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41)峰山 サキ

  

  

『船長。時間がありません』

 と再度せかされて、

「すまんすまん。それじゃあ、ヤツらの施設へ行ってくれ。くれぐれも見つかるなよ」


『ステルスモードに切り替えました。周囲数キロに渡って機影はありません。直ちに砂から出ます』


「ステルスって、あのレーダーに捉えられなくなるヤツっすか?」

 俺は館長に訊いたつもりだったのだが、

『現代のレーダーはさらなる進化をしており、電磁波の反射を利用していません。重力子の揺らぎを計測するグラビトンスキャン方式です』


「──訊くんじゃなかった」


「ふぉふぉふぉ。物体である以上必ず重力の影響を受ける。なので不可視にすることは無理なんじゃが、サキの場合はそれができる。なぜかわかるか?」


「重力子がなんだか解らないのに、理由まで解るわけないだろ」

「うはははははは」

 館長は投げ捨てるように言った俺を笑い飛ばし、

「ぐははは、そうじゃな。なかなか的を射ておる」


「今の発言、俺を馬鹿にしていないか?」

「ふぁふぁふぁ。許せ青年。今から理由(わけ)を説明してやる」

 砂しか映っていないスクリーンを指差し、

「サキの場合、超低空飛行ができる。最低地上高は43センチじゃ」

「うそぉ!」

「ウソなもんか。その高さだと、砂を巻き上げ大地と一体化するのでグラビトンスキャンでは感知できんのじゃ」


「そりゃそうかもしれないけど。そうとうノロノロ運転だろ?」

「遅いと言われればそれまでじゃが、時速千キロは出るぞ」

「うなぁっ!」

「そんなに驚く速度ではないじゃろ。お前さんの時代にも新幹線なるモノがあっただろ。あれを三台ほど重ねれば1000キロになるじゃろ?」

「新幹線は重ねる物じゃねえって、それより速度をそんなふうに加算すんな」




 上空43センチ、上空と言うには低すぎる。地面から浮くこと43センチ。そこを時速1000キロでぶっ飛ぶという。とても信じられる話ではない……だから半信半疑どころか、十中八九信じていなかった。


 のだが───さっきから喉がカラカラに干からびていた。


「ぐわぁぁぁ~。あうぅっっち! うひょぅうっ! ぬあんっと、ぐはわぁはー」


 この調子でここ一時間ほど雄叫びを上げ続ければ誰だって喉を枯らす。でも枯らす程度で収まってよかったと胸を撫で下ろしているのさ。

 出発前に、サキはVRディスプレイを使うか、と訊いてきたのだが、乗り物酔いはしたくないので断った。

 正解だったな。

 こんな地面ギリギリの光景を全方位ディスプレイで見せられた日には、おそらく失神していただろう。マジな話な。


 それにしても砂の上1メートルにも満たない空間を時速1000キロ近くで飛ぶ光景は壮絶だった。

 真っ平らな面を飛ぶと思ってくれるなよ、そんな甘いものとはまったく違うのだ。

 砂漠は緩やかに上下を繰り返し海原の大波と同じたゆみを繰り返している。それを避けながら、あるいは斜面に沿って滑リ上がり、そして急峻な斜面を下る。たまに砂山の頂上を鋭利な刃物で切り取るように突き抜けるときもある。画面を見なければいいのだが、怖いもの見たさで、ついつい視線を固定してしまい、気づくと目が離せなくなり、喉は叫び続け、水分が飛んで行く。


「これも慣性ダンプナーのなせる業じゃな。先人はいいもんを作ってくれたもんじゃ」

 館長の言うとおりだ。通常の状態でこんなムチャな飛び方をしたら、機体はバラバラ、俺の首なんか簡単にへし折れただろう。





 七時間後───。

 恐怖に満ちた砂漠の航海は終わった。


 夜に合わせて移動時間を調整しつつ近寄ったので、辺りは暗闇に沈んでいた。だが目の前に巨大なピラミッドがそびえ立っているのが、前方カメラの映像にくっきりと映っていた。


