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12)絶滅危惧種

  

  

「さ、それでは男の番だ」

 修学旅行生の引率教師みたいな言葉を吐いて、イチが立ち上がった。

「ムサイ男どうしで風呂というのもな……」

 気乗りのない返事をする俺の肩を、頭領がパシリと(はた)いて、

「戦国の世に、湯船に浸かれるなど、めったにない。入れる時に入っておくものじゃ」

 ここは戦国時代でもねえし、お前は俺と(おな)い年なんだ、なんでそんなおっさん臭いんだ?


 藤吉は、ぐはははは、と豪快な笑い声とイチを引き連れて、茂みの奥へと消えた。あのおっさん、もうこの事態に慣れてきている。この適応能力の高さが、厳しい時代を生き抜く術なのかもしれない。


 茂みを掻き分けて進むこと数分。目の前が開け、湯気の雲と川の流れ落ちる音がしてきた。


「おおぉ。こりゃまこと天然の湯船じゃ」


 大きな岩が流れを堰き止め、それを越えてあふれ出した水が滝となって流れ落ちて、ちょうどいい大きさの透き通った深みが青々としていた。そこへと噴出した出湯(いでゆ)が流れ込み、あたりはもうもうと湯気が立ち込め、まさに湯船だ。手を入れると、本当に心地よい湯加減だった。


 見ると、藤吉はもうフンドシ一丁姿で仁王立ちしていた。片手に長い刀を握るのは、武士として手放すことはないのだろう。


 引き締まった藤吉のケツを拝みながら、俺は何となく躊躇していた……そうさ。ジーンズは脱いだが、パンツを脱ぐタイミングを見計らってた。なにしろ銭湯なんて行ったことないし……21世紀の青年はこんなもんさ。


 それよりもさっきから氷のような冷たい目で据えてくる忍者野郎が気になった。

「なんだよ、そんなトコに突っ立って、何か言いたそうだな」

「別に……」

 イチは興味無しの素振りを貫くと、針の先みたいに尖った視線を藤吉へと移動させ、知らぬ振りをかました。

「お前は入らないのか?」

「それがしは入らぬ。入る必要が無い。代謝機能など持たぬ時間族に風呂など無意味だ」

 イチの視線はあっちを向いたままで、声だけを俺へと注いでいた。


「クルミは入っていたぜ?」

「姫様は社会勉強の一環として体験されておられるだけだ。お前ら動物共はさっさと洗浄して来い」

「洗車機にクルマを通すみたいに言いやがって……」

 文句を垂れつつ、パンツのゴムに手を掛け、一気にずりおろす。21世紀と16世紀の青年が、紀元前400万年の川原で仁王立。真っ裸でプラプラさせて……。時を越えた壮観なプラプラだぜ。


 互いに顔を見合わせて、「がはははははは」と笑う。

 豪快で爽快だった。

 藤吉も両手を腰に当て、胸を反らして大笑い。


「ケケケケケケケケケ」


「何だよその変な笑いは?」

 ヤツも呆けたような顔して俺を見た。

 藤吉は笑っていない……。


「クケケケケケケケケケ」

 またもや不気味な笑い声──。


 とうとうと流れ落ちる水と、湧き出たお湯がぶつかって、モクモクと湯気を上げる茂みの奥からだ。


「えっ?」

 と思考が滞った次の瞬間、


「グケケケケケケッ!」

「うぁぁぁぁぁぁっ!」

 茂ったシダの隙間から、でっかい顔が突き出た。

 岩みたいな褐色の肌にはゴツゴツ尖ったヒダが何本も走っており、首から頭にかけて灰褐色の短い毛を生やした顔には赤い目玉が二つ。そいつにギロリと睨まれた。


「どぁぁぁ、きょ、恐竜だぁ!」

 俺の大声に驚いたのだろう。巨体を大きく左右に振って、後ろ肢を一歩前に出した。


 シダの葉を派手に引き千切って茂みから出て来たヤツは二足歩行をしており、前肢が不気味に短く、ほとんどお飾り程度だが、太い後ろ肢と長く濃い緑色の尻尾が特徴的だ。この体形は有名なティラノサウルス……にしてはやけに小さい。大型バイクのボディに、太い首と長い尻尾をくっ付けたほどだ。

