38)アタシがガイノイド、サキさ。文句あんのか?
「館長ぉー。思ったとおりだ。実験推進派から通信が入ったよ。うひゃひゃひゃひゃ」
くしゃくしゃの顔をしてサキが笑った。
「実験推進派って?」
「反政府軍のことさ。今はそう呼んでる」
「サキ」
「ん?」
「ヒーローへの説明はそれぐらいでいいじゃろ」
「何で俺がヒーローなんだよ?」
「アタシの中では、アンタはヒーローなんだよぅ」
「ほれ、サキ急げ。ワシが時間を稼ぐからお前は予定通りにな」
ワケの解からない説明をするサキへ、爺さんは向こうへ行けと目配せをしてから、
「それからお前さんも隠れておってくれ。あんたの顔が向こうにバレるとちとまずい」
瞳の奥に笑みっぽい揺らぎを見せ、俺にも座席の陰に入るように指示をした。
「こっちに隠れたらいいよ」
と言うサキに小声で訊ねる。
「何で俺の顔がバレるとマズいんだ?」
「アンタは指名手配されてるからさ」
「指名手配ぃぃ?」
サキはシーッと唇に指を当て、
「あったりまえだろー。実験施設に忍び込んで邪魔をしたんだよ。ドロイドもたくさんぶっ潰しただろ?」
また指先で鼻の下を擦り、
「へっへー。いい気味だ。あのタコみたいなドロイド大嫌いさ。あいつら裏表が無いんだぜ」
「知ってるさ。俺がそれを壊しまくった張本人だぜ……あいつらクネクネして、」
「やばい。通信が始まっちゃう。その話は後でゆっくり。な?」
サキは語り始めようとした俺の袖を引くと、もっと頭を下げろと命じ、自分も一緒になって丸くなった。
「なんでお前まで隠れるんだよ」
「アタシも廃棄処分から逃げている身だって言ったろ。見つかるとセンターに強制連行されちゃうのさ。アンタと同じ指名手配中なの。同じね」
顔だけをこちらに捻って、もう一度、にへへと笑った。
熱い視線で俺を見て微笑む姿はなんとも愛らしい表情をしている。『同じ』という言葉を繰り返したのは、たぶん仲間が欲しかったんだろう。慕ってくる雰囲気がやけに熱烈だった。
愛らしい横顔を眺める俺の前方で、ツーンという音と共にでっかいディスプレイが明るくなった。座席の陰から覗くと、戦闘服を着た、それには似合わない長い髪を綺麗に結い上げた女性が映っていた。
「人間だ……」とつぶやく俺に、
「じゃないよ。あれもガイノイドさ。どこかの人間とリンクされてんだ」とサキ。
人間はもう表に出ないのか……。機械と人間の立場が俺たちの時代とまるで逆だ。
『こんな辺鄙な惑星で何をしておる? 所属を述べよ』
美人だけど見るからに気の強そうな面立ちが、画面の向こうからこちらを睥睨した。
館長はわざとやる気の無さそうな声で応える。
「ん~誰じゃあ? ちょっといま取り込み中なんじゃ。後ではまずいのか? おおっと。スパナが落ちたぞぉ」
画面を見ることもせず、下を向いてのんびりと言いこもっている。
『こちらは太陽系環境保護団体の第三惑星パトロール隊だ。無許可なら引力圏からただちに離れよ』
「だがのぉ。いま整備の最中でのぉ……」
サキは床に座り込んだまま、通信画面をチラチラ見ながら、丸めた体の前で指先を空中で泳がせていた。
何の儀式を始めたのかと観察する俺の横で、サキは何も無い空間に浮かんだ文字列を左右に弾いたり、摘まんだり。その様子は、ちょうどスマホの画面が宙に浮いていると思えば、ほぼ正しい。
「こんな座席の陰で何やってんだよ?」
サキは顔だけをこちらにねじり、
「エアロじゃないか。知らないの?」
胡座をかいて背中を丸めた体勢は、ひどく窮屈そうだった。
「知ってるさ。空中ディスプレイだろ。SFモノでは定番だよな。じゃなくて何をしてんだ?」
「相手の通信搬送波を逆探知して、本物の共振エミッターの共鳴したフェーズを探すのさ」
訊いた俺が悪かった。意味が解らん。とりあえず質問を変える。
「そんなことで見つかるのか?」
「共振エミッターから漏れる電磁波の空間フェーズは連中の通信機の搬送波と共鳴するんだよ。3年前に館長が発見したんだぜ」
なるほど───と言いたいが、いまのは日本語なのか?
