30)タネのない手品は手品と言うべきか?
天に向かって高くそびえる鏡張りのピラミッドの端っこで、さっきまで素振りを繰り返していた藤吉が大声を上げた。
「ここに扉があるぞ!」
「えっ! ほんと?」
バネのように体を転じて、サクラがそっちへ駆けて行った。
即座に反応した機敏な動きに驚きを隠せない。
「あいつは犬か! 声をかけられたら飛んで行っちまいやがった」
「体が反射的に動くんでしょ。あの子の運動神経は並じゃないもの」
お前はサクラの母親かよ……。
「何で俺たちのことに詳しいんだ? というよりこれまでお前とは会ったこともないのに、顔見知りなのはどういうわけだ?」
「うふふふ」
ニーナは意味ありげに笑い、
「教えてあげない」
そう言うと、クルミを連れてサクラの後を追った。
「イプシロンでは最先端の科学技術だからな」
イチはニーナのことを説明したのだろう、その視線の先にサクラへ駆け寄る彼女の姿が……。
「むぅ…………目の休日にちょうどいいな」
レザーパンツのケツがはち切れそうになっている姿を脳内ビデオに収録したことは、サクラには内緒にしておこう。
テツの先導で遅れて到着すること数分。遅ぉぉい、とブー垂れるサクラの尖った唇に、愛想笑いのようなものを返して、
「イチの足が重くてな……」
イケメン忍者は俺をじろりと睨んだだけで何も言わなかった。
「ほら見て見て、ここから入れるよ」
栗色のポニテを犬の尻尾みたいに左右へ揺らして手を振るサクラ。その前に押すだけで奥に空間がひろがる簡易的な入り口があった。
覗き込むと、奥へ続く通路らしきものが見えるが……。
「簡単すぎる」
と言い出したのは藤吉だ。そのとおりだ。野武士の勘でなくても察しが付く。
「こんなのは罠に決まってる」と言う俺に、
「どうしてよ?」
見開いた目を返すサクラ。
「今日からお前をゴキブリ女と呼んでやろう」
「なんでよぉー?」
「入り口が開いていたら、何も考えずに粘着テープの上へ飛び込むからだ」
「これがゴキブリポンポイだとでも言うの?」
空咳をひとつ落としてから、ゴキブリ女に述べてやる。
「よーく聞けよ。いいか、ここは反政府軍の実験施設だとニーナが言ってんだぜ。そんな重要な施設に鍵も掛けずに、ハイどうぞって入り口が開くわけがないだろうが」
「かけ忘れたのよ」
「そんなバカはいない」
サクラはちょっと思案顔。でもすぐに明らめる。
「あ、そうだ。裏をかいてんのさ。だからここが入り口だよ」
こいつはバカの上に頑固だから始末におけない。
「入ったら最後。二度と出られない仕組みだ。罠ってのはみんなそういうもんさ」
藤吉も「うむ」と相槌を打ちつつ、ニーナの顔色をうかがった。
「入ってみたら?」
「そうだ入ってみろ──えっ!?」
また釣られちゃったじゃないかニーナ。
「どういう意味だよ?」
肩越しに声をかけて来た金髪の少女に戸惑いの眼差しを向ける。
「おもしろいから。入ってみたらいいよ」
早速入ろうとするサクラを慌てて引き寄せる。
「や、やめろ。罠だって言ってんだろ!」
「あのね。サクラさんは実行派なの。体で感じるタイプなのよ」
お前もきついな。遠巻きにアホウだと宣言してんぜ。
苦笑いを浮かべつつ、腕の力を緩める。
「マジで安全なんだろうな?」
こっちは少々神経質なほどに慎重派なのだ。
再び入ろうとするサクラを引っつかみ、
「だからー、簡単にこいつの口車に乗るなよ」
俺はリュックからコッフェル(アルミ製食器)をひとつ取り出すと、扉を開けて放り込んでみた。
「なっ! なんだこりゃ?」
思い浮かべていた想像を大きく裏切る光景を目の当たりにして、俺だけでなく、サクラも藤吉も驚愕した。
なんの予告もなく中から忽然とコッフェルが飛び出してきたのだ。
「面妖な…………」
と言ったまま固まる藤吉。俺だって石化していた。
頭の中では金属音を上げて内部に転がって行くと思っていた。当たり前のことなのだが、そうではない。
「これはどういうことだ……。誰か説明してくれ」
震えた声で藤吉から問われたって、誰も答えることができない。何度やっても放り込んだコッフェルが飛び出して来る。
中に誰かが待ち受けていて、投げ返してくるのではない。投擲の飛跡がおかしいのだ。投げ入れた放物線をそのまま反転したラインを描いて戻ってくる。何度試してもそうだった。
「どうなってんの?」
サクラが首をかしげる。気づくと俺も傾けていた。藤吉は鋭い視線で内部を睨み、伸びてきたヒゲ面の口をぎゅっと閉じている。
「なんだこれは? 手品か?」
驚愕と疑問を混ぜて訊く俺に、イチは冷やっこい口調で答える。
「手品ではない。なぜならタネがないからな」
「むぅ。タネがない手品は手品と言えないのか? ちゅうか、こりゃあどういうことだよ?」
「ただの物理現象だ」
「ウソ吐け!」
「それがしはウソなど吐いたことは無い」
「大ウソを吐くな! お前の話はどこまで真実か付き合えば付き合うほどに解らんワ」
いがみ合う俺とイチを引き剥がすようにニーナが近寄り、
「連中はこの施設を空間密閉したの。ここの時間軸ではどんなことをしても中に入れないよ」
さらなる難解な回答を述べた。
空間を……密閉?