「刺激するな!」

 叫んだのは藤吉だった。イチはじっと睨むだけ。


 真っ()の藤吉は、筋骨隆々の体で俺に手のひらを向けて静かに下がれと指示を出し、そしておもむろに刀を抜いた。

「藤吉! 殺してはならぬ」

 鋭く威嚇するような声は忍者野郎だ。

「しかし時と場合によっては致し方なかろう」

「だめだ。この世界では我々が異時限の者。この時間域の生命体には、いかなることがあっても手出しをしてはいかん。絶対禁止だ!」


「グケケケケケケケッ!」


「だってよー。脳ミソなんかあるかどうか解からないトカゲ野郎だぜ」

 さらに二歩。俺たちに迫るので、こっちも二歩退く。

「それからそれはティラノサウルスではない。この地域でかろうじて生き延びた滅び行く恐竜だ」



 ──説明しよう。

《テルたちが飛ばされた400万年前と言うと、新生代と言われる時代で、寒冷化が進んだこの年代では恐竜族はとっくの大昔に絶滅しているのであーる。では何故生き残りが居たのか……それはこの先の伏線なので悪しからずであ~る》



「つまり絶滅危惧種というわけか……」

 いやしかし。絶滅寸前の恐竜だと解かっても、危機が去るわけでもなく、そいつは雄叫びと共に、さらに数歩近づいてきた。


「うわぁぁ。怖ぇぇ。どうすんだイチ! 俺たちだってこいつに食われるわけにいかないだろ」

 ふためく俺に向かって、藤吉が叫んだ。

「慌てるな! この獣は生まれて間もない未熟な体をしておる。まだ子供だ。ワシにまかせろ」

 どこをどう見たらそう思えるのかさっぱりだ。


「お前は動物学者か。何で言い切れるんだよ?」

「目だ。目の焦点が定まっておらぬ。まだよく見えていない」


 子供だか、何だか知らないが、絶滅危惧種だと言っても相手は恐竜だ。そりゃ迫力が半端ねえ。そいつが一歩足を踏み出すたびに、水しぶきが派手に上がり、振り回した尻尾で岩が砕ける。


「うぁぁぁっ!」


「グゲゲゲゲゲーッ!」

 俺の悲鳴にさらに興奮したのか、変な鳴き声を上げて体をぐももももと反り返らせた。


「そっとしておけ。すぐにもとの巣に帰る」

 と、藤吉は言うが、恐竜は一向に引き下がろうとしなかった。


 それどころか大きな口を開け、真っ赤な喉の奥を曝け出したり、体の割に大きな顔をブンブン振り回したり、このポーズは威嚇か、攻撃態勢に入ったか、どちらにしか思えなかった。


「グガァァァオ」

 巣に帰るどころではない。(よだれ)を垂らした大きな口を思いっきり開けて、藤吉を襲った。

「はぁっ!」

 バネが()ねたような動きで真横に飛び、刀を上段に構えた。


「藤吉! 絶対に(あや)めてはならん!」

「いずれ絶滅するのなら、ここでいっそ!」

 凍てつく冷然としたイチの口調に、険しい声で返す野武士。

「馬鹿なことを申すな。数少ない個体ほど歴史的価値があり、時間流的にも意味があるのだ。絶対に殺してはならぬ」


 厳しい言葉で藤吉を制するイチ。野武士は眉を歪めて半拍ほど睨み返したが、ひとうなずきすると、茂みの中に飛び込んだ。


「すんげーー」

 真剣(しんけん)があれほど切れ味がいいとは思ってもいなかった。まるで伐採機だ。みごとな切れ味でシダの太い幹がスパスパと切り落とされていく。藤吉はその枝に絡みつくツタを解くと手際よくねじり、ロープ状のものを作り出した。


