、こちらへ視線を向けてきた。

「そっか……」

 サクラは渋々という表情でイチに日本刀を返した。まぁ俺的にはイチからも取り上げて、警察なり、役所の関係所轄に連絡して、山で発見したことを知らせたいのだが、携帯は相変わらず圏外だし……。


 イチは受け取った日本刀を背中に回すと、紐で括りつけた。

 刀は斜めに背中を縦断し、肩口に柄の部分を覗かせた。これで正真正銘の忍者装束の完成だ。


 テレビでしか見たことのないイケ面忍者──背中には模造刀ではなく真剣を差す──そんなヤツと一緒に晩飯の準備をする。

 なんとも言い表しにくい複雑な気分で作業が終わった頃には、山はどっぷり暮れていた。空には満点の星がギラギラして、それはこれまでに見たことも無いような力強い輝きだった。


「今日は三日月か……」

 ぽつりとつぶやいた。なぜなら昨夜は満月だったからだ。

 あまり考えたくないが、時間が狂っているのは確実だ。俺の携帯は午後三時を表示していた。


「文明の利器も、こうなったら、何の役にも立たねえな」

 独白めいた声と共に、俺は携帯の電源を元から切った。無駄にバッテリーを消耗させるのがもったいなく感じたからだ。電話と時計が役に立たなくなっても、カメラとその照明用の白色LEDは電灯代わりになる。

 それからランタンを点けるのもためらった。燃料が残り一回分ほどしかなかったため、緊急時のために取っておくことにした。


 夜の暗闇に慣れてくると、焚き火だけでもかなり明るい。サクラがクルミと懐中電灯で遊んでいるのを見つけて、急いで取り上げた。

「何よ。せっかくお化けゴッコしてたのに」

「無駄なことはやめろ。俺たちはいつ元の時間に戻れるか分からないんだぜ」

「それは姫様次第だ……」

 ポツリとイチが漏らした。そんな重要なことをいきなり告げるんじゃない。


「どういうことだよ」

「スーパークラスと共に時間跳躍できるのは姫様の能力があってのこそだ」

「俺が動揺を見せたらあの子は消えるんだろ? 何とかって石を没収されるって言っていたよな。そうなったら俺たちは……」

「そうだ、この時代に置き去りだ」

「社会勉強が終わるときは?」

「元の時代に帰していただける……はずだ」

「はず?」

 何だ、そのあやふやな返事は……。


「イチの冗談はおもしろいですねぇ」

「これっぽっちも笑えねえぜ」

「そうですかぁ? わたしは面白いと思いますけどぉ」

「あんたらの世界はよほど笑いに飢えてんだろうな……。ま、今ここで漫才でもしてもらったって、笑える気分ではないからな。戦国時代に飛ばされたうえに、野武士に襲われて廃村になっちまった、そんな場所でキャンプしてんだ。誰でもビビるっちゅうもんだ…………バカを除いてな」

 焚き火の炎で丸い頬っぺたを赤くギラギラとさせたバカは、俺の言葉の意味などとんと気づいていない。あきらめ気味に吐息を落としてから、もう一度イチの顔を見る。


「時間跳躍が思い通りになり、課せられたノルマをこなせば、社会勉強は終わりだ。お前たちも元の時代に戻れる」

「クルミ、次第というわけか……それよりお前、英語が多くね?」


「姫様のお相手ができるだけでも光栄なことだ」

 俺はわざとらしく肩をすくめて空を見上げた。

 まだ電灯が発明されていない日本列島は、夜の闇に沈み込んでいるのだろう。星の輝きが尋常ではなかった。天の川の輪郭まではっきり見えていて、無秩序に散らばった光の粒に混ざって、見慣れた星座がかき消されていた。


「すげぇぇなぁ」

 戦国時代の天空は、その中に意識までも吸い込みそうなほどのパワーを持っていた。

  

  

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