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 私が引きずり込まれたのは、まるで宇宙空間にいるような広大な暗黒の世界だった。

 しかも闇の中であるにも関わらず、グニャリグニャリと空間が歪んでいる。見ていると酔いそうな、気持ちの悪い不安定な空間である。

 私はその奇妙な空間でフワフワと浮かぶ。この世の終わりに連れて行かれた、そんな感覚に陥った。

 うしろで肉の世界への扉が閉じられていくのが見える。さらに、さっきまで私の手を握っていた犬のぬいぐるみはどこかへ消えてしまっていた。

 あれはいったい何だったのだろうか。さり気なく大活躍をしとったな。

≪京子ちゃん、無事か?≫

 どこからか私を呼ぶ声が聞こえてくる。この声は森の中で彷徨っていたときに聞いた声に似ている。

「誰?」

≪俺はさっきのぬいぐるみを操っていた者だ。この世界に無理やり介入をしている。こうするしかあの封鎖空間から逃す方法は無かったんだ。許してくれ≫

 ぬいぐるみがどうしてあんな動きをするかと思ったが、これでその謎が解けた。

「そうだったの、あなたがあのぬいぐるみで助けてくれてたの。ありがとう。もしかしてあなた?ずっと夢で私に呼び掛けていたのは」

≪そうだ。そして俺は良だ。わけあって自由を奪われてこんな姿になっている≫

「え!あなた良くんだったの!?」

 私はもうまったく状況が飲み込めない。どうなってんだこの世界は。

「自由を奪われてるって何?ちゃんと説明して、これはどういう事?」

≪向こうの世界で俺は転生装置の機械部品の一部に組み込まれてしまったんだ。理由は転生装置の世界が人の記憶を集積してできているからだ。俺以外にも多くの人が犠牲になってこの世界は成り立っている」

 記憶を集積している?どういう事なんだそりゃ。

「この世界に俺の記憶が吸い上げられていくうちに、俺の意識はこのコンピュータの中を彷徨うことになってしまった。そのコンピュータの一部となった俺の『魂』が、いつしかこの世界に介入できるようになったんだ≫

 説明を聞いても話がぶっ飛び過ぎてついていけない。ただ1つ言えるのは、私はずっと良くんと共にいたという事である。

「じゃあ森で助けてくれたのは良くん、あなたなの?」

≪そうだ。爆破された学校の校舎を修復したのも、この俺だ≫

「え、あの学校を直してくれたのが良くんだったの?それは凄いチカラね・・・」

 ふうむ・・・。まるで天地創造を可能とする『神』のようなとんでもない能力を持っておる。でもその正体が良くんであるというのが、何とも奇妙な話である。

「あなたが本物の良くんであるなら、じゃあ朝に私と一緒にバスに乗っていた良くんは何者だったの?」

≪あれは俺が作り出したものだ。元々、良はあの住宅地に住んでいない。亜規が京子ちゃんを殺しに向かうことを知っていたから、俺が予めこの世界の仕組みを作り変えておいたんだ。京子ちゃんを守るために≫

 そうだったのか。あのバスに乗っていた良くんは作り物・・・、その意味が今ようやくわかった気がする。

「ふーん、それじゃあ今まであたしは、あなたに気づかないところでずっと助けてもらってたってワケね」

≪まあそういう事だ≫

 なるほど。これは感謝してもしきれんわい。でもその能力なら・・・、

「じゃあもう1つお願いなんだけど、あたしをこの場所から出してくれる?元の場所に戻りたいの。あの住んでいた住宅地に戻りたい。戻って、元の普通の生活を取り戻したいの」

