25
気が付くと、また例の目覚まし時計が頭の上でうるさくアラームを鳴らし続けていた。
目覚まし時計を掴み、スイッチを押して音を消す。顔の前まで目覚まし時計を持ってくると、時計の針はAM6時を指している。
ベッドからガバッと起き、周りを確認する。汚く並べられている本や制服・・・。また私の部屋に戻されたようだ。
パジャマ姿のままでカーテンを勢いよく捲る。朝日が部屋に差し込み、窓の下を見るとお隣りさんが出て出勤するのが見える。しかも昨日と同じタイミングで出てきた。
・・・また同じ朝のような気がする。
もし今日も昨日と同じ様な感じの1日を繰り返しているとしたら、下のお母さんがまた同じニュースを見て、同じリアクションをする事だろう。もしそうなったとしたら・・・。そう考えると、思わずゾッとする。
もしもこのまま同じような1日を繰り返すようだと、私は1日も休みが無いまま、永久に学校へ行くことになってしまう。それは嫌だ。・・・早くこの電子世界から抜け出す方法を考えなくてはいかんな。早急に対策を講じる必要があるわい。
ぼやきながら、とりあえず学校の制服に着替える。
それにしてもさっきの2人。どうして私がしてる事と重なるんだろう。
高校も同じ。
映画を見に行ったのも同じ。
もしかして電子世界とあの2人の世界は、同じ世界なんだろうか?だとしたら、それはどういう意味を示しているんだろうか。
床に転がっている鞄を持って部屋を出る。階段をドスドス降りて1階のリビングを覗くと、お母さんが昨日と同じようにテレビの前で釘付けになっている。またあの結婚記者会見を見てんのか。やれやれ。また同じ1日が始まりそうだわい。こりゃほぼ確定じゃな。
リビングに入り、テーブルの椅子に座る。
あれ?朝食の用意ができてない。まだ作ってないのかな。
「お母さん、朝ごはんは?」
目の前でテレビに夢中になっている芸能マニアに尋ねると、彼女は私の顔を見て目を丸くさせる。
「ちょ、ちょっとあなた・・・どこの子?」
「え・・・どこの子って、京子だけど・・・」
何を言い出すんだ。もしやその年齢でボケが始まったんじゃあるまいな。
「何で人の家にいるのよ。図々しい子ね」
お母さんは奇怪なものを見る目で私を見つめる。
「・・・京子よ?お母さんの子供の」
「京子?あたしはあんたなんか産んだ覚えは無いわよ」
な・・・何という冷たいお言葉だろうか・・・。それが我が子に対するセリフだろうか。
「お母さん、冗談はそのぐらいにして早く朝ごはん頂戴。学校に遅れちゃうでしょ」
そう急かすと、お母さんは目をつり上がらせる。
「何であたしが見ず知らずの子に朝ごはんを作らなくちゃならないの!いいからさっさと出てってちょうだい!」
お母さんは今まで見たことのない恐ろしい表情で手をワナワナと震わせている。
「さあ!早く!」
あまりの剣幕に身の危険を感じた私は慌ててテーブルの下に置いてある鞄を持ち、急いで靴を履き玄関のドアを開けて外に飛び出した。私が玄関から出るとドアがすぐに閉まり、中からガチャッ!と鍵をかける音が聞こえる。
か、完全に他人扱いである・・・。と、とりあえず命を取られなくてよかったわい・・・。
あ。お弁当、鞄の中に入れるの忘れた。
・・・。
しょうがない。諦めよう。もう中には入れん。
うーむ・・・これは一体どういう事だろうか。お母さんは昨日まで私のことを娘と認知していたはずである。それが今日になって記憶にございませんとは・・・。
まあ1人で考えても仕方がない。あの青く発光する相棒を呼び出すとしよう。彼に相談すれば何かわかるかもしれん。
「ねえ良くん、ちょっと相談したいことがあるんだけど、いい?」
私は空に向かって良くんに助けを求めてみる。するとすぐに眩しい光を放ちながらダウンロード型ヒューマノイドが空中に現れた。便利な能力である。魔法使いになった気分である。
呼び出された彼はゆっくりと降りてきて地面に着地し、周囲を見渡す。
「ついさっきまで映画館にいたと思ったんだが・・・ここは京子ちゃんの家?」
「うん。強制的に戻されちゃったの。これで2回目よあたし」
「2回目?前にもこういうことが起きたのか?」
「うんそうよ。何でこんなことばかり起こるの?」
「うーん・・・」
彼は腕を組んで考える。
「ひょっとすると、この世界は正常に機能してないのかもしれないな」
「どういうこと?」
「つまり京子ちゃんの日常を動かしているシステムがうまく働いてないんだ。もしかしたらコンピュータのどこかが故障してるのかもしれない。だからこんな不安定な現象がおきるんだろう」
