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22)時を操る少女(初めての亜空間)

  

  

 テントをたたみ、焚き火の後始末をしていて、ふと顔を上げると、ドラム缶が跡形もなく消えていた。

 夢のドラム缶風呂は本当に夢だったのかと思いそうになるが、出発の準備ができ、それぞれに集まった一行から石鹸のいい香りが漂うなんてこと、キャンプではあり得ない清々しさだ。三日もすりゃあ、だいたいは煙で燻された消し炭臭い芳香を全身から発散させるもんだ。


 イチは薄い唇を一文字に結んで視線を一巡させると、どんよりと澱んだ空に無駄にハンサムな面を向けた。


「では──参るか」


 そう、今から地球の最期を見届けに行く……らしい。どうやってとか、安全なのか? などという愚問は、航空機に乗ったことのないアマゾン最後の秘境に住む未開の先住民的発想だから、いまさら慌てふためくのはよしておく。


「だけどよー」

 やはり気になる案件がある。言っとくけど、未開の原住民的発想ではないからな。


「俺たちに未来を見せてもいいのか? 時間規則に反するんだろ?」

 連中の態度が、中でもニーナの淡々とした態度が何だか釈然としない。腹に何か持っている気がしてならなかった。


「反しない。お前の行動は時間規則範囲外だ」

 イチも平淡に言い返して来るが、こいつはいつものことだから、

「意味ワカラン」と答えておく。


「それでいい。お前はそのままバカでいろ」

「腹立つなぁ。馬鹿にバカって言われるほど腹が立つワ」

 イチはフンっと鼻を鳴らし、腕を組むと、準備はオッケーとニーナへ伝えた。

 忍者のクセに英語を使うな、ってんだ。


「地表の変化をよく見ててね。最初は千年単位で移動してもらうから……」


「ちょっと待ってくれ」

 挙手して、ニーナのセリフを途切らせた。


「何よ、秘境の原住民さん」

「なっ!」

 こいつ俺の心まで読めるのだろうか?

 なら、原住民らしく訊いてやろうじゃないか。


「俺たちの安全は確保されてんのか? これから行く世界は言わば地獄だ。三途の川を渡るんなら、それなりの準備が必要だろう?」

「そのためにワタシが来たの。アナタたちのガーディアンとしてね。感謝しなさい」

「へっ。ワケ解からんワ」

 何でもかんでも上から目線で言いやがって……。


「あんな。原住民には、オマエら文明人と違って理解の及ばない部分があるんだ。だから色々と心配なんだよ」


 ──ま、藤吉ぐらいになると及ばないどころか、何一つ解からないから逆に平然としていられるんだ。あいつにとって日本が地球と呼ばれる惑星のほんの一部だなんてグローバルな観点は、持ち合わせていない世界の人間だろ?


 藤吉は半笑いで怒った。

「馬鹿にするな。さっきサクラからレクチャーを受けたワ」

 おいおい。レクチャーって……。

 頭領は俺たちが使う英語が気に入ったようで、やたらと質問してきて、納得すると使おうとする。


 朝の風呂でもシャンプーという言葉を覚えたし、洗髪して崩れたちょんまげを後ろでひっ詰めた頭が、サクラと同じポニーテールと呼ばれる髪型だと知った。ただそれらは日本語の未来形だと、本人は勘違いしているみたいだが、それにしても16世紀の人間にやたらと知識を詰め込んだらまずいだろう。これこそ時間規則に反する行為だ。サクラのバカはそのあたりを把握していない。それともイチが黙ったままなので、それでいいのだろうか?


「で? 原住民さんは何が心配なの?」

 溜め息混じりのニーナ。受け答えも感情の入れ方も、マジで生身の人間だ、と太鼓判を押してやリたいが……。

 よーく見ると、非常識にも地面から少し浮かんでやがるし。こいつのバリバリの実体感は幽霊でもないし。その正体は──。

 ミラードールてか?


