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花見台京子編

「うおぉおぉおおぉおおお!夢なら覚めろこんちくしょおぉおぉおおおお!」

 月明かりが降り注ぐ真夜中の森の中を、奇声を上げながら全力疾走する1人の不思議少女―――――、それが私である。

 自分で不思議少女とか言うなとお叱りを受けるかもしれませんが、冗談を言ってる状況ではないのである。本当に自分がどうしてこんな事になっているのか、皆目検討がつかないのである。

 白いワンピース姿で肩までかかる青い髪を振り乱しながら、私は必死に『あるモノ』から逃げ続けていた。

 樹海のような深い深い森の中を当ても無く走り続けてから、もうかれこれ数分が経つ。息も切れてきた。裸足だから足の裏が痛い。そろそろギブアップしたい。そうすればすぐに楽になれるのだ。でも・・・。

 チラッと後ろを振り返る。

 ・・・いる。

 さっきから一定の速度を保ち、黒服の男が私のあとを執拗に追ってきている。暗いのでハッキリとその姿は確認できない。だが手に赤色に光る武器のようなものを持ってる事ぐらいはここからでも視認できる。とても友好的な相手とは思えない。

 フレンドリーに笑顔で握手を求めてもブッ飛ばされて鼻血を垂れ流しながら悶絶するのがオチだ。こんな山奥の人里離れた森の中である。いったいその治療費は誰が払ってくれるというのだ。

 そもそも、あいつは一体何者なんだろうか?追ってくる理由がさっぱりわからん。もしかして何かの集金の人じゃなかろうか。じつはレンタルビデオ返し忘れててそれの回収をしに来たとか。

 おそらくこれは夢なんだろうと思う。思うのだが、確信を持てない以上は捕まる訳にはいかない。とにかくどこまでも逃げ続けて、あの男を振り切るのだ。そうだ、振り切ってしまえばいいのだ。そうすればこの勝負は私に軍配が上がる。

 昔よくやった鬼ごっこでは私はいつも最後まで捕まらなかった。鬼ごっこは私の得意分野である。これを取ったら私にはもう汗臭さしか残らない。ここですぐ捕まって死んでしまったら、おそらくここまで読んだ人は私の事をよく喋る汗臭い発酵性のメス豚として語り継いでいく事だろう。

 そんなの嫌だ。だからまだ死ぬ訳にはいかない。それに私にはまだやりたい事がたくさんあるのだ。こんなとこで終わってたまるか!

 鬱葱と茂った木々や植物を掻き分け、デコボコした土の上を走っていく。走っている途中、地面から急にボコッ!と飛び出した木の根っこに躓く。

「わっ!」

 加速しまくったのでその根っこを避ける暇など無い。足が引っかかって勢いよく前のめりに倒れる。

「いったー・・・」

 完全に油断した。まさか木の根っこ如きに足を引っ掛けられるとは思わなかった。・・・何とも屈辱的である。

 やはりこれは夢の中なのだろう。木の根っこが動くなんて現実にはありえない事だ。だが夢であるにも関わらず、どういう訳か膝が痛い。多分さっきの転倒の際、地面で擦ったらしい。 

 痛みの感じる右膝を見ると軽く出血している。包帯でも巻きたいところだが生憎何も持ち合わせてない。 しかも今の私にはそんな悠長な事をしてる時間的余裕がまったく無いのである。転んでいる間にも、あのワケの分からん追っ手はどんどん近づいてきている。のんびり痛がっている場合ではない。

 私は痛いのを我慢して立ち上がり、再び森の中を走り出そうとする。

「!?」

 ある事を察知し、私は近くの木にしがみつき、次の1歩を踏み止まる。

 何と目の前には崖。森はここで終わっている。

「行き止まり、か・・・」

 木にしがみ付きながら、恐る恐る崖の下を覗き込んでみる。文字通りの断崖絶壁である。落っこちたら地面まで数百メートル、飛び込めば確実に死ぬ。さっきそこで倒れてなかったら、気づかないままこの崖に転落してたに違いない。

 ふと、私はさっき足に引っ掛かった木の根っこが、もしかしたら自分を助けてくれたのではないかと思い返す。だがそんな事あるはずが無い。あの木の根っこと面識は無い。お互い初対面のはずである。

 ガサッ、ガサッ、と背後から音が聞こえる。私は音が聞こえた森の奥へ目を向ける。私が走ってきた方向の茂みから、さっきの黒服の男がゆっくり近づいており、距離を縮めてきている。

 この場を離れてもう1度逃げようと思ったが、もうこれ以上は逃げることができない。どうしたらいいんだ・・・!

 そのとき崖の真上に虹色に輝くキラキラと光る直系5メートル程の異空間が瞬時に現れる。異空間は球体で、宙に浮かんで静止している。

≪この中に飛び込め!≫

 光の空間が私に話しかける。私は突然のことで頭が混乱する。

「え・・・、だ、誰がしゃべったの?」

 キョロキョロと辺りを見回すが誰もいない。いるのは例の黒服の男だけだ。私の問いかけを無視して光は答える。

≪この中に入れば逃げられる。早く飛び込めっ!≫

「と、飛び込めって、この中に?」

≪そうだ、モタモタするなっ!相手は待ってはくれないぞ!急げ!≫

 光の声はさっきよりも強く確信を持って言ってくる。この謎の異空間は後ろの男の正体を知ってるのだろうか。この光の中に入れば、本当に私は助かるのだろうか?それとも、これは何かの罠なのだろうか?

 状況がよく飲み込めない私には、何を信じればいいのか明確な答えを出すことができない。

 それだけではない。この空間に飛び込んでうまく中に入れなければ谷底へ真っ逆さまである。運動神経の大して無い私にうまく飛べる自信は無い・・・。どうしてもこの光の中に飛び込むのを躊躇してしまう。

 だがそんな事をグズグズと考えている間にも、あの正体不明の黒服の男は茂みを掻き分けながら奇妙な光る武器を持ってどんどん私の方へ近づいてくる。男はもうすぐそこだ。このままでは捕まってしまう。

 捕まったら、私は殺されるのだろうか?それともどこかに連れて行かれて拷問でも受けるのだろうか?・・・どちらも嫌だ。

 私に選択肢は残されていない。となると腹は決まった、答えは1つだ。

「ええい!もうどうにでもなれっ!」

 破れかぶれで崖から思い切りジャンプし、宙に浮かぶ光の空間の中へ飛び込む。

 届くか届かないかのギリギリのところで私は空間の中へ入ることに成功した。私が入ったあと、すぐに空間の入り口は小さくなって閉じてしまう。

 森の中に残された、あの黒服の男は私が今さっきいた崖のギリギリの場所まで来ており、こちらを見つめたままその場に立ち尽くす。

 これで捕まることは無くなった。もう安全である・・・。

 と思ったのが甘かった。

 私が飛び込んだ光の中はグニャグニャとした目の回るような幾何学模様の世界で、私はその気が狂いそうな異世界の中でどんどん急降下していく。

 バタバタと両手両足を動かして必死に抵抗するが浮くはずも無く、重力に負けてそのまま真っ逆さまに落ちていく。

「のわぁああぁあああああああああ!結局落ちるのかあぁああぁあああああっ!」

 これじゃあ崖に落ちるのと大して変わらん!

 私は超スピードで中央のグルグルした渦の中へ吸い込まれる。渦の中はブラックホールのように真っ暗で、中に入った途端、意識が遠のいていく。

 私はこのまま、どこへ消えてしまうのだろうか・・・?

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