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 彼女は血相を変えて無言のまま私の机まで来る。その目は血走り、首には青スジが立っている。遥ちゃんも貴志くんも彼女に会うのは初めてなのか、ポカンとしている。

 しょうがない。何をそんなに怒ってるのか知らんが、とにかく用件を聞いてみるか。

「何か用でもあるの?」

 私が質問すると、彼女はムッとしたまま即答した。

「チケットはどこ」

「・・・チケット?」

 私の問いかけを無視して、突然彼女は私の机の中を漁り出した。彼女の失礼極まりないやり方に思わずカチンとくる。

「何するの!」

 由美ちゃんは机の中の教科書を次々にほっぽり投げて大声を張り上げる。

「映画のチケットはどこ!」

 言いながら、彼女は必死になって漁り続ける。

 映画って・・・そうか、さては良くんから聞いたんだな。ったく、良くんもこんな子に喋らなくてもいいのに。

「チケットなんか持って無いわよ!まだ買ってないんだから!」

 私が強気な言い方をすると、由美ちゃんも負けじと応戦する。

「ウソよ!2人して隠してるんでしょ!あたしにはすべてお見通しよ!」

 机の中に何も無いとわかった彼女は、今度は机の横にかけてある鞄を開けて再び漁り出す。

「ちょっと!人の鞄を勝手にいじくらないでよ!」

 私が由美ちゃんの腕をつかむと、彼女は凄まじいパワーで私の手を振り払った。

 そして今度は私の制服にあるポケットすべてを荒っぽくまさぐる。

「どこにチケットを隠してるの!?」

「だから持ってないって言ってるでしょ!もし持ってたとしても、あんたなんかには絶対言わないけど!」

「何ですって!」

 私と由美ちゃんのやり取りを見ていた貴志くんが、やれやれといった表情で仲裁に入ってくる。

「まあまあ2人とも、そう熱くならずに」

 由美ちゃんは彼のことに興味が無いのだろう。とても面倒くさそうに貴志くんの方に顔を向ける。

「あんた誰よ?」

「俺はサッカー部の青山貴志だ。ポジションは主にベンチを任されている」

 やけに自信たっぷりに言ってるが、それただの補欠じゃないのか・・・。現実を見ろ!貴志!

「何よあんた?うっとおしいわね!どっか消えろ!」

 由美ちゃんは貴志くんの膝におもクソ蹴りを入れた。

「イテッ!」

 蹴りをもらった貴志くんは割とあっけなく床に倒れこんでしまった。

「お、俺の黄金の右足が・・・!」

 何やらわめき散らしながら床で仰向けになってバタバタしている。夏休みが終わる頃にこういうセミを見かけた事がある。

 うーむ・・・弱すぎる。驚くほどの弱さである。ちょっと鍛えれば私でもこいつに勝てるんじゃなかろうか。ベンチ入りも納得である。

「貴志くん血が出てるよ~。バンソーコ貼ってあげるね~」

 エンジェルボイスで遥ちゃんが倒れている貴志くんに駆け寄る。

「遥・・・お前はいいやつだなぁ・・・。よーし!遥のためにウサギのぬいぐるみ、いっぱい取ってあげるからな!何だったら俺がウサギさんになってやってもいいぞ!」

 なに言ってんだこいつは。

 そう思ってると遥ちゃんが彼の膝部分の傷口に何やら白いものをペタペタと貼っている。

「・・・何かこのバンソウコウ、やけにヒヤッとするな。何でだろ?」

 貴志くんは気になったらしく遥ちゃんの手元に目をやる。

「ってソレ、湿布じゃねーか!」

「冷たくて気持ちぃよ~」

 どうやら私の周りには、まともな人間が1人もいないようである。

 2人に気をとられていると、由美ちゃんは私の胸倉をグイッとつかみ、自分の方へと私の顔を強く引き寄せた。彼女の顔が間近に迫る。

「うっ・・・苦しい・・・」

 由美ちゃんの手にもの凄い握力を感じる。

 私の力ではとても由美ちゃんの手を振り払うことができない。いつも家でお菓子を食べてゴロゴロしてるだけの私のようなグウタラ娘は彼女の力の前にまったくの無力であった。・・・もはやここまでか。無念じゃ。好きにせい。