 この話を出すと長くなるので、ひとまず横に置いておいて──ぶっ飛びすぎて質問すら浮かばんのが本心だがな。


「……ガーディアンの説明からしてくれ」

 ニーナはちらりと藤吉へ視線を振ってから、不自然に口調を切り替えた。

「旅のご一行様をお守りするのがワタシの務めなの」

「お主。クノイチか」

 言うだろうと思ったぜ、頭領。


 藤吉は神社で大吉を引き当てた参拝客みたいに楽しそうに破顔させて、早口で捲し立てた。

「やはりな。初めて見たときから黒一色の衣装はそうではないかと思っておった」

「お武家様の目は誤魔化しきれませんね。御見それいたしました」

 って、頭を下げるけど……。

「お前、クノイチだったの? どこが黒一色だよ。白ワンピに金髪……むぐっ!」

 言いかけた俺の口を急いで覆うニーナ。

「自意識の鏡像だって言ってんでしょ。ワタシはね。みんなの目にはそれぞれに映ってるのよ」


 サクラも一緒になって俺の腕を引く

「テル。シャーロットちゃんのジャマをしないでこっちに来てなさい」

「意味もわからずに、ニーナの肩を持つんじゃねえって……」

 途中から小声で問う。

「お前にはニーナがどういうふうに映ってるんだ?」

「えー? どんなふうにって言われても……いつものシャーロットちゃんだよ」


「…………………答えになっとらん」

 えーい。バカは放っておくぜ。


「それじゃあ、一体何から俺たちを守るんだ?」

「もう一度言っといてあげる。時空の分岐点、ジャンクションには敵対する異空間同一体が集まりやすいの。それからみんなを守るために来たのよ」

「グダグダ文句を言うな。テル」

 イチから言われたのではなく藤吉からそう言われるとぐうの音も無い。こっちはあんたが最も理解できないだろうと思うから……。

 もういっか。勝手にしろ。結局のところ、俺ひとりが蚊帳の外だということだ。


「はいはい。秘境の原住民はもう黙りますよ……」

 サジを投げた俺のつぶやきを合図に、空に向かってクルミが腕を広げた。


「出発ですぅ」


 すぐに白い気体が降りてくる。もう見慣れた時間跳躍の瞬間だ。だがほんの少し異なっていたのは、いつもより少なめで周りの景色が薄っすらと見える。つまり外の世界を見せながら飛ぼうってことだろう。


 ニーナは外に向かって腕を組むと、どうやって攻撃してくるのか知らないが、敵からの攻撃を避けるためだろう、瞬かない鋭い目付きで周囲に注意を払っていた。


 数十秒後。

 霧が白色から薄いブルーに染まり、景色が消えたのを確認したニーナは、ようやく金髪を翻して振り返った。

「いい? 今から亜空間に入るからね。初めてだろうから忠告してあげる。ちょっと我慢するのよ」

 上から目線の口調は今に始まったわけではないが、なぜか俺に向かってそう言った。


「どういう意味だよ? 今までもそこを通って来たんだろう?」

「跳躍先の時間域を限定されないようにする手段としてそこを通過するの。アナタたちは今回が初めて」


 時間が流れないと時間軸の分岐点から先が消失する、などというニワカSF作家が苦し紛れに考え出したのと変わらん意味不明の説明だが、とにかく俺たちは別の空間に入る。そこはもう地球ではないということだ。


「ねぇ。我慢って?」

 我慢と聞いて怖くなったのだろう。サクラは俺の腕にしがみ付きながらニーナに尋ねた。

「サクラさんは気にしなくていいわ。すぐに済むからね」

 サクラには微笑みを返し、俺には探るような鋭い視線を振ってきた。


「それって誰に対しての忠告なんだ?」

「すぐに分かるわ……」


 そう。それはニーナの宣言どおりすぐにやって来た。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 突然、猛烈な目まいが襲い、腰が崩れた。凄まじい目まいだ。頭の中がグルングルン回った。平衡感覚が完全に消失し、地面に立つ感覚が消えて宙に浮かんだと言ってもいい。とにかくとんでもない状態だ。


