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16)冬の時代

  

  

 俺が仰天したのは、西暦5200年の未来かと思っていたら、イチの野郎が、ぬぁぁんと、万という単位を付け加えたからだ。

 52万800世紀だと?

「バカも休み休み言えってんだ!」

 そう突っ返すのが関の山だった。


「5200万年先の未来だぜ……」

「5208万年よ」とサクラ。

「8万年なんていう端数はどうぉでもいい。とっくに地球は汚染され人類は絶滅してんだ。太陽だって膨れ上がり……」

「そんなことないよ。この丘の向こうに大きなドームが有って、そこに大都会が広がってるんだよ」

 ガラケー女の想像力は陳腐だなぁ。そんな昭和のSFはもう壊滅して久しいんだ。


「さっき調べに出歩いたが、丘の向こうは砂山が続いていた」

 俺たちの会話が聞こえたのだろう、トオルの横から平たい声で藤吉が伝えてきた。

「ほらな。5200万年では人類は死滅したんだ。この荒涼とした景色を見ろよ。それにこの腐ったような空を……」


「やはりお前は悲観的な男だな」

 ポツリとイチが漏らしてから、続くセリフを並べた。

「だがそれがほぼ正しい。人類は滅亡。地球の自転も遅くなり、月は遠く離れ、年老いた太陽が輝くだけだ」


「いやそれは一部おかしいだろ?」

 少しは反論する気力が残っていたので、

「太陽の寿命は50億年もあるって聞いたぜ。なんで年老いたんだ?」

「人類は最後の天然エネルギー、太陽の核融合に手を出した」

「げ──っ……。なんちゅうことを……だから寿命が縮んだのか……夏なのに冬みたいに寒いのはそのせいだ」

 イチの声はさらに冷然とし、俺の背筋を大いに凍らせてくれることとなる。

「お前の言うとおり、間抜けな人類が気付いた時にはこの様だ。地球はもう死んでいる。季節の移り変わりももはや無い。一年を通して冬のままだ」

「この灰色の空は?」

 指を一本、上へ向ける。

「温暖化の代償。二酸化炭素の雲だ。太陽光は弱まったが、そのおかげで夏になるとこの程度の気温まで暖めてくれる。だが真冬になると赤道直下でも氷点下50度以下になる」


「夏でよかった……」

 イチの説明に返す言葉を失い消沈する。ヤツも言うことが尽きたのか、いつのまにかどこかへ行っちまいやがった。


 言葉だけでなく、気力まで失った俺はトオルからリュックを下ろして、地面に直接座り込み、それに背を預けると、どんよりと濁った空を仰いだ。


「何でこんなところに来たんだよ……」

 二酸化炭素が充満する灰色の空に、俺のつぶやき声が吸い込まれていく。


 何だか虚しくなり、気を紛らわそうとイチとの会話を反芻(はんすう)することにした。

「ここに到着したとき、確かイチは、これぐらいは想定内って言ったよな?」

 隣でガサガサとテントを広げだしたサクラを横目で見ながら訊ねる。

「うん。言ってたよ」

 何かの思惑があって、その範囲であいつ動いているんだ。


 サクラから視線を外して、今度は広場の中央へ向ける。

「なぁ。クルミ。何の目的があってここに来たんだ?」

 テントのシートに風をはらませて走り回っる女子大生風の少女に訊く。


 イチなら言わないことでも、この子なら平気で口に出すだろう。今、忍者野郎はいないし、絶好のタイミングのはずだ。


 案の定クルミは吐露した。

「トオルちゃんを送り届けに来たんれす」

「それが何で未来なんだよ。それとその恐竜に何の意味があんの?」

「トオルちゃんは選ばれた絶滅危惧種のお一人なんれす。この宇宙域でとても貴重なの。それでぇ博物館の館長さんに送り届ける途中で、この子だけを紀元前400万年の世界に落っことして、みんなで探してたんです」


「落とすって……遺失物扱いかよ」

「別にこいつじゃなくてもいいじゃないか。行くべき時代に行けば恐竜なんていくらでもいるだろ?」

 藤吉に背中を擦られて、至高の喜び声を空に放すトカゲ野郎へ視線を振る。


 クルミも柔らかな仕草でトオルへ体を向け、

「あの子が送り届けられるという歴史がレポジトリにアップロードされていますから、そうはいきませぇん」


 こいつまでもその言葉を使うのか……。


「博物館って? どこの? こんな時代に博物館ってあるの?」

 すっかりテントを建てるのも慣れたサクラが、フライシートを覆う作業を止めて訊いた。

「イプシロン星系の、」

「姫様。もうそのへんで……」

 焚き木の束を抱えたイチが現れた。優しげな声だが、それはクルミを強く制していた。

「それ以上は時間規則に触れますよ」


「なぁ。イチ、その時間規則って何だよ?」

「時の流れを乱さないように定められたことだ。むやみに未来の出来事を知らせてはならぬ」

「イプシロン星系の博物館が地球の恐竜を欲しがっていたって知らされても、俺には何の影響も出ないだろう。ここまで来たら驚きもしないし、誰かに話したって信じるはずもねえし。『バカ』のひと言で片付けられるぞ」