 由美ちゃんは余っているもう片方の手の人差し指を伸ばし、それを私の目に近づける。

「この目玉を潰したら、良はあなたを好きでいてくれるかしら?」

 そ、それだけはやめちくり!抵抗する手立ても無く、私はただただ目を堅く瞑るしかない。

 この子がまさか、これほど危険に満ちた人物であったとはまったく予期していなかった。・・・侮っていて、どうもすんまそん。

「由美!京子ちゃんから手を離せ!」

 良くんの声である。

 彼は教室のドアから駆け寄ってきて、私の目を潰そうとする吉楽由美の腕を握った。天の助けとは、まさにこの事だわい。

「良・・・」

 急にトーンダウンした由美ちゃんは、すぐに私の胸倉から手を離した。すかさず私は良くんのうしろに隠れる。

「京子ちゃん大丈夫?」

 良くんは心配そうに私の方を見る。

「ありがとね良くん。いいタイミングで来てくれたわね」

「急に胸騒ぎがしたんだ」

「胸騒ぎ?」

「うん。京子ちゃんの身に危険が迫るような・・・そんな気がしてさ」

 胸騒ぎとは、これまた妙なことを言いおるわい。霊感のようなモノだろうか。その辺の知識は無いのでよく知らんけど。

 良くんが私の側についたので、由美ちゃんは表情を曇らせた。

「そう・・・良は京子ちゃんの肩を持つのね・・・」

 由美ちゃんは体を震わせ、目から涙が溢れてくる。

 これには私もそうだが、良くんも動揺しているようだった。まったくもって予想外である。

 だがまだ気を許してはならぬ。子役でも泣くぐらいの演技はできるのだ。これは何かの罠かもしれん。気を許すよりもむしろ、気を引き締めなければならんのである。

 だが無警戒の良くんは彼女に同情したのか、申し訳なさそうな表情をする。

「ごめん・・・由美。でも俺は別に由美のことを嫌ってるわけじゃないんだ」

「嫌いなんでしょ?私のことが。そうやって京子ちゃんの側についてるのが何よりの証拠じゃない」

 由美ちゃんは良くんを恨めしそうに見たあと、涙を拭いながら重い足取りで教室を出て行こうとする。

「由美!」

 良くんが引き止めようとする。彼の呼びかけに彼女はちょっと立ち止まっただけで再びゆっくり廊下へと歩き出した。

 由美ちゃんには悪い気がするが、ふぅ・・・。とりあえずこれで彼女に悩まされることはもう無くなりそうである。やれやれ。あっけない幕切れである。さっさとこの場所から立ち去るがよい。

「うっ・・・!」

 突然、由美ちゃんが悲痛な声を出す。

 なんだ・・・まだ何かあるのか・・・。もういい加減自分の持ち場へ戻ってくだされ。

「あ・・・頭が痛い・・・」

 彼女は膝を床につき、頭を抑えて塞ぎ込んだ。・・・まさか演技じゃあるまいな。

 それを見て、私の隣りにいた良くんはすぐに彼女のそばに駆け寄った。

「大丈夫か由美?」

 良くんが彼女の顔を伺う。

 私も真実を見極めるべく横からヒョッコリと顔を覗き込んだが、確かに顔色がよくない。

「ごめん。俺ちょっと保健室に行ってくる」

 みんなにそう告げると、良くんは由美ちゃんに肩を貸す。

「あ・・・ありがと・・・良・・・」

 由美ちゃんはつらそうな表情をしながらも、少し嬉しそうに良くんの肩につかまる。

 くっ・・・。かわい子ぶりおってからに・・・。

 良くんは由美ちゃんの体を支えながら、ふらつきながら教室を出て行った。


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