 それはニーナたちに連れられて行ったあのピラミッドとまったく同じものだった。

 夜空の星を全反射して、見る角度を変えるとその場に完全に溶け込み、肉眼ではまったく見えなくなる。あのとき見上げて興奮したのと同じ景色なのだが、今回は砂の中にいた。まるで海底の砂を被ったエイのようにひっそりと潜んでいた。




「……では最終の打ち合わせをするぞ。いいか?」

 最前列に座る俺とサキに向かって、教壇に立つ教師みたいな振る舞いで説明をする館長。


「爆縮が起きると同時に動き出したのでは間に合わん。起きたその時間には光速の80パーセントを越えていなければならん」

「何時何分に起きるか分かってるんすか?」

「ニーナがいなくなった以上それは分からん」


「じゃあ。時間を合わせることができない」

 と言う俺の意見に、

「実験が始まってその予兆が起きると空間が歪んでくるから分かるさ。それでその瞬間に合わせてピラミッドの頂点を通過すればいいよ」

 とサキは平然と言うが、俺はまたもや決意が揺らいできた。


「本当にその爆縮とやらが起きるのか?」

「ニーナがそう言ったんだから起きるのさ」


「ま、起きなかったら、上空を飛び去るだけだからいいんだけどな」


「何を遊覧飛行気分でおるんじゃ。爆縮は起きる。だがしかし起きんで喜んどる場合でもないぞ。ピラミッドのすぐ上空を飛ぶんじゃから、連中の猛攻撃を受けるぞ。最重要施設の上空を無断で飛び越えるんじゃ。プライド丸つぶれじゃからな。この施設にはアリンコ一匹近づけんように警備しておる。見たじゃろ。途中にあったあの物々しい数の監視塔を……。じゃのに、一介の博物館のオヤジに侵入されたことになるんじゃぞ」


 薄ら寒くなったので話しを先に進めた。

「とにかく爆縮が起きたとしよう。そして過去に戻ることもできたとして、俺はどうすればいいんだ?」

「スピリチュアルモジュレーションをアタシが出すから、テルはその波長に合わせて思考を飛ばせばいいのさ」


「その辺りが曖昧なんだ。思考を飛ばすってどうすんだ。声を張り上げるとか言うのなら理解できるんだけどな」

「心の中で強く念じるんだよ」

「なんか胡散臭いなぁ」


「向こうから反応が返ったら、お前さんも信じられるようになるじゃろ。何しろ会話をするのは過去の自分自身じゃからな。そうそう感情サージが起きるから注意するんじゃ」


「それが最も胡散臭い。それって自分の記憶に向かって喋りかけるのと、どう違うんだ? 過去の自分だとどうして言い切れるんだ?」


「テルは考えすぎなんだよ。その時が来たら自然と体が動くのさ」

「どう、」

 動くんだ、と尋ねかけて唇を噛んだ。以前藤吉に叱咤された言葉が蘇ってきたからだ。


《結果を見てから動く方法もある───お前のは愚痴だ。愚痴の多いヤツはたいていすぐ音を上げる》


 くそっ。一つも進歩してねえじゃないか、俺さま。

 それ以上何も言えなくなった。


 黙り込んだのを納得したと思ったのか、館長は質問の矛先を銀髪の少女に振る。

「どれぐらいで光速の80パーセントに達せるんじゃ?」

「十秒もあれば……」

「ダメじゃ。十秒も掛かっていたら波に呑まれる」

「無理だよ。どんなに頑張ったって加速に時間と距離が必要だよ」


「実空間ならそうじゃが、擬似亜空間レイヤーを利用して加速をすれば距離は稼げるぞ。実質的に時間の短縮にもなる」

「でも地球から遠く離れた場所に出てしまうよ」

「じゃ、向こうに出てから戻ってくるのはどうじゃ?」

「だめだめ。減速してUターンしてそれから、なんてことしていたらもっと時間が掛かるよ」


「む~~~」

 館長は眉間にシワを寄せて瞼を閉じ、サキは銀の前髪を指の先で絡めながら黙考に落ちた。

「カタパルトみたいなものは無いのか? 空母とかでよくあるじゃないか」

 少々焦り気味だった。ここまで来て策がなくなるとは思っても見なかった。


 館長が片目だけを開いて、沈黙から覚めた視線をこっちに向ける。

「そうじゃ。カタパルトに使える空間があるぞ……擬似亜空間を螺旋形に歪めるのはどうだ? 入り口は地球で、出口も地球じゃ。速度が上がるまでグルグル回っとればいいんじゃ。どうだサキ?」


