表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親愛なる召喚士へ ~世界を越える魔法〜  作者: asahi
第二章 切なる願いは雪となりて
18/34

18.山頂にて

18.山頂にて


 廃坑となった洞窟の中は、集められた木材の上で燃え盛っている炎に照らされて、橙色に染まっていた。

 炎の明かりはその側に座る二人に影を落とし、影は洞窟の壁や天井でゆらゆらと優しく揺らめいている。


 イオンは、座ったまま眠りに落ちたノエルを横目に見ながら、乳白色半透明で卵形の石――ジーズの石を見つめていた。


 結局、ポルカの返事はまだない。しかしジーズやジンは呼び掛けに応えてくれた。

 ということは、この地域を守護域とする精霊だけ、何か異変が起こっているのかもしれない。


 ポルカは、精霊として生を受けて日が浅いように感じる。それだけに心配だった。


 イオンは立ち上がり、膝に掛けていた外套をノエルの肩に掛けた。


 ノエルは結局五枚の干し肉を平らげ、その後すぐ、吸い込まれるように再び眠ってしまった。


 ふと、イオンは初めて、ノエル自身をまじまじと見ていることに気づいた。


 女の子らしい低い背丈に華奢な体躯、背丈と同じくらいの杖を抱えるその腕はか細い。複数枚の外套で吹雪から守っていた肌は白く澄み切り、癖のないさらさらの髪は湖面の照り返しを思わせる銀色をしている。


 ノエルは気が強い物言いのため感じにくいが、総じて儚げな印象のある容姿をしていた。

 口を開かなければ品のある子だと思うのだが、残念だがこれの性格につける薬はないだろう。


 大きく口を開いた廃坑の入り口からは、外の大吹雪がよく見える。

 入り口付近にはノエルが描いた風除けの方陣があり、そのお陰で吹雪は洞窟の中へは入って来ない。


 しかし、横薙ぎに流れていく雪を見ているだけで十分に寒気がした。外は昼夜の判断がつかないほど暗くなっており、いつここを出ても視界の悪さは変わらないだろう。

 体力さえ回復すれば山登りを再開するのだが、予想以上に体力の消耗が激しかった。


 ジーズは、目的の場所まで俺らを送り届けることも可能だと言った。

 ジーズほどの大きな精霊ともなれば、人間ほどの質量をもつ物体を別の場所に転移させるという大掛かりなこともできるというのか。


 人が使う魔法は、せいぜい物を浮かすことはできても、動物に翼を生やしたりするなんてことはできない。場所の転移なんて大規模なものに使う魔力は、一体どれほどのものとなってしまうのか。計り知れない。


「生かすも殺すも、全てあいつ次第か」


 イオンは石を見つめながら、ひとりごちた。

 ジーズ自身の意志で人を好きな場所に転移させることができるということは、深海の底や溶岩溜まりの上に人を飛ばすことができるということと同じ。契約主が少しでも誓いを破れば、いつでもその者を葬れるということだ。


