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19)一にょろ、二にょろ、三、四が無くて、五にょろにょろ

  

  

「いやに早かったな。もう水を汲んできたのか?」

 戻ってきた俺に向かって藤吉がおかしなことを言った。


「どういう意味だ? ちゃんと汲んで来たぜ」

「忘れ物でもして、取りに戻ったのかと思ったぞ」

 突き出して見せた鍋の中を訝しげに覗き込む藤吉の口調が気になり、ポケットからスマホを取り出して、我が目を疑う。

 時刻は午前8時32分だった。たったの2分しか経過していない。


「いやいやいや。30分以上経ってるだろ?」

 狼狽する俺の肩を後ろから爺さんが杖で小突いた。

「ニーナは時を止めるクセがあるからのう。邪魔者から目をあざむくためにな」


 迷惑なクセだな、それ……。


「邪魔者って……異空間同一体とかいうヤツか?」

 振り返る俺に爺さんは柔らかく微笑んでみせた。

「そうじゃ……」



「それよりこの御老人はどちら様だ?」

 藤吉には初顔なんだろう。いや俺だって初顔だけど。それよりニーナはどこへ行った?

 さっきまで焚き火の向こうでニコニコしていたのだが、今はいない。


「カンチョウさん。今晩わですぅ」

 就職活動中の女子大生というナリにしては、口調が萌え萌えし過ぎるが、俺の潜在意識から誕生しているクルミだからこれでいい──冷静に考えれば、超恥ずい結果だがな。


「これは姫様。このたびはご苦労様でしたな」

 爺さんはクルミの容姿と口調のアンバランスさには気にも留めず、丁寧にハゲ頭を下げた。


「これから晩御飯なの。いっしょにいかがですか?」

「ほぉ。これは懐かしい。七面鳥の照り焼きですか。ほんにイチは料理が上手いのぉ」

 クルミだけでなくイチのこともよく承知のようで、親しげな口調は本物だと思われる。


 ひと呼吸おいて、爺さんは仁王立ちする藤吉に視線を合わせるとキラキラする目で窺う。

「こちらが例のお武家様ですな。今回は白亜紀の脊椎動物を輸送していただき、まことに御足労を掛けました。心よりお礼を申し上げます」


 なんで藤吉にはそんなにバカ丁寧に(ねぎら)うんだ? 俺との差がひど過ぎる気がするのだが。

 ()かったスキンヘッドを藤吉に下げたまま、顔だけを俺へとねじって、爺さんはつるりと告げる。

「お前さんはただのバカじゃからな」

「くぬっ……腹立つジジイだな」

「ふぉふぉふぉふぉ」

 緊迫感の抜け落ちたジジイに、完全に(もてあそ)ばれていた。




 イチはこんがり狐色に焼けた鶏肉をナイフで切り分け、俺の私物であるアルミ製の皿をいかにも自分の物のように扱って、それぞれに盛り分けて全員に配ったが、その手際のよさには舌を巻く。見ていて超気持ちいい。ステーキハウスのカウンターに座って、調理された食材が盛り付けられていく工程を眺める気分だった。


 熱々の料理はホコホコと湯気を上げ食欲をそそる。そして体の正面を適度に温めてくれる焚き火の炎は、本当に心地よかった。


 爺さんは時々クルミと談笑をして終止ニコニコ顔。気のいい田舎のおじいさんといった感じで和むのだが、それより驚いたのはこいつだ。

「お口に合いますか……」

 イチは信じられないほどにバカ丁寧な言葉をあの細い唇の間から吐きやがった。


「ほぉぉぉ。本物の七面鳥じゃ。博物館でも飼ぅておるが、まさかそれを食うわけにはいかんからな」

 イチから皿を受け取ると、顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。

 しかし冗談でも展示物を食うとか言うのはマズイだろ。マジで博物館の館長か?

 規模は知らないが、いっぱしにミュージアムなんだろ。それとも動物園か?


「そうじゃ。田舎の博物館じゃ」

 謙遜してやがるな爺さん。なんか余裕を感じるぜ。


「では姫さま。ご相伴にあずかります」

「イチの料理は美味しいですよ」


「──ってぇぇぇぇぇぇぇぇ、なんだお前っ!!」


 クルミの前に置かれた器の中。

 一にょろ、二にょろ。三にょろ、四にょにょ。

「げぇぇ、またそんなモノを食ってやがる」

「何をそんなに驚く。ワシらもひもじい時は口に入れるぞ」と唇をうねらせたのは藤吉で、

「ウソだろ……」

「21世紀の地球人は贅沢じゃからのぉ」と爺さん。驚きもしないで言い切った。

「ワシらの星でも、昔は環形動物を食しておったんじゃぞ」

 異星人だとはっきり暴露しているが、見た目は隣町のご隠居さんだ。ニーナだって言葉の端々にきつい口調が混ざるが、北欧系の美少女だと言っても間違いないだろう。


「贅沢とかいう問題じゃなくて、衛生面の問題で……」

「こいつのどこが不衛生なんじゃ?」

 ナニを1匹摘まみ、ピラピラと俺に振って見せた。


「い、いや。土の中で……」

「お前らは教えられた範囲だけでしか判断せぬからのう」

 忍者野郎も爺さんに同調し、

「21世紀の人間は本当の不衛生という状況を把握していない。間違った認識で極端な抗菌神経質だ。汚いからと子供に土いじりをさせない親がいるらしいではないか」

 イチの目がいつにも増して厳しい。じろりと俺を睨んだ。

 それを言われると何も言い返せない。21世紀の日本では、イチの言うとおり過剰反応を起こした親が多い。あらゆる場面で抗菌剤を撒くコマーシャルを見るが、キャンパーとしては確かにあれは行き過ぎだと思う。



