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21)ああ。キャンパー憧れのドラム缶風呂

  

  

「移住した人は未来の地球人だろ? 何でこの話を過去人の俺に話すんだ? 例の時間規則とやらに反するだろ」

「お前に話したところで歴史は何も変わらぬ。気にするな」

「いや。あの爺さんは俺に未来を託していたんだぜ」

「その話はまたいずれにしよう。見ろ……」

 イチは映画俳優みたいなカッコいい顎をしゃくって、砂丘の彼方を示した。


 暗闇の中をゴツイ体格の男がゆらゆらと歩いている。

「頭領だよ、テル。帰ってきた」

「ほんとうだ。なんだあの野郎、イプシロンへ行くんじゃないのかよ」


 藤吉は怒ったような険しい(つら)で、ドシドシと音を鳴らして広場に近づくと、俺たちの前で、ふんっと鼻息も荒く立ち塞いだ。

「やはりワシは……。戦国の世に賭けた野心を捨てることはできぬ!」

「なに怒ってんだよ」

 再度鼻から息を抜くと長い日本刀を腰に差し直し、

「別に怒ってはおらぬ……」


「……ふっ」

 イチは虚無的な薄い笑みを浮かべ、胸で組んでいた腕をしゅらりと解いて腰に当てた。

「やはりお前は武士だということだ。これで気持ちの整理ができたのではないか?」

 スリムなボディを反らした、いかにも忍者らしい格好をつけた振る舞いだった。


 (もく)して藤吉は強くうなずく。そして誰も何も訊いていないのに、

「トオルは牛車に載せられて行った……」

 と告げ、地べたに座り込んでごろりと横になった。その背中が少し寂しそうだったが、引っかかる言葉はただ一つだ。


「何で牛車だ。牛が空を飛ぶのか? 宇宙船だろ?」

 切れ長の目で藤吉の背中を優しげに、かつ、なぜか一息吐くイチに訊いたのだが、反応したのは背をこちらに曝していた藤吉だった。


 ヤツはむこうへ向いたまま、

「ウチューセンとは何か知らぬが、あれは間違いなく牛車だったぞ」とひどく投げやりに言い、

「イプシロンの人はそんなモノで宇宙を飛ぶの?」

 とサクラがバカなことを言い出した。


「──お前、物理の成績最悪だろ?」

「うん。化学と競い合っている」

「そんなこと自慢するんじゃない。だからガラケー女から卒業できないんだ」

「ガラケー? スマホだよ?」とポケットをゴソゴソしだすので手を止める。

「もう、いいよサクラ」


 俺たちのくだらない話に、イチは細い指を振って中断させると、藤吉に聞こえないほどの小声で囁いた。

「ミラードールの映像だ」

「自意識の鏡像だったけ?」

 こっちも小声になり、黙って首肯するイチを見届けてから、やけに小さくなった野武士の背中を見た。おそらくそれなりの宇宙船が待機していたのだろうが、現地の住民には正体がバレないように偽装工作が施されるんだ。それも見た人の理解しやすい形に投影されるミラードールを使用するとは、なかなかいいアイデアだ。


 ちゅうことは、本物はめったやたらと正体をバラさないということだ。もしこれが21世紀なら、普通の航空機、あるいはその(たぐい)のものに偽装されるはずだ。


 それだけ高度な技術と知識があるのに、テレビで取り上げられる宇宙人たちはいったいどうしたんだ。平気で姿を現しやがって、そうとうに間の抜けた奴か、目だちたがりのミーハーなんだろうか。


 イチは藤吉を見つめていた優しげな視線を、実の無い思考に沈む俺に移すと、静かに訊いて来た。

「で、どうする。寝る前に行っておくか?」

 それはトイレを促す言葉ではない。顔が真剣だったし、クルミも笑っていない。ただサクラの目だけが虚ろになっている。


「……あふぁ? ……どこへぇ?」

 睡魔に襲われて必死で瞼を開けようとするが、声がほとんど寝ていた。

「我々はテルの義務を果たしに行かなくてはならない」

 平たい声をサクラへ落とした。


「あたし(ねむ)たぁい」

 だよな……。正直なヤツだ。

 でも俺は眠気より恐怖で返事ができなかった。


 イチが言おうとするのは、地球の最期を見届けるという重圧な案件だが、考えがまとまらないんだ。

 なぜ俺なんだ。俺にそれを見せたところで何が変わる?


