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「おはよう京子ちゃん」

「ゆ、由美ちゃん・・・」

 目の前に現れたのはグニャリと変形した鉄の塊。鉄クズのスクラップと化した吉楽由美である。彼女はフラフラしながら姿勢を保とうとしている。

 や、やっぱりまだくたばってなかったのか。川に流されてそのまま海にでも流れ着いたのかと思っとったが・・・。

 見れば、彼女の鉄でできた胴体がアルミ缶を潰したようにボコッと凹んでいる。攻撃を受けてできたものと思われるが、それでも生きてるとはとんでもなくしぶとい体をしとるな。

「驚いたでしょ。あのぐらいの攻撃じゃ、あたしは痛くも痒くも無いわよ。ふふ」

「な、何で由美ちゃんがここにいるの?」

「Dr.ボマーよ。あいつが京子ちゃんの住んでるとこを教えてくれたの」

「教えてくれた?」

「ええ。囁くのよ、耳元で。ふふふ、京子ちゃん。この世界であたしからは絶対に逃げられないわ。どこへ逃げてもあいつが教えてくれるからすぐに分かるの、あなたの居場所が」

 どこへ逃げてもって・・・そんなバカな。Dr.ボマーと言ったな。カーナビかお前は。いらん機能を搭載すな。

 私の居場所を教えたという話はにわかには信じられない事ではあるが、由美ちゃんが目の前にいるのを見るとまんざら嘘ではないのかもしれない。じゃあ私はこの電子世界にいる以上、死ぬまでこの赤毛のアルミ缶に追われ続けるはめになるのか。

「ねぇ由美ちゃん、あなたの目的は何?何で私に付きまとうの?」

「そんなの決まってるじゃない。京子ちゃん、あなたを殺すのよ。殺して、この『転生装置』から完全にあなたを消し去るの」

 て、転生装置・・・?何だその転生っていうのは。

「あなたが死ぬ事、それがDr.ボマーの唯一の望みよ。私はそれに協力してあげるの。あなたが生きてる限り私はいつまでも追い続ける。あなたを殺すまで私は永久に追い続ける。あなたが死んだあとも私は魂を追い続ける」

 呪文を唱えるように彼女は繰り返し同じことを言い続ける。まるで壊れた機械のようである。

 ぶつぶつ言いながら、由美ちゃんの胴体についている2本のライトが青色に光り出す。いや1本だけのようだ。もう1本は壊れてしまったらしい。

 青色の光をフラッシュさせると、私の乗るはずだった重さ数トンもある路線バスが軽々と浮く。バスの大きい影に覆われ、私の周囲が暗くなる。な、なんちゅうもんを持ち上げるんじゃ!

「京子ちゃん、これでペッチャンコになりなさい。それで楽になれるわ。そうすればあなたの世界は閉ざされる。この世界のすべての恐怖から解放される。これはあなたに対する慈善活動の一環よ」

 何の躊躇いもなく、由美ちゃんは路線バスを投げ飛ばしてきた。乗客を乗せた巨大な鉄の塊が猛スピードで迫ってくる。し・・・死ぬ!

「はっ!」

 一緒にいたダウンロード型ヒューマノイドが大声を出す。すると私にぶつかる直前でバスは直角に曲がって軌道を変え、ロケットのように上空へ打ち上げられた。それもかなり空高く。どんどん豆粒になっていく。やがてバスは雲の中へ消えてしまった。・・・中に乗ってる人たちは大丈夫なんだろうか。

「あ・・・あれを・・・回避するなんて・・・」

 いとも簡単に攻撃を無力化されてしまい自信を失ったのか、由美ちゃんは急に声が小っちゃくなる。

「由美、これでトドメだ」

 彼は由美ちゃんに手をかざし、エネルギー弾を彼女に向けて打ち込んだ。ズドンッ!ともろに攻撃をくらった鉄の怪物は爆音と共に吹っ飛び、空き缶が捨てられるみたいにガランガランと音を立てて道路に転がった。

 それまで私たちの横を通り過ぎていた通勤の車は、由美ちゃんが転がってきたので次々にブレーキを踏んで車を止める。中には彼女をかわそうとして、路肩に乗り上げて歩道の木にぶつかる車もいた。