 完成したその端を握ると、刀の柄を銜えて風のように舞い戻り、青黒い恐竜の背に飛び移った。

「せぇぇいっ!」

 (よだれ)(したた)らす真っ赤に裂けた口に、ツタのロープを(かま)し、それをぐいっと引いた。

「どうぅどうぅ!」

 片手でツタの束を引き、片手を高だかと挙げてバランスを取る。まさにロデオだ。


 異物が背に乗った不快感を払拭しようと、恐竜の子は暴れるが、藤吉は野生の馬でも馴らすかのような素振りで、ゴツゴツした硬いヒダの首をなだめるように叩き、声をかける。


「どうっ、はぁっ、ほら、静まれ、だぁぁっ!」

「グケケケケケケ」

「うあぁぁ!」

 トカゲ野郎は背中に藤吉を乗せたまま、後ろ肢でそそり立ち、俺へとめがけて突進してきた。

 大型バイクといっても、天に向かってそそり立てば、そこそこでっかい。


「テルそこをどけ! まだ馴れぬ」

 片手でバランスを取り、立ち上がった恐竜から振り落とされないように声を上げる、カウボーイさながらの藤吉だ。度胸があるのか無鉄砲なのか。


「わぁぁぁぁ」

 俺は自分が真っ()なことを忘れて、下流へと走った。

 その後をツタのロープを(くつわ)にしたでっかい爬虫類が、藤吉を乗せて追いかけてくる。


「でわぁぁぁぁ!」

 サクラたちが輪になって楽しんでいるところへ転がり込んだ。


「きゃぁぁ」

 サクラの妙に艶かしい声など耳に入らない。


「お、おい。お前ら逃げろ。恐竜だ。恐竜が追いかけてくる」

「て、テルぅ……」

 片手で目を隠した真似をし、キッチリ隙間から覗き続け、

「あんたも恐竜が出てるよ」

 上半身より、やや下方を指差した。


「わぉぉぉ」


 両手で自分の恐竜を隠し、足をバタバタするところへ、本物の恐竜にまたがった藤吉登場。その前へテツが飛び出し、全身の毛を逆立て唸りを上げた。


「うわぁおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 こっちも仰天だ。


 毛を逆立てたテツのボディは倍ほどに膨れ上がり、壮絶なオーラみたいな風が辺りを吹き荒らした。

「なんだよコイツ……怖ぇぇ」

 大型重機の先っぽにも似た頑強な爪を岩に喰い込ませて、白い粉塵を舞い上がらせる。双眸は紅蓮(ぐれん)のごとく燃え上がり、真っ白な牙をザンッと突き出した。それはこれまでに見せたことも無い恐ろしい表情だった。


