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27)最後の晩餐、いわゆる一つの事件前夜(月に代わってお仕置きよ。って、月ねえし)

  

  

 ニーナの合図で、クルミは再び俺たちを1700万年先、西暦6909万年という途方もない未来へ運んだ。

 のんびり景色を眺める時間も無く、あたふたと移動に付き合う様は、まるで怪しい旅行会社のツアーを掴まされた客のようだった。


「地球の最期を見学するツアーはどうなったんだよ?」

「宇宙の終わりを見せてあげるから辛抱してよ」

「何言ってんだ、バカ」

 ニーナのヤツが、まさか本気で言っていたとはこの時まったく気付かなかったのだが……。


「それって、すごいじゃない」

 ガラケー女は相変わらずワケも解らずはしゃいでいた。

「あんな。宇宙の最期ならお前も最後だよ」

「うそっ!」

 急に心配顔に曇るのが、呆れるやら愛らしいやら。


「宇宙とは何だ!」

 藤吉は哲学的なことを言い出すつもりはない。『宇宙』そのものが理解できないようだ。それでさっきから、ぶすっとしている。


「宇宙はこの地球を含めてすべてを包み込む空間れす」

 クルミの説明に腕を組んで首を捻る。

「空のことか?」

「お空も包んでいます」

「月や星々は無理だろ」

「お月さんも、お星さんも全部包み込んでいます」

「そんなものは無い」

 理解できないと否定するタイプなんだ、こいつ……。


 しかし急に思い出したように表情を明らめ、

「黄泉の国のことを言っておるのか。なるほどな」

 変なところに着地をしていた。





 西暦6909万年の地球──。


 もはや日本の形跡など微塵も残っていない。昨日まで俺たちはコーラみたいな色をした海が広がる北陸地方の海岸にいたのだが……今では見渡す限り砂漠で、陸地とか海とかの区別もへったくれもなく、ただ茫漠とした白い砂が果てしなく敷き詰められた景色に変わっていた。


 の………………だが。


 おいおいおい。もう一つオマケで、おい。

「何だありゃ? ここに来てエラく文明的なものが現れたぜ」

 荒涼とした砂の大地に異様な物体がそびえ建っていた。


「きれーい。キラキラしてるー」

 相変わらずサクラは見たままの感想しか言わないし。クルミははしゃいで走り回っているし。トンボどもは気楽でいい。


 ところで、ついこのあいだまで俺は頻繁に『遭難した』とか叫んでいたのだが、よく考えると文明の跡すら煙と消えたこの土地で、何を持って遭難と定義するのだろう。ニーナが自ら拵えるこの環境制御シールドがある限り、生死にかかわる危険に遭う様子も無いし、食料や飲料水も手段はよく知らないが、テツがどこかで入手してくるし、言わばオアシスと表現してもよく。寒くも熱くもなく、循環する大気だってとても爽やかだ。


 それにしても俺たちの前に立ちはだかったモノは、明らかに異質の臭いがしていた。はっきりと人工物であると主張するその形状は、意外にもノスタルジックだとも言えた。


「砂漠といえば、やっぱあれだよな」

「うん。テレビでよく見るね」

「何だあれは? 奇天烈なものだな。何のためのものだ?」

 藤吉だけは初めて見たようで、興奮した声をしきりに上げていた。

「ほんにこれはでかいぞ。これほどの隔たりがあって、なおもあの高さだ。こいつは仰天だ。どこの国の城であるか?」



 それは鏡でできたピラミッドだった。


 大昔───。

 西暦5209万年。今から1700万年前の話しをするんだから『大むかし』と言ってもいいよな──昨日のことだけど。


 その頃、世界は二酸化炭素で満たされ、空はどんよりと曇っていた。


「星がきれいねぇ」

 そう。キャンプといえば星なんだが……。


 大気は澄んでいた。

 気の遠くなるような長い時間に晒され、浄化されたのだろうか、ギラギラした星が輝く晴れ渡った天球が広がっていた。つまり夜だ。なのにこのピラミッドははっきりと見える。かといってそれ自身が発光するワケではない。どこからか射して来た照明を跳ね返しているようだが、光源が見当たらない。太陽も月も出ていないのに、ちゃんと輝いて見える。


 戸惑いながらキョロキョロしていると、

「空が浄化されたんじゃないわ。大気はほとんど逃げちゃって無いの。テルの言うとおり、ここは火星みたいなものね。あ、それから月はとっくの昔に見切りを付けてどこかへ行っちゃったからね」