「缶詰か?」
マジでそう思ったのに、ニーナは『バーカ』のひと言で片付けやがった。
サクラは単純に問うて来る。
「どうして戻ってくるの?」
「空間が反転してるの。見てて……」
固唾を飲む俺たちの前で、ニーナは入り口から片足を突っ込んで見せた。と同時にその先が飛び出してきた。黒いレザースーツと同じ色のブーツの先が、だ。
「うひゃぁ。気持ち悪いよ」
サクラが仰け反るのも当然だ。突っ込んだ先から折れ曲がってこちらに飛び出すのだ。それは奇妙というよりも奇怪だった。
「摩訶不思議な光景じゃ……」
藤吉も唸りながら、自分の突っ込んだ腕が折れ曲がって外に飛び出る様を見て、そこから飛び退いた。
「祟られるぞ。ここは黄泉の国だ」
16世紀の人間でなくてもこの光景はぶったまげる。
「ピラミッドの内部には絶対に侵入できない」と言うイチの言葉に、
「警備会社要らずだな」と返しつつ、
「じゃ、入るよ」
と言うニーナに眉根を寄せる。
「だから入れないって、お前、言ったろ?」
「別の時間軸から入るの」
やはりそう来るか──。
「別次元のアタシが段取りを付ける約束になってるわ」
こういう意味不明かつ理解不能な場合、だいたいそういう流れになるのがアニメの中での話だけど……まさか現実にそうなるとは思ってもみなかった。
「なんでもいいから、さっさと片付けちまおうぜ」
セーラー服が戦闘着という、現実にいたらちょっと痛い少女の決めポーズをクルミが俺の前で披露している。それがあまりに恥ずいので、とにかくこの場から消えたかった。
クルミはいきなり「ム~~ン」とか言って、突き出した口の先を平たくしたかと思うと、
「トライアングル~~メェ~クアーーーップ」と叫んで、掲げていたポールで天を刺した。
「テントのポールはそういう使い方しないんすけど……」
と、つぶやく俺に向き合うと、
「たった今、時空の狭間に入りましたぁ」
愛らしい瞳をくるんとさせた。
…………………………………………何も言えん。
周りの景色が消え。例の乳白色の霧に包まれたからだ。
セーラー●ーンが次元を飛ぶとは知らなんだ。
サクラには大いに受けるらしく、大喜びで相手をするのがさらにバカらしい。
「なぁ。緊張感が薄れるから、そのムーンごっごやめないか?」
「どうして? いいじゃん、可愛いもん」とサクラ。
「よく周りを見てみろ。忍者に野武士、女スパイまでそろってんだぞ。これじゃあコスプレのイベント会場じゃねえか」
「あたしも何か衣装無いかな? 魔女っ子がいいな」
「俺のことをボロカスに言っておきながら……。やめとけ、お前までやりだしたら、今度は俺が浮いちゃうだろ」
「じゃぁさ。あんたも何かやればいい」
「何やるんだよ?」
「そうねぇ……パー●ンの猿」
「なっ! 『ウッキー』かよ」
「お二人さ──ん、ごめん時間だわ」
両手を上げたニーナは、俺たちのくだらん会話を止めた。




