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映画館につき、私とダウンロード型ヒューマノイドはさっそく山田悪夫が現れたトイレへ向かうことにした。
「あのトイレよ、あいつが出たのは。どう?何か感じる?」
「いや、まだ何も感じるものはない。もうちょっと現場に近づくとしよう」
「うん」
何だか霊能者と一緒に心霊スポットを訪れてるような会話である。私たちはトイレへと続く廊下を歩いていく。
「・・・?あれ?変ね」
私は廊下を見てあることに気が付く。
「どうした?」
後ろにくっついて歩いていたダウンロード型ヒューマノイドが、私が見ている方に目を向ける。
「これ見て。床も自動販売機も、すべて元に戻ってる・・・。昨日あれだけ壊されたのに」
ダウンロード型ヒューマノイドはしゃがみ、床に手を触れる。
「・・・ひょっとすると、復元したのかもしれないな」
「復元?」
「そうだ。この世界のものは、いくら壊しても時間が経つと完全に元の姿に戻るというわけだ。これはその証拠だ」
なんと・・・。引っこ抜いた雑草がまた生えてくるようなものである。不思議な現象である。
「え、じゃあ良くんはどうしていないの?もしその復元とかっていうので元の姿に戻るなら、良くんも元通りになってるはずでしょ?」
彼は頭を掻きながら考えている。
「うーん。良も山田も何かしら肉体に不具合が生じたのかもしれない」
「不具合?」
「ああ。不具合によって復元中に何か邪魔が入り再生する事ができなかったのかもしれない。だが正直に言うと俺にも2人の体に異変が起きた正確な理由はわからない。何せこの世界が何の目的で作られたのかすら全く検討がつかないんだ」
確かに。ここがコンピュータの世界だということは何とか理解できる。だけど、この世界を作った目的。これはまったく理解に苦しむ。
きっとコンピュータであるということは、この世界は人間の手で作られたのだろう。でも何でその人間は、こんな世界を作る必要があったのだろうか?こんな馬鹿げた世界を。うーむ、考えてもさっぱり理由がわからん。
おっと。ここに来たのはそんなことを調べるためじゃなかったな。
「ね。山田悪夫のことについて何かわかった?」
聞かれると、困った顔をしてダウンロード型ヒューマノイドは首を横に振る。
「このエリアに記録されているデータを一通り探ってみたが、まったくわからない。たぶん山田悪夫のここでの行動は、この世界の復元と共に無かった事になっているのかもしれない。だとしたらもうお手上げだ。あいつがどこから来たのか、これ以上調べようがない」
「そう・・・」
山田悪夫・・・。うーむ、あいつはいったい何だったんだろうか・・・。考えれば考えるほど謎は深まるばかりである・・・。
ん、大事なことを思い出した。
「あ、そうだ!ねえ聞いて。あたし、また夢を見たの」
「夢?夢って言うのは、亜規って子のか?」
ダウンロード型ヒューマノイドは興味深そうな顔をする。
「ううん、その子は出てこなかったの。代わりに良くんが出てきたの。この映画館で」
「良?この場所に?」
「うん。でもその良くん、すごく様子が変だった・・・。彼、頭に変な機械をかぶってたの。ヘルメットみたいな」
「機械・・・?」
「うん。それにサラリーマンみたいにネクタイまで締めてたわ。あ、あとメガネもかけて。しかもその良くん、あたしに起きろって何度も言ってくるのよ。ね、どうしてだかわかる?」
「俺は何でも知ってるわけじゃないからな・・・。ネクタイって、京子ちゃんの学校の制服もそうだろ?それじゃないのか?」
「あのネクタイの色はうちのじゃないわよ。大人がつけるものだったわ。会社員とかがつけるような。たぶんあの良くんは、大人になった良くんじゃないかと思うの」
「大人の良、か・・・」
彼は眉間に皺を寄せて考えている。彼にも私の見る夢のことはよく解らないらしい。
