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32) ニーナ・コンプレックス

  

  

 砂漠にあるピラミッドは空間を密閉してあるということで、俺たちは別の次元から、まだ建設中の施設に忍び込んだ。ようするに、こっちの次元ではまだピラミッドは完成していないらしい。でもそこからどうやって完成したあっちのピラミッドの中に入るのか……よく理解できない。


 イチは背中に回した刀の位置が気になるのか、さっきから抜いたり差したりを繰り返している。

 どうせパッチもんの忍者なんだから、格好などどうでもいいだろうにと思う。というか、そんなことよりさっきの疑問だけは晴らしておきたい。


「なぁ。こっちはまだ完成していないが、どうやってあっちのピラミッドに移るんだ?」

 イチは背中に回した手を止めて俺を横目で見た。

「元の次元にあるピラミッドに忍び込む必要はない。我々の目的は実験施設内部にある共振エミッターの正確な位置を知ることだ」


「じゃぁなんでこっちの次元に移動したんだよ」

「ブースの共有空間から忍び込むためだ」

 と宣言するイチに向かって、藤吉が怒り出した。

「お前は(しのび)なのだから、忍び込むのはお手の物だろうが、お前らのやっておることがさっぱり理解できん。何でこんなまわりくどいことをしなければならん」

 藤吉だけでなくとも俺だって同意見だ。いらいらする。


「お武家様……」

 優しげな声は黒髪のニーナだった。


「なんだ?」

「わたくしたちは、これから天下の将軍家のお屋敷に忍び込むのです。それも物々しい警備の隙をぬってです。ね? 多少の不便はご辛抱くださいまし」

 丁寧に腰を折った。長く重そうな髪が肩からなだれ落ちる。


「うむ。それなら致し方ないな」

「おーーーい」

 このスケベ侍。鼻の下伸びてんぜ。イチへの態度と全然違うじゃないか──とは言うものの。

 まぁ、これだけの美形の少女に頭を下げられたら、引っ込むのが男だよな。俺だったらその場で、ひれ伏しちまうかもしれん。



「なぁ? 共有空間って何だよ?」

 優雅にたたずんで瞬きを繰り返すニーナに訊く。

「共有空間とは、その物体が持つ裏空間。つまり物体が存在することで、そこから押し出された空間です。亜空間へと通じています」


「またそれか……」

 亜空間と聞くたびに、どっと疲れが押し寄せて来る。


「共有空間はブースが移動してもジョイントが切れません。ですので、それが施設の内部に運び込まれると共有空間も一緒に移動します。もうお解かりですね?」

「そこに入ったままピラミッドの内部へ運び込まれた後で、実空間に戻るとそこが目的の場所ということか……なるほど」


 嘆息してさらに思考を巡らせる。

「共振エミッターの位置がアンカーポイントだとか言っていたな。どの次元でも共振エミッターのある場所が同じだということか……どれに潜り込んでもいいわけだ……。それで未完成のピラミッドを選んだ……と」

 思考を言葉に変換する俺に、澄んだ黒い瞳がゆっくりうなずく。


「そのとおりです。さすがカロマーさまですわ。理解が早い」


「まぁな。優秀な俺に任せておきなさい」

「イヌに教え込むよりいくぶん楽です」


 ──こいつ殺す。

 サクラのにへら笑いが余計に怒りを誘いそうだった。



「では姫様、シールドをお張りください」

 優美な姿勢で黒髪ニーナが頭を下げる。お姫様に従事する女官のようだった。

 同時に暗やみに落ち、サクラたちが石化してニーナの声だけになった。ようするに次元の転移が始まったのだ。

「いいですか、今回も集中して誘導するのです。姫様やそのほかの方をお連れしているということを忘れずに。それと敵の目を誤魔化すために、今回は共有空間をまたいだ次元転移を行うことを肝に銘じなさい。共有空間は時にして……」


 教師面しやがって黒髪ニーナめ。金髪ニーナが懐かしいぜ。


「…………………………………………」


 ん?