≪悪いがそれは無理だ≫

「どうして?」

≪ここがその『住宅地』だからだ≫

「え・・・」

 言葉を失い、フワリフワリと身を任せて闇の中を漂っていると、遠くの方から何かが近づいてくるのが見える。

「あれは何・・・?」

 目を凝らしていると、それが何か段々わかってくる。あれがこの場所にあることに思わず目を疑ってしまう。

 闇の中に漂うその未確認飛行物体の正体。それは、私が毎朝利用している『路線バス』だった。

「・・・あたしが朝に使ってるやつだわ。どうしてこんなところへ・・・」

 闇の中をゆっくり進むバスはどんどん私の方に近づいてくる。私のすぐ目の前まで来ると、バスは宙に浮いたまま停止する。停まるとすぐに昇降口が開く。

≪それに乗れ。京子ちゃんがこの場所にいる事を『ヤツ』が勘付いたらしい。もうすぐここへ来る≫

「来るって、何が来るの?」

≪『Dr.ボマー』だ≫

「Dr.ボマー?あのコンピュータウィルスの化け物が来るの?」

≪そうだ。ここは奴が潜んでいる空間だ。その『本体』が近づいている。すぐにこのバスへ乗った方がいい≫

「で、でも、こんなのに乗って大丈夫なの?」

≪安心しろ、このバスは防衛用の特殊なコーティングを施している。多少の攻撃には耐えられるはずだ。とにかく乗れ、話はあとだ≫

 かなり慌ててる感じで催促している。よっぽどマズイ状況と見たぞな。

 私は言われるがままにバスへ乗り込もうとする。が、宙に浮いてるため体の姿勢が取りにくい。私は両手両足をバタバタさせて、バスの昇降口まで犬掻きをして一生懸命に泳いでいく。

「ほっ!ほっ!んしょ!んしょ!」

 非常にゆっくりだが、徐々に私の体は昇降口へと近づいている。後ろの方に何か蠢くものを感じる。私は宙を泳ぎながら、後ろを振り向いて闇の中を見る。

 闇のずっとずっと遠くに、小さくポツンと何か見える。それは隕石のように巨大で、どんどん大きくなってこちらへ近づいて来る。

「あれは・・・?」

 どうやら闇から迫り来るものの正体はDr.ボマーそのものらしい。コンピュータウィルスの化け物はとんでもない姿で存在していた。

 私の50メートルほど手前で『それ』は停まった。

 直径約10メートルほどの巨大な物体は、台所の三角コーナーで放置され続けた腐りきった生ゴミのような、言葉に形容しがたいグチャグチャな姿をしていた。

 そしてそれは憎悪の念を抱き続けた『亜規の魂』のようにも感じられた。

「あなた・・・もしかして、亜規ちゃん?」

 反応するように怪物の胴体部分がガパッと開き、中から粘液に包まれた顔のようなものがドロリと出てくる。その顔は亜規ちゃんに似ており、彼女は答えるようにニヤリと微笑む。しかしその後、威嚇するかのように口をクワッと開き、憎悪の視線を私にぶつける。

≪早く乗れ!死にたいのか!≫

 バスに乗らずボーっと彼女を見てたので怒られてしもた。

≪それはもう亜規ではない。心を失ったコンピュータウィルス・Dr.ボマーだ。何を話しかけても無駄だ。さっさとバスに乗り込むんだ!さあ早く!≫

 私は急いで昇降口まで泳ぎ、バスの中へ飛び込む。私が入るとすぐに昇降口の扉は閉まった。中は誰も乗っていない。私だけの貸し切りバスである。

 バスの車内の窓から外の闇の世界を見ると、漂っているDr.ボマーと目が合った。その異様な姿を改めて見るとゾクッとしてしまい、腰が抜けそうになる。だが臆することは無い。私には良くんがいる。

 彼が私に話しかけているということは、電子信号の遮断をしたDr.ボマーのウィルスの影響を受けていないということである。どうやら彼はDr.ボマーの小賢しいウィルス攻撃を無効化にできるらしい。

 ダウンロード型ヒューマノイドというのは、例えるなら私が一時的に利用したコンビニ的なものであり、その利用できるコンテンツもある程度限られている。だからDr.ボマーの強力な攻撃にすぐに無力化してしまったのだろう。

 だがこの世界の構築を可能とする良くんの魂は巨大なデパートのようなものだ。最上階にレストランがあったり屋上にゲームセンターがあったり地下に試食コーナーがあったりと、おそらくダウンロード型ヒューマノイドというコンビニ以上の『引き出し』があるのだろう。まさにこの電脳世界の強大な存在。それが彼の魂なのだ。

 Dr.ボマーの情報操作のチカラが上か、良くんの情報操作が上か、これは非常に見ものである。2人の直接対決、この特等席からじっくりと楽しませてもらいますぞい。ぞいぞい。

「のわっ!」

 安全圏から観戦をエンジョイしようとする、調子こいた私に天罰が下る。バスが急発進してバランスを崩した私は床にすっ転ぶ。

 路線バスはグニャグニャした空間を飛んで逃げるが、逃がすまいとDr.ボマーは長さ30メートルほどの巨大な『腕のようなもの』を大きく振りかぶる。腕に見えただけで、アレがあまりに奇妙な形をしてるため何なのかはよくわからない。