『所属はどこだと訊いておる。許可証を提示せぬか!』
「おいおい。美人が台無しじゃぞ。そんなに目くじらを立てるな。ほれワシじゃ」
爺さんが顔を上げた途端、画面の中で目を吊り上げていた女性の表情が一変。
『ゑプシロンミュージアムのジジイか……』
片眉を歪めて煙たそうな表情に切り替えた。
「挨拶じゃのぉ。はるばるイプシロンからやって来ておるのに、そりゃないだろう」
『何がはるばるだ。お前の船なら半日の距離だろ。小型船のくせにえらく高速航行ができるらしいな』
──説明しよう。
《キャンプの話がどこから脱線したのか、気がつけば宇宙規模の話になり、行き当たりばったりにも程がある。おかげで、すっかり出番が無くなった『説明しようおじさん』であ~る。しかたがないので、こうなったら何にでも顔を突っ込んでやるのである。
イプシロンとはエリダヌス座にある恒星で、数個の惑星と小惑星帯を持つと言われ、比較的地球から近く太陽ともよく似ていて知的生命体がいるかもしれないとSFでは頻繁に登場する恒星でもあーる。
ただしこの話では恒星そのものを指しておらず、いくつくかある惑星の一つを示して、全体でイプシロン星系とさせてもらった。しかも近いと言っても地球から10.5光年の距離があり、それを半日で移動するには、亜空間移動かワープ航法、あるいはワームホールなどの手段を持っていないと不可能なのであーる。
ところで『イプシロン』を『ゑプシロン』と表記したのは、ウとユのあいだを発音するのが正式らしいからであーる。よけいなお世話だが。
ところで、そのよけいなお世話的な説明で、行数を稼ぐなって?
何を言う……そんなことはしていなーい…………こともなーい》
『遺跡の発掘にそんな高速船が必要なのか? それとも何かから逃げるためか?』
「嫌味を言うな。ワシは遺跡荒らしを捕まえるのも仕事のうちじゃ。それよりお前さんらも保護団体なんじゃから地球を大切にせんか。なにやら大きな物を建てておるじゃろ? 遺物を壊して回る保護団体なんぞおらんぞ」
『ふんっ。こっちだって正式な手続きで地球の保護を担っておるのだ。それなりに規模も大きくなるワ。そっちこそ、何をこそこそ探しておるんだ!』
女パイロットは居丈高に甲高い声でわめき散らし、爺さんは柔和にそれを受け流す。
「ふぉふぉ。ワシャ珍しいものがあるとどこでも出歩くからのぉ。地球に残っとる化石を拾いに来ておるんじゃ」
『もう何も残っておらぬワ。それともまだあの連中の骨でも探しているのか?』
「そうじゃな。6900万年前の地球の若い男性じゃ。掘り起こしたら客を呼べるからな」
まさかそれって俺のことか?