「だからその程度で止めてもらったのだ」

「ふん。そんなもんどうってことねえぜ……」


 鼻を鳴らして蹴散らそうとしたが、

「ちょっと待て。その話を最後まで知らせないということは、俺たち無事に未来を向かえることができるわけだ」


 いきなり目の前が開けた。


「どういうことテル?」

「俺たちがこの先、どこかでのたれ死ぬ運命だったら、すべてを打ち明けてくれてもいいだろ。誰に教えるわけでもないんだ。俺たちの未来はそこで途絶えるからな」


「そっか。元の世界に帰ることができるから、あまり知られてはいけないのね」

「それはどうだかな? 我々は時間規則を守っているだけだ。そなたらの運命など知らん」

 と言い放すが、イチの言葉は常に意味深い何かを含んで語るクセがある。俺たちをこうやって保護するのも時間規則を守るからなんだ。


「あっ、テツお帰りぃ」

 小高い丘の上に銀狼の姿が現れた。どこへ行っていたのかはイチから明かされていたので想像はつく。それよりも、サクラにとっては小難しい話から逃れるきっかけになったのだろ、さっさと銀狼の(もと)へと駆けて行った。


 当たり前のように何かを口にぶら下げて太い四つ肢で地面を踏みしめる狼。薄暗くなった夕刻の空間内を銀白色に光る長い毛をたなびかせ、

(おごそ)かにやって来ると、俺たちの前で仁王立ちした。


「そうか。それは馳走だな」

 テツは何も言わないが、

「今夜は七面鳥らしいぞ」

 イチが答える。おなじみの光景だ。


「シチメンチョウとな?」

 16世紀の藤吉には初耳だろう。

「南蛮のニワトリみたいなもんだ」


「グケケケケケケ」

 トオルが興奮して変な鳴き声を上げ、藤吉がそれをなだめつつ鶏肉を顎でしゃくった。

「こいつにもその肉を分けてくれぬか。さっきのでは足りないらしい」

 テツは首肯すると、羽を毟られ丸々と太った一匹の鶏肉をぽとりと落として、残りは俺たちの脇へと置いた。


「やれやれ。今日も鶏肉か……」

「嫌なら食うな」

 親と同じセリフを吐くな、忍者野郎。


「食うワ。腹ペコなんだ」


 それより周りに樹木など見えないが、焚き木はどこから拾って来たんだ?

 両脇に抱えた木材は、明らかに機械で同じ長さに切り落とされた物だった。しかもキッチリ値札までついているし。


「21世紀のアウトドアショップだ」


 重々しい溜め息を長く引き摺りながら訊いた。

「どこの店だか知らないが、ちゃんとお金払ってきたんだろうな?」


「…………………」


 おいおい。






 野武士の頭領にレクチャーされて、俺とサクラは二匹の七面鳥を(さば)いていた。

 魚や鶏は捌けて当然、できなきゃ飢え死にの時代からやってきた藤吉にとって、当たり前の作業のようで、半分馬鹿にされながらも、ヤツは丁寧に教えてくれた。面倒見がよく統率力も備わっている。野武士の頭領になるべくしてなったような男だ。