 由美ちゃんが道路に転がっただけで狭い住宅地のど真ん中で大渋滞が起きてしまい、どのドライバーも突然のことに呆然としている。

 そんな周りの事など目もくれず、ダウンロード型ヒューマノイドは路上に倒れている由美ちゃんに近づく。私もあとに続き、彼の後ろから顔を覗かせて道路に転がっている由美ちゃんの様子を伺う。

彼女は胴体をボコボコに歪ませて、白目を向いて静かに横になっていた。ピクリとも動かない。どうやらさっきの1撃で完全に死んだようである。

「あっけない最後だったな。だが何かおかしい気がする・・・」

 彼は由美ちゃんの死骸を見ながらまだ警戒をしている。

「これでもう由美ちゃんに悩まされることはないのね」

 私は終わったと思い、ホッと溜息をつく。しかし彼はまだ由美ちゃんの死体を見続けている。

「どうしたの?もう終わったんじゃないの?」

「いや、待て」

 彼が見ているのは胴体に取り付けてあるバルブハンドルである。私もそれを見ていたら、キュッキュッ、とハンドルが回り出した。

「な、何?中に何かいる?」

 パカッ!とハンドルの付いた蓋が開き、由美ちゃんの体に空洞のような穴が開く。体の内側から何かが出てこようとしている。

 私は怖くなり、ダウンロード型ヒューマノイドの腕にしがみ付く。

「な、何が起きるの・・・?」

「わからない」

 私たちは中身を凝視する。む!中からモゾモゾと何か出てきたぞ。こ、これは・・・。

 それは手の平サイズの『紫色の芋虫』であった。芋虫は由美ちゃんの鉄の体の上をモゾモゾと這って動いている。

 何だこの小っちゃいのは・・・?強いのか弱いのかよう分からん。

 由美ちゃんの体の中から出てきたこの謎の物体はピョンピョンとハネて道路に着地し、渋滞を起こして停まっている乗用車の下にスススっとすばしっこい動きで逃げ込んだ。

 それを見るやダウンロード型ヒューマノイドはすぐにその車に手をかざし、車体を浮き上がらせる。

 乗用車に乗っている若いドライバーは何をする気だと言わんばかりの焦った顔をしているが、彼は気にせずそのまま車を前方に投げ飛ばす。車は数十メートル先でゆっくり地面に着地し、ドライバーはアクセルを思いっきりふかして逃げるように去っていった。

 車がいなくなった場所を見ると蓋の開いたマンホールがあった。

「ここから下水道に逃げ込んだみたいだな」

 ダウンロード型ヒューマノイドはマンホールの中を見つめる。

「あれ由美ちゃんだったの?」

「おそらくな」

「じゃあ、そこで白目を向いて倒れてるのは何なの?」

「そこの奴は、ただの抜け殻だ」

「抜け殻?」

「ああ。さっきまで俺たちが話していた相手は、ヤドカリで言うところの貝殻の部分だ。身を守るために着る鎧と思ったほうがいい。由美があれだけピンピンしていられたのは、その堅い鎧に守られていたからだ。だがその鎧も壊れて役に立たなくなった。だから逃げ出したんだろう」

「あの芋虫はどうなの?危険性は無いの?」

「現段階では特に何も危険なものは感じる事は無い。あの様子じゃもう俺たちを襲うだけのパワーは残されてないのかもしれない」

「そうなんだ。よかった・・・」

 スッキリした終わり方じゃないが、ひとまず安心である。もしまた彼女が現れたとしても、あれなら私でも勝てる。よし、明日から護身用にハエ叩きを携帯するとしよう。見つけたらお尻をペンペンしてやる。うむ。名案である。

 それにしてもまさかバスの中から現れるとは・・・まったく予想できんかったわい。

 そういえばDr.ボマーが私の居場所を教えたって言ってたな。どうやってあいつ私の住所を調べたんだろ。どこかで見られてるような、そんな気がして私は辺りをキョロキョロする。だが何もいない。