 ──説明しよう。

《こう書くと、細菌が進化したからだ、とお叱りを受けるが、筆者の子供の頃の衛生面はひどいものであった。食べ物に蝿がブンブン飛び交うし、近所の畑でイチゴを盗み食いして、学校のギョウ虫検査に引っかかった経験もあるのであーる。

 でも大病すること無く成長したことを思うと、ならば最近の子供は退化したと言うのであろうか。病原菌が進化したにもかかわらず、人間が退化する、あるいは退化させようとしている気がして、先行きが不安なのであーる》



「いや。それとこれは……触るのと食うのでは……」

「似たようなもんだ」と野武士の頭領。

 みんなに一斉に突っ込まれて、なんだか俺たちのほうが異色な人間に思えてきた。

 まぁ。ミミズの衛生面はこの際、良好だと認めるとしても、俺たちが水を汲みに行っていたわずか二分間のあいだに、どこでとっ捕まえて来たんだろ?


「──獲ってきたんじゃないわ。報酬なのよ」


 炎に揺らめく爺さんの背後、暗闇の中にニーナが立っていた。

 まったくもって神出鬼没なヤツだ。出たり入ったり、モグラ叩きじゃねえってんだ。叩いてやりたいが距離がありすぎる。


「何の報酬なの?」

 俺の質問をサクラが奪った。

「恐竜を輸送してくれたお礼。遠慮せずに食っちゃえば?」

 ニーナの口調に眉をひそめながらも、その答えでは素直に喜べない。

「割が合わない。いくらなんでも報酬がミミズって……」

「高タンパクで栄養豊富、最高の報酬ではないか。この時代、貨幣など焚き火の(まき)にもならん」

 この平たい声はイチだ。一本のウドンでもすするようにミミズさんを吸い上げた。


「おぇ」

 せっかくの七面鳥が、味気ない蝋細工のイミテーションに見えてきた。

 時間族の連中がそれでいいというのなら、俺がウダウダ言う筋合いではない。だから文句は言わん──いっぱい言ってるけど。


 気持ちを奮い起こして話題を変える。

「それより……こんな地球でもミミズぐらいの生物はいるんだな」


 爺さんはハフハフ白い息を吐きつつ鶏肉を頬張り、それを穏やかな視線で見つめていたニーナが、整った美しい顔には似合わない怖い言葉で綴った。

「もう地上には高等な生物はいないよ。地面を掘り返せばバクテリア程度なら生きてるけどね。厳寒期になるとマイナス80度。よくてもマイナス50度よ。そんな世界に生き物は存在しないわ」


 空気がまだある分、火星表面よりマシか……。


 焚き火のそばにやって来たニーナに藤吉が鶏肉を勧めるものの、彼女はノーサンキュと手でやんわり制し、

「ここの大気はアナタたちの呼吸には適さないよ」

 と空に向かって言い放ち、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「え…………?」


 疑問符をもたげる俺の顔を凍りつくような怖い目で睨み。

「こんな大気、平気で吸えるのはゴキブリぐらいなもん。酸素濃度が極端に薄くなって、平気で放射能が限界値を越えるからね。恨むならここまで汚染させた人類に言いなさい」


 ──ちょっと納得できない。


「それはおかしな話だ。俺たち今呼吸してんぜ。それもほら焚き火だってしてんだぜ。酸素が薄いって言う割に轟々と燃えているじゃないか」


「それも報酬じゃ……」

「はぁぁぁ?」

 俺は口を開けたまま固まり、代わってサクラが爺さんに首を傾ける。

「このミミズはどこで捕まえてきたの?」

 そうだそうだ。見渡した限り砂しかない。生物もいない。綺麗な空気も無い。無い無い尽くしで、ミミズはどこにいたんだ?


