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28)爆縮する宇宙

  

  

「ねぇ。あそこに何があるの、シャーロットちゃん?」

 ニーナとイチが不穏な動きをしないか、監視をすべく睨みを利かせる俺の鼻先を、サクラの滑々した指が横断した。


 その先が示すもの───。

 誰もが疑問に思うピラミッド型の建物だ。近づくにつれ、光を全反射するガラスっぽい表面が銀色に輝いて見える。

「あそこが目的地なの」

「ほお。やっとついたか」

 藤吉は弛緩した息を吐くものの、そんな言葉では俺の気持ちが収まらない。

「宇宙の最期はどうしたんだよ?」

 昨日から『終局』の対象が、地球から宇宙に変わったんだが……。


「大丈夫ちゃんと用意してあるから」

「なに言ってんだよ」


 文化祭の実行委員みたいなこと言いやがって、こいつはいったい何を企むんだ、という新たな疑問が、目的地に到達した達成感と平行して湧いてきた。


「ピラミッド以外何も無いしな……ここがクルミの社会見学の先か?」

 お菓子工場とかクルマの組立工場を見学して回るような雰囲気はこれっぽっちもしていない。


「だいたい何なんだあれは?」

 ここに到着してから拭い去ることのできない疑問だった。


 なにかのモニュメントだろうか?

 パウダーのように粉っぽい砂の地面から鏡のピラミッドへと、ゆっくりと視線をスライドさせながら黙考する。


 真空の地表に環境制御シールドとかいう金の掛かる大掛かりな舞台まで準備して、俺たちをここへ連れてきた理由は何だろう。

 この建造物とニーナを交互に見れば見るほど疑惑が濃くなっていく。




 近づくとニーナは建物の真ん前で立ち止まり、その頂上を見上げていた。

 艶々の鏡面仕上げの壁は漆黒の闇に浮かぶ星空を美しく反射しており、その表面に無くなった月に代わって、お仕置きをするとか言って息巻くクルミのセーラー服姿や、刀を腰に差し、袖をはためかした野武士の姿が映り込んでいた。それは謎と疑惑を含むこの緊迫した光景には、あまりにかけ離れており、かつ滑稽な姿はひどく笑いを誘った。


「でっけーなぁ…………」

 誰もが目を奪われるその巨大な施設は天を突く勢いでそそり立っていて、一辺がゆうに五百メートルはある正四角錐(せいしかくすい)だった。


 ちなみに正確どうかは分からないが、実際に一つの辺に沿って歩いた感想だ。一端(いっぱし)のキャンパーなら、歩いた時間や疲労度から距離を導き出すことができる──と思う。


「これ、何だよ、ニーナ?」

「イプシロンの実験施設だよ」

「なんで地球にあるんだ?」

「自分たちの惑星でやるには危険過ぎるからよ」


「何をやるんだよ?」

 秋の運動会でないことだけは言える。


 ニーナの説明によると、時空に関する実験らしいが、あまりに危険なため、生命体が死滅した地球でやろうとなったそうだ。


「それもね。失敗するのよ。そしてそれがトリガーになるわ」

「何の?」

 直接質問するのは俺だけだった。サクラも頭領もその壮大な規模に圧倒され、でっかい口をぽかんと開けてピラミッドの天辺を仰いでいた。


「何度も言ってるじゃない。宇宙の終わりが訪れるのよ」

「冗談言うな……」

 と突っ返すものの、ニーナの真剣な眼差しを見て息を飲む。

「マジかよ……」

「100年後だ」とイチ。

「お前の声……ここでは怖いな」


 それより、またこいつらでたらめなことをほざいてやがる。二度目になるがもう一度吠えてやろう。

「なんで宇宙の最期が来たことをお前らが知ってんだ。まさか見てきたとか言うなよ」

「愚問だな。宇宙の終わりを迎えた瞬間に自分も消滅してしまうだろう」


「じゃあなんでわかるんだよ。これが最期だっていうことを」

「ワタシの記録が残ってるのよ。なぜでしょーか?」


「またかよ……」


 そんなもの即答できるヤツはいない。サクラとそろって肩をすぼめた。

「ワタシはバイロケーションされた存在だって言ったでしょ。いろんな時代、すべての次元へ同時に投影可能なの。その無限にあるタイムラインの一人が消滅寸前に詳しいデータを送って来たのよ。今から100年後、どこかの次元で宇宙を再帰させる爆縮現象を引き起こすの」