 床から立ち上がった私は初め吊り革を掴もうとしたが、巨大な腕が窓ガラス一杯に迫ってきているため慌てて吊り革から手を離し姿勢を低くして再び床に伏せることにした。

 Dr.ボマーの第1撃が飛んでくる。

 とんでもない馬鹿力で、ドガアァアアァアアアッ!と激しく窓ガラスを叩き付ける。

「うわぁああぁあぁああああああああああああ!」

 衝撃で私の体が吹き飛びそうになるが棒状の手すりに掴まって必死に持ちこたえる。

 路線バスはボコッとバナナのように湾曲に変形し、窓ガラスに大きなヒビが入る。割れてはいないところを見ると、かなり強度に作られているようだ。

 破壊できなかったため、Dr.ボマーはもう片方の腕を大きく振りかぶって2発目を食らわそうとする。パンチをもらう直前、バスが急旋回してDr.ボマーの攻撃を寸前でヒラリと回避する。

 そのまま路線バスは素早い動きでDr.ボマーという巨大な惑星の周囲をグルグルと人工衛星のように回り続ける。

「どうする気?」

 勝ち目の無さそうなこの状況を不安に思い良くんに尋ねる。

≪この空間に出口は無い。脱出するには空間を閉ざした張本人であるヤツを倒すしかない。そうすればこの異常な世界をすべて終わらせる事ができる≫

「で、でも、どうやって倒すの?」

≪このバスを使って直接ヤツを破壊する≫

「ちょ、ちょっと!バスを使うって、まさか私が乗ったままでバスをあの化け物に突っ込ませるつもり?正気なの?」

≪バスを加速させて衝突させた場合の成功率は87%だ。勝つ可能性は十分にある。それに衝突の際、京子ちゃんがフロントガラスを突き破って外に投げ出される確率は31%という低い数字が出ている。このデータは信頼できるものだ。安心して掴まっていろ≫

「安心できるわけないでしょそんなの!」

 抗議を無視してバスは青色の炎を燃え上がらせ、ビリビリとエネルギーのようなものがバス全体に迸る。やはり彼はこの路線バスを丸ごと攻撃のための弾丸に使うつもりらしい。そんな事したら私は死んでしまうかもしれない。

 だが良くんの事である。

 こんなプリチーな女の子をケガさせるようなそんな無茶なマネはしないと思う。もしかしたら今のは冗談で、実は他に何か使い方があるのではないだろうかと思っていたらすぐに弾丸は発射された。おいっ!少しはためらったりせんか!

 ドウッ!という音を立てて超スピードでバスが飛ぶ。宙に蠢く巨大な化け物を目指して一直線に突っ込んでいく。

「わあああああああああああああああ!」

≪衝撃に備えろ!≫

 バスがDr.ボマーにどんどん接近しているのが運転席のフロントガラスでわかる。

 私はシートの手すりに捕まるが体は後ろへ引っ張られ、足が床から離れて体が空中に浮かぶ。吹っ飛ばされないように私は必死に手すりにしがみつく。

 目の前のフロントガラスに亜規の顔が目一杯に広がる。彼女はバスの接近に、ただただ驚いていた。

 直後、バスが怪物の中心に衝突する。

 ドオオオオオオオオオオン!と大爆発が起き、まるで寿命の尽きた惑星がスーパーノヴァを起こしたような、青い強烈な光が怪物から放射する。その青い閃光は空間すべてに広がっていく。

 青い光に包まれながら、私の意識が遠ざかっていく。真っ白な世界に包まれていくのがわかる。

 それはとても心地の良い感覚・・・。それはまるで、この悪夢のような世界そのものが死を迎えるような感覚・・・。

 これでDr.ボマーは消滅したのだろうか・・・。

 もう私はアイツに命を狙われる事は無くなるのだろうか・・・。

 すべては良くんに委ねるしかない。あとは野となれ山となれだ。

 終われ・・・何もかも・・・終われ・・・。

 ・・・。

 ・・・。

 ・・・。

 どれぐらい時間が経ったのだろうか、どこかから声が聞こえてくる。


 ≪プログラムのシャットダウンが完了、これより再起動に入る≫

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