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私と良くんが手をつないで並木道を歩いている。
並木道は春の穏やかな風に吹かれて緑の葉がヒラヒラと舞っている。
良くんの手を握りしめている私のもう一方の手には、犬のぬいぐるみ。さっきデパートの屋上で取ったものだ。
私がぬいぐるみの持っている造花のヒマワリを見つめながら尋ねる。
「ねえ良くん、変な質問してもいい?」
「うん、なに京子ちゃん?」
少しためらいながら私は続ける。
「遠い昔に私・・・ヒマワリ畑にいたような気がするんだけど、そこに良くんもいなかった?」
「ヒマワリ畑?俺が?いや、俺はそんなとこにいた記憶はないよ」
「そう・・・」
夢の中の私は納得いかない顔をしている。
「そのヒマワリ畑にいた記憶があるから、そのヒマワリを持ってるぬいぐるみを選んだの?」
「うん・・・」
良くんは不可解そうに私の顔を見る。
「その場所に俺がいたっていうのは、夢か何かで見たってこと?」
「ううん、夢じゃなくて記憶があるの。誰かががヒマワリ畑にいる私に声をかけたような記憶が。遠い昔に」
「・・・それが俺だった気がするの?」
「うん・・・。でも気のせいかもしれないわ。だって私と良くんはあの駅で初めてあったんだもの」
良くんはコクリと頷きながら質問する。
「・・・もしそれが仮に俺だったとして、そのヒマワリ畑で俺は京子ちゃんに何をしていたの?」
「思い出せないけど・・・、何だか悲しい感じがするの。・・・どうしてかしらね」
私は遠くを見つめて、物憂げな表情をする。
良くんはそれ以上は聞かず、2人は手をつないだまま長い並木道を歩き続けた。
夢が終わるのと同時に、意識が戻る。
「ん・・・?私・・・生きてる・・・?」
起き上がり、辺りを見回す。そこはいつも目にする小汚い私の部屋である。デパートの爆風で死んだと思ったが、また復元とやらをしてこの世界が再生したのだろうか。
枕の上を見ると、目覚まし時計はAM6時を指している。通常であれば学校に行く時間である。だが何かおかしい。
そうだ、朝なのに部屋が暗いのである。あまりに暗いので真夜中のように感じる。どうしてこんなに部屋が暗いんだろう?
異変を感じ、私は窓のカーテンをめくってみる。
「?」
外は住宅地ではなく、グニャグニャと歪んだ黒ずんだ世界になっている。そこには家はおろか歩道すら無い。私の住宅地が、何も無い宇宙空間のような世界になっていた。
「これは・・・どういうこと?」
窓を開けようとしても開かない。ビクともせん。鍵が開いてるのにどういう訳だこりゃ。
うーむ・・・何か重大な事が起きてるような気がする。しょうがない、とりあえずリビングにいるお母さんにこの異常な事態を伝えてあげよう。
私は階段を下り、リビングのドアを開けて、そこにいる人間を見て目を疑う。
テーブルでテレビを見ていたのは同級生の吉楽由美だった。しかもお母さんのエプロン姿である。
彼女が見てるのは、2人の幼い子供が公園の砂場で遊んでる姿だった。
「・・・爆発に紛れてあなたをここへ逃がしたのは良ね?そう・・・まだ彼は完全にあなたの事を忘れたわけではなかったようね。・・・悔しいわね」
そう言って、クルッと私の方に振り返る。私は由美ちゃんを見てギョッとする。彼女は台所用の長いキッチンナイフを手に持っている。私は驚きテーブルに座るのを躊躇い、その場で立ち尽くす。
「ふふ、今すぐこいつであなたを殺してやりたいけど、まだ見逃してあげるわ。あなたも何も知らずに死ぬのは嫌でしょう?」
彼女はキッチンナイフを目の前でチラつかせながら笑う。
「・・・あなた、本当は亜規ちゃんなんでしょ?隠したって無駄よ」
私の問いに彼女の眉がピクッとわずかに動く。
「どうしてそう思うの?」
由美ちゃんに問われ、私は今までの事を頭の中で整理して答える。