 ニーナは功績を誇るかのように胸を張り、レザースーツから特有のごわつく音が漏れた。



 ──説明しよう_。

《ここで語られる次元とは、多次元宇宙のことであり、歴史の分岐点、ジャンクションごとに宇宙は無限に枝分かれしていくと言われる、パラレルワールドの一つの世界を示しているのである。そしてその中での時間軸をタイムラインと説明してるのであーる。


 もう一つ──、

 ここからとても難解になってくるので、嫌いな人はじゃんじゃん飛ばそう。それからこれは空想お馬鹿小説であって、マジで宇宙物理学を語ろうのページではないので、無茶な記序を見つけてもあまり目くじらを立てずに、炎上させるような行為はご遠慮ください、なのであーる。筆者も書いていてワケ解らなくなって、頭から煙をもくもくであーる》



 バッカ野郎。俺が炎上しそうだぜ──。


「それで? 再帰って何?」

「リスタートだ」

「どこの次元で? ここか?」


「ここではないわ。どこか別の次元よ」

 ニーナの説明にひとまずほっとする。


「じゃあ、ほっとけよ」


「冷たいわね。自分にかかわらないとでも思ったの?」

「よその宇宙のコトだろ?」

「トリガーになるのはここの宇宙ではないが、再帰現象を起こすと源宇宙の歴史がリセットする」


「源宇宙?」

 喉がごくりとなる。


「母なる宇宙、マザーコスモだ」

「なんだそりゃ。ウルトラの婆さんか?」


 俺のギャグに、イチは完全無視の態度を貫き通した。

「ビッグバンで生まれる直前の宇宙だ。その歴史がリセットするということは、木の根元を断つのと同じ。分岐したすべての宇宙に影響が出る」


 ぞっとする話をこいつらよく淡々と言えるな。

「リスタートしたらどうなるんだよ?」

「パラレルワールドの大もとが爆縮してビッグバンからやり直すのよ。連鎖的にすべての次元が消えるわ」

「まさか…………」

 耳の脇を汗が(つた)い、気づくと喉がカラカラに干上がっていた。


「ねえー。ビッグパンって何? 新しいパン屋さん?」

「ブフッ!」

 ボケをかますのが上手くなってきたな、サクラ……。

 ちょうど今、それぐらいのぬるま湯が欲しかったところだ。


「だって知らないんだモン」

「マジかよ……」

 ガラケー女はそんなことも知らないのか?


「ワシもじゃ。お前たちの会話は南蛮渡来の言葉ばかりでさっぱりわからぬわ」

 16世紀ならそうだろうな──。

 さて、この二人に何て説明すればいいんだろ。


 ビッグバンというのは、宇宙の創成期、生まれた瞬間の出来事だ。それを宇宙すら知らない人間にどうやって説明する?


「母親の胎内に戻るって言ったらいいのかな……」

「そんな抽象的な説明じゃダメよ」

 レザーの表面を気持ちのいいカタチに持ち上げた胸の丸みが、星空を妖しげに反射して、視線がそっちへ行って仕方が無い。


「じゃあ、お前が説明してみろよ」


「何もかも消えるの。ロウソクの炎をふっと消すとどうなる?」

 ジェスチャーじみた仕草で口の先を尖らすニーナ。妙に色っぽい女スパイみたいな格好しやがって……。


「ロウソクが残る」

 相も変わらずサクラのボケは秀逸だな。


「暗闇に戻るでしょ。そんな感じ」

 ニーナは柔和に微笑み、長い金髪を自慢げに後ろにはらった。


「…………………………………」


 よけいに分からなくなったようで、しばらく藤吉も黙りこくっていたが、

「また灯せばいいのではないのか?」

 正論をかまされ、ニーナはちょっと困った風に顔を歪めた。


「うんとねぇ。炎が宇宙だと言いたかったんだぁ。これといって形が定まらずフラフラして風前の灯みたいに(はかな)げだけど、強烈に存在をアピールする力強さ。それが瞬間に消えるの」