 偉い学者が喉を枯らして叫んでもなんら変わらず、黒い霧は海外から流れ込んでくるし、気温はどんどん上がってくるし。

 放射能の危険性など、またもやどこ吹く風。喉元過ぎると熱さ忘れるとはよく言ったもんだ。一度事故がおきると数千年は立ち入り禁止になるというのに、もう安易な宣言をしていたし。


「─────────────────」


 しかし悲しいかな、生物の生理現象は思考に勝るようで──。

 やがてそれよりも極度の疲労が俺にも襲って来て、決意まで薄れてきた。


「なぁ。別に嫌がってんじゃないんだけど。今日は休ませてくれないか。一日歩きどうしで、あのややこしい話だろ。ほらこいつも疲れてるし」


 サクラを見るまでもない。イチの輪郭が時おりチラつき、睡魔で意識がもうろうなのが分かる。クルミも小首を傾けてその様子をうかがっている。それは観察の目だった。

 人間が眠りに入る瞬間は、インスタンス化した時間族には見ることができない。意識が途絶えて自分自身が消えてしまう。なのでこんなチャンスはめったに無いのだろう。興味津々の面持ちでサクラの顔を覗きこんでいた。


 ほのかな焚き火の温もりは、たまらなく睡魔を呼び込むようで、藤吉も肘枕(ひじまくら)でうつらうつら状態だし、

「うむ。そのようだな。それがしの上映時間もそろそろ限界のようだ」

 映画館みたいに言うなよ。


 そのまま放っておくと、イチが今にも消滅しそうだったのでサクラを起こす。

「ほら。こんなところで寝るな。風邪を引くぞ。寝袋に入れよ」


「ふぁぁ……」


 大あくびと背筋を伸ばす仕草を同時に行い、

「……あのね、今日はテルが使っていいよ。あんたも疲れてんだからさ」

 可愛いことを言ってくれるじゃないか。だけどそう言われるとよけいに俺の庇護欲が邪魔をする。

「まだ大丈夫だ。お前が使えよ」


 俺たちの声で目が覚めたのだろう。藤吉がごろんと体をこっちに転がした。

「ワシが火の番をしておいてやる。気にせずゆっくり寝ろ」

 続いてギラリと鋭利な視線を凍てつかせ、どこからともなくテツがやって来て、藤吉の横で尻を落とした。


「今夜もこいつがワシに付き添うらしいぞ」

 嫌味を混ぜて言う藤吉を大きな眼球で睥睨する銀色の狼。何も言わないが、瞳の奥で笑みが浮かんでいた。


「じゃテツ。イチとクルミをちゃんと消してから寝てくれよ」

 こっちも冗談めいた忠告をして、ついと俺へ視線を向けるイチに、意味ありげに笑い顔を見せ付けつつ、くたくたになったサクラが這うようにして、テントへ入って行く後を追った。



 昨日に引き続き、極度の疲労は意識を薄れさせるほどで、明日の重要なスケジュールも、同級生の女子と小さなテントに入るなんていうドキドキ感も消えた何もかもマヒした状態で、俺は寒さしのぎのビニールガッパを引っ被って横になった。


 息が白く見えるほど気温は低いのだが、それ以上に寒々と感じるのは、人類がむさぼり食った後の残骸みたいな地球に、もう住む者はいないという事実だ。おそらく俺たちだけが、この大地でテントを張る唯一最後の人間だ。荒涼たるこの景色がそれを物語っていた。


 寒い…………。

 無人となった地球──。

 人類はなんと愚かな選択をしてしまったのだろう。


 オレンジ色の光が、テントの薄いシートを透過して急にユラユラと大きく揺れた。寒さをしのぐために藤吉が薪をくべたのだろう。パチパチと焚き火が爆ぜる音だけが聞こえてくる。それを耳にしているうちに、俺はゆっくりと眠りに入って行った。





 翌朝、俺は悪夢にうなされて目を覚ました。目覚めた直後ははっきりとしていたのだが、今となっては何だかよく思い出せない。大きな球体が俺に迫ってくる妙な夢だったのだが、それ以上は何も思い出せない。


