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33) ニーナ・オーバーライド

  

  

「よーし。いいぞ。実体化できた」

 ふぅと緊張を解きつつ、手の甲で額を拭う俺の前に立ちはだかった一人の少女。

 見上げた瞬間に息を飲み、呼吸が止まった。


 ムチのようにしなやかな赤い髪の毛を腰までたゆらし。紺色のオーバーニーソとスカートのあいだの白い脚がやたら艶っぽく、すらりとしたスタイル。端正な顔立ちにキラリと鋭く光る切れ長の目。少女はとんでもなく美人だった。


 どこをとっても金髪北欧系ニーナとは異なっていて、いくつの次元の差があるかは知らないが、こうも異なるとは。


 いい──グッドジョブ。ハラショー。いくらでも言い続けていたい。

 ぞんざいな口調を除けば、何もかも俺好みだ。


 赤毛のニーナは、ポケットから取り出したリボンで、その長い髪の毛を首の後ろで結いながら言う。

「なにをそんなにジロジロ見ておる。いつものことだ珍しくもなかろう」

 上目遣いに俺を見るその姿がたまらなく色っぽい。


「あ、あのさ」

「なんだ?」

 俺は跳ね上がろうとする鼓動を必死で抑え、

「いつも一緒なのか?」

「ああ。亜空間内では、お前と私は一心同体なんだ」

「一心同体?」

「そうだ。一つに解け合う」

 うほぉぉ。なんちゅうことを。


 今度は無性にこっちの俺が羨ましくなってきた。亜空間だとサクラはいないのも同然だ。上手くやってんじゃないのかぁ。この俺め。


 今にも躍り出しそうな状態の俺に、ニーナは喧嘩でも売るような、すげー剣呑な視線を向け、

「さすが次元が違えどもレイヤーレベルの同一体だな。頭の作りが同じだ。くだらない思考が漂って来るぞ、この愚か者め」


 やっべ。読まれている。


「まぁ。どのみちお前はお前だ。よろしく頼む。私がこの次元のニーナ・シャーロット、FE0A3292・446C0B5Dだ」


 やっぱ、なげぇなぁ~。


 コードネームは長いのだが、短めのプリーツスカートと紺のオーバーニーソのバランスがたまらん。


「どこをジロジロ見ておる。ん? 何かついているのか?」


 視線の先が発覚すると怒鳴られそうだったので、急いでニーナのきりっとした顔に振り、

「それより俺はこの後どうしたらいいんだ?」

「決まっておろうが、次元転移は無事に済んだのだ、いつものように互いに(まじ)わりをして、実空間にもどる」


 ふぇぇー?