 お前のほうが抽象的じゃないか……と思ったが、ここは表現方法を議論する場ではない。


「そんな大事件なら、イプシロンのお偉いさんに報告すればいいだろ」

「もちろんしたわ。でもこれを作っているのは誰だか知ってるの?」

「知るわけないだろう。俺を誰だと思ってる」

 ニーナはクスリと笑い、

「この施設はイプシロンの荒っぽい連中が建てた時空震実験施設なの」


「荒っぽいとは、どういう意味だ?」

 体を乗り出し、目を輝かせる藤吉。


「反政府派の連中」

「反政府とな?」

「倒幕ってとこかな」

「倒幕?」

 藤吉にはそれでもまだ新し過ぎるようだ。


「将軍を倒そうとする連中よ」

「おぉー」

 やっと膝を打った。


「内乱の末ってやつか……でもまだ100年あるんだろ? その間に何とかすれば……」

 話を穏便な方向へ促そうとするが、ニーナがきっぱり突っぱねた。

「そんな悠長なこと言っていられないわ。その結果をワタシは見て来たのよ」


「物騒な話になってきたな」とつぶやく藤吉の瞳の奥が濃くなるところを見ると、やはり戦国時代を生き抜いてきている男なんだと実感する。俺とタメだという辺りがちょっと気になるが……。


 それよりも、こいつの異様に高揚する姿を見て、一抹の不安が沸々と滲み出てきた。

「もしや…………」

 自分の予感が怖くて口にするのを躊躇したのだが、思い切って言葉に乗せてみた。

「まさか、俺たちでその設備を破壊しようと言うんじゃないだろうな」


 ニーナは口の先を突き出して「ピンポーン」とほたえると、反らした人差し指でガラスのピラミッドをバシッと指した。


「こんなものがあるから宇宙が終わりを告げるの。だけど反政府の連中はワタシの言い分なんて聞く耳を持たない。だから最終手段を取るしかないでしょ。月に代わってワタシたちがお仕置きをするのよ」


 思わずサクラと一緒になってクルミを見た。クルミはサクラに教えられたポーズを可愛く決めていた。

「バカやろ。月はもう無いだろ」

 このピラミッドがこの旅の目的だというのか。そんなバカな。俺たちみたいな者をここに集めて何の利点があるんだ。


 そうだろ?

 それならもっと腕利きの戦い馴れた戦士を探せばいい。藤吉に関しては正解かもしれないが、こっちはただの高校生だ。サクラだって腕っ節は俺より勝ってはいるが、しょせん女だぜ。


「一宿一飯の恩義を果たす時が来たな」

 任侠ぽい言葉を吐きやがって、そんな言葉、21世紀では死語だぜ。

「ワシは仁義を貫き通すようにと松平様に教えられておる。それなりの覚悟はいつでもあるワ」

 藤吉は鞘ごと刀を腰から抜いて、自慢げに俺へと突き出して見せた。


「あんたはそれだけのものを持つかもしれないけど、俺たちはただのキャンパーだ。心構えも無ければ武器も持ってない!」


 藤吉が握り締める日本刀にサクラが熱い視線をやるものの、ニーナが首を振る。

「悪いけどこの時代、それは武器にならないわ」

 着こんだレザースーツの背中で金髪が大きくたゆんだ。


 それにしてもこいつ、こんなダイナマイトボディをしていたっけ?

 ニーナの胸の辺りに固着しようとする視線をサクラに睨まれる前に無理やり引き剥がして、薄汚れた忍者野郎のコスプレ衣装に目を向ける。秋葉原あたりの店に飾ってあるヤツに違いない。


 俺は憤然としてその忍者野郎に噛み付いてやった。

「イチ! これのどこがクルミの社会勉強なんだ! 俺を騙してこんなところまで連れて来やがって」

「別に騙してなどいないし、それがしはずっと姫様の社会勉強だと思っておる」

「どこが社会勉強だ。時間族は傭兵でも育てる気なのかよ。テロ組織と戦えと言ってんだぞ」


 こうなりゃ、おちゃらけてこの場を煙に巻くか。

「そうだ。鍋とかコッフェルは武器にならないか? テントのポールなんてどうだ?」

 クルミが砂に差し込んでロッド代わりにしているテントのポールを示す。


「ワタシは真面目に言ってるのよ」

 むっとするニーナ。

「俺だってマジだぜ」

「ばか!」

 ニーナは俺をきつい視線で睨んで、

「そんな武力で何とかしようと思ってない。ワタシのやることはただ一つ。時間のパスを断ち切ること」

「まぁーた、新しい言葉を出してきやがった」

「因果を繋ぐ時間の流れのことだ。原因と結果が繋がることをパスが通ると言う」

「そうよ。それを切れば結果が異なってくるというわけ」

「時空修正か……」


「知ってるの?」と目を丸めてサクラ。

「アニメを見ていれば、だいたい解る」

「あたしも見てるけど、ぜんぜんだめ」

「お前のは古すぎるんだ。イチを見てみろ。お前の潜在意識はその程度だ」

 爽やか忍者野郎に顎をしゃくった後、おもむろにクルミに向かい、

「俺のを見ろ、月に代わってお仕置きだぜ」

 白い歯を見せて笑うクルミと目が合い、急に恥ずかしくなったので話題を変える。


「で? どうやってその因果律を切るんだよ?」

「簡単よ。中に入って、施設のどこかにある共振エミッターって言う装置の正確な位置を把握すればいいの」

「エミッター?」

「そ、爆心地となる装置。そこが全次元のアンカーポイントになるわ」


「それで?」

「あとはすべての次元にいるアタシに知らせればいい。そうしたら関係する時間軸をさかのぼって、この施設が完成しないように時空修正をするわ。それだけで宇宙を守れるのよ」