「テル。起きた?」

 寝袋に頭まで突っ込んで丸まっていたサクラが、わずかにファスナーを下げた状態で声をかけてきた。


「ああぁ。今日も俺たち無事だな。こんなに寒いのにぐっすり眠ったぜ」

「あたしもよ……」

 お互い体だけは頑丈だな。


「あふぁぁぁ」

 やたら色っぽい吐息と共に寝袋から首だけを出したサクラ。

 くちゃくちゃにもつれた栗色の髪の毛で顔を半分覆ったまま、とろんと眠そうな目を俺に向けてくる。

 ひどい寝起き姿にもかかわらずそれが意外と可愛く見えるとは……。俺の精神状態が相当に疲れていたのだろうか。それともサクラのこんな仕草にも慣れてしまったのか。


 ほくそ笑みながら、冷気に痺れる手足を揉み解していると、

「テルさま~」

 外から渡ってくるクルミの声に上半身を起こした。


「あいつらの再生が始まったぞ。そろそろ起きるかサクラ?」

「う~~~ん。もうちっと……」

 ごろんと転がった。

 俺も、ごてん。



 サクラとテントの中でのんびりしていたら、外から大きな声が、

「テル。早く起きて手伝え。朝飯の用意をするぞ」

 と急かせる藤吉の声。あいつも元気そうだ。


「米は無いから、今朝は芋だ」

 淡々と言うのは、いつものままのイチ。


 テントのファスナーを上げて顔を出す。

 空は無事に明るくなっていたが太陽は出ていない。いや出ているはずだ。でもこの濃い灰色の大気がそれを覆い隠すのだろう。何も見えない。

 地表はそれよりも白い色の焚き火の煙が立ち込めており、ひどく目に滲みた。鼻にもツンと刺して来るが、それはいつもと同じキャンプの朝だった。


 イチはユニフォームと化した忍者姿で、ジャガイモを両手に持って俺に突き出した。その姿も変わっていない。

「………………そうか」

 いつもどおりでないのは、やっぱしクルミで。極度に肩を落としたのは、その容姿がまたまた変化していたからだ。


「忘れていたな……」

 長い黒髪ストレート。ここだけは変わっていない。だが今度は身長が縮み、サクラより頭一つ分低い。初めて会った時と同じ高さに戻ったのだが、服装ががらりと変わっていた。


「ぬぉぉぉぉ……」

 こういうのが嫌いだとは言わない。でもこうもあからさまに公表されては、まるで俺の頭の中を白日の下に曝け出すようで、とても恥ずかしい。


 クルミの今日の衣装は白と赤のストライプツーピース。上は半袖よりもノースリーブに近い、とても短い袖が白い腕を強調させて目に眩しい。そして下は腰でふわりと傘みたいに広がった同じ白と赤のストライプ模様のミニスカート。その中にはふわふわのインナースコートが見え隠れしていた。


 腰高で長く白い足が印象的な、まるでアイドルみたいな格好だった。

 もちろんその胸ポケットには、クルミが大切にしている、例の廃村から持って来た稚拙な人形が顔を出していた。

 あれが見えるということは、俺たちが正しい歴史を歩む証でもあるワケで。何はともあれ、明るい未来がやってくるということだ。


「クルミ。ミニがよく似合ってるじゃないか」

 スパッツより数段いい……。

「うぉっ! サクラ睨むな。俺の姉ちゃんと同じ格好されるよりマシだろ」

 そこへ新たな声が落とされた。


「テルって萌え好きなのか……」


「「ニーナっ!!」」


 手櫛で髪の毛を梳かしながら、怖い顔してテントから出てきたサクラと一緒に声をそろえた。

 サクラは旧友を迎えるように手を振り、俺は迷惑だとばかりに眉のあいだを露骨に引き寄せた。

「なんだよぉ。お前、今日も来たの?」

「あら、ご挨拶ね。今日は館長からお休みを貰ってアナタたちとご一緒しようかと思ったのよ」

「いやいいよ。お前が付いてくると調子狂うんだ」


 サクラは俺を引き寄せて口先を突き出す。

「いーじゃない。シャーロットちゃんも一緒に行きましょうよ」

「お前なぁ。ハイキングに行くのとは違うんだぞ。それよりニーナ・シャーロットって、どういう存在か理解してんのか?」

「知ってるよぉ──」

「何だよ?」


「お友達…………」

 幼稚園かよ──。


 俺たちのウダ話しに痺れを切らしたのだろう。藤吉の大きな声が響いた。

「お前らそこで無駄口叩いていないで、早くこっちへ来て手伝わぬか」

「そうだ。野武士の首領(かしら)に朝食の準備をさせるとは、いい度胸だな、お前ら」

 イチまで一緒になって、まるでボーイスカウトのリーダー口調だ。

 だけど二人の言い分は正しい。



 ──説明しよう。

《すっかり存在を忘れられた、『説明しようおじさん』であーる。

 キャンプはアウトドアなのだが、意外と閉鎖された狭い空間で生活をするのであーる。なので、協調性が無いと人間関係がすぐに崩壊してギクシャクしてしまう。少人数での共同生活だから協力し合うことが重要なのだ。つまり、わがままやKYは厳禁であーる》