 とんでもなく間抜けな声が、喉からこぼれ落ちた。


「ま、交わるんすか。あんたと俺とで?」

 とてもキショクのいいフレーズなんですけど。いいんすかそんなことして……。

 今度こそ心臓の鼓動が聞こえるのではないかと思うほどに、大きく脈打った。


「やはりお前の脳細胞は腐った豆腐だな。(まめ)が腐ると書いて豆腐だが、脳が腐ると書いて、テルと読んでやろうか!」

 そう怒鳴った後、眉間にシワを寄せた赤毛のニーナはさらに傲然と吠えた。

「思考波を交換し合って、次なる急変に備えるんだ。このデバガメ野郎がぁ!」


 うへぇぇ。怖ぇぇぇ。ここの俺。お悔やみ申すぜ。こんな調子だったら、サクラのほうがどれだけマシか。


「亜空間クローラーとしての機能を高めるために私が開発した手法だ。バカにしてっとぶっ殺すぞ! 死にたいのか!」

 あたまをブンブン振って否定する。

「めっそうも無いっす。さすがニーナさんはエライなーって思ってたところです。それより亜空間クローラーって何んすか?」

 死にたくないので、必死で話題を変えた。


「間抜けな異空間同一体が歴史を変えないか見張っておるんだ。知っておろうが」

「あー、それか。でも俺たちのニーナは亜空間クローラーとかいう言葉を使ってなかったもんで……」


「当たり前だ。次元が異なれば歴史も異なる。名称も少しずつ変わるもんだ。カロマーならそれぐら察しないか!」


「そんなこと言ったって、俺はまだ新米なんだぞ……」

「何だ! 文句あるのか!」

「…………ねぇっす。何もねえっす」


「ちっ、まぁいい。だが今日は交わりを省略する。すぐに亜空間から出るぞ」

「なんか損した気分だ」

「うるさい。今日のお前は無礼すぎる。そんなヤツと交わえるか!」

 俺はいつもこんなだけどな。次元が変われど俺は俺のはずだ。


「ふんっ」

 しばらくプリプリしていたニーナだったが、急激に語調を緩めてトーンを上げた。


「お姫様。実空間にお戻しくださいませ……ね」

 いつのまにか再起動したクルミとイチがそこに立っており、

「──のとき、押入れに閉じ込められたのを思い出しちゃった」

 また会話の途中から動き出したサクラが、屈託のない顔を俺に向けてくるが、さっきニーナに怒鳴られた衝撃からまだ抜けきれておらず、うろたえていた。


「なにビビってんのよ?」

 す、するどい。

「な、何もビビっちゃいないさ」


「姫様。実空間はコンジットが張り巡らされています。ケーブルなどがたいへん混み入っておりますのでお気をつけください」

 ニーナは赤い髪の毛をかき上げて、丁寧な口調でクルミに接している。さっきから何か引っかかると思ったら、こいつの言葉遣いが急変したんだ。


「みなさんもお気をつけください。中は()もうございます」


 あまりにきしょいので、辛抱たまらず、

「こら。ニーナ、なんだその喋り方、」

 と言った途端、横っ腹を一突きされて、元の亜空間へ連れ込まれた。


「間抜けー! あれほど私にかまうなと申しておったのに、またぶり返す気か!」


 痛でででで。

 細くて綺麗な指を、おい、そんな使い方するな。頬っぺたが引き千切れるって、

「痛ぇぇぇぇぇぇぇって」

「この痛みを忘れたのか、愚か者めが!」

「知らないって。俺は今日が初めてだ」


 ニーナはほんの少し力を緩めて、

「なら憶えておけ。私のことをとやかく言うな。わかったな!」

「ふぁーい、わがりばじだ。だがら手をはなじてくだざい」

 降参と両手を挙げた俺の頬から、強い舌打ちと共に指が離された。


 うっひゃぁぁ、おっかねぇぇ。

 少しでもこっちの俺を羨ましいなんて思ったことを訂正するぜ。お気の毒に……。


「よいか。しょせん人間において亜空間は不感知の領域なんだ、お前を除いてな。まったく不愉快な話だ」

 こっちのニーナはやけに攻撃的で、俺の思考を読み取って息巻いた。

「お前と一緒になってから、平穏な日が来なくなったんだぞ。どうしてくれるんだ」

 まるで俺のせいだといわんばかりに、怖い顔をしてつぶやいた。


 うるせぇワ、と思考すると、ギロリと睨まれるし……。

「くっそ!」

 意識があいつに漏れているかと思うと、とてもやりにくい。


「こっちの俺はどこに行ったんだ?」

「お前と同じミッションを行いに、別次元へ飛んだ。当たり前のことだ、訊くな!」