「ふーん故障かぁ・・・。でもどうして故障なんかしたの?」
「さあな」
私たちは階段を降りて門を開け、テクテクと住宅地を歩いていく。
「ねえ、お母さんが私のこと忘れちゃったみたいなの。何が起きたのか、あなたわかる?」
歩きながらダウンロード型ヒューマノイドは私の方を見る。
「お母さんが京子ちゃんのことを忘れた?」
「うん。昨日まではちゃんと覚えてたの。どうしてだと思う?」
「うーん・・・よし、ちょっと待ってろ」
彼は急に立ち止まる。
空に浮かんでいる雲を見つめると、突然彼の目が青く光る。
「何してんの?」
「コンピュータの状態を調べてるんだ」
ほぉ。便利な能力である。さては映画館で山田悪夫を調べたのもこの能力を使ったんだな。いいなその能力。くれ、私にも。
「ふむ・・・」
何か分かったらしく、ダウンロード型ヒューマノイドは1人で納得いったようにウンウンと頷いている。もったいぶらず早く教えろ。
彼は目を光らせながら口を開く。
「もしかすると由美に憑りついた例の怪物が影響し始めてるのかもしれないな」
「怪物って、あの、D r.ボマーとかっていう?」
「ああ。あいつはおそらく、コンピュータウィルスの能力を持っているんじゃないかと思う。コンピュータウィルスは、プログラムに不具合をもたらす。京子ちゃんのお母さんはその悪質なウィルスに感染したのだろう」
「それは私のことを忘れてしまうウィルスなの?」
「たぶんな」
彼の目が元の色に戻る。バス停に向かって、私たちはまた住宅地を歩き出した。
コンピュータウィルスか。だからお母さんは忘れちゃったのか、こんなプリチーな愛娘のことを・・・。これはやっかいな事になったの・・・。
あ、そんなことよりそうだ。
「ねえ聞いてくれる?あたしまた良くんたちの夢を見たの」
ダウンロード型ヒューマノイドは興味深げにこっちを見る。
「夢?」
「うん。あたしと良くんが映画館にいる夢だったわ。あなたは気付いて無かったみたいだけど」
「俺たちと同じ映画館で2人を見たのか?」
「うん。その映画館で良くん、亜規ちゃんと団地に住んでるって言ってたの。良くんと亜規ちゃん、幼なじみなんだって」
「良と亜規が幼なじみ?京子ちゃんも良と幼なじみなんだろ?その亜規って子は、小さい頃に会ったことはあるのか?」
「無いわ1度も。初めて聞く名前よ、亜規なんて子。それに私はずっとこの住宅で育ったから、団地のことなんか知らないわ。それがどこにあるのかも。ねえ、何であたしこんな変な映像を見るんだろ。こんな見たことも聞いたことも無い子の映像を・・・」
「たぶん京子ちゃんには特別な能力が備わっているんだろう。良の想念を受け取るのと同じように、京子ちゃんの映像も誰かのメッセージを受け取っているのかもしれない」
「ふーん・・・メッセージねぇ・・・」
そんなことを話していると、いつの間にか住宅地を抜けて道路に出ていた。通勤時間なので車が引っ切り無しに走っている。
停留所を見るとすでにバスが停まっており、列の最後尾のOLが乗り込む姿が見える。
はぁ・・・どうやらまた同じ1日が始まるようである。昨日と同じ授業を受けるために、何十分もかけて学校に行かなくちゃならんのか。ふん、バカバカしいわい。
あ、そういえば彼の能力に便利なものがあったな。そうだ、何もわざわざバスで学校に行く必要など無い。あれでチャッチャと行こう。
「ねぇ、昨日教室で見せたワープするやつ、また使ってくれる?」
「ワープ?どうして」
「学校に行くからに決まってるじゃない。あれを使えば一瞬で着くんでしょ?」
「あれは短い距離しか無理なんだ。ここからだと、せいぜい次の信号までしか移動できない」
「なぁんだ、つまんないの」
溜息をつきながらも、私たちはバスに乗るため歩道を歩く。すると突然ダウンロード型ヒューマノイドが顔色を変える。
「待て」
彼は何かを察知したのか、バスを見つめて険しい表情をする。
「どうしたの?」
「後ろに下がってろ」
言われるまま、私はダウンロード型ヒューマノイドの背後へ身を隠す。
彼はバスから目を離さない。いったい何がマズイんだろうか?考えても仕方ないので、私も彼と同じように停車しているバスをジッと見続ける。
バスは乗客がギュウギュウ詰めで乗っかってるので、中に何が乗ってるのかここからでは確認できない。うーむ、見たところ特に変わったところはなさそうだが・・・。
ぬぬ!
バスの中から、ヨロヨロさせながら何か出てきおった。あ、あれはもしや・・・!
1歩1歩、ゆっくりとバスの昇降口の階段をそれは降りてくる。