 あ、そんなことよりそうだ。こんなとこで由美ちゃんと戦ってる場合じゃないんだっけ。

「ねえ、どうやって学校に行こっか?バスはもうどっか行っちゃったし・・・。とりあえず次のバスが来るまで待つ?でもそれしか無いわよね」

 私は停留所のところまで足を運び、時刻表を読む。

「えーと・・・今がこの時間だから・・・」

「これに乗ってくんだろ?」

 道路のど真ん中で突っ立っているダウンロード型ヒューマノイドの頭上から、スーッと路線バスが降りてくる。さっき空に打ち上げたやつだ。

 ドスッ!と鈍い音がして、バスは無事に着地。中の乗客も普通に乗っている。誰も騒いでいる様子は無い。開閉扉が開き、相方は淡々とバスの昇降口の階段を上がっていく。

 うーむ・・・。あの冷静さ、彼は感情というものが果たしてあるのだろうか。まるでロボットのような冷たさをたまに感じる。でも考えてみたら彼は電子信号が形になって動いてるだけなんだ。感情など持ってなくても不思議じゃないか。

 それにしても・・・本当だったらこのバスは良くんと一緒に乗るはずだったのだ。そのことを思うと、何だか悲しくなってくる。今日から私は1人か・・・。ふと寂しくなり、涙が出そうになる。

 私が来ないので、昇降口にいるダウンロード型ヒューマノイドがこっちに振り向く。

「どうした、乗らないのか?学校に遅れるぞ」

「あ、うん」

 私は涙を袖でぬぐってから、彼に続いてそそくさと昇降口の階段を上る。

 むぅ。中は相変わらず混んでおる。面白いのは、あれだけの事があったのにバスの乗客がみな何事もなかったような顔をして乗ってることである。この辺がコンピュータらしいっちゃコンピュータらしい。

 あれ?ダウンロード型ヒューマノイドの姿がない。どこ行ったんだろ。ちょっとは待っててくれてもいいのに。このギュウギュウ詰めの中を捜すのは結構大変なんだよな。

 私は車内を見回す。

「京子ちゃん、こっちだ」

 呼ばれた方を見ると、前の方の座席にダウンロード型ヒューマノイドが座って私に手招きしている。乗客をかきわけ、私は彼のとこまでたどり着く。

「どうしたのその席?珍しいわね、空いてたの?なかなか座れないのよ」

「バスのプログラムを操作して、席を1つ増やしたんだ」

「あなたそんなこともできるの?」

 彼は席を立つ。

「京子ちゃんの特等席だ。座れ」

「本当?どこかで聞いたようなセリフねそれ。えへへ、ありがとね」

 私は与えられた座席にちょこんと座る。

 うむ!よい座り心地じゃ!これこそ私の求めていたものである!

「やっぱりあなたって、良くんみたいね」

 彼はニコッと笑い、目の前の吊り革につかまる。それを合図にドアが閉まり、ゆっくりとバスは発車する。彼はどうやら、バスまでコントロールしているようである。

「京子ちゃんの見る良と亜規の映像のことなんだが・・・」

 言いながら、彼は遠くを見つめ、何か考えている。

「それはおそらく、現実世界のことを映し出しているのかもしれない」

「現実世界?」

「ああ。つまり京子ちゃんの元いた世界ということだ」

「あたしの元いた世界・・・?」

「そうだ。その現実世界こそが、京子ちゃんが帰るべき本当の場所なんだろう」

「私が帰る本当の場所・・・」

「京子ちゃんがこの世界にいる理由は俺にもわからない。だが1つ言えるのは、京子ちゃんがこの世界を彷徨っているのは、過去に何か原因があっての事だろうと思う。その原因というのが、京子ちゃんの見る映像の中にあると思うんだ。その映像が、この世界に入り込んだ真相を知る唯一の手段だといって間違いないだろう。京子ちゃんがこの世界にいる理由はきっとその映像の中に見えてくるはずだ。その理由がわかればこの世界から逃れる事ができるかもしれないし、本当の良に会う方法が見つかるかもしれない」

 本当の良くんか。

「うーん、でもなあ・・・」

 私の納得いかない様子に気づいたらしく、ダウンロード型ヒューマノイドが私の方を見る。

「どうした?何か不満なのか」

「・・・あたしはこの世界の良くんに会いたいの。いつも学校に一緒に通っていたこの世界の良くんが。もし映像の中の良くんが本物だったとしても、そんなに会いたいとは思わないわ」

「そうか・・・」

 私の気持ちを理解してくれたのか彼はそれ以上何も言わず、吊り革につかまりながら移りゆく外の景色を眺める。

「はぁ・・・。良くん、今頃どこにいるのかな・・・」

 溜息交じりの私の言葉を聞いて、ダウンロード型ヒューマノイドは優しく微笑む。

「良は今もそばで見守ってる。だから安心しろ」

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