ディスプレイから目を離し、エアロの操作をしているサキをうかがう。
小さく動く彼女の瞳がそれを肯定していた。
『なんでもよい。さっさとそこを離れないと攻撃するぞ!』
「ふぉふぉ。綺麗な顔をしておるのにそう力むな。男が逃げるぞ。それよりワシは中立派の代表じゃ。それに手を出すとお前ら推進派の印象が悪くならないか? せっかく反政府という黒いイメージを科学実験推進という明るいイメージに変えることに成功したばかりじゃろ?」
『くそジジィが……。一時間だけ待ってやるから、すぐにそこを立ち去れ。あまり長居しておると攻撃部隊を呼ぶからな』
「やれやれ。気の荒い女は嫌われるぞ。それとも彼氏と喧嘩でもしたか?」
『うるさぁい! 喧嘩などしとらん。口の減らないジジィだ。さっさと去れ!』
「あー。整備が終わり次第出て行くから安心しろ」
ディスプレイの画面が宇宙空間に切り替わり、ギラギラした星が広がった。
空気が無いとこんなにギラつくんだ。という感想と共に画面が消えて灰色に変色、すぐに黒味を帯びて消えた。
ふー、と小さな呼吸音。渋そうな表情を一瞬で消し去り、ほくそ笑みを浮かべて爺さんが振り返った。
「どうじゃサキ?」
こちらも満面の笑みで、
「ばっちりだよ館長。場所が特定できた。オーストラリアの南東一四〇〇キロメートルだね」
「どこだそこ? 海の上じゃないのか?」
「うみ? 海ってあの海?」
「そうじゃ。あの海じゃ。今は干からびておるが、水が満たされていた頃の青々とした海じゃ」
「そうか。サキは海を知らないのか……」
少女は銀色の頭を振って、意外な返事をする。
「知ってるよぅ。イプシロンの海だけどね」
「じゃあ、同じだろ。地球もそっちも」
指を振り子のように揺らすサキ。
「青くないんだぜ。イプシロンは赤い海なんだ。アタシは蒼い海が好きなの。あー見てみたいなぁ」
俺的には赤い海のほうが興味あるが……。
「そうだな。深いところに行けば、お前の瞳みたいに深々とした青色だ」
「ほんとぉ?」
半音ほど声のキーを上げて、サキは胸ポケットから布で包まれた物を取り出し、俺の前で広げた。
「へぇぇ。こんな色かぁ」
取り出したのは割れた鏡の一片だった。
それを覗き込み、驚嘆の声を上げた少女の瞳は深海の海よりも深く透き通り、キラキラと無色透明の光をこぼしていた。
「こらサキ。そんな物に見惚れておる場合ではないじゃろ。早く詳しいデータを報告しろ」
ごめん、と一言落として、自分の顔を映していた鏡の破片を赤い布で大切に巻くと、ポケットに戻しつつ報告。
「大昔の南極大陸跡の近くにある施設だよ。あのへんの砂漠には建物は一つしかないから見つけるのは簡単だ」
「よし。移動するぞサキ。パイロットモードじゃ」
「オッケー」
気さくに挙手をしたサキは俺を立ち上がらせると、大型ディスプレイの前に引っ張って行き、二列並んだ座席を指差した。
「アンタはここに座っていいよ。アタシがこの船を操縦するから見てておくれよな」
「お前みたいなガキきんちょに操縦できるのかよ」
知らなかったとは言え、俺はこの時とんでもないことを口にしていたのだ。
「にへへっ」
サキは薄ら笑いを浮かべた鼻先を指でこすると、館長の動きを目で追っていた。
え?
