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34)共振エミッターまでの長き道のり

  

  

 イチはリンゴの絵をロゴにした会社のスマホで通路の向こうを指し示し、

「共振エミッターはこちらにあるようだ」

 長めの前髪を自慢げに揺らし、すました顔で言った。


 こいつはどこまで本気だ?

 訝しげに手元を覗き込まれた忍者野郎は、涼しげな目でちらりと俺を見て、

「この先でフェーズがずれた空間波動をこの装置が検出している。エミッターで間違いない」

 機械の合成音にも似た抑揚のない声で告げたが、デタラメにもほどがある。俺が自信を持って言い切ってやろう。


 21世紀の、あそこのスマホにそんな機能があるわけがない!


「お前、この会社のスマホをバカにするのか?」

「そういう意味じゃないけど。非常識な使い方するなよ」

「非、常識であっても、時が経てば常識となる。テルの親の時代なら、ワイヤレスフォンであってしても、非常識な代物だったのだぞ」


 そりゃそうかもしれないけど───むちゃくちゃな話だぜ。

 だけど藤吉は隣で「そのとおりだ」とか言って、意味も解らないくせにくうなずいた。


「バカにするな。お前らが持っておるミクジの板が、ミクジ以外の用途もあることぐらいは知っておる」


 このオッサンは──俺とタメだが──恐ろしく柔軟な考え方をするから驚きだ。それもこいつのいた世界がそうさせるのだろうか?


 藤吉の住んでいた時代──慶長一年。人と殺し合うのが常識の時代だ。俺たちの時代から見ればとんでもなく非、常識であるが、藤吉にすれば日常の事なのだ。いったい常識、非常識は何を基準に決めるのだろう。


「だいたいお前は、いちいちくどいのだ。こだわる必要の無い場面では考え込むな。素直に動け、結果を見てから新たに動くという手もあるんだ」


「それはちょっとおかしいだろ。間違った結果が出たらどうする。だから先によく吟味してだな……」

「お前のは思案ではない、愚痴だ。愚痴の多いヤツはたいていすぐ音を上げる」

 藤吉は小バカにした風な目で、俺をすがめて言い切った。


「むぅぅ……」

 なんか言いくるめられた。これ以上何か言えばそれを認めることになる。さすが野武士のリーダーだ。同い年のクセにこの差が気になる。


 ぶちぶち言っていると、薄ら笑いで俺たちの会話を聞いていたニーナが、イチの手元に顎をしゃくって言う。

「よく見てみろ、テル。あれはその時代の人間に見られてもいいようにイミテーションされた物だ。中身はイプシロン製の高性能のアナライザーだ」

「マジかよ……」

 くそっ。イチの野郎、ややこしい真似しやがって…………。あれもミラードールと同じ仕組みか。


「そういうことなら納得だが、頭領に見せたらまずいだろう?」

「この侍は察しておるとおり柔軟な考えをしておる。お前と違って取り乱すことも無く受け入れる。問題は無い」


 平然と言うニーナに俺は肩をすくめる。

「じゃ、時間規則に反してないということをお前も認めんのか?」

「当たり前だ。私は、ニーナ・シャーロットだぞ」


 はいはい、即存じておりますよ──。




 溜め息混じりで連中の後を追い、何ヶ所かの通路を折れ曲がり、一つの部屋に入った。

「なんだここ……?」

 コンソールパネルにたくさんの点滅するインジケータが並んだ部屋。アニメでよく見る光景だったが、奥の一角に見たことの無いものがあった。


 両壁や天井に不規則に並んだ青い光点。それが奥に向かってまばらに続いている。何の意味があるのだろう。照明にしては小さすぎるし、もしそうだとしても壁には必要無いはずだ。


 嫌な予感がする……。


 考えていたとおり、一歩近づいて俺は動けなくなった。

 その中の一つが不気味に低い音を上げて極細の光線を伸ばしたのだ。

「何だよ。あれ……」

「しっ、静かにしろ!」

 聞こえない程度に囁いたのに、ニーナにきつく睨まれた。やっぱ、やばいもんなんだろう……たぶん。


 いきなり放たれたのは、定規でビシッと引いたような光のラインだ。極細の割にしっかりとした道筋を作って天上から床に到達して、小さな青白い輝点となって動き回る不気味な光。まるで何かを探るサーチライトの動きだった。

 俺の声に反応したらしく、青い輝点の進路がこちらへと向き、静寂だった空間が変化する。

 天井や両壁から灯っていた光の点。そこから鋭く長い針のように次々とビームが伸びると、雲丹(うに)の触手と同じ動きで、それらが交差を始めた。


「そのビームは生体センサーだ。離れろ」

 ぼんやり立ち尽くす俺にイチが命じるが、

 あっ!

