50)エピローグ
すこし語り残したことがあったので。ここで済まさせてもらおう。
スキンヘッドに成り果てた校長の説教を喰らった次の年の夏休み。俺とサクラはクルミたちと別れたあのブナの木の下へ勇んで行ったのだ。
結論から先に言うと。
キャンプ地まで続く林道は整備され、事もあろうか、あのブナの木が伐り倒されていた。
あの時、クルミが420年と言い直したのはこの事を知っていたからだ。
それにしても、樹を避けようと思えば避けられたはずなのに、どこのどいつがこんなことをしたんだ。
消沈した俺たちはその晩、切り株の下で一晩中テツを待ったが当然現れなかった。
だが手元に残るオレンジの石。これだけはあの出来事が幻として終わらないことを示している。おかげでサクラの野郎は俺にその石を生涯守れと命じやがるし、自分も俺の横にいて一生離れないと、宣言しやがった。
そのとき俺は思った。
やっぱりそう来たか。とな
この瞬間、サクラはジャンクションの時間項となっちまったわけだ。
だが俺はヤツに気づかれぬようにほくそ笑んだ。このおかげで確実にあと一回だけ会えるチャンスができた。
そう。再会までの道筋を築き上げればいい。いやそのことに成功している。山の中を歩き回った方向と距離を頭の中で描き、あの場所を特定すればいい。それが俺の使命だと悟ったのさ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから5年、俺は22才になっていた。
「ねぇー? 今日の晩御飯何が食べたい?」
ベランダに立ち、鼻歌混じりで俺のパンツを干す能天気オンナがいた。
「バカかお前? たった今、朝飯喰ったばかりだぜ。食欲なんか無い」
「そう? あたしは食欲あるよー。だっておなか減ってしょうがないの」
「医者行ってこい。きっと胃に穴開いてんぜ……」
「うそっ!」
勢いよく振り返り、丸い目を向けてくるサクラ。
バカはそう簡単に直らないの実例だな、こいつは……。
ベランダから恥ずい会話をでかい声でしてくる姿を呆れ気味に見つめ、俺は急ぎの仕事をすべく、再びパソコンのディスプレイに視線を戻した。
その片隅に燃える宝石のような煌きを放つオレンジ色の石がある。これは北陸の山中で時間族のお姫様と入れ替えに、俺たちに託された大切な石だ。
サクラはいつの日かあの少女と会える日が来ると思って大切に保管しているが、きっと連中は現れない。だからこっちから無理やり出向いてやる。そのために、俺はこの町から引っ越す決心をしたんだ。
どこへかって?
決まってんだろ。公園の近くにあるあの家さ。その場所を突き止めるためにどれだけ苦労したことか。
あっ!
「こ、こらサクラ、危ないから走るな!」
部屋の中をバタバタと駆け抜けようとするバカを叱る。なにしろヤツの腹には俺たちの子が宿っている。もちろん女の子のはずだし、名前も決めてある。『サキ』だ。これは時間規則なので破るわけにはいかない。それから残された期間で俺は最後の難題を解決せにゃならん。
それはイチをあれだけ大笑いさせた手紙を書きあげることだ。
いったい俺は何を書いたんだろうな。
まぁいい。まだ時間は35年もある。
俺は俺の義務、時間規則さえ守っていけばいい。その時までサクラには内緒でいよう。
「ねえ。テルあたしの櫛どこにあるか知らない?」
「知らねえーよ」
「確かここに置いてたんだよー。あ~あった。ケトルの敷きになってた」
「おいおい。あれは世界にひとつしか無い櫛なんだぜ。雑に扱うなよ。せっかく俺が苦労して手に入れたんだ」
危なくサクラの形見になりかけたことは内緒で、ヤツには俺からだとプレゼントした櫛だ。
「解ってるよ。大切にする気はあるんだけどさ。あたしってガサツだからさぁ」
俺は知っている。
ティラニウム合金は硬くて熱にも酸にも強く、数万年経っても錆びない。ガサツなお前にはうってつけだということ。
そして、少なくとも生まれてくる子供の手に渡ることも……な。
最後までお読みくださりありがとうございました。
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