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「ダウンロード型・・・ヒューマノイド・・・?」
聞いたことの無い単語である。名前からするとロボットのような感じがするが、それとは違うのだろうか。
この得体の知れない人物は、良くんにそっくりな声で説明し出す。
「俺は電子回路を伝ってこの世界に送り込まれた。良によってな」
「え・・・?良くんがあなたをここへ送った・・・?ってことはつまり、良くんはまだ生きてるってこと?」
彼はコクリと小さくうなづく。それを聞いてホッとする。
「そうなんだ、良くんは生きてるんだ。よかった・・・」
ということは、さっき聞こえてきた声はやっぱり良くんのものだったのか。彼はどこかで私に呼びかけていたわけである。でもどこから聞こえてきたんだろ、あの声?
「ねぇ、良くんはどこにいるの?彼、さっき私の耳元で近くにいるって言ってたの。今もすぐ近くにいるの?」
「いや、良はここにはいない。彼はどこか別の空間をさまよっている」
「別の空間?・・・それってどこにあるの?」
ダウンロード型ヒューマノイドは困った顔をする。
「正確な場所は俺にもわからない・・・。だが少なくとも、京子ちゃんのいるこの世界ではない。どれぐらい距離が離れているのかは把握できないが・・・おそらくそこへ行くのは不可能だろう」
「そんな・・・。それじゃあ良くんにはもう会うことはできないの?」
彼はその問いには答えず、黙り込んでしまった。おそらく、そうなのだろう・・・。
彼が言ってる事が本当であるなら、私はもう良くんに2度と会うことはできないのだろうか。
でも一つ疑問に思うことがある。
「じゃあ何で私はさっき良くんと会話ができたの?この世界に良くんがいないなら、彼と話すことなんかできないはずでしょ?どうして?」
「良と話すことができたのは、京子ちゃんの想念が信号となって電子回路を伝っていき、良のいる場所へ送信されたからだ」
「私の想念が・・・送信された・・・?」
「そうだ。良は京子ちゃんの想念を向こうの世界でキャッチし、今度は逆に京子ちゃんに向けてそれを送り返した。その結果、京子ちゃんは良の想念を受信し、それが耳元で声となって届いたんだ」
まるでテレパシーみたいな話である。私と良くんは、そんな超能力のようなやりとりができるのか。
そういえば良くんのことを想ったときに、どれも声が聞こえてきた気がする。なるほど。そういうことだったのか・・・。想念を送ってくるとは、良くんもなかなか粋なことをしおるわい。
「それじゃ、あなたは良くんの想念ってこと?」
「そういうことになる。俺は良の、京子ちゃんを助けようとする強い想いが形になったものだ」
なるほど。うーむ・・・。なんとも奇妙な話である。
「ちょっとあんたたち!いつまでしゃべってる気!?さっさとあたしをここから下ろしなさい!」
空中に浮かびっぱなしの凶暴女が、足をバタつかせて怒鳴り散らす。
そうだった。話に夢中になってて彼女の存在をすっかり忘れてた。
「由美ちゃん、悪いけどちょっと黙っててもらえる?いま大事な話をしてるんだから」
「くっ・・・!なによ偉そうに!ちんちくりんのクセして!覚えてなさい京子ちゃん、あなたあとでただじゃおかないから!」
そう言って彼女はくやしそうに唇を噛む。その場所からじゃ私を蹴飛ばしたくてもどうすることもできないらしい。ふん・・・いい気味じゃわい。
隣りにいたダウンロード型ヒューマノイドは私に声をかける。
「京子ちゃん。学校まで一緒に付いて行くがいいか?俺が一緒に行動すれば、きっと向こうの世界にいる良も安心することだろう」
「良くんが・・・?」
「ああ」
よく死んだ人がこの世から去ってしまっても、どこかで自分のことを見守っててくれてるような話を聞いたことがあるが、何だか彼の言っていることはそれに似ている気がする・・・。
「初対面のやつにそんなこと言われても迷惑だよな・・・京子・・・?」
突然、話を割って入るように聞き覚えのあるセリフが割り込んでくる。