 とニーナの説明が入るが、地球と月をまるで倦怠期の夫婦みたいに説明した。


「太陽は?」と訊くサクラに、

「うん。すんごく太ったわよぉ」

 今度は中年女性を表現するように言い、さらに補足する。

「おかげで地球の重力まで狂わせちゃって、大気は逃げるし、自転速度までも遅くなって、夜明けは今から二十一時間後ね」


 いったい一日は何時間になっちまったんだろう。


「ひとまず今日はこの辺りで一泊する。明日に向けてゆっくり寝ておけ」

 と部隊長面(づら)したイチは命じるものの。

 生命体生存率ゼロパーセントと判を押された惑星上で野宿する軽装備の人間どもを、他の銀河から来た探査船に発見されら、きっとセンセーショナルな出来事になっちまう。もしそうなったら、いったいどういういい訳をすればいいんだろう。くだらない心配かもしれないが、真剣に悩みそうだった。


 悩みといえば、もう一つ重大なことがあった。


「晩飯の食材はテツが準備してくれるんだろ? なら一言いいか?」

 そう、これは探査船から逃れることよりも結構重要なのだ。

 俺はテツに手を振り、

「……鶏肉はよしてくれ。たまには違うものが食いたい」

 4日連続で鶏肉はうんざりだ。

 こっちの希望が通るかどうか、こんな宇宙のゴミ(地球)の上で非常識だとは思うが、俺の舌は正直なのだ。



 ──半時が過ぎた。


「…………………」

 呆れかえって、口を利くのが億劫になった。


 どこから持ち込んだのか知らないが、またもや焚き木が積み上げられ、鼻歌でも奏でるかのような機嫌のよさでイチが火の準備を始めた。無表情で黙々というイメージだが、あれはきっと楽しんでいる。そして両手に買い物袋をぶら下げたニーナが嬉しそうに言う。


「アナタの望みをかなえましょう」


 池から湧き出てきて、金の斧と銀の斧を突き出す女神様みたいなことをぶっ放すので、

「まだ鉄の斧だとゲロってないぜ」


 金髪のニーナはリアル湖の女神様だ。それが俺の前でニコニコして、とぼけた質問をする。


「キャンプの夕飯と言えばなんでしょう?」

 またナゾナゾか……。


「カレーライス!」

「ピンポ~ン」


「……………………………………」

 死に絶えた惑星の上で食うものじゃねえな……。


「クルミちゃん、カレーよ。カレー」

「かれーですー」


 何度も言うが、ここは火星表面とさほど違わなくなっちまった地球と呼ばれる朽ちた惑星だ。ほぼ真空に匹敵する大気圧、気温もマイナス百度を超えるんだろう。火星よりも生命の生存率が低いかもしれない惑星の上で、カレーだ、カレーだとはしゃぎまわる、三バカ女どもめ……。


「何なんだ、お前ら! カレーごときで騒ぐな」

「だってカレーライスよ。あたし大好きだもん」


 ガキめ……。

 藤吉も少し浮かれ気味で、やけに明るい声で訊く。

「加齢だいす……とな?」

 食べ物から遠く離れそうだったので、ひと言忠告だ。


「頭領の口に合うかなぁ。ちょっと刺激的な食い物なんだ。それと『だいす』ではなくてライスね」

「ワシはこれでも結構食通なのだ。何でも食ってやる」

 と豪語した藤吉だったが、ひとさじ口に入れて、漫画のように火を吐いた。


「これは食い物ではない! ワシを殺す気か!」


「そんなに怒るなよ。誰も死んじゃいないだろ」

 さじの先で焚き火の向こうの面々を差す。


 クルミはパクパクと、イチは黙々と、サクラはぺろりと平らげ、ニーナに空の皿を突き出し、

「やっぱりキャンプの夜は焚き火を囲んで●●●カレーよねぇぇぇ」

 でっかい声で、どこかの食品メーカーの部長さんが泣いて喜ぶようなことを言った。


 藤吉はその後、白いご飯に塩をかけて三杯かっ喰らったけど、どこが食通だと言うんだろう。




 気になるぜ…………。

 俺が抱いた懸念は、カレーの肉がまたもや鶏肉だったことではない。

「こんなところで派手に炎を上げてて大丈夫か? やばい連中に見つからないのか?」

 俺も空になった皿をニーナに差し出し、舞い上がる火の粉と一緒に不安げな視線を巡らせる。

 ピラミッドの先から少し上で、とんでもない数の星がギラギラしていた。


 ニーナはオレンジ色の炎に金髪を輝かせて言う。

「何度も亜空間を通ってきたから、この時間域にワタシたちが現れたことは気付かれていないと思うわ」

「ならいいけど。あの建物が不気味でな……」


 ここで赤々と燃える炎をはっきりと反射させてギラギラと輝くピラミッド。かなりの距離があるのにあの光量はただの鏡ではないのは想像がつく。ほんのわずかな光でも、強く反射する材質だと思われる。


