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26)超激未来で21世紀の激安ランチをいただく

  

  

「姫様。ちょうどよい時間です。ここいらでランチにしましよう」

 イチは懐からグランドシートを抜き出すと地面に広げ、クルミの手を引いてそこへ座らせた。

 ほんでもって、俺は額を押さえて、虫のような息を吐く。

「…………………いつの間に俺のシートを……しかもランチって」

 怒るのも疲れた。どうにでもしてくれ。



「お昼ごはんですよぉー」

 クルミの愛らしい掛け声と共に、砂山の向こうからテツが現れた。

「あいつ、どこ行ってたんだ?」

 白い袋を銜えて俺と藤吉が座り込む前に近寄るテツ。ガサリと乾いた音を上げて地べたに下ろすとお座りをした。狼であっても犬は犬だ。


「うなっ!」

 袋を一瞥して、飛び出しかけた声を慌てて喉の奥に押し込んだ。

「こ……コンビニの袋じゃないか……。テツ、どこに行って来たんだよ?」

 その中に、これまたお馴染みの各種オニギリが詰っていた。


 唖然として中を覗き込み、また顔を上げる。

「クラブ活動の帰りじゃないぜ……」

「あぁぁ。あたしの大好きな梅オカカだよ。テル」

「知るかよ……」

 喋るのもかったるくなってきた。


「ニギリ飯か。うむ……しかしこの包みは……奇怪な」

 藤吉は塩むすびを一つ取って、巻かれた摩訶不思議なビニール包装を睨んで盛んに首をかしげている。

 慣れないとなかなかスマートに剥けることができない、例のおにぎり特有の不思議な開封システムだ。


「はい。お武家様」

 ニーナにビニールの包装を剥いてもらい、

「うむ。なかなか美味なものだ。塩加減がちょうどよい」


 ちょうどよい、っじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!


「何だイチ! このだらけ切った昼飯は! 今朝からずっとじゃないか!」

 ヤツは整ったハンサム顔を俺に向けて、

「なぜ切れる、テル。ランチではないか。お前も早く頂け」


「バカやろ~。何だこのオニギリ……」

「また鶏肉食べてる。テル好きだねぇ」

 俺が突き出したのが鶏釜飯のオニギリだったからと、サクラに半笑いの刑を受けている場合ではない。


「違うワ。賞味期限の日付が、」

「切れてるの?」

 間髪入れずサクラが口を挟むから、ちっとも話しが先に進まない。


「違うって。賞味期限が俺たちの時代のものだ。それも俺がキャンプに出かけたその日だぜ」

 サクラも急いで包装ビニールを広げて、

「あーほんとだ。何だか懐かしい」

 そんな感想は求めていない。


「どうしたんだテツ。これ?」

 狼は舌を出して呼吸をしていたが、赤い目だけをニーナに移動させた。

「ワタシが買ってきたのよ。テツだと目立つでしょ」


「そりゃそうだ。どこのコンビニへ行ったのか知らないが、狼が店に入った瞬間に警察へ通報されるワ」

 って、そんなことを問題にしているのではな──い!


