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13)危険地帯侵入

  

  

 俺だっていっぱしのキャンパーを名乗る男だ。自称だけど……。

 でもよ、ここが紀元前400万年であろうと太陽は東から出て西に沈むはずだろうから。その方角と照らし合わせて、歩いた時間を考慮すれば、おおよその距離や位置は把握できる。

 さっきの温泉場へは、あの村からほぼ南西へ2時間歩いた。そしてその後、4時間。太陽に向かって歩いている。そろそろ山の向こうへ沈もうかとするお陽様が、目の前でギラギラと眩しく俺の額を照らす──となると。


「忍びの、そろそろ湖北の町が見えてきてもいいころだ」

 先に口を開いたのは、藤吉だった。西に傾きだした太陽を睨んで、俺の言葉を奪った。


 俺の脳内ナビが野武士の頭領とぴったり一致する。

 そうさ。オッサンの言うとおり、あの山の向こう辺りに琵琶湖が輝いて見えても、ちっとも不思議ではないのだ。

 だけどそんな気分をイチが鼻息ひとつで吹き飛ばしやがった。


「琵琶湖はまだここまで移動していない。昨夜言ったばかりだろう」


 すっかり忘れていたが、ここは紀元前400万年だった。琵琶湖はもっと南の伊賀(三重県)の辺りにあると言っていた。何百万年かけてゆっくりと移動したらしいが……。

「信じられるかっ!」

「まことじゃ。ワシも信じられん」

 おぉ。またまた藤吉と意見が一致した。なんか嬉しい。


 でも───。


「………………………………」


 視線をおっさんに向けて脱力した。チョンマゲが生だぜ……。

(俺は負けねえぞ)

 もう一度奮起して叫ぶ。

「信じない。俺は信じない。目の前の光景は現実ではなーい。いや現実であってはいか~ん!」

「テル、さっきから何言ってるのよ?」

 サクラに呆れられるのも仕方が無い。現実逃避をしたいのだが、オッサンの生ちょんまげを見るたびに心が折れる。

 ありゃ自前の毛だぜ。21世紀でもたまに痛い人がやっているのを見かけるが、このおっさんのは本物だ。しかもその腰には長い日本刀。

 これも本物。真剣なんだぜ。

 さすがに今の日本にそんなヤツはいないだろう。いたら即行で銃砲刀剣類所持違反でとっ捕まる。


「むー」と唸る。

 しかもだ。


 俺が唸るにはさらなる正当(まっとう)な理由があるからだ。その生チョンマゲがユラユラ、ユサユサ揺れる原因は、こいつだな──。


 目の前に吊られた黒猪の肉塊を追いかけて、(よだれ)を垂らしながら歩く大型バイクほどの恐竜だ。

 (なま)恐竜だぜ。

 生恐竜に生ちょんまげ野郎だ。


「むぅぅぅぅ…………」


 さっきからウンウン唸る理由がこれではっきりしただろう?

 どんなにがんばって現実逃避してもすぐに引き戻されちまうのさ。


 しかもだ。


「あぁぁ。腹へったぁ」

 ご主人様は現実から逃げようとしているのに、腹の虫は超現実的だ。

「そうよね~。お昼ごはん食べていないもの」

 サクラの気の抜けた声に、

「少し遅れておるからな」

 イチが意味ありげな言葉を綴った。


「おい。俺たちは計画的に動いてんのか?」


 イチの顔は相変わらず無表情なままだが、目だけを見開いて俺に首をかしげる。

「なぜわかった?」


「………………」

 やっぱ、こいつバカだ。


「今、遅れてるって言ったじゃないか。何かに間に合わせようとしてんだろ?」

「時間的に焦っているのではない」

 と言ってから、俺の顔をマジマジとその細い目で見て、

「今ここで歴史的イベントが格納されたレポジトリをダウンロードされ、コミットまでされてはとてもまずいことになる」

「忍者のクセに難解な英語を使うなよ。なんだよそれ、漫画のことか?」

「それはコミックだ」

「お前、ほんとうに忍者か? 仲間が秋葉原辺りをうろついてねえか?」


 俺の声に反応したのか、あるいは大ボケをかましたイチを(いまし)めようとしたのか、テツとクルミが振り返り、クルミはニコニコと、銀狼はすげぇ怖い視線で、忍者野郎を数秒見つめて、ぷいと前を向いた。


「──とにかく、危険地帯を抜けるのが先決……だそうだ」

 イチは、テツが放した電波言葉をそのまま翻訳したようで、無表情な(つら)にわずかな緊張感を滲み出した。それは野武士の前でサクラが刀を振り上げた時と同じ雰囲気だった。つまりこいつらが言いたいのは、今はのんびりしていられない、ということだ。