「おい、ニーナ。共有空間は時にして、何だよ。何黙り込んでんだ?」


「…………………………………………」


 いくら待っても返事が無かった。

「また情報不足のまま飛ぶのか? どこのニーナもにたようなもんだな。ほんとうにあいつら最先端技術の賜物なのか?」


 とりあえず光に集中していけばいいんだろう。

 さっきの要領で暗闇の中に光を探した。

 しかし目をこらせど見当たらない。

「おーい。光がないぞー」

 静けさが耳に痛い。

「どうしたぁー。ニーナ、いないのか? おーーい、にーなーー」


「たわけ者! でかい声でわめくな。鼓膜が破れちまうだろ」

「だ、誰……っすか?」

「何を言っておる? ニーナ・シャーロットだ。冴えない面を向けるんじゃないテル」

 いやに威勢のいいニーナだった。


「共有空間に付随した亜空間だとか言ってたけど、俺はどうしたらいいんだ?」

「バカかお前は、何年カロマーやってんだ。この間抜けめ!」

 ガラ悪りぃなぁ。今度はさっきの黒髪ニーナのほうがマシに感じてくるもんな。


「黙れ! さっさと集中しないか!」

「だからー、どうすんだって話だ。俺は今日初めてカロマーの職務に就いたんだ。しかも嫌だって言うのに無理やりだぞ」

「初めて? お前とは半年前から組んでおるんだぞ。そうか……。お前は向こうのテルだったな」


「半年……?」

 それにしたってこっちのニーナ、声は女だけど口調は完璧に男じゃねえか。顔見るのが恐ろしいな。


「いいか、耳の穴かっぽじって、よーく聞け」

「あー。いいぜ」

「まず光は見えるか?」

「それが、真っ暗のままなんだ」

「ちっ。しょうがねえな」

 舌打ちって。あのニーナが舌打ちって……。


「たまーにこうなるが……仕方が無い。共有空間で光が見えねえときは音を頼れ。おぉーっと、勘違いするな。空気の振動として伝わる音波じゃないぞ。頭ん中に直接入って来るからよーく聞くんだ」


 はぁ。なんかやりにくいな。こうなるとこっちの次元の俺が気の毒だ。

 こんな高圧的かつ攻撃的な女とペアーを……そういゃあさっき半年前って言ってたな。どこで分岐した俺だか知らないが、ずいぶんと差がつくものだ。


「バカ者! 集中しないかテル。死にたいのかっ!」

 うはっ。ごめんニーナ。集中、集中。



 目をこらして辺りを見るが、暗闇が広がった空間は何も変わらず、ここも耳の奥が痛くなるような無音状態だった。


「何も聞こえねーぜ」


「喋るな! 集中せんかっ!!」

「うへっ!」

 傲然とした怒鳴り声に肩をすくめた。


「にしたってもよ…………」

 集中も何も、なーんも無い空間でどうやって集中したらいいんだ。何かきっかけが必要だろう。

「愚か者! 何も考えるなといつも言っておるだろう!」

「解かったよぉ!」

 おぉ。あぶねえ。俺の思考は向こうにだだ漏れだったんだ。本気で気の毒に思うぜ、こっちの俺さま。


 おっと、やばい。集中だ。


 何も見えない、何も聞こえない中でどう集中していいのか、さっぱり見当もつかない。淡い光でも見えれば目をこらせばいいし、何か聞こえたら耳をすませばいい。だが何も掴むものが無い。


 それでもあることに気づいた。耳や目に頼るからそうなることを。ようは無思考の状態で意識の焦点を絞り込めばいい。

 集中点を心の奥底に向ける。腹の中を覗く感じだ。しばらくすると小さな異物感を覚えた。それは見るでも聞くでもない、覚えるだ。


 小さな感触。わずかな振動を感じるので、そこへと意識を寄せて行く。

 波動みたいな振動がはっきり伝わるほどに近づくと、かすかに甲高い音を発することに気づいた。

  

  

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