それにしても良くんは一体何人いるんだろうか。あの不思議な夢を見るたび、幼なじみであるはずの良くんのことがどんどんわからなくなっていく。
私の知ってる良くんは、本当はどういう人なんだろう。知っているつもりでいたけど、じつは私は良くんのことを何も知らなかったんじゃないだろうか。
しばらく考えていると、私は急にクラッとめまいがしてくる。
「うっ・・・」
視界がぼんやりしていき、自分が夢の中に入っていくような感覚になる。
映画館のロビーで声が聞こえてくる
『今日はありがとね、映画に連れてきてくれて』
隣りを見ると、もう1人の私が良くんに話しかけている。
さっきまで一緒にいたダウンロード型ヒューマノイドはどこかに消えてしまった。目の前には良くんともう1人の私しかいない。
また私はあの不思議な夢を見ているようである。どうやらこの能力は私にだけに備わっているようだ。
『新作のゾンビ映画が出たらまた観に来よっか、京子ちゃん』
良くんが私に話しかける。
『そ、そうね・・・。あ、ねえ良くん。それより聞きたいことがあるんだけどいい?』
『うん、なに京子ちゃん』
『亜規ちゃんて子いるでしょ?あの駅のホームで会った子。どうして良くんはあの子とあんなに仲がいいの?もしかして中学が一緒だったとか?』
お。私が知りたいことを話題に出しおったな。良くんと亜規ちゃんの関係は、私も非常に気になっていたことである。
『俺と亜規はさ、幼なじみなんだよ。もの心ついたときからの。今でも亜規とは同じとこに住んでるんだよ』
『そうなの?良くんの住んでるとこってどこなの?』
『団地だよ。丘にあるマンモス団地』
『マンモス団地?』
『うん。とんでもなく大きい団地でさ、スーパーも散髪屋も生活に必要なものはその団地内に一通りそろってんだよ。俺と亜規のいた保育園も学校も、全部そこにあるんだ』
『じゃあ良くんと亜規ちゃんは、今の高校にはそこから通ってるの?』
『うんそうだよ。亜規のやつが俺と同じ高校がいいってきかなくてさ。あいつ頭がいいからもっといい学校に行けたはずなんだけど、何せ言い出したら聞かないやつだからな。結局一緒の高校に通うことになったんだ』
『ふーん幼なじみかぁ・・・。だから2人はあんなに仲がいいんだ』
私がちょっと不満そうな顔をしている。
『俺はそんなに仲良くしてるつもりはないんだけど、向こうが俺から離れたがらないんだよ』
『離れたがらない?』
良くんは頷く。
『俺が体育の授業を見学したら、あいつも一緒に見学するんだよ。学校を早退したらあいつも早退して一緒に帰ろうとするし、風邪ひいて休んだらあいつも休んで俺の家に看病しに来るんだ。とにかく俺から離れようとしないんだよ、亜規は』
『それはちょっと・・・変わってるわね・・・』
私が呆れた顔をする。
『いい奴なんだけどな、亜規は。でも最近、それがちょっと重荷になってきてることはあるよ。どこ行くんでもついて来るからさ、あいつ。京子ちゃんには言ってなかったけど、今日の映画だって亜規の目を盗んで部活をこっそり抜け出して来なきゃならなかったんだから。大変だったんだよ、あいつをまくの』
『え、そんなことしてきたの今日?』
『うん。途中であいつに見つかったら、今頃ここで亜規も一緒に見る事になってたよ。まあ、そうならなくてよかったけど。あとそれ以外にも亜規には不満なことがあって・・・』
言いかけて、少し躊躇う。
『ふぅ・・・。こんなこと京子ちゃんに話しても仕方ないか・・・』
良くんはちょっと疲れたような目をする。
ふむ。亜規ちゃんはかなり頭のおかしい女の子のようである。頭がおかしいのは由美ちゃんだけかと思っておったが・・・。
『ねぇ。亜規ちゃんが良くんにまとわりつくようになったのって、いつ頃からなの?』
『小さいときに出会ってから、今日までずっと』
『ち、小さいときから?』
『うん』
良くんは窓から見える外の景色を、遠い目で見つめた。
『亜規のやつ、今頃俺のこと捜してんだろな・・・』