「ああぁ。お金ならいいわ。おごったげる」

「そうじゃない。飛んだのか、過去に……。いやそれより、いつ買いに行く時間があったんだ。お前はさっきからそこにいただろ」

「これがバイロケーションよ」


「なっ!」

 俺とサクラがいた時代に、別のニーナが時間を飛んで買い物を済ませてきた、とたわけたことを言う。

 まるでチャリンコで買出しに出かけたような気楽な跳躍を披露されて、大いに驚愕したのに、さらなる驚きの事案で上塗りされ、俺は突っ込みどころを失くしていた。


「これが同時存在だ。ニーナは複数の時間域に存在できる。さらにそれは多次元に渡る。さっき説明しただろ」


 非常識なことを言うヤツだ。

「いったいニーナは何人いるんだ?」


 イチは、クルミがオニギリから剥がした海苔を頬張りながら、

「分極した宇宙の数だけ存在する」

 マジかよ……空気みたいなもんじゃないか。


海苔(のり)、嫌いなの? クルミちゃん」

「あ? はぁい。黒いのが……」

「美味しいのにねぇ」とニーナ。


「こらー! 極楽三バカトンボ! 人の話を聞けぇぇぇ!」


 4つ目の塩むすびを頬張っていた藤吉が、俺の大声に驚き、目を丸めてこっちを見た。


 どいつもこいつも、この状況をなんと心得るのだ。

「俺は今、時空理論について議論してんだ。黙って食え、黙って」

「………………………」

 サクラが眼力で文句を訴えてきたが、睨み返してやった。



「では本題に戻ろう。質問は何だ? 今日は天気がよいから何でも答えてやるから、言ってみろ」

「どこが?」

 釣られて空を見上げてしまったではないか。


 急いで頭を振り払い、

「さっきの連中が異空間同一体だとして、なんでそこの俺らはこっちの邪魔をするんだ? 宇宙が分極したって、いきなり敵対しないだろ?」

 ニーナが配るペットボトルを同意できない目で見つめつつも、それを受け取った俺はイチの答えを待った。


「それは間違った行動だと思い込んでいないからだ。往々にして操られている」

「誰に?」

「敵意を持った、あるいは作為的な行動をする別の人物、あるいはそのような集団にだ。だから安易に対面することは危険なのだ」

安全牌(あんぜんぱい)ばかり選ぶイチらしい意見ね」とはニーナだ。

「ワタシもイチの意見に賛成れす」こっちはクルミ。ぺろりと指先に付いたご飯粒を舐めて。


「テツはどう思うの?」

 ニーナは銀狼に尋ねるが、

「…………ふーん。そんなにこの三人が重要なのかぁ」

 おいおい。今この狼に何を言われたんだ……?


「解ったわ……。ワタシはテツに従う」

 狼……だぜ?


 よく解らない結論を出したニーナは、ワンピースの裾を風にはらませながら、クルミのペットボトルを開けてやっている。


 それを睨みつけながら、久しぶりにコンビニの緑茶をラッパ飲みする。死に絶えた地球で飲むお茶はやけに苦かった。

 なんにしろ、俺の混沌とした思案は、頭上の空のように灰色に濁ったままで、スッキリとしない。

 俺の前で和気あいあいと昼飯を食う連中が、正しいという保証も全く無い。レイヤーレベルの連中がさっき現れたのは、もしかしたら俺たちの道を正すためだった、とは思わないのか、こいつらは?


 腑に落ちんな…………。

 どちらにしても……。もうしばらく流されつつ、様子を見るしか今のところ手立てが無いのは確かだ。


 今の俺にできることと言えば───食べ終わったゴミを全部コンビニの袋に詰めて、リュックに押し込むことぐらいだな。今や宇宙の(ゴミ)となった地球であっても、ここに捨てていくわけにはいかない。それがキャンパーの心得というものだ。



 ──説明しよう。

《このままでは、地球と一緒に完全消滅しそうな『説明しよう』おじさんである。無理からにでも登場してやるのであーる。

 ところでテルは殊勝なことを言うようだが、こんなことは当然のことで、山(地球)を愛するのであれば、ゴミはすべて持ち帰るのがマナーである。できることならゴミは極限にまで出ないように工夫し、また人のゴミまで持ち帰る気で入山すれば、キャンプ場以外でのキャンプ禁止が全国的に広まらなかったかも知れない。残念で仕方が無いのであーる》




「わかりましたぁ」

 何を察したのか知らないが、時間族の少女はニーナにこくりとうなずき、

「ではこのまま1700万年先へ進みます」

 食事の後、わずかな休憩を終えたクルミが白い腕を挙げるところから再開する。


 どういう計画でこの時間旅行が進行するのかはまったく不明なわけで。先の見えない背の高い茂みの中を歩くようだ。だが俺の空間認知力のをもってすれば、ここがどこなのかぐらいは想定内だ。地球の、元日本があった場所。それも北陸周辺だ。これだけしっかりしていれば、どうにでもなるのがキャンパーなのだ。


「行きますよーー♪」

 モノクロの世界に、紅白のストライプ衣装は彩りが鮮やかで目にまぶしく、かつとても違和感がある。もし俺がそれを着たらピエロにしか見えないだろうが、クルミが纏うとアイドルのステージ衣装に見えてくるから不思議なものだ。重複存在現象とかワケの解らない物理現象よりずっと気が休まる。