 ニーナはカレーをたっぷり盛った皿を俺に返しつつ、

明日(あす)、中を見せてあげるから、今夜はゆっくり休んでちょうだい」

 と言ってから片目を瞬かせた。


「…………………」

 それはウインクと呼ばれるものだった。


 さっきの発言を訂正しよう。

 暗やみに妖しく光るピラミッドの不気味さよりも、今のウインクのほうが命にかかわる気がしてきた。





 次の日。

 まだ夜だった。ピラミッド以外は漆黒の闇の中で沈黙したままだ。

 でも目が覚めた。なぜならクルミとニーナが放つ、異様にテンションの高いはしゃぎ声がしたからだ。


「毎回うるさいやつらだな」


 目を擦りながら、薄っすらとまだ煙の上がる焚き火の脇で起き上がる藤吉と、ほぼ同時にテントのファスナーを引き上げた。今日はどんな出で立ちなのか、期待感と少々後ろめたい気分を混合した顔で声のするほうを探った。


「テルさまぁ~」

 黄色い声で手を振るクルミを見つけて、俺、顔を赤らめる。

 こんなにも羞恥が前面に噴き出すとは、思ってもみなかった。


「まじいよな。俺の頭ん中ってどうなってんだよ……」

 すかさずテントから出てきたサクラが言い寄る。

「クルミちゃんはあんたの潜在意識からインスタンス化されるのよね」

 こいつにしては、とんでもなく難解な言葉を噛まずに喋り切りやがった。


「すごいじゃないかサクラ。難しい言葉、勉強したのか……」

「そうねぇ。毎回感心させられちゃうからねぇ」

 それはえらいマジ声だった。


「そ、そうか。よかったな」

「あんた。あんな漫画見てんの?」

「い、いや。見ていたというわけではないんだが」


 クルミはセーラー服に大きな赤いリボンタイ。下は青い超ミニスカートにすらりとした長い脚。そしてレモンイエローに染めたロングヘアーをツインテにして俺へと駆け寄って来てこう言った。


「月に向かってオシオキれーーす」


「月に代わってですよ、お姫様。それだと狼男になります」

 ニーナの野郎。くだらんこと教えやがって。月なんかもうねえって言ってたろ。

 恥ずかしくって、穴があったら入りたいワ。

 って、穴を掘るんじゃないサクラ。



「…………………………むぅ」


 藤吉は世界の神秘を見るような目でしばらくクルミを見つめていたが、ニーナに視線を移し、

「……お主の格好も、とんでもなく蠱惑的(こわくてき)であるな」

 腰近くまである金髪ストレートを優雅に風になびかせ、全身をぴっちりとしたレザースーツで包んだ上に、黒ブーツのくるぶし辺りまで砂に埋もれさせていた。

 頭領と俺とで、ニーナは異なる姿に投影されると言っていたが、俺と同じ意味合いの言葉を藤吉が漏らしたところを鑑みると、時代的に異なる衣装だが、それなりに色っぽく見せているのだろう。


「ね。どう? ちょっと刺激的でしょ」

「すげぇプロポーションだ」


 上下が一体となったレザースーツは、体の線をはっきりとさせる。目の置き場が無く、上にあがったり下がったり定まらない。するとサクラの眉が鋭角になっていたことに気付き、

「い、いや。お前のそのジーンズ姿もなかなかボリューミーだぜ」

 とか言いながら、視線を別の位置に逃がすと、今度はクルミの超ミニ姿が視界に。逃げ場の無くなった目線をあたふたと彷徨わせる先に見つけた、イチのイケメン顔に助けを求める。


「さぁ。朝メシの準備手伝うぜ」

 キャンプは協調性が重要なのだ。





 なんとか極楽トンボどもの刺激の強い衣装にも見慣れ、俺の心臓がいつもの鼓動を取り戻す頃、焚き火に砂をかけて、完全鎮火させてから立ち上がった。


「まずは調査からだ」

 イチはそう告げるが。

 何を調べるんだ?

 と疑問を漏らす前に重要なことを宣言しよう。

 ここは何も無くなった地球だ。焚き火の不始末で飛び火するものなど無いのだが、これはキャンパーとしてのマナーだ。


「なにこだわってんのよ」とニーナ。

「なにが?」

「環境制御が切れたら、ここはほぼ真空なのよ。火の始末なんてどうでもいいわよ」

「あのな。俺は『飛ぶ鳥跡を濁さず』と言ってだな。追っ手の目をくらます……」

 言いかけてやめた。


 歩き回った後が広い範囲でくっきりと残っていた。その周りは長い年月をかけて滑らかに均されており、シワも筋も見当たらない。シルクの生地が波打つようだが、それと比べて俺たちが退いた後は、ぐちゃくちゃなのだ。どこからどう見ても、ここで大勢の人がたむろしていましたと言わんばかりだった。


 捻った首を元に戻し前を向くと、テツと視線がかち合った。気にするなと伝える、そんな目の輝きだった。


「はいはい。それじゃ行きますかね……」

 力が入らないのは、先に歩き出した連中の姿を見たからだ。


 クルミはテントのポールをロッド代わりにして、なんだか妙なポーズをサクラから教え込まれていた。

「まったく……くだらんことをして遊んでやがるな。マジで緊張感が欠けてるぞ」

 と言いつつ、俺の視線はニーナの尻とクルミの脚とを交互に往復していた。


 情けなや……。

  

  

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