「だ、誰?」
声のした天井を見上げると、頭上にモヤモヤと黒い霧がかかる。排気ガスのような霧は駅の構内をどんどん広がっていき、あたり一面を闇で覆っていく。
「な・・・何これ?」
黒い霧をぼんやり見ていると、霧の中から見たことのない化け物が現れ、空中にフワフワと浮かぶ。
手には厚い手袋。頭には溶接マスク。服はボロボロになった白衣。その格好はまるで研究所の科学者のように見えた。
顔は土色をしており、まるでゾンビのようである。何となくあの映画館で出会った山田悪夫に似ている気がする。でもあいつは確か良くんと一緒に消滅したはず・・・。
「あ、頭が・・・痛い・・・!」
空中に浮かんでいる由美ちゃんが、急に頭を抱えて苦しみ出す。
「そうか・・・!あんたね!?この頭痛の原因は!」
彼女は痛みをこらえながら、溶接マスクの怪物に向かって怒鳴り散らす。
「由美ちゃん、どういうこと?」
私が尋ねると、彼女はもの凄い形相で空中をフワフワ浮いてる怪物を睨みつける。
「こいつのせいよ!昨日あたしの頭が痛くなったのは!ずっとこいつはあたしの近くにいたのよ!ずっとずっと・・・!何なのあんた!?何であたしにまとわりつくの!誰なのよあんたは!」
怪物はまったく動じることなくニタニタと笑う。
「俺の名はDr.ボマー」
由美ちゃんは眉をひそめる。
「ど、どくたーぼまー?い、いったい何なの。ワケがわからないわ・・・」
Dr.ボマーと名乗る怪物は、フワフワと空中を浮遊しながら続ける。
「頭が痛い・・・」
かき氷を食べたように私の頭も急にキーン・・・と耳鳴りがして頭痛もしてくる。全身を悪寒のようなものが走る。まるで心霊スポットで悪霊が出てきたような感覚である。
溶接マスクの怪物はゆっくりと由美ちゃんの方へ接近する。
「ちょ、ちょっと近づかないで!気持ち悪い!こっちに来ないで!」
由美ちゃんは害虫でも相手にするかのように、必死にこの気味の悪い悪魔を手で追い払おうとする。
しかし彼女の手はDr.ボマーに触れてもスカスカと空振るだけで、まったく触れることができない。
「な、なんで触れられないの!?」
青ざめる由美ちゃんを無視して、怪物は彼女に大声を張り上げる。
「由美、京子を殺せ!そのためのパワーを俺が与えてやる!」
Dr.ボマーは由美ちゃんの体内にスッと入って消えてしまった。
「ぐぇええぇえええぇえぇえええ!」
奇声を上げながら由美ちゃんは目を血走らせて激しい嘔吐をし、ビチャビチャと唾液を地面に落とす。
「う・・・うぉ・・・ぐ・・・ぐぐっ・・・」
しばらく彼女は頭を抱えて苦痛に顔を歪ませていたが、カクっと頭を垂れて急に大人しくなった。
「ゆ・・・由美ちゃん・・・?」
声をかけても、空中でぐったりしている由美ちゃんはまったく返事をしない。どうやら意識を失っているようである。
「ね、ねえ。由美ちゃんは・・・どうしたの?」
隣りで一緒になって顛末を見ていたダウンロード型ヒューマノイドに聞いてみる。
「待て」
彼は冷静に由美ちゃんを見続けている。どうやら彼女を警戒しているようだ。
「見てみろ」
彼は由美ちゃんを指さす。
ぐったりとうな垂れている彼女の方をもう一度見ると、由美ちゃんの体は突然ピクッピクッと動き出す。
その動きはだんだん活発になっていき、やがて由美ちゃんの体はガムのようにグニャグニャと伸び縮みし始めた。どうなっとるんだこりゃ・・・。
このグニャグニャしたガムは伸縮を繰り返しながら徐々に形を整えていき、やがてボーリングの玉と同じぐらいの大きさの黒いボールになった。
ボールとなってしまった由美ちゃんは、言葉をいっさい発しなくなってしまった。いや、すでにこのボールは由美ちゃんではないのかもしれない。
この気味の悪いボールはゆっくりと上昇していき、構内の天井にくっつく。すると黒いボールはズブズブと天井の中に入っていく。やがてボールは完全にその姿を消してしまった。
由美ちゃんが消えたあと天井は元の平らな状態に戻り、駅のホームは再び静けさを取り戻した。