「頭領。わりいな、手伝うよ」

 さっそく並んでいたジャガイモを洗うことに。サクラも一緒に手を出した。


「このお芋どこで手に入れてきたんだろうね?」

「テツがどこかの八百屋の倉庫でも襲ってきたんだろ」

「ヘンなこと言わないで、ワタシのお土産よ。それとサクラさんにはこれをあげる」


 それは漆塗りの美しい(くし)だった。

「うぁあ、ありがとう助かるわ。髪の毛がくちゃくちゃでさぁ」

 早速髪の毛を()きだすサクラ。クルミも寄って来て、

「何ですか、それぇ?」

 丸く愛らしい瞳を櫛へと注いだ。


「大丈夫よ。姫様にも持ってきています。はい」

 サクラと同じ赤い花の絵が施された漆塗りの櫛をポケットから取り出し、

「それと。これは……はい。お人形さんの分ですよ」

 指で摘まめるほどの小さな櫛。確かに大きさからいけば、人形サイズではあるが、立派な細工と手の込んだ作りは、本物の櫛以上に秀逸しており、作品と言ってもおかしくないものだった。


「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げ、早速、紅白のストライプ衣装の胸ポケットから人形を取り出すと、サクラの動きを真似て、髪の毛を梳く仕草をした。


「よかったねクルミちゃん。お人形さんも喜んでるわ」

「ですよねぇ」

 なにをママゴトやってんだお前ら。


「サクラ。身繕いは後にしろ。芋洗いを手伝えよ。キャンプは……」

「協調性が無いとダメ……でしょ」

「クソ。こいつ俺の考えを読んでやがんな」

 サクラとクルミがケラケラと笑い、ニーナがうふふと微笑む──。


 ちがぁぁぁぁぁう! ちがう! ちがう!


「違うだろ! おいイチ!」

 俺は重要なことを思い出した。


「なんでこんなのんびりしたことをしてんだ。ここは崩壊寸前の地球だ。こんなところでボーイスカウトみたいな朝を迎えていていいのか? なんだこの緩みきった会話は!」


「何を切れることがある? お前らが勝手に繰り広げているだけだ」

「だからニーナが来ると調子狂うんだよ」


「アナタにもお土産持ってきたのよ。怒ることないでしょ」


(たる)んでやがるな。なにが土産だ……どれどれ?」

 そうは言っても、土産と聞くと気になるもので、例えくだらないものでもありがたい。


「うおぉぅ。キャンパー憧れのドラム缶風呂だ!」

 テントの向こうで隠れていて見えなかったが、蓋の開いた黒いドラム缶に水がなみなみと注がれていて、すでに熱せられていたようで、湯気がもうもうと立ち昇っていた。


「テルとお侍さんだけがまだお風呂に入ってなかったでしょ? でね、過去のライブラリーで調べてみたら、お風呂ってこういうものだって書かれてたから持ってきたのよ」


「調べたライブラリーのページが間違ってんぜ。というよりこんなでっかいもの、どっから持って来たんだよ?」


 ニーナは何も言わなかったが、宇宙船で運んで来たのだとしたらちょっと仰々しい。軽トラぐらいがちょうどいいチンケなものだが、末期の地球、生物が絶滅し、かつ酸素の少ない地表でドラム缶風呂ってぇのは、スケールがでかい。でか過ぎて、逆に罰当たりな気がして怖気づいた。



 ──説明しよう。

《キャンプを張った山奥で暖かい風呂に入るのは、究極の贅沢でもあり、憧れの的でもある。だがその労力と経費を考えるとなかなか実現できないものがあり、しかたがないので筆者は歯を喰いしばりつつ、川の冷水で身を清めるのが関の山のキャンパーであった。何しろ深山の川の温度は、マジで心臓麻痺を懸念するほど低いから、真冬など顔すら洗えないのであーる。つまり、(あか)では死なないのであーる》



「あー。あたしが先に入りたい」

「入りたぁ~い」

 まーた。わがままトンボどもが騒ぎ出した。


「お前らは昨日入っただろ。連日入れるなんて思うなよ」

「なんでぇ? 入らせてよ」

 ブー垂れるんじゃねえ。ペリカン真っ青だぜ。


「もう湯が張られてんだ。重くて移動はできない」

 別にここでいいよ、とかサクラは言い張るが、

「丸見えだぜ、いいのか?」

「イチさんにテントを使って囲いを作ってもらうもん」


 ってぇぇぇぇぇ!

