22
完全に無音の世界である。
と思ったら、また視界が開けてきた。同時に聴覚も戻っていく。
チラリと隣りを見ると、遥ちゃんも貴志くんも、ダウンロード型ヒューマノイドにつかまったままの状態である。
「・・・ここは?」
足に掴まっている貴志くんが、片目を開けてキョロキョロさせる。私も同じように辺りを見渡す。
サッカーのゴールポストがある。ってことは、ここは学校のグラウンドか。校舎から数百メートル離れた場所にこのグラウンドはあるのだが、一瞬でこんな離れたとこまでワープしたらしい。うーむ。すごい能力である。
「ここまで避難すればとりあえず安全だ」
ドォオオォオォオーーーーン!
突然、後ろに見えていた学校の校舎が大爆発を起こす。
「うわっ!」
貴志くんは両手を地面について、へっぴり腰になる。
まるで核爆弾でも落とされたのかと思うほどの、耳をつんざく強大な爆音と大地を揺るがす衝撃が走り、グラウンド全体がしばらく地響きを起こす。
どうやら爆発があったのは私たちの教室のようである。私たちがさっきまでいた大きな校舎が、ガラガラと崩れ落ちていくのがここからでもよく見える。
「チクショウ!何だったんだあのバケモノは!」
地べたに伏せていた貴志くんが起き上がり、体に付着した砂をはらう。
「あれは由美ちゃんよ。良くんと同じ特別進学コースの」
私が彼女の名前を言うと、彼は初めて知ったような顔をする。
「・・・由美?誰なんだそいつは」
「え、貴志くん・・・由美ちゃんのこと覚えてないの?昨日会ったでしょ?由美ちゃんに足を蹴っ飛ばされてブツブツ言ってたじゃない、帰りの電車で」
「え?俺、昨日そんなこと言ったっけ?」
貴志くんは知らぬ存ぜぬといった顔をする。すっとぼけおって、この。
・・・いや、もしかするとホントに覚えてないのかもしれん。この世界は昨日の1日をまた初めからやってる。なら貴志くんも遥ちゃんも、由美ちゃんに会うのは今日が初めてということだ。
「2人とも、ゆっくり話してる暇はない。由美はまだ死んでいない」
ダウンロード型ヒューマノイドが私たち3人に注意を促す。
「だから由美って誰なんだよ?」
貴志くんは間の抜けた顔をして聞く。
「後ろの奴だ」
私たち3人は、ダウンロード型ヒューマノイドが見ている方向へ振り向く。昨日私がサッカーの見物をしていた傾斜のある芝生に、由美ちゃんはいた。
驚くことに、あれだけの爆発があったにも関わらず由美ちゃんはどこも負傷した様子がない。かすり傷と土埃が付いてるだけである。
「こ、こいつ・・・死なないのか・・・?」
貴志くんがまた怯えだす。
由美ちゃんの2本のライトがまた妖しく光り始める。赤色が、だんだんと紫色に変わっていく。色が変わるということは、攻撃のパターンがまた変わるのだろうか。
ダウンロード型ヒューマノイドはそれを見て、
「ここにいては危険だ。攻撃される前に逃げた方がいいかもしれない」
「そうね・・・」
むっ!
ぬ・・・ぬぉ・・・!こ、これは!・・・か、体が痺れて・・・う・・・動けん・・・!
「お、おい!体が言うこときかねぇぞ!」
「なにコレ~!新感覚~!」
他の2人も同じようだ・・・!みんな体に痺れが起きているらしい。これはマズイ・・・!手も足も、まったく動かすことができない!
「これでもう逃げられないわね。ふふ」
由美ちゃんの2本のライトの前方に、ビリビリと紫色の電流が走り始める。
電流はどんどん大きくなっていき、サッカーボールぐらいの玉になった。あれをぶつけるつもりか。
貴志くんが血相を変えて叫ぶ。
「や!やばいぞ!な、何とかしてくれ!良!」
「俺に任せておけ」
ダウンロード型ヒューマノイドは指をポキポキと鳴らす。彼の体は動かせるみたいである。
「ふん・・・あなたには効かなかったみたいね。でもいいわ、これで始末するから」
由美ちゃんが大声を張り上げると2本のライトがフラッシュし、そこから大砲のように玉が発射される。
ダウンロード型ヒューマノイドは私たち3人の前に立ち両手を広げ、バチバチ言わせながら超スピードで接近してくる玉を難なくキャッチした。玉の勢いが強すぎるため、彼はズザザザザッと後方のゴールポストまで押し込まれる。くつの摩擦で土ぼこりが舞う。
「ケホッ!ケホッ!」
砂が目に入ったわい。
一見、由美ちゃんにパワー負けしてるように見えた彼だが、涼しい顔で落ち着き払っている。
「俺が良だと思って、手加減したな由美」
彼は両手で受け止めていた玉をその場で静止させる。そしてエネルギーの玉を思いっきり蹴っ飛ばす。
飛ばされた玉はグラウンドを一直線に飛んでいき、芝生にいる由美ちゃんの胴体に逃げる暇を与えずに正確にヒットする。直撃した玉は紫色の激しい爆発を起こし、由美ちゃんは放物線を描いて遠くへ飛んでいった。
ちょっと間を置いてから、土手を挟んだ向こう側でドボンッと水の音がする。
確か向うには川があった気がする。怪物はどうやらそこに落ちたらしい。まるでメジャーリーグの場外ホームランのようである。
「ねえみんな!今の見た?あれじゃまるで場外ホームランみたいよね!」
歓喜した私はつい口に出して他の3人に同意を求めてしまう。
「いや、あれは普通に飛ばされただけだよ。場外ホームラン?何言ってんの京子ちゃん。冗談は顔だけにしてよ」
貴志くんはシラッとした顔で冷静に私を見つめる。
ちっ。急に利口ぶりおってからに・・・。貴志、お前も川に突き落とすぞ。
「ん?あれ、この感じ!体の痺れが無くなったわ。手も足も自由に動かせる!」
私は手を閉じたり開いたりさせる。どうやら由美ちゃんがいなくなったお蔭で痺れの効力が切れたらしい。やったホイ!嬉しいんだホイ!