てっきり俺は隣にサキが座ると思っていた。ところがそこには爺さんが座り。サキはそのままディスプレイの下に広がるコントロールパネルの側面を開いた。
ごそごそ手を突っ込むと、複雑にケーブルが絡まる電極を取り出し、
「なっ!」
自分の手首を引き抜き、それへと向かってガシャリと突っ込んだ。
「脅かしてすまんのぉ、青年。サキとこの船は一心同体なんじゃ」
ふはふは、とおかしな笑いをしながら説明するが、俺はさらなる驚愕の光景に慄き座席にしがみ付いた。電極が差し込まれた瞬間からサキの様子が変ったのだ。
床から伸びてきた金属フレームが音を上げて彼女の両脚に固定された。ぐいと上げた瞳から赤く細い二本の光線が伸びる。それが天井の装置を照らすと、満天に広がる夜空を彩る星々のように光の粒が並んでいった。
さらに変化していく船内の様子に、ただ固唾を飲んで見つめるだけだ。
柔軟なケーブルが次々と足元から生えていく。植物の生長を早回しで見るようだ。足首から絡まり上半身へと伸びて、迷彩服の隙間から中に入り込み肌に吸着融合。自由に動くのは残ったもう片方の腕だけだ。その指先がいつ出現したのか、エアロディスプレイの上を踊った。
忽然と響く施錠が外れたような金属音。
「こ、今度は何だよぉ……」
驚き仰けぞる俺の頭上から下りてきた金属製の光ったロッド。何ヶ所もあるジョイントがエアー音を上げ、これも生き物にも似た動きで折れ曲がり、サキのショートヘアで覆われた後頭部手前で停止。その先で平たいプレートが立ち上がりそのまま頭蓋にあてがわれると、そこを狙って銀の髪が持ち上がり吸い付いた。まるで下敷きに静電気だ。
爺さんは、キシキシと乾いた音を上げる絹糸みたいな髪の毛を見つめて説明する。
「擬神経回路じゃ。昔はニューロンファイバーとか、神経フィラメントとか言うとったな。船のシステムと直結するんじゃよ」
「まさか……」
さっきまで俺と床の上に屈んでいたボーイッシュな少女が、今や完全に機械と融合同化していた。
キラキラと虹色に輝きだしたサキの髪の毛に圧倒され、俺はでかい口をおっ広げたまま唖然とし、爺さんは腕を組んだままニコニコしている。その前で装置が次々と起動して、流れるインジケータの数値や光がそれを示していた。
サキの変身姿に圧倒されて言葉失っていた俺の耳に、心地の良い声音が届いた。
『出発の準備が完了しました。インパルスエンジン異常無し。左右ナセルにパワー配分誤差を発見。処置完了。修正しました。リアクターの反物質反応レベル0パーセント、停止しています』
だ、誰、この声?
サキとはまったくの別人だ。静かに響く明瞭な声だった。
「ワシが無くしたスパナはどこ行ったんじゃろな」
『紛失したスパナは後部格納庫ブロック3の重力抑制コントローラーの奥に張り付いています』
「ふぉふぉ、ふぉ。やっぱりな。重力プレートに吸いつけられておったんじゃあ見つからんはずじゃ」
「スパナより。この声、誰だよ?」
俺の質問はかたごとく無視され続けた。
「まっすぐ目的地には行けんじゃろ。さっきの偵察機が監視しとるからな。いったん地球を離れるように見せかけるか」
独り言にしては、声がでか過ぎないか?
『小惑星帯を抜けて圏外に出てから戻ればいいかと思われます』
「そうじゃな」
もしもし、お爺さん……。
「ほんじゃ微速前進」
『了解。センタースラスター噴射。秒速5メートル、20メートル、250メートル』
「館長、何だよ! この子」
たまりかねて大声を上げる。
「何って? サキじゃろ?」
「あ、アンドロイドじゃないのか?」
「間違っちゃおらんが、正確にはガイノイドじゃ」
「じゃなくてー」
「ヒューマノイドのカタチをしておる時は、この船から切り離されたオプション機能なんじゃ。で、今が本当のサキの姿というワケじゃな。見てみろ、」
と言って天井へ両手を広げ、
「こんな立派な宇宙船じゃぞ。廃棄処分なんかされるのは惜しいじゃろぉ?」
マジっすか!!
「サキって宇宙船なのか!」
爺さんは平然と、
「そうじゃ。ほんでワシが博物館の館長じゃ」
文句でもあるのか、と言いたげな顔だった。
「………………………ないっす」