「私には現実世界で起きたことを映像として見ることができるの。その世界には中村亜規という子がいた。良くんと学校へ通っていたのは由美ちゃん、あなたじゃなかったわ。その亜規という子が良くんと一緒に学校へ通っていたの。あの映像の世界は過去の世界。おそらく今のあなたは、その過去にいた亜規ちゃんに操られているの。そうでしょ?あなたは吉楽由美じゃない。中村亜規、本人よ」
「ふふ・・・、まさかあなたに亜規のことを見る能力があったなんてね。良と亜規が幼なじみである事によく気付いたわね」
由美ちゃんはお母さんが朝飲むときに使っているコーヒーのコップを口にする。
「でもね、京子ちゃん。あなたは何か勘違いをしてるわよ」
「何を?」
「亜規という人間は、もうこの世に存在しないってことよ。そして私は由美。それ以外の何物でも無いわ」
由美ちゃんは、テレビのリモコンを使ってチャンネルを回していく。そこに映し出されたのは、良くんと亜規ちゃんの過去の思い出のような映像ばかりである。
「良と亜規は団地に住んでいてね。2人はいつも一緒だった。亜規は小さい頃から良のことが好きだった」
団地の公園で遊んだり、部屋でバースデーパーティーをしたり、運動会で騎馬戦をしたりと、どこにでもありそうなごく普通の映像ばかりが流れる。
「亜規には夢があった。彼女は上昇志向が人一倍強かったの。理数系が得意だったから理工系の大学に進学したい、それで研究所に就職したい。亜規はそう思っていた。それが1番の幸せだと思った。だから亜規は毎日夜遅くまで猛勉強をしていたの。それと彼女にはもう1つ別の夢があった。それはいつか『良と1つになること』だった」
言い終わると、由美ちゃんは私の方に無表情で振り向く。
「でも彼女の好きだった良の前に、京子ちゃん、あなたが現れた」
由美ちゃんは私を憎そうに見つめる。
「良の頭の中は、すぐにあなたの事で一杯になってしまった。その事を亜規は快く思わなかったの。良はあなたと親しくなるにつれ、亜規の事を疎ましく思うようになり、亜規を遠ざけるようになっていった。すべてはあなたが現れたために」
「・・・まるであたしが罪人であるかのような口ぶりね」
私が切り返すと、由美ちゃんは鋭い目で私を見つめる。
「ええそうよ。亜規にとっては、あなたは罪人だった。それも重罪。亜規にとってあなたは死罪に値する存在だった」
数十、数百とある思い出が映し出されたチャンネルの中の1つに、彼女は手を止めた。
「あなたが知りたかったのは、この情報だったわよね?」
テレビには、ヒマワリ畑が映し出されている。電車の中で聞いた事を由美ちゃんは覚えていたようだ。
「教えてあげるわ。過去に何があったのか」
由美ちゃんは椅子から立ち上がり、テレビの前に歩み寄る。そして私の方に向いて、
「付いてきて」
それだけ言って、彼女はテレビ画面に手を差し出す。
驚くことに、彼女の腕はズブズブとテレビの中に吸い込まれていく。そのまま由美ちゃんの体は丸ごとスッポリとテレビの中に入ってしまった。
私はテレビの中を見る。
太陽がまぶしく光る青空。その下に広がるヒマワリ畑の中で由美ちゃんがこちらを向いて人差し指をクイクイと動かしている。「こっちへ来い」と言う事らしい。
あのヒマワリ畑のことを知るチャンスである。真実を知るために、ここは勇気を振り絞って中へ入るしかない。よし、行こう!
入ろうとしたそのとき、私のスカートをクイクイと誰かが引っ張る。下を見ると、さっきデパートで私を助けてくれた『犬のぬいぐるみ』がいた。
ぬいぐるみはヒマワリの花束を持って、私の方を見ている。どうしてここにいるのか知らないが、私に何かを言いたいようである。
「あなたも行きたいの?」
問いかけると、ぬいぐるみはコクリと頷く。しょうがないので私はこやつを連れてくことにする。
ぬいぐるみを抱えながらさっそく私はテレビ画面に指先を触れてみる。すると彼女と同じようにズブズブと体が中へ吸い込まれていく。
「わわわわわ!」
いざ入りだすと怖くなってしまい、私は抵抗しようともがく。が、体はどんどんテレビの中へ吸い込まれ、テレビは私の体を吸い込み続ける。