 イオンは生きている心地がしなかった。

 胸に手を当てると、衣服越しにでも力強い心臓の拍動を感じることができる。しかし、それは自分のものではない、誰かのものように思えた。

 自分ではなく、ジーズによって動かされているかのような気分だった。


 だが、まだ死ぬわけにはいかない。果たしたいことがまだ残っているのだから。故郷のみんなや、エア達のため、何より自分のために、果たさなくちゃいけないことが。


 旅の目的は今でも、誰にもまだ話せない。

 いや、話すべきじゃない。

 これは、確信し、納得し、可能(・・)だと判断できた時、初めて話すことができるものだ。


 …でも、いつまで話さずにいられるだろう。


 エアやアトモに隠し事をするというのは、初めは少しばかりの罪悪感で済んでいた。


 村を離れ、エアから届く手紙を通じてしか、ほとんどお互いの話を聞かなくなった。


 そしてそれを積み重ねるごとに、最初は豆粒ほどの大きさだった罪悪感は、坂を転げ落ちる雪玉のごとく段々と巨大に、重く心にのしかかるようになっていた。


 秘匿する罪悪感に押し潰されるくらいなら、いっそ話してしまった方が楽なのかもしれない。そんなふうに考えたことは数知れないほどあった。

 しかしその度に、旅の目的を明かしてしまうことで、エアやアトモという最愛の友人や、故郷を失うかもしれないという恐怖にかられ、踏み止まってきた。


 そして何より、ジーズの期待を裏切ることになるのが恐かった。


「イオンさん。顔が険しすぎて見てらんないことになってますよ」


 考え事に耽っていたイオンは、突然すぐ横で聞こえたその声に飛び上がった。いつの間にかノエルが側に来ていた。


「助けていただいてありがとうございます。ですが、一応聞きたいことが。私が幸せな眠りに入っている間、変な気は起こしてないですよね」


 頭ひとつ小さいノエルは、下から見上げるようにイオンを睨んでいた。


「よく見たら美人だな、とは思ったけど、特に何もしてないよ。本当だ」


 イオンは笑いながら冗談めかして言ったつもりだったが、ノエルは真面目に受け取ってしまったようだった。ノエルの白い頬は炎に照らされて橙色に染まっていたが、それでも分かるぐらいに頬が赤くなった。


「そういう言葉は、いつも読んでる手紙の相手に対して言うもんです。馬鹿ですか」


 ノエルはそう言うと、そっぽを向いて火の元に戻っていく。イオンはノエルの言葉にはっとして言った。


「おい。もしかして俺の手紙読んだのか!?」

「読んでませんよ。手紙を読んでるイオンさんは、いつもその間だけすごく優しい顔をするので、邪推してたんです。今のはカマをかけてみただけですよ」

「お前な…」

「イオンさん。人に興味ないとか言いつつ、気のある素振りとかいきなり褒めたりするのは止めた方がいいですよ。ロクなことになりませんから」

「何のことだ?」

「…。まさか、さっきの台詞は素で言ったんですか。余計にタチ悪いですね」


 ノエルは杖を手に取り、外套をしっかりと身体に巻き付けるようにして着込んだ。


「私はもう大丈夫です。行きましょう」


 イオンは頷き、同じように支度を整えた。そして、二人揃って吹雪の中へと歩き出した。


 ※


 度々小休止を挟みつつ、ゆっくりと山を登っていく。底が見えないほど深淵なクレバスや、氷が柱のように連なっている洞窟を次々と越えていった。幸いなことに、荒れ狂っていた吹雪は登るに連れて穏やかになり、雲もだんだんと薄くなっているようだ。


「イオンさん…。そろそろ、休みませんか」

「わかった」


 イオンは立ち止まり、振り返ってノエルを待った。ノエルはぼんやりとした目でイオンを見ていたが、突然不機嫌そうな顔になり、立ち止まらずにイオンの横をそのまま通り過ぎていった。


「お、おい、ノエル。どうした?」

「やっぱりいいです。進みましょう」

「疲れたんじゃないのか」

「休憩する時、いつも私が先に声を掛けてるな、と思ったらなんだか悔しくなりまして」

「無理は怪我の元だ。休みたいなら休んどけって」

「どのみちここは斜面が急で休憩場所には向きません。あそこが見えますか。あの辺りなら平坦なのでここよりはゆっくりできるかと。あの辺りまではこのまま行きましょう」

「まあ、お前がそう言うなら…」


 ノエルは雪を踏み締めながら、ずんずんと先へ進んでいく。ここまで過酷な道だったとは言え、ノエルはイオンに文字通りおんぶに抱っこになってしまっていたから、彼女なりに気負っているんだろう。

 それか、ノエルの性格からしたら、単純に負けず嫌いなだけかもしれないが。


 とにかく、我を通させ過ぎるとそのままクレバスに足を取られかねない足取りのため、しっかり見張っておかなきゃいけないな。


「きゃあっ!?」


 イオンは気を引き締めてすぐに、前方でノエルが前につんのめって雪に埋もれる瞬間を目撃した。何をか言わんや、である。


 ※


 ノエルが指し示した場所にたどり着くと、そこは丁度複数の低い峰が重なるような位置だった。


 辺りを見回すと、眼下に白い雲が薄く広い範囲で漂っているのが見える。

 空は高く蒼く、海と地上が逆になってしまったかのようだ。


 イオンがウラニル山の険しくも美しい景色を楽しんでいる間、ノエルは転んだ拍子に服の中に入り込んだ雪を悪態をつきながら払っていた。

 