「ぐぉぉぉ。胃からなんか込み上げてくる。が、我慢できん!」

「すぐに慣れるから辛抱しなさい」

 思わずしゃがみ込んだ頭上から接してくるニーナの声が冷たい。

「我慢の限界を超えたぞ! 足元に地面が無いみたいだ!」


「そんなの根性で我慢しなさいよ。アナタたちの大好きな言葉でしょ。何の根拠もない都合のいいセリフ。それが最も欠如した奴がすぐに口に出す言葉よ」

 氷みたいな目で俺を睨み、ニーナは自分の思念をそのまま言語に変換していく。

「根性。忍耐。努力……何それ? そんなのただの気合を入れる時の掛け声じゃない」


 憎々しげにつぶやくニーナの口元を見つめていたら、俺は土産物(みやげもの)の脇に突っ立てられた木札の文字が脳裏に浮かんできた。


 確かにそのとおりだが……だからそれがどうした。

 ヤツの腹立たしい言い草が無性にカチンときた。強烈に込み上げる吐き気を押しのけ、怒りが爆発する。


「キャンパーはな! 根性と忍耐だけで成り立ってるんだ!」

 と言い返してやったが、どうにもこの目まいは辛抱できない。


 必死で歯を噛み締め、瞼を硬く閉じて膝を抱きこむこと数分。この言葉を繰り返したことが原因で、俺のサバイバル部が崩壊したことを思い出し、嘔吐感と入れ換えに、急激な羞恥の気持ちが襲ってきた。


「いま叫んだコト、忘れてくれ……」

 今度はニーナの嘲笑に怯えた。

 情けない話だが……ヤツの言うとおり、今やこれらの言葉は、ただの掛け声程度にしか使われていない。中身の入っていない枝豆と大差ない。


 ──それからさらに数分。ようやく足の裏に地面の感触を確認できた。

「どう? マシになってきたでしょ?」

 その声に腕の力を緩め、薄っすら瞼を広げた。

「ふう。なんとかなったな。どうだサクラは?」

 たぶん必死で耐えていたのだろう、俺の腕にしがみ付きじっと硬直したままだ。


「あっ!」

 俺の意識が驚愕に固まる。

 視界に入るものから色が失せていた。

 サクラの緑色のジャージが濃い灰色だ。薄いピンクだった肌も色彩を失い、世界がモノクロ画像に切り替わっていた。


「視神経がおかしくなっちまったぞ。さっきの強烈な目まいのせいだ。お前は大丈夫か?」

 俺の腕を掴んで固まるサクラはまったくの無反応だった。


「おい。まだ気分悪いのかよ?」

 ヤツの腕に触れて、俺は猛烈な恐怖に襲われ、慄然とした。


「サクラっ! おいサクラ!」

 と叫ぶ俺に、ニーナは冷淡に接してくる。

「ねぇ。声大きいって……」

 そのタルそうな物の言いに再び怒りを覚え、

「うるせぇ。これが叫ばずにいられるか!」

 俺の腕にすがるサクラを揺り起こそうとした。


「おい、どうしたんだ。目を覚ませ! サクラ!」

 固く唇を合わせたまま、目を見開いた石像がそこにあった。

 そう、石像だ。ブロンズ像と言ってもいい。柔らかだった肌は固く金属のように弾力を無くし、微動だにしない。


「どういうことだ、これ!?」

 クルミは両腕を挙げたまま、俺たちを気に掛ける様子で、心配そうな視線を振るが、イチは黙って前を見て瞬き、ニーナは相変わらず冷然とした態度を貫き通した。

「これが亜空間なのよ」

 続いてイチが、

「常人はこの世界では動けぬ。正確に言うと時間が無いのと同じなので、実空間の物体は停止する。それが亜空間というものだ」


「ウソ吐け!!」

 つい強く言い放ってしまったが、言いたくもなる。


「お前らは動いてんぜ。なんだそれは!」


「ワタシはそのように作られた映像よ。ミラードールなの。よろしくね」

 自己紹介しろとは言ってないが……。


「姫様とそれがしは時間族だ。質量を持っていない」

 きょとんとしたクルミがやけに可愛いかった。


 ──お前ら、忘れていないか?

「俺も動いてんぜ!」

 この叫び声もニーナに伝わることは瞭然だった。だってあいつ迷惑そうに耳に指を突っ込んで顔をしかめたのだ。


 どうなってんだ、これ?

  

  

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