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ドスン!
ベッドから何か重いものが落ちる。落ちたのはそう、私である。
「い・・・たたた・・・」
激痛の中、目を開ける。
周りを見回すと勉強机にゲーム機、本棚に乱雑に置かれた漫画本が目に飛び込んでくる。自分はというと、青色のパジャマ姿で仰向けになって床に倒れていた。
「・・・私の・・・部屋?」
長年住んでる場所を間違う訳が無い。この小汚い感じは紛れも無く私の部屋である。
床のあっちこっちに漫画本やゲームソフトが散乱している。洋服も脱ぎっぱなしで至る所に適当に置いてある。一見すると空き巣に入られたようにも取れるが、荒らしたのは誰であろうこの私である。
私は床からムクリと起き上がり、目覚まし時計を見る。
AM六時。学校に行く時間である。
そこでようやく、さっきまで見ていたものが現実のもので無い事に気づく。
「何だ・・・さっきの・・・夢だったのか」
私はあの不気味な男がもう追って来ないと分かりホッと胸を撫で下ろし、部屋のベランダのカーテンを開けて外の日差しを浴びる。
窓から下をみるとお隣りさんが出勤しているのが見える。おそらくバス停に向かってるのだろう。
「よし、私も学校へ行くとするか」
私は部屋の隅にあるゴミ箱へ近づく。その中に手を突っ込んで、ゴミ箱の中に丸まって捨ててある大きな団子を手に取る。
団子を手でほぐしていくと、それが制服である事がわかる。皺くちゃになっているそれを両手で広げ、パジャマの上から被せるようにして着る。下のパジャマはスカートを履き終わってから脱ぎ捨てる。上はそのままである。中に着てても誰も気づかんだろ。もしバレそうになったら自首しよう。刑が軽くなるかもしれん。
私は床に転がっていた鞄を手に取り、朝食を取るため部屋から出て廊下の階段を下りる。
1階のリビングに入ると、真ん中にあるテーブルの上にもう朝ご飯が置かれていた。テーブルには私のお母さんがエプロン姿でテレビに釘付けになって椅子に座っている。
『以心伝心という言葉がありますが、出会った頃から心が通じ合っていたように思います』
『プロポーズはどちらからされたんですか?』
どうやら芸能人の2人が結婚の記者会見を開いているようだ。私はあんまりよく知らない芸能人である。
テレビのテロップを見ると『あの芸能人の2人が電撃入籍!』と表示されている。
ワイドショーの司会者も『まさかこの芸能人が結婚するとは思いませんでしたねー』と言っている。だから何の芸能人なんだ。ちゃんと説明しろ。
街頭インタビューも世間の人はみんな口を揃えて『え!あの芸能人の2人がですか!?』と驚いている。何でみんな知ってんだ・・・くそ。私だけ置いてけぼりか。それとも私が世間とズレてるのだろうか。悪いのは私か。いや、そんなはずは・・・。
私は椅子に座り、ふりかけご飯を黙々と食べる。それに対し、お母さんは目をギラギラさせて食い入るようにテレビを見ている。これが我が家のいつもの朝の風景である。
記者会見のやりとりを見ていたお母さんは、うっとりしながら語り始めた。
「京子も良くんと、いつかこうして結婚するのかしらね・・・」
良くんとは、私の幼なじみの逆火良くんの事である。私は良くんと、いま住んでる住宅地でずっと一緒に育ってきた。
「良くんはただの幼なじみだから、そんなことは無いわよ」
私が否定すると、お母さんは飲んでいたコーヒーをテーブルにコトっと置く。
「でも良くんが京子と同じ高校に進学したのは、京子を1人にさせたくなかったからって聞いたわよ。彼のご両親は反対だったらしいじゃない、もっと偏差値の高い学校に行けって。それって、それだけ京子を大事に想ってるってことじゃない?」
そう、幼なじみの良くんは私のことを何よりも心配してくれる。家族同士でもお互いを傷つけ合うこの時代に、どうして私をそこまで想ってくれるのか、ときどき不思議に思うときがある。
「自分の事をそれだけ想ってくれる人がいるなんて、お母さん羨ましいわ・・・」
テレビを見ながらお母さんは再びうっとりする。が、何かを思い出したらしく急に不機嫌になる。
「それに比べてうちのバカ亭主ときたら!家のこと全部あたしに押し付けて、あたしの事もう2年もほったらかしにしてんだから!あぁ腹立つ!」
お母さんは怒りのあまり、テーブルを思いっきりぶっ叩いた。その衝撃で飲んでいたホットコーヒーが倒れ、叩いた手に中身が丸ごとかかる。
「あちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!」
はぁ・・・。これが自分の母親だと思うと、何だか情けなくなる・・・。
それにしてもお父さんもお父さんだ。どうして2年も家に帰ってくれないんだろう。出張であるなら、どんなに遠くても年に何回かは帰って来れるはずである。外国とかに単身赴任してるんだろうか。だとしたら何の仕事してんだろ。そういやその辺の話をあまりしたこと無かったな。こんどするべ。
お母さんは涙目で自分の手をフーフーと冷ましたあと、顔をすぐにハッとさせた。
「そうだ!それより京子、時間は大丈夫なの?良くんと同じバスに乗るんでしょ?」
「あ、ほんと!もうこんな時間!」
壁にかけている時計を見ると、バスの来る時間まであと数分と差し迫っていた。私はテーブルの上に置いてあるお弁当を鞄に入れ、急いで家の玄関で靴を履く。おっと。出る前に玄関の鏡で髪をチェックしとくか。
長方形の大きな鏡に私の全身が映る。
うむ。今日もプリチーなお顔じゃ。髪の毛は・・・よし、乱れておらんな。青い制服のリボンもなかなか決まっとるわい。
「それじゃ、お母さん行ってくるね!」
私は元気いっぱいに声を張り上げ、玄関のドアノブに手をかける。
「キー!まだイチャついてんのこの2人!っとに憎たらしい!」
何か奥で聞こえた気がしたが、気にせんでおこう・・・。