「そんな変なことしたことないなぁ……でも原理的には不可能じゃないよなぁ」


 難解な会話を聞いていて、思わず口が滑った。

「あんたら頭が痛くならないのか?」

「ならないさ」

「ならん」

 きょとんとした表情で二人同時に見つめられた。


「………………………」

 俺が黙りこくった一瞬の間で、二人は方法を導き出したようで、

「このアルゴリズムなら可能じゃ」

 爺さんが突き出したエアロディスプレイの文字列をサキに見せ、

「とにかく計算してみようよ」

 それへと向かい、サキはオーケストラの指揮者並みの振る舞いを始めた。


「そうじゃ、そのバルクの塊じゃ。そう。少しずつカーブを作る……」

 俺には何をやっているのかさっぱりだが、

「できそうだね」

 明るい顔を上げるサキを見る限り、何とかなるらしい。





「あと三十分で実験が始まるぞ。そろそろ出発する。準備はどうじゃ?」

 爺さんの声が重く響いた。

「俺はマナ板の鯉状態だ。どっからでもかかって来いだ」

「マナ板って? 鯉って何?」


 青い双眸をクリンと丸めるサキに、

「どっちも説明が難しい。館長に訊けよ」

 と回答を拒否することにした。


「ミッションが終わったら、また博物館の仕事が忙しくなる。そのときに教えてやるから。さぁ。トランスフォームを始めてくれ」

「あいよー」

 機嫌よく前部のパネルへ向かうサキ。その後ろ姿に俺は声をかけた。今がその時だとな。


「サキ……待ってくれ」

「んー?」

「俺もミッションが始まる前に言いたいことがある」


「どうしたの?」


「俺たち、もう仲間だよな? あ、お前の活躍を見たからそう言ってんじゃねえぜ」

「そんなこと思ってないよ。アタシたちはとっくに仲間さぁ」


「そうか、よかった。ただちょっと確認しておこうと思ってな」

「何を? 変なのぉ」

 向こうへ行こうと緩やかに旋回するその肩口から、言葉を流し込む。


「俺の名前は『峰山耀(みねやま・てる)』ってんだ」

 サキは動きを止めて、不思議そうに振り返った。


「何を言ってるの? そんなの昔から知ってるよ」

「それでな……」

 ちょっとサキを焦らしてやる。


「なんだよー、テル」

 案の定、サキは口を尖らせた。


「あのな……この『峰山』っていう苗字をお前にくれてやる」


 瞬間息を飲み、サキは青い瞳を数回瞬かせた。


「うそ…………」


「今日からお前は『峰山サキ』だ。いいな」


「う……マジでくれるのか? 苗字くれるの?」

「あぁ。お前はこれからずっと峰山サキだ……そのためにもミッションを成功させなきゃならん」


「成功するに決まっとるわ。ワシと、このサキ(船)がついとるかぎりな」

「あぁそうさ。アタシが宇宙の果てにまで飛んでってやるっさ」

「その宇宙が無くなるんだぜ」

「なくなる前に飛び越えるのさ」

 意味解からんぜ……。


 サキは嬉しそうにコントロールパネルに駆け寄ると、急いで鏡の破片を取り出し、その中に映る自分に向かって語りかけた。


「み、ね、や、ま、サキ……かぁ」


 しばらく潤みを帯びた目で鏡の中を巡ってから、顔を上げる。

「嬉しいよ、テル……。これでプロパティが完成した。ほんとうにありがとう」

「峰山サキ……か。しっくり来るな。まるで妹ができたようだ」

「妹って何?」

「俺より年下で、同じ母親から生まれた女の子だ」


「よくわからない」


 ま……そうだろうな。


 俺の目の前で、『峰山サキ』はまぶしい光と共に船の女神と化した。

  

  

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