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テレビの中に入ると、私は土の上に立っていた。
目の前にはヒマワリの花が一面に広がっている。前後左右どこを見渡してもヒマワリ、ヒマワリ、ヒマワリ。緑の葉が生い茂り、私は1人ポツンと植物の壁に囲まれる。
後ろに四角い小さな枠が空中に浮かんでいる。その枠の中にさっき私がいたリビングが映し出されている。
だがその四角い枠はすぐに縮小していき、あっという間に消えてしまった。帰るための出入り口が無くなった為、もう後戻りはできないようである。
どこからか由美ちゃんの声が聞こえてくる。
私は声のする方に近づいてみる。ヒマワリの草を掻き分けて進んでみると、目の前に地面だけのスペースがあった。ヒマワリに囲まれたちょっとした土のスペースに由美ちゃんはいた。
彼女はキッチンナイフを舌でペロリと舐め、微笑む。。
「引っかかったわね京子ちゃん。もうどこへも逃げられないわよ」
「え?」
そのときザワザワと花たちが揺れてざわめく。・・・何か嫌な予感がする。嵐の前の静けさのような、何かとんでもない災害が起きる前兆のような、そんな嫌な予感がする。
そう思った矢先、ヒマワリや青空がどんどん変色していく。
「え!これは一体・・・!?」
さっきまでヒマワリだと思っていた草花たちが、緑色と黄色の配線に変わる。その配線は室内の至る所に這いまわっており、いずれも何かの電源装置や制御盤、見たことも無い巨大な機械に繋がっていた。
真上にある太陽だと思っていた光も、今ではぼんやりとした薄暗い光を放つただの汚れた蛍光灯である。
辺りを見渡すと、私がいる場所はいつの間にかどこかの研究所の狭い一室へと変貌していた。配管は錆び付き、至る所にクモの巣が張っていたりネズミが足元を駆け回っている。
「これはどういう事・・・?ヒマワリ畑はどこへ消えたの?」
「まだ分からないの?しょうがないから教えてあげるわ。あなたの記憶は初めから違うものにすり変えられていたのよ。良があの住宅地に初めから住んでいないのと同じように、あなたが記憶しているヒマワリ畑なんていうのは元々存在しなかった。あなたに過去を探られないようにするため、この研究所の事を思い出させないため、『ダミーの記憶』を仕込んでおいたのよ」
もう何が何だかわからない。
「簡単に言えば、あなたは騙されていたということよ。あなたは本当は研究所の奥深くの実験室で生まれたの。京子ちゃん、よく足元を見てみなさい。この部屋の土、本当に土だと思う?私には、ドロドロに溶けてしまった実験体が撒かれているように見えるんだけど?」
私は足元を見る。・・・むっ!
言われたように土だと思っていたものはグチャグチャと嫌な感触がしており、土の色が人の肌の色へと変色していた。
「この土のようにバラ撒かれた肉片は、すべて実験に失敗したものよ。ここは不要になった実験体の肉の塊を捨てる部屋なの。この実験体の1人が京子ちゃん、あなたよ」
言い終わったあと、由美ちゃんはキッチンナイフを手に握りしめ私にそれを向ける。
「ちょ、ちょっと待って・・・。私が研究所で生まれたって、どういう事?それに由美ちゃん、あなたこの世界が転生装置の中だって言ったわよね。それは何なの?」
由美ちゃんは急に深刻そうな顔をして元気を無くす。
「・・・転生装置は、終末の世界から逃れるための道具よ」
「終末の世界?」
「ええ。あなたの現実の世界は、終わりを告げたの。人の住める世界じゃ無くなってしまったのよ。だから人類が新しく住む場所が必要になりこの世界が作られたの。ここが私たちの住む『新世界』なのよ。もしここから運よく出られて現実の世界に戻ったところで、あなたの望むような世界はもう存在してないわ」
それを聞いて私は愕然とする。
せっかくこの不完全で不安定な世界から脱出して自分の元の日常を取り戻そうと希望を持っていたのに、その戻った世界が人の住めない世界なんて、そんなの酷すぎる。じゃあ私はどこに行けば普通の生活を取り戻せるのだろう?もしかしてそんな生活は初めから存在してなかったのだろうか。
しかしその終末の世界とはいったい・・・?
「ねえ、どうして終末の世界なんて訪れたの?それっていったい何なの?」
「すべては『蘇生装置』が原因なのよ」
「蘇生装置?」
「ええ。死んだ人間を復活させる装置よ。蘇生装置は世界を破滅に導いた元凶よ。すべてはそれから始まったの。私も、あなたも」
由美ちゃんはニタッと笑う。
「でももうそんなことどうでもいいわ。京子ちゃん、あなたをこの脱出不可能な隔離された空間に閉じ込めた以上、もうあなたを助ける者はいないわ。この足元にある実験体と同じように、あなたも同じ運命を辿りなさい」
言った後、キッチンナイフを手にした由美ちゃんがジリジリと近づいてくる。訳が分からないまま、私は後ずさる。
後ろを見ても壁があり、逃げ道は完全に塞がれている。そしてもう頼りのダウンロード型ヒューマノイドに助けを求めることはできない。どうすれば・・・!
そのとき足元にいた犬のぬいぐるみが青く光り輝く。その光によって、地面のグチャグチャした土壌から一斉に手が伸びてきて私の足を捕まえる。
「な、何?ちょ、ちょっと放して!」
私の足を掴んだ数十、数百、数千という手がズブズブと肉の土壌の中へ連れ込もうとする。この手の数々は、どれも私の手に似ていた。
足が埋まり、体が埋まり、ついには顔まで埋まってしまう。
「だ、誰か・・・!りょ、良くん・・・助け・・・!」
無数の肉片のようなものに埋まりながらもがき続けていると、私の腕を何かが握る。その感触はあの犬のぬいぐるみだった。
ぬいぐるみの手を握り締めると、ぬいぐるみは肉の世界を泳いで私をどこかへ引っ張って連れて行こうとする。
「ど、どこに連れて行くの?」
ぬいぐるみは無言のまま私を引っ張り続ける。
肉の中をしばらく引っ張られていると、遠くのほうに黒い異空間のようなものが見えてくる。
「あの中へ入るの?」
ぬいぐるみは私の方を向いて頷く。
私はぬいぐるみと一緒にその異空間へ続く扉の中へ入り込む。