 輝線の入り乱れた空間を平気な顔をしてクルミが歩いた。シャワーみたいに注いでくる青い光線が白い腕やセーラー服に反射し、それらはあらゆる角度に屈折して方向を変えた。

「時間族のインスタンスには影響が出ない。もちろんホロ映像のニーナにもだ」

「となると俺たちだけか……めんどくせぇな」

 つくづく人間であることが嫌になってきた。


「いいか。しばらくするとスキャンの数が減る。そこを見計らってすり抜けるんだ」

 と告げると、イチは造作もなく向こうへ通り抜けた。


 羨ましがっていても虚しいだけだ。ビームの数が減るのを待つことにしたのだが、

「なによ、こんなの平気よ」

「ば、バカ」

 止める俺の手を振り切ってサクラが飛び出し、藤吉も後を続いた。

 二人は俺より運動神経の出来が違うのだろう、たくさんの輝線が動き回るその隙を上手くかわして、いとも容易くすり抜けると向こうへ渡り、振り返って俺に手を振った。


「ほらね。テルもおいでよ」


 なんちゅうヤツらだ……。

 特別俺の運動神経が鈍いわけではない。あいつらが秀逸なだけだ。


 どちらにしても失敗は許されないだろうから、ここは慎重に光線の数が減るのを待った。しかしいくら待っても全部消えてくれない。

 仕方が無い、後戻りもできないし……行くか。


「残り三本……行けない数ではない」

 気力を奮い起こし、スタートした。


 床を這っていた輝点が左壁を伝いだしたその下をくぐり、右壁から床を通って左壁へ移動するラインをまたぎ、前方からやって来た光線を背中スレスレでかわし、

「うひょぉぉ。ギリギリじゃねえか、やっべぇぇ」

 躊躇した途端、震える手足はとんでもない失態を演じた。


 なんなく通り過ぎたと思ったのだが、つまずいた。まるで漫画だ。先に出した右足に左足が絡まった。あり得ない格好で派手に床へ突っ込むその背中へ、天井から青白いビームが放射された。


「どぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー………………あ?」


 何も起きていない。室内は静まり返っていた。


「………………?」

 疑問符を浮かべながらも、ゆるゆると顔をもたげた。

「間抜けめ。お前は次元転移の誘導以外何も使えるところが無いな!」

 ニーナの手のひらでブルーの光点がキラキラと輝いていた。しかし弛緩している場合ではない。


「早く向こうへ行かぬかっ!」


 みんなには聞こえない声で凄んだ。ものすごい形相でだ。

 両眉を吊り上げ、怒りの表情で俺を()め上げた彼女は、ビームの動きにあわせて蒼光の粒を手のひらで転がせていた。


「私とて万能ではない。これが精一杯だ。早くどけ!」

「ご、ごめん」

 向こうでサクラが手を振っており、その足元へ転がるようにして逃げた。

「うっひゃぁぁぁぁ。カッコ悪いぜ」

「テルは本番に弱いんだから……」

「くそっ。お前らが俊敏すぎるから、俺が目立つんだ」

 と言い返したが、それは負け惜しみにしか聞こえなかった。




「カニだぁ───!」


 異物スキャンをかわして、のんびりする暇は無い。

 それはいきなりだった。通路の角を曲がった途端。不気味な物体と遭遇した。


「クモよぉ!」

 いやどちらでもない。似て非なるものだ。

「妖怪だ……やはりここは黄泉の国か……」

 藤吉が息を飲むのも同意できる。俺も同じ気分だ。


 左右に4本ずつ生えた細く長い胸脚で、バランスボールより大きい球体のボディを持ち上げていた。(あし)の先まで含めて、サイズは大型犬クラス。その細い肢を小刻みに震わせながら、絡まることなく、前後にクロスさせて前進して来る。

 その前にさっと飛び出したのはテツだ。


 テツのほうがひと回り大きいが、そのクモともカニとも言えない物体は、あきらかに人工的だ。テツが牙をむき出し、真っ赤な口を震わせて威嚇をしても、怯む様子も無く突き進んでくる。


「テツ下がれ。こいつは警備用のドロイドだ。攻撃力は低いがあらゆるセンサーを持っており、建物以外の異物を瞬時に判断するぞ」

「なら拙者に任せろ。妖怪退治ならお手の物だ」


「頭領。刀では無理だ硬質ナノチューブ製だぞ」

「やってみないとわからないだろ。この刀は天下の松平様お抱えの刀鍛冶が作ったもの。その辺の生ちょろい刀身(とうしん)とは違う」


「モタモタしていたら司令部に連絡される。ここはニーナに任せておけ」

「そうです、お侍さま。ここはわたくしめにお任せください。こういうことにかけては……」

 ニーナは物腰柔らかに告げるが、

「この会話が無駄じゃ。心配無用!」


「愚か者め! やめるろ! 刀など無意味だ!」

 咄嗟のことで、ニーナは地のままの口調で叫んでいた。


 止めるニーナをさらりと避けた藤吉が、ミリ秒単位の動きを見せた。

「しぇぇぇっ、とぉぉーっ! てぇーーいっ!」

 瞬間的に放たれた雷光に近い一閃と同時に、足がばらばらと切断され、立て続けに二体の胴が真っ二つに切り裂かれた。

 背筋が凍るような切れ味のよさを披露した白刃(しらは)が、円弧を描いて藤吉の鞘に戻る。その間、コンマ五秒。


 計ったわけではないが……。


 ドバッ。

 (やいば)が鞘に格納される小気味良い金属音と共に、粘り気のある青い液体を吹き上げて、クモ型ドロイドがその内容物を床にぶちまけた。


「どうじゃ。これなら連絡する間もないだろう」


「…………………………………っ!」

 居合抜きだ。こっちの魂まで一緒に抜かれちまって、ぽかんとする。


「──す、すごい。お見事ぉぉ!」

 手を叩いてはしゃいだのは、サクラだけだった。イチは肩に掲げた刀に手を掛けて動けず、それでも数センチは鞘から刃が覗かせたところを見ると、加担する気はあったようだ。


 クルミは堅く目をつむったまま、ニーナは呆気に取られて茫然としていたが、おもむろに口を開いた。

「み……見事じゃねえか、侍……。あっ、じゃない、お見事ですわ、お武家さまぁ」

 どっちの口調で喋っていいのか、一人混乱していた。


 自慢げに長いポニテを揺らして藤吉が振り返る。

「剣技と気合を練磨し続けた結果のなせる技じゃ──!」


 だがそれは、意外な結果をもたらした。

  

  

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