「ねぇテル。1700万年って言ってるよぉ」

 飲みかけのペットボトルを握ったサクラに、腕を引かれて、

「何が? えぇぇぇぇ! センナナヒャク万年……」

 くだらないことばかり考えていたのでクルミの漏らしたセリフを聞き逃していた。急いで苦言を申し立てる。

「何で1700万年なんだよ。そこに何があるんだ?」

「ワシには判断できぬ年号だ。勝手にせい」

 怒ったわけではないが、藤吉がさじを投げた。


 陽に焼けた精悍なヒゲ面の男は腰から刀を鞘ごとぐいっと抜くと、あぐらをかいてテツと対座した。そしてどんと立てた日本刀の柄の天辺を両手で握って豪快に言い放つ。

「しょせん未知の世界だ。どこでも連れて行くがよかろう」

 腹が据わっているのか、あるいは開き直ったのか、藤吉はギンと前を睨んで、ふんむ、と鼻から息を抜いた。


 俺のほうは憤然とする。肝っ玉が小さいからな、って?

 放っとけ───。


「いったい俺たちをどこへ連れて行くんだ。もう地球は死んでんだろ? どこまで行ってもこのまま砂漠化した地表なんだろ? 火星とそんなに変わらん世界をこれ以上見せられても、飽き飽きだぜ。もう元の時代に帰してくれよ。たのむ!」


 俺の熱烈な懇願など無視して、イチは首を振る。

「この先、1700万年後にある事件が起きる。それを見学に行くのも姫様の社会勉強だ」

 えらい社会勉強があったもんだ。小学生の遠足のレベルではない。西暦6909万年などというあり得ない年代に、なぜ俺たちまで同行しなければいけないんだ。


 試しに──ちょっとだけごねてみた。

「嫌だと言ったら?」

「ここに置いて行く」


「なっ!」

 イチの(つら)はマジだった。


「非人道的な処置だな。お前ら鬼か!」

「ここを離れたら、環境制御シールドが消えちゃうから、低気圧と放射能に包まれて数秒で別の世界へいけるわ。それが生まれ故郷だといいわね」

「んなはずねえだろ。天国へ直通してるワ」

「地獄でしょ」

 口の減らないヤツだ。誰がお前を作ったんだ。


「イプシロンの地球人よ。よろしくね、御先祖様ぁ」

 わざとらしくワンピースの裾を両指で摘まみ、可憐な会釈をするニーナ。可愛いのだが、何だか無性に腹立たしい。


「俺はお前の先祖じゃねえ」

「ねぇ。二人とも喧嘩やめようよ。クルミちゃんが待ってるし……」

 ぽかんとしてクルミは屈託の無い瞳でこっちを見つめ、サクラも呆れ気味にアヒルみたいに平たくした唇を俺へと突き出した。


 力の抜けた溜め息を一つ落としてから、

「結局付き合うしかないんだろ、イチ?」

 忍者野郎は平然とした態度で、「そのとおり」とつぶやき、能面のような無表情の面立ちをぷいと前へ向けた。


 残りの人生をこんなところで、苦しみに悶え数秒で消化するのはあまりに虚しい。俺も藤吉の横にどかっと腰を下ろし銀狼と対座した。テツは剣先のような鋭い視線でちらりと俺を一瞥しただけで、視線を逸らした。


 何か言ってくれてもいいだろうに……俺の意識に喋りかけることができることぐらい容易いんだろ。知ってんぜ。


 おそらく俺の思考を読み取ったのだろう、テツは再び俺の目の奥を睨んで、すぐに鼻先を振った。

 ほらみろ。聞き耳立てていたくせに。


 俺の気持ちはますます懐疑的になり、泥沼へ沈んでいく気分だ。クルミが時間跳躍を正確にできるようになったら、俺たちを解放すると言っていたイチの言葉が胡散臭く感じられるし、カロマーだとか、異空間同一体だとか、時間軸がどうたらと能書きばかり並べたくる割にやることはクルミの社会見学だと言い張るし。何なんだこいつら……。


 とんでもなく怪しい──。

  

  

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