「裏庭を掘り返せば、いくらでもおるからのぅ」

「はぇ?」とサクラ。俺は隣で脱力して肩を落とした。

 こいつらの説明は取り留めが無くて一向に進展しない。そういう気の抜けた脱力感だ。


 ちょっと整理してみよう。生物もいなくなった地球だと言っておきながら、裏庭にはミミズがわんさかいるとか。普通に呼吸できるのに、もう地球の大気はダメだとほざくし。すべて対義した説明ばかりしやがる。


「何を言いたいのか意味不明だ! お前ら、おちょくってんだろ!」

 こっちの苛立ちも限界に達しそうだ。ついつい焦燥めいた言葉を吐いてしまう。だけどニーナは気にも留めないで、嘲笑うような言葉を言い放つ。

「あなたねえ。もっとグローバルな視点に変えたほうがいいよ」

 グローバル思考の俺に向かって、なんて失礼なヤツだ。こいつ喧嘩を売る気だな。


「まぁよい。そのうちイチから説明があるじゃろ。ワシらはこれ以上干渉してはならん。異文化間非干渉条約違反になりうるぞ」

 難しそうなことを言うと、残っていた料理をぺろりと平らげ、

「はぁぁ。久しぶりの鶏肉料理じゃったわ。礼を申します、姫さま」

 ツルツルのスキンヘッドを平手でぺしゃりと(はた)いて、丁寧に腰を折った。


「とんでもありません。カンチョウさん。またお寄りください」

 イチが立ち上がり直立不動の姿勢を取り、クルミは膝に載せていた皿を寄り添うイチに渡すと、すいっと立ち上がった。そこへテツが音もなく歩み寄り、爺さんの顔を凛々しい表情でじっと見つめた。


「では、ごきげんよう」

 クルミは長い黒髪を背中に広げて腰を折り、ニーナも恭しく頭を下げた。


 俺の眼前でいったい何が繰り広げられているのだろう。

 それは『晩御飯までご馳走になっちゃってありがとう、それじゃあまたね』的な軽い挨拶ではなく、やけに重々しい雰囲気が立ち込めていた。


「な、なんだ?」

 消化不良を起こしそうだった。

「ちょっと、俺には何が何だか解からんままだけど……」


 爺さんははふはふ笑い。

「簡単な話じゃ。恐竜を引き取りに隣街の物好きなジジイがやって来ただけのことじゃ」

 と言うと、焚き火の横でおとなしく丸まるトオルの手綱を握った。

 藤吉は子牛の出荷を見守るような目で見ている。


「では確かに受け取りましたぞ」

 もう一度クルミに頭を下げ、手綱を引いた。

「さぁ行くぞ、立ってくれ」

 恐竜は面倒臭そうに頭を少しもたげただけで、小馬鹿にした風な視線を爺さんにくれた。

「うん?」

 互いにほんの少し見つめ合うものの、トオルはすぐにぷいっと頭を振って、顎の先を地面につけた。


「おいおい、どうした? 立ってくれ」


 手綱を強く引くが、トオルは(がん)として動かなかった。

「手荒な前はしたくない。どうしたもんじゃろうな、ニーナ?」

 頭頂部と境目の無くなった額に、爺さんは数本のシワを寄せて、ニーナに目をしょぼつかせる。


「ぶん殴ってみる?」

 こいつ可愛い顔して、時々どぎついことを言うが、セリフの割りに淡白な顔はマジでツンデレ女だ。超リアルだぜ。何とかの装置から投影されたミラードールだとか不可解な説明を受けたが、ほんとうに人工物なのだろうか?



「ご老人。ワシが手伝おうか?」

 動かないトオルに手をこまねいていた二人をじっと観察していた藤吉が、どっしりとした腰を上げた。


 言うが早いか、

「はぁう、はっ! 立て!」

 手綱のたるみを利用してムチのようにして首筋を一打ち。トオルは素直にのそりと体を起こすと、藤吉に背中をゆだねた。

 それにまたがり、藤吉は両足の(かかと)で腹を打つ。

「ほぉれ立て!」

 言われたとおりに恐竜は砂煙とともに立ち上がり、

「ご老人。どこまで運ぶのだ? 拙者が誘導してやる」

 その背から爽やかな顔を向けた。


「おほぉぉぉぉぉぉ」

 爺さんは感心と驚きに揺らぐ目でトオルを見上げた。


「お主には馴れておるのじゃな……。古時代の生物にしては知能が発達しておるのぉ」

 深々とした瞳を野武士に移動させ、明るい声で言葉を継いでいく。

「どうじゃ。世話係りとして、ワシらの国へいっしょに来ぬか?」

「ワシがか?」

 即行で否定するかと思いきや、しばらく黙考する藤吉。


「────────────────」


 ゆるゆると顔を上げると、

「それも天命か……」

 眉毛を逆さハの字にして決意を顕にした。


 その返事を聞いて俺はちょっと焦った。相手は隣町に住む人の良いご隠居さんではない。確証はないが地球外の者だと宣言しているし、そんな世界へ、ちょっと行ってくる、では済まされない大きな問題が含まれていないか?


「イチ、いいのか。頭領が行っちまうぜ。時間規則に反するんじゃないのか?」

 半端無い落ち着かない気分でイチに疑問をぶつけるが、

「それが歴史なら、それで正しいのだ。それがしは個人の自由を尊ぶ」

 いつにも増して冷然としていた。


「では参ろうか」

 藤吉の一蹴りで、トオルは前進を始めた。その後ろを爺さんがボチボチと、ニーナが重みの無い歩み方で追って行く。

 やるせない気分でそれを見送る。藤吉は一度も振り返ることも無く、恐竜のトオルと砂丘を越えて向こう側へ消えて行った。

  

  

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