 気づくと辺りは完全な暗闇になっていた。焚き火でも熾さないとよく見えない。料理に夢中ですっかり忘れていた。

「お主ら鳥目(夜盲症)か?」

 野生児の代表みたいな藤吉は、なんとも無いようだ。


「俺たちの時代は夜になると電気が点くからな。目が退化してんだ」

 まぁ。16世紀の人間と比べたら、退化と言ってもいいだろうな。


 不思議そうに俺を見る藤吉の顔がいきなり白く輝き、野武士は目を見開いて、驚愕に震える瞳をそれへと向けた。


「な、なんと!」


 だけど俺には馴染みのある光だ。

「あの野郎ぅ……」

 周囲を明るく照らす眩しい白色の強い光。


「ば、バカヤロ。何しやがんだ」


 イチがランタンを灯したのだが、

「燃料が一晩分しか無いんだぞ」

「一晩あればじゅうぶんだろ」


「なっ!」


 あまりに気楽に言われて返答に詰まった。そして感心もした。

「お前、忍者のクセによくガソリンランタンの点け方を知ってるな」

「イチはいろんな時代を生きてきましたからぁ」

 地面に正座して、ミニスカートに包まれた白い膝頭をこちらに向けたクルミ。眩しそうにマントルの白い発光を見つめていた。


「ランタンと呼ぶのか。なんと明るいものだ。昼間のようではないか。これがデンキとか申す物か?」

 目をしょぼしょぼさせて藤吉が首をかしげる。


「これは炎の明かりだ。電気とは違う」

「ウソを吐くな。炎はこれほどまでに白く輝くものではない」

「あんな。こいつはこれでも、携帯用の簡易的なものなんだ。本当の電気はな、もっと手軽でいてすげぇパワーを持ってんだ」

「お主らはいつの時代の者だ?」

「俺たちは、」

「テル、時間規則を守れ」

 う……っ。そうか。こいつも元の時代に戻った時まずいよな。というかこいつも戻れるんだ。ならとりあえず誤魔化す。


「お、俺たちは外国人だ」

「異国の者? うそを吐け。お前とワシは日本人だ。ふん、どうせワシには解からぬほど未来から来ておるのだろう。そのナリと持ち物で察しが着くワ」


 頭が切れるからな、このおっさん。

 ひとまず話を逸らそう。

「頭領。その話しはお預けにしようぜ。薪に火を点けよう。火付け石でも持ってないか?」

「残念だが火種は持っておらん」


 仕方が無いので自分のリュックを漁ってみる。

 確かサクラが持って来てくれたライターがあったはずだ。それと焚き火を開始するには、着火用の紙くずなり、何か簡単に燃えるものが必要だ。でないとこんな太い焚き木に直接火は点かない。こういう時は新聞紙がいい。それも準備している俺って、キャンパーとして優秀だな……。



 ──説明しよう。

《新聞紙は風を遮ることができて意外と寒さもしのげるし、物なども包める便利なアイテムである。山へお越しの節はぜひ持参しよう。

 それと、テルはキャンパーとして優秀だとかほざいているが、缶キリとライターを忘れて来て、サクラに届けてもらったのだ。こんなヤツにキャンパー然とされたくないのであ~る》



「ん? 何か言ったか?」

 空耳か何かが過ぎったが……話しを戻そう。


 俺の手はリュックの底を彷徨いつつ、視線は火を点けるためにイゲタに組まれた木材の奥を覗いていた。


「なぬ?」目を剥いて驚いた。

 きっちり着火剤つきの炭が積み上げられていた。呆れるより先に称賛してやりたい気分だ。


 イチの野郎──。キャンプ慣れしていやがる。


 そう炭に火を熾すのは意外と難しい。そのため最近はバーベキュー用にとっても便利なものが売られているが、邪道とは言わない。こういうのは合理的と言うんだよな。


 それでも何か火をつけるものが無ければ、焚き火は始まらない。

 だって俺のリュックにもジーンズのポケットにもライターが見当たらないんだ。


「さてどうする。火がつかんと晩飯にありつけないぞ。サクラ、俺のライターどこだ?」

「しんないよ。あんたに渡したじゃん……」

「だっけ?」


 もう一度上着のポケットをまさぐるが、やっぱりどこにも入っていない。まさか5200万年なんていう、ぶったまげた超未来で、原始人みたいに木を擦って火を熾すのか?

 ありゃ、くたびれるぞ。

 経験者は語る……だよな。それに結局最後まで点かなかったし。


 そう言えば、イチは何を使ってランタンに火を点けたんだ?

 懐疑的な視線をイチへ向ける直前、俺の鼻先でチャリッと音がして小さな炎が揺らいだ。

「これがあると便利だ」

「あっ、俺のライター……」

 この泥棒忍者め。何でも私物化しやがって、お前、手癖が悪いな。


「ほら。返すぞ」

 イケメン忍者は着火剤に炎を点けると、ぽいと俺にライターを投げて寄こした。


「それがデンキというものか。なかなか優れものじゃな」


 何か違うけど、これは(ただ)さないほうがいいのか?

 それとも、違うと言って正したほうがいいのか?

 どっちが時間規則に則っているんだろう。こういう時はどう答えたらいいんだ?

 イケメン野郎は、困惑する俺に向かってこう言った。


「すっとぼけろ」

「マジかよ……」

 何んだかこいつの本性を見たような気がした。

  

  

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