「じゃあ。俺のニーナのところにもどこかの次元の俺が行ったというワケか……」

「そうだ。それと誤解を招くから『俺の』と言うな。虫唾が走る」


「ほぅ。虫唾が走るとはさすが最先端技術のホロ映像はすげえな。風邪だって引くんだろな?」

 忍法、嫌味返しだぜ。


「ふんっ!」


「──ったんだよ。ねぇ、シャーロットちゃん?」

 突然動き出したサクラにたじろぐ。


「おい、いきなり実空間に戻すな!」


 赤毛のニーナは俺を無視して、今度はこっちの背中に虫唾が這いそうな口調で、

「そうよねぇ。サクラさん。あなたの言うとおりなの」

 切り替えの早いヤツだ。さすが最先端技術だ。裏と表を上手く使い分けるなんて、まるでコウモリだ。


「さっさと姫様に命じないか!」

 コウモリ女はギロリと俺を睨んだ。


「何を?」

「聞いてないのか? ブースが組み込まれる時間域へ姫様に飛んでもらうんだろ。何時間先に行けばいいのだ?」


「知らないぜ」


「ちっ!」


 身の切れるような舌打ちと共に、

「335A6FDC・FE05456Aのヤツ、言い忘れたのか……。しょうがないちょっと待てろ、訊いて来る」

「どこへ?」

「リモートのニーナにだ」


 リモートって? と言う俺の質問はコウモリニーナのきつい睨みで一掃されたが、一つの疑問は解消した。どの次元のニーナも共通してかなりの慌て者だということを。


 それともうひとつ。次元転移する前にイチが言っていたが、ニーナはどの次元でも同時に存在するというやつだ。


 こいつら時空間ネットワークで繋がっているから、なんでも情報が筒抜ける。だから今『訊いて来る』と言う言葉を発した次の刹那には答えが返って来て、こっちが息つく間もなく態度が豹変する。


「お姫様。これより38時間後まで時間跳躍していただけますでしょうか?」


 それにしてもその喋り方がきしょい──コウモリめ。


「はぁあい」

 テントのポールの先を頭上でくるりと舞わすクルミ。青いミニをひらりとさせてポーズを取った。


「………………こっちも相変わらず痛いな」

 あっちはコウモリで、こっちはコスプレだし……。


「ねぇ、あたしそろそろお腹すいてきた」

 それからサクラは相変わらず、お気楽路線だし。


 忍者や野武士もそろって──何なんだこりゃ。RPGのパーティでももう少し整理されてんぜ。まったく……。


 ブチブチ文句を垂れていると、再びクルミのポールが振られ、霧が晴れた。

 つまり、さっきの時間から38時間の時間を飛んだらしい。時間跳躍も時の流れがほとんど無いようだ。



「いざ、行かん」


 先陣を切って片足を一歩前に出す藤吉の肩に、ニーナがそっと手を添えた。

「お侍さまぁ。今はやめておきましょう。居残りの作業員に見つかる可能性がありますもの。この部屋から外に出るのは、あと少し待ったほうがいいんじゃないかなぁぁって、思っちゃいますぅ」


 そのぶりっ子口調どうにかならんのか!

 大声で叫びたくなる衝動に駆られたが──怖いので我慢。


「じゃあさ。腹ごしらえしようよ」

「お前は食うことばかりだな」


「それじゃあ。これを……」

 ニーナがコンビニ袋を両手にかざした。


 お前はマジシャンか!

 それをどこに持っていたんだ。という野暮な質問は封印だ。どうせ瞬間的にどこかのコンビニへ飛んで買い込んできたのに違いない。ニーナはすべての時代、すべての次元に同時に存在できるのだ。


 でも何で俺の時代のコンビニへ買出しに走るんだよ。

 再度、硬質な声に変えるニーナ。

「あの時代が一番お手軽だ」

 あ、そ…………。





 あ──はっきり言って、疲れるぜ。

 だって袋の中はまたもやオニギリと冷えた緑茶のセットだもんな……。


「遊園地にでも遊びに来た気分だ」


 時は西暦6909万年、場所は死滅した地球。そしてテロ組織の実験施設の最重要装置にはめ込まれた大きな物資格納庫──。

「お昼だ、お昼だ、ランチたぁーいむーー」

 誰の何の歌だか知らないが、サクラの嬉々とした歌声が渡る。

 物々しい設定とはまったく場違いな状況での、ランチタイムだ。


「あー。梅オカカ、見っけぇー。これあたしのー」

 戦利品を独り占めした山賊の手下みたいに、それを高々と挙げたのは、いうまでもなくお気楽サクラだった。喜び勇んで梅オカカの聖火を掲げたサクラは、満面の笑みを浮かべている。