「宇宙を守るの?」

 ここに来てサクラの目が異様にギラつきだした。


「サクラ、耳を貸すな。こいつらの言うことはおかしいぞ」

「おかしなことなど言ってないわ。ワタシはまともよ。お願い手伝って!」

「嫌だ。お前が本当のことを言っているとは思えない」


「ワタシは見てきたのよ。宇宙が爆縮する瞬間を……」

「お前じゃない。お前のコピーだろ」

「失礼ね、すべてがワタシなのよ」

 パウダー状の地面へ、テツがどかりと腹を下ろした。薄く埃が立ち昇る。そしてまるで俺をたしなめるような視線で顔をこっちへ向けた。藤吉とサクラは俺たちの言い合いに割り込もうと構えるものの、入る余地無しの状態が続き、口だけをパクパクさせていた。


「非常識にもほどがある!」

 さらなる怒りが込み上げてきた。俺たちを騙してこんな僻地に連れてきた上に、今度は一緒に戦えだとかほざきやがって。都合がよすぎる。こっちの言い分がまるで通らないなんて問題外だ。


「こんなエクストリーム集団だとは思ってなかったぜ」

「ムチャなことをする気はない。論理的に動いて、我々でこの宇宙を守るのだ」

「宇宙を守る? 胡散臭い。ぷんぷん臭うぜ。子供向け番組のサブタイトルみたいなこと言いやがって」


「よく聞いて!」

 ニーナはえらく興奮しており、黒いレザースーツのボディを俺の前で立ちはだからせて、身振り手振り、まるで踊るようにして言う。

「ワタシはレポジトリを書き替えようとする不謹慎な異空間同一体から時間の流れを守るために、歴史のジャンクションに立ち会う人の前に現れるんだって、いつだったか教えたでしょ」

「それが俺だって言うんだろ?」


「やっと役に立つ時がきたのよ。カロマーさん」


「カロマーって何? 新しいヘアースタイル?」

 すかさず訊くサクラ。

「俺と似たようなアタマの構造してんな、お前……。 あのな。お前は知らなくていい。固まるだけなんだから」

「固まる?」

「ああ。説明してもお前には理解不能だ……。とまあ、邪険にはできんので、簡単に説明してやるとだな。カロマーとは道案内だ」

「それならテルにぴったりだね。あんた道に迷ったこと無いもの」

「普通の道じゃないんだぜ……」


 とにかく話しを聞いてやれ、と言う藤吉の言葉に、わずかに気持ちを緩める。

「詳しく説明してみろよ」

 俺もテツの横にどかっと座り込んで腕を組んだ。その姿をテツが赤く燃えた目で睥睨してくる。


 ようやく軟化した俺を見て、ニーナは藤吉ににっこりと微笑んでから、こっちに視線を固定。

「あのね。連中の実験はレポジトリごと破壊するという大失敗を起こすの。そしてその中で、宇宙が爆縮するほどの惨劇を招いたのはひとつの時間軸の世界だけ。あとは全部ワタシが修正したわ」


「した……?」

 ニーナの言い方に少々引っ掛かったが、

「じゃぁ原因を作った時間軸だけを何とかすればいいんだな」

「うぅ……ん」

 奥歯に何か挟まったような返事をした。奥歯があるかどうかも定かではないが。


「何だよ?」

「64ビット幅を持っているらしい」

 ポツリと隣からイチ。


「はぁ?」

「実際にその実験を行った時間軸だけで、それだけの数の次元が存在する。他にも実験そのものが行われなかった時間軸もあるが。それはこの場合関係ない」


「あのな。俺は一介の高校生だ。数学博士じゃないんだ」

「それほど難しい数ではない。たかだか二の六四乗だ」

「わからんワ」


「1844京 6744兆 737億 955万 1616よ」


 ぬぁぁぁぁぁぁぁんだ、その数字の列は!!

 気が遠くなったのは言うまでも無い。

  

  

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