「本当だ!動けるようになったぞ!やった!」
貴志くんも同じみたいだ。彼はグラウンドをピョンピョン飛んで喜ぶ。お前は動かんでええ。気が散る。
遥ちゃんはというと、またポテトチップを取り出して1人ムシャムシャ食べ始める。彼女は食べもの以外にはあまり関心が無さそうである。
「ふぅ・・・、今のはちょっとやばかったな」
貴志くんは冷や汗をかいていたらしく、額を拭う。
「そういや川に落っこちたような音がしたな。あいつまだ生きてんのかな」
貴志くんが言うと、ダウンロード型ヒューマノイドはすぐに空中に浮上する。
「よし、ちょっと見てくる」
そう言い残し、彼は川原の方に向かって戦闘機のようなスピードで飛んでいった。
それを見て貴志くんは、
「・・・あいつだけじゃ心配だな。よし!俺もちょっくら見てくるわ!」
何を血迷ったのか、貴志くんはすぐさまグラウンドを走って追いかけていく。遠くの芝生の斜面を駆け上がっていくのがここから見える。彼が行っても何の戦力にもならんのだがな。・・・まあいいか。
「あ、ムシャムシャ、遥も~」
貴志くんに続き、遥ちゃんもポテトチップの袋を片手に食い散らかしながら芝生を駆け上がる。私のなんだけどな、あのポテトチップ・・・。さっきからなかなか返してくれそうにないわい・・・。
みんな川の方へ行ってしまったので、結局グラウンドには私だけがポツンと取り残されてしまった。
「はぁ・・・。しゃあない、私も行くか」
私は少し遅れて芝生の急な傾斜を上がる。
「ふう・・・ふう・・・」
こりゃ家でゴロゴロしてるだけのわしには、ちとキツイ坂じゃの。
ひいこら言わせながら芝生を上がり、なんとか川が見渡せる土手に着く。
「おい!あそこにいるぜ!」
貴志くんが遠くで大きな声を張り上げている。ここからでもよく聞こえるほどのバカでかい声である。
声のした方を見ると、川沿いの原っぱに3人が一緒になって下流の方を見ている。ということは、由美ちゃんは川に流されたんだろうか。
私はぜーぜー言わせながら、何とか3人のいる川沿いに到着した。清流のせせらぎが心地いい。
「はぁ・・・はぁ・・・由美ちゃんはどこ?」
ダウンロード型ヒューマノイドは川の下流に向かって指をさす。
「あそこだ」
言われた方角を見ると、由美ちゃんがゆっくり下流へと流されているのが見える。
あーあ・・・あんなとこまで・・・。灯篭流しのように彼女はどんどん遠ざかっていく。
「由美ちゃん・・・死んじゃったの?」
「いや、わからない」
ダウンロード型ヒューマノイドが自信なさそうに答える。
それを聞いて貴志くんが呆れた顔をする。
「わからないって・・・あんだけのダメージを受けてまだ死なないのか?どんだけタフなんだよあいつ」
確かに恐ろしいほどのしぶとさである。それにあのとんでもない戦闘力。
ダウンロード型ヒューマノイドが助けに来てくれたからいいものの、彼がいなければ私は今ごろ由美ちゃんに確実に殺されていただろう。そう考えると彼に助けを求めることがいかに大事なことかよくわかる。これからも彼はいろいろと重宝しそうである。おや?
隣りにいた貴志くんが、スッと私たちから離れて帰ろうとする。
「貴志くん、どこ行くの?」
私に呼び止められ、彼は振り向く。
「ん、教室。もうすぐ午後の授業が始まるから」
校舎が全壊したのにどこで勉強する気なんだ、貴志くんよ。
「プログラムが働いてるんだろうな」
ダウンロード型ヒューマノイドが私に教える。
「プログラム?」
「そうだ。彼には午後の授業に向かうプログラムが組み込まれてて、どうしてもその命令に逆らえないんだろう」
ほう、プログラムとな。ダウンロード型ヒューマノイドは教室に戻ろうとする貴志くんに声をかける。
「貴志、由美がまた戻ってくる可能性があるから今日はもう帰るぞ。ここは危険すぎる。いつまでもこの場所に留まっていたら今度こそ命を取られるかもしれないぞ」
彼が忠告すると、貴志くんは納得がいかないような顔をする。
「うーん・・・。でも無断で帰ると内申書に響くからなぁ・・・」
安心せい。お前さんの内申書には誰も期待しとらん。
「大丈夫だ。先生には俺がちゃんと伝えておく。さ、帰ろう」
「そうか・・・そんなに言うなら・・・しょうがない、わかったよ」
貴志くんはしぶしぶ彼の意見を受け入れた。
「バイバイまたね~」
もう見えなくなりそうなほど遠くに流されている由美ちゃんに向かって、遥ちゃんは手をブンブンと振った。