 それを眺めながら、何の気もなしに外套を一枚脱いだ。ノエルがその行動に気づき、意地悪な笑みを浮かべた。


「なんだ。イオンさんも転んだんですね。二人そろってださいですね」

「え? いや、ちょっと暑いなと思って脱いだだけだけど」

「暑い? 寒さで頭おかしくなったんですか。ここは標高数千はある山の上ですよ?」


 イオンはその言葉を聞いて、違和感があることに気づいた。


 歩きっぱなしであったなら、身体が熱を持つのは当たり前だが、それにしても暑過ぎた。

 ノエルの言う通り、ここは冬の山の標高数千の位置だ。いくら運動して熱が出ているとは言え、外套を脱げる気温であるはずがない。


「まるで山の麓にいる時と同じような気温感覚だ。ノザントーレに来るまでに通った森の空気に似てるかもしれない」

「確かに、ちょっと暑いですね。あっちの方とか雪が溶けて山肌が剥き出しですし…。…あっ、イオンさん、見てください! あれ!」


 ノエルが更に山の上の方を指差した。イオンはその辺りをよく見た後、呆気に取られた。


「花が、咲いてる…」


 山の上に行くに連れて、雪が段々と溶けていくようなグラデーションが見え、更にその先では色鮮やかな花々がまとまって咲いているのが見えた。

 高い山は、登れば登るほど冠雪に覆われて植物の生えない景色ばかりになるのが普通だ。

 しかし、今目の前に広がっている景色は、その逆だった。二人は休憩という目的を忘れ、吸い込まれるかのように花の咲く場所へと走った。


 足元は雪から砂利道へと変わり、次第に芝の生える草原に移り、そして花畑へとやってきた。

 高いところで咲く種類の花なのかと思っていたが、どれも見たことがある、森に咲く花だらけだ。何故こんな場所にだけ群生しているのかは、謎だ。かなりの高さに登ってきた筈なのに、信じられない。


 状況を掴みきれずに困惑する二人の前を、小さな蝶がひらひらと飛んで行った。


「そうか。ここはきっと天国なんですよ。実は、本当の私たちは雪山のどこかでぶっ倒れて死んでいて、中身の私たちは天国に来ちゃったんじゃないですか」


 摩訶不思議な光景を眺めながら、妙に真剣な面持ちでノエルが言った。


「そんな訳あるか。ほら、ちゃんと痛いだろ」


 イオンは思い切りノエルの頬をつねった。


「いたたたた!? 痛い痛い! いきなり何するんですかこんにゃろう!」


 ノエルは叫んだ。

 その叫び声に反応するかのように、花畑の少し先の方で、一つの影が立ち上がった。それは全身を白い装束で包み、黒く長い髪の毛をした女性のように見えた。


「あっ! 雪女っ!」


ノエルはとっさに杖を構え、大きく振りかぶった。


「逃がさないわよ!」


 ノエルの杖の先についている紫水晶が光り輝いた。そして、辺りの草花を巻き上げて、一陣の旋風が巻き起こった。風は一直線に白装束の女性の元へと突っ走り、彼女に直撃した。女性は小さく悲鳴を上げ、その場に倒れこんだ。


「イオンさん、行きますよ!」


 ノエルは杖を構えながら女性の元へ走っていく。

 状況を飲み込めないイオンはとりあえず、先走ってとんでもないことをしでかしたノエルの後を急いで追うことしかできなかった。


 女性は苦しそうにその場で身じろぎしていた。手と足を何かで縛られてしまったかのように合わせており、その状態からうまく動かせなくなっているようだ。


「お前、方陣魔法以外の魔法使えたのか」

「ふふん。方陣魔法以外では、この繋縛けばくの魔法だけは何故か得意なんです。ただ、力の加減が全くできないので、やる時はいつも全力ですが」

「得意って言うのか、それ」


 女性は尚も苦しそうに顔を歪めている。そして、その容姿は雪女と呼ぶにはあまりにも実体的で、どこからどう見ても普通の人間だった。そして、ノエルの早とちりである場合は非常にまずいということを察した。


「な、なあ、ノエル。この魔法を――」

「おい! 今すぐその魔法を解くんだ!」


 イオンがノエルに話しかけようとしたその時、背後から男の声がした。イオンとノエルは咄嗟に振り返った。


「いきなり魔術で人を襲うなんて、なんて人達だ! 許さない!」


 背の高い青年だった。明るい茶色の髪の毛に、溌剌とした面構え。着崩したチョッキとズボンは、活動的な雰囲気を醸している。

 そして、青年は紺碧の魔法石を握りしめていた。


berettaベレッタ flatusフラタス!」


 青年が叫ぶと、青年の周りの草花が舞い上がり、風と一体になって渦を巻きながらイオン達へ一直線に襲い掛かってきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