 そのとてつもなくパワフルな威嚇は、恐竜をも静寂へと導いた。

「どうどう」

 そして野武士の慣れた手つきでさらにおとなしくなり、太い腕で握られた手綱で頭を左右に振られ、尻をひと蹴りされると、そいつはトツトツと歩き出した。


「よし。もう少しだ。テル。その肉の塊をこっちへ放ってくれぬか」

 俺はケツ丸出しのまま、黒猪の片股の肉を恐竜の前に放った。

「ほら。腹が減っておったのだろう。好きなだけ食え」

 手綱で誘導して、その横へと飛び降りた藤吉が肉塊を手で掴み、恐竜の口の中に投げ込んでやる。

 そいつは、キューとか可愛い鳴き声を上げると、むしゃりむしゃりと猪肉に牙を差し込んでいった。


「騒がせたな……」

 ふうと一呼吸の野武士と、

「よかろう。問題ない」

 弛緩したイチは背中に刀を戻し、テツも岩から爪を引き抜き、一瞬で温和な姿に戻すと、クルミの前へ歩み、すとんと、お座りをして彼女の様子をうかがった。


「問題有りありだぜ!」

 股間を両手で隠しながら叫ぶのは俺さまだ。


 藤吉は子恐竜の向こうに隠れていて上半身しか見えていないが、俺は真っ(まっぱ)のまま、サクラたちの前で立ち尽くすという醜態を曝しながら息巻いた。


「あんな緊急時でも現時の生き物に手出し無用なのかよ? なのに俺たちの命は軽視すんだなお前」


 ついでに俺の可愛い恐竜ちゃんを隠すものは無いかと地面を探るが何も無い。

 二個目の猪肉の片股を子恐竜に与えていた藤吉も、女性二人の前でいつまでも裸体を曝け出している場合ではない、と悟ったのだろう。

「これを使え」

 大きなシダの葉を刀で切り落として、俺へと投げて寄こした。

 それを拾い上げ、前を隠しつつ、

「俺だってこれから先、何かをやらかす人物になるかもしれないじゃないか。こんな恐竜とどっちが影響あるんだ。えらい迷惑だぜ」

「お前の将来は、たいしたことは無い」

 と言ってから、ちらりとサクラを見据えてから、

「だがその子供は重要だ……」

「俺の子? 結婚すんのか俺……だ、誰とすんだろ」

 この手の話しに興味が無いはずがない。できたらクラスのアイドル、野々村みなみちゃんぐらいの子がいいな。


 イチはちらりと意味ありげにサクラの顔を見て、さっと視線を逸らした。

「……ぐっ。マジかよ」

 ──ま、この話題はよしておこう。将来が不安になることは避けておきたい。


「どしたの?」

 サクラの顔がまぶし過ぎてよく見れなかった。


 全裸をサクラに披露してから、何か吹っ切れたのか、気分が落ち着いた。アイツもなんだかご機嫌な様子だし。ま、当たり障り無しということで収めておこう。それよりもだ。


「うむ。なかなかなよい乗り心地であるぞ」


 問題はこいつだな。藤吉だ。

 馬に乗り慣れているとはいえ、爬虫類をその代わりにしやがって……。これでいいのか?

 恐竜って毛が生えてんだ──という新たな事実を目の当たりにして、片目ですがめる。


 俺たちも荷物をすべてそのゴツゴツした背中の突起物に引っ掛けて、ちょっとは利用しているけど……。

「イチ、これでいいのか?」

「問題ない」

 白磁のような滑々した(つら)は何の感情も浮かべてなかったが、切れ長の目尻がわずかに穏やかだったので、まずは問題ないのだろう。だけどそれに熱い視線を飛ばしたのはサクラだった。


「すごいなぁ。本物の恐竜だよテル。うちの弟に見せてやりたいなぁ」

「中二のくせにいまだに恐竜オタクの、あのバカか」

「うん。すごい本たくさん持ってるんだよ……」


 写真でも取っておくか?

 と訊ねようとするが、彼女は思案顔で小首を傾けていた。


「どうした?」

「うん。あのね……」

 何かを思い出したのだろうか、視線を少し持ち上げて訴えた。

「たしか恐竜って6500万年前に絶滅したんだよ。ここって紀元前400万年って言ってたよね」

「ああ。言っていたな」

「計算合わないじゃん」

 二人して互いにイチへと振り返る。


「………………………」


「こら、イチ、黙り込んでる場合じゃないぞ」

 トボトボ俺の後ろから付いてくる忍者野郎に目を吊り上げてやった。


 ヤツは白い顔を地面に向けたまましばらく黙り込んでいたが、

「さっき絶滅危惧種だと言った」

 何だか投げやりな返事をした。


「6千万年もズレた、理由はどう説明すんだ」

「そなたらには関係が無い。こちらサイドの問題」


 やっぱこいつバカなんだ。無表情を貫き通そうとしているが、微妙にうそっぽい言い訳が、何かをごまかそうとした気配で満ちていた。


「その問題とやらに、俺たちはまた付き合わされたんだな?」


「……………………………」

 俺の問いかけに、イチはびっくりしたような目をした。


 解りやすいヤツ──訳ありだと自ら白状してやがる。


「で、その問題とは何だよ」

「その恐竜は6千万年前から誤ってこの時代に連れてこられた。迷い恐竜だ」

 ベラベラと吐露してっけど──とんでもないことを口にしたことを認識してんだろうか?


「それなら、ワシらと同じ、住む時代が異なるということだな」

 迷い恐竜の背にまたがっていた野武士の頭領がひょいと飛び降り、そして続けて言う。

「このトカゲも連れて、ワシらはどこへ向かって歩いておるのだ?」


「────────」

 先頭のテツが振り返り、イチの目をじっと見た。何かを命じた気配がプンプンと漂う。


 俺の読みもまんざらではないようで、イチはきゅっと結んでいた薄い唇を解くと、

「その恐竜を無事に送り届けるのが、姫様に与えられたもう一つの課題だ」


 まさに社会勉強か……。それに俺らまで巻き込まれて──。


 ……ん?

 送り届ける?

 どこへ?


 ちゅうか、宅配便まがいのことを俺たちにやらせるのか?

 何ぬぅぅぅーーっ!


「えれぇぇぇー、迷惑だぜ!」

 叫ばずにいられなかった。


「テル……」

「ん? 何だよ、サクラ?」

「パンツはいてよ」

「どぁぁぁぁぁ!」

 またもや俺の恐竜がシダのあいだから顔を出していた。

  

  

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