「イチっ! てめえ勝手に俺のテント広げて幕を作るんじゃねえ」


 こうなるとテツも向こう側に付く。ギロリと睨みを利かせた怖い顔で俺を引き下がらせ、生真面目な藤吉は、ドラム缶風呂に背を向けて刀の手入れに精を出し始めた。



 ──仕方が無い。

 俺もブツブツ言いながらもおとなしく背を向ける。後ろから伝って来るおきゃんな笑い声が気になるものの、よからぬ妄想を掻き立てると、後々何を言われるか分からないので、急いでそこから離れた。


(あった)かいですぅ」

 クルミの萌えた口調に我慢できず、ちらりと振り返る。

 意志の弱さとイチの睨み顔にちょっとビビったが、サクラの白い肩が視野に飛び込み、慌てて脳内カメラにて撮影する。


「言っとくけど、盗撮じゃないからな……事故だ、事故」

 ワケの分からない言い訳をイチに漏らし、盗撮の意味が解からず、藤吉の小首が傾くのを白けた気分で見る。




 やっと俺たちの順番が回ってきた。


「ふぃぃぃぃぃ。キャンプで朝風呂とは。お殿様じゃねえか……」

 それが本当かどうか、後で藤吉に聞いてみよう。


「あぁぁぁ生き返るーーー」

 実に五日ぶりの入浴なワケで……。湯に浸かって至高の溜め息を吐く俺。


「ね? お湯に浸かるってどんな気分?」

 ドラム缶に歩み寄って来たニーナが、縁に手を掛けて、中を不躾(ぶしつけ)に覗き込んだ。

「おい、ニーナ。あっち行けよ」

「何よ?」

「人間には羞恥と言う感情があるんだ。異性にじろじろ見られるのはとても辛いんだ。ほら頭領だってフンドシ外せなくてオロオロしてんだろ」


 ニーナはドラム缶漬けになった俺から半身だけ振り返らせ、向こうを見て言う。

「生命体の裸体なんかに興味ないわ。湯に浸かる意味とか、ボディが受ける刺激から発生する感情を探りたいの」


 そしてまた元の姿勢に戻すと、平然と湯船の中に手をっ突っ込み、

「そもそもなぜお湯なの? 無駄なエネルギーを使うと思わない? だから二酸化炭素撒き散らしてこんな世界になったのよ。原因はアナタじゃない!」


 風呂に入るだけで、地球規模の環境問題を俺に背負わせるとは、なんちゅう非常識なヤツだ。それより風呂を沸かすだけで地球の大気が汚染されるとは思えない。


「人工物のお前には理解し難い人間だけが持つ究極の贅沢なんだ。あっち行けよ」

「ふん。自慰行為か」

 気恥ずかしげも無く、眉をひそめるような言葉を吐いてニーナは金髪を翻した。


 吐き捨てられた嫌悪に満ちるセリフが頭の中で駆け回り、口の先まで湯に沈めて思案に暮れた。


 あの野郎……風呂から出たら、何て言い返してやろうか。

 だいたいあいつは何者だ?


 荒んだ気分で、向こうへ去って行くニーナの後ろ姿を睨みつつ、俺は色々と思考を巡らせた。爺さんはニーナを映像だとか言うが、ちゃんと物質としてそこに存在するのはどういうわけだろう。今だって向こうで朝飯の準備をするサクラとクルミを手伝って、食器を並べる姿。何かに映された画像が実世界の物体に影響を与えるって、どういうことだ。そもそも映像だとしても何に映されているんだ?


 頭が痛くなってきた。21世紀の人間には理解も及ばない技術なんだろう。藤吉から見るスマホみたいなもんだな。そう考えることで、自分を納得させることにした。そうでもしないと永遠と考え込んでしまう。




 それはそうと──。

「マジで刀を鏡代わりにするんだな?」

 磨き上げられた日本刀を手鏡に、小刀でヒゲを剃る藤吉に声をかけた。

 時代劇では見たことはあるが、本当にやるとは思ってもいなかった。


 石鹸の泡でまみれた顎を剃る野武士。一種独特の景色だ。

 石鹸を泡立てる方法は、俺がT字型の剃刀(かみそり)でやっていたのを見て、真似をしたようだが……。


「うむ。このサポンは見たこともない極上品だな」

「サポン?」

 俺たちが淫らな格好でクルミの前に現れないように見張っていたイチが、大袈裟に鼻を鳴らして言う。

「シャボンのことだ。藤吉の時代、ポルトガルから入って来ているが、大名以外は知らないはずだ」

「松平様のお屋敷で見たことがある」

 何かのオマケで貰った、ごく普通の石鹸だけどな。


 それにしても俺たち一行の気分はダルダルにだらけていた。地球が臨終する姿を見届けるという最初で最後の、そう宇宙暦の1ページだと言っても大げさでない大事件なのに、あまりに長い時間の果ての話であるため、どうしても真剣味が薄れ、誰もそれを重要視していなかった。

  

  


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