「それは敵の陣地の真っ只中ということか?」

 恐竜の上から藤吉が日焼けした赤黒い顔面をイチに落とした。

 イケメン忍者が無言でうなずく。それを見届けた頭領、藤吉は、

「拙者もこの辺りに来てから、何故だか胸騒ぎがしておったのだ。それなら……」

 ひょいと恐竜から飛び降りると、リクルート姿のクルミを呼び止めた。

「姫、まずその格好では山歩きに不向きだ。こいつにはお前が乗れ」」

「いいんですかぁ?」

「良いも悪いも、お前は姫様なんだろ? 当然のことだ」


 毅然とした態度の藤吉に、クルミは丸めた目でイチを見つめ、その整った顔がうなずくのを確認してから、嬉しそうに恐竜に飛び付いた。


「よいしょっ」

 その姿には似つかわしくない幼げなセリフをこぼして、恐竜の首を掴んでよじ登ったクルミ。しばらくその上で両足立ちのまま安定した足場を探してモタモタ、ゴソゴソ。


「これ、どうやって乗るのでしょう?」

 股を広げてしゃがもうと、派手にミニスカートをまくりあげる姿を藤吉と一緒に息を飲んで見ていると、

「女の子はそんなはしたない格好したらだめよ」

「そうなんですか?」

 無垢な瞳を後ろに返したクルミは、サクラの教えどおりに横座りになり恐竜の首にしがみ付いた。


 はしたない女の代表みたいなヤツが、よけいなことしやがって。

 ちょっち残念な気持ちになるのは、男の悲しい習性なのだ。


「よし」

 目を細めて傍観していた藤吉が首肯すると、

「それからこれは……」

 黒猪の肉をぶら下げていた棒切れを恐竜の首から外して、先頭に立つテツの鼻先に突き出した。


「ほら、こいつはこれ目当てで歩く。お前が上手く誘導すればもう少し早く進むだろう」

 銀狼は首をねじって、しばらくじっと藤吉を見つめていたが、あきらかに承諾した振る舞いを見せると、それを銜えて歩きだした。


「しゅっぱーーつ」

 派手に揺られながらもクルミはご機嫌のようで、

「これはおもしろい乗り物れすよ~。あははは。楽しいで~す」


 高らかな笑い声に銀狼が振り向き、

「───────────」

 何か言った……と思う。


 はしゃぐクルミを注意したのかと思ったら、

「そうですね。そうそう」

 気になる言葉を放ち、一人で納得。となりゃこっちはよけいに気になるもので。


「なぁクルミ? テツになにを言われたんだ?」と訊きたくなる。

「あ。はい。テルさまは、このお人形をお持ちください」

 片手をアームレストで吊った布製の人形を俺の胸ポケットに突っ込んだ。


「これなんだよ、クルミ?」

「お守りですよ。大切にしてくらさい」

「……幼稚園かよ」

 この歳で人形遊びなんかしたくないんだが。


 げっ!


「わ、わかった。ちゃんと使わせてもらう」

 首をねじって俺を睥睨する銀狼の目が真っ赤に脅してきた。ここで断ったら命の保証はないとまで言いそうな猛烈な眼光だった。


 マジ、こいつ言葉は喋らないが、放つオーラが半端無いぜ。

 胸ポケットの縁から上半身が飛び出た人形を手のひらでポンポンと叩いて、わざとテツに見せると、ヤツは静かに前を向いた。


 意味わかんね~~。なんでここで俺が人形を預からなきゃならんのだ?

 その様子を見ていたサクラがイチの横へ駆け寄り、

「ね。敵が近くにいるのなら、あたしにも何か武器をちょうだい」

 こっちも子供のおねだりみたいに手を出した。

 だけど白い表情のままイチは首を振る。


「サクラどのに(かな)う相手ではない」


 昼飯抜きで強行突破をする理由とはなんだろう。首をかしげるばかりだ。


「まあ、どんな敵が現れようと……」

 藤吉は陽に焼けた無骨な顔をほころばせ、ギラリとした長身の刃物を腰から抜いた。

「ワシが守るから安心しろ」

 恐ろしいまで研ぎ澄まされた切っ先を、これまた鋭い視線で睨みあげた。


 怖ぇからそれを早く(さや)に戻せよ。それより刀を抜くと、サクラが必ず潤んだ目をしやがる。それが気に入らん。

 何に嫉妬してんだかよく解からない気分だが、幾分早まった歩調はそれから一時間半ほど続いた。

  

  

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