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親愛なる召喚士へ ~世界を越える魔法〜  作者: asahi
第二章 切なる願いは雪となりて
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17.ジーズ

17.ジーズ


 炭鉱跡の入り口は完全に雪