「ここがどこだか知ってんのか……お前?」

 脱力し切って見つめる俺。


「反政府軍のピラミッドの中だよ」


 ちゃんと把握していての、その浮かれようなのか──。

 マスターオブ極楽トンボめ、恐るべし……。

 今日からは『トンボ・マイスター』と呼ばせてもらおう。


 藤吉は塩むすびを探し出し、満足そうに目を細めると、自分で包装ビニールを()いでかぶりついた。

 21世紀のコンビニ製のオニギリを自分で剥いて食べる16世紀の野武士。ここまで時間規則に反することをしてもいいのだろうか。もうムチャクチャじゃないか。


 そんな不安を巡らせながら、俺も鳥釜飯のオニギリを頬張る。別に鶏肉が食いたかったのではない。サクラが包装を剥いて俺に差し出しやがったからだ。剥かれたら食べないわけにいはいかないだろ。もったいないし……。


「テルはねー。これが好きなんだよ。誰も食べないでね」

「こ、こらサクラ! もういらんワ。これ以上剥くな!」




 緑茶の入ったペットボトルを銜えながら、片手を腰に当て胸を張る。いわゆる風呂屋脱衣所コーヒー牛乳スタイルだ。

 あぁ。腹も膨らんだし……まったりするなぁ~。


「そろそろ、先へ進むぞ」

 一人シリアス路線を突っ走るイチが先頭に立って、初めて気づいた。

 だんだん俺にも安楽病が浸透していた……。敵陣の中に潜り込んでいたことをすっかり忘れていたのさ。


「忍びの後に続くのだ」

 でかい体を丸く屈めて続く野武士。こっちはコミカル路線に切り替えたのか頭領。


 イチは懐から見慣れぬ装置を出した。

 まるで俺たちが持参するスマホとそっくりのものだった。表示画面みたいなものがあり、細かい文字や光が点滅している。それと目前の景色とを交互に見比べながら先導するイチ。


「こっちだ……」

「それなんだよ?」


「制御装置に掛けられたセキュリティを解除するアナライザーだ。iP●oneのアプリで見つけた」

「ウソを言うなっ!」

 思わず大声を上げる。


「あそこのスマホにそんな機能は無いワ!」

 そんなモノを持って、そんな言葉を発しやがって……。その衣装が無ければ、もはやお前は忍者でもなんでもない。


 しかし隣で藤吉が平然と、

「さすがは忍びだ。準備がいい」と言う。


「頭領……解って言ってんのか?」


 野武士は長いポニテの頭を振った。

「よくはわからんが、鍵開けの道具だろ?」

 勘のいいヤツ……。




 ぱしゅり。

 小さな軽い音がして外から掛けられた鍵が外れた。


 6900万年後のイプシロン製のオートロックシステムを、あそこのスマホが開錠するほどの性能を誇っていたという事実を目の当たりにして、夜中に忍び込んできたサンタクロースと鉢合わせしたよりも驚いている。


「……信じられん」

 ますます暴走してきた感が強まって来たが、これでいいのだろうか……。


「…………………………………」


 誰も何も言わないので、いいのだろう。



 さて、扉が開けられて──。


 イチが部屋の外へ踏み出した。

 まだ完全起動していない施設は、しんと静まり返っていたが、コンソールパネルの各所では、色の付いた小さな光が点滅していた。アニメで勉強した限りそれらは装置の状態を表すインジケーターと呼ばれるものなんだろう。


 古臭い言葉で言えば、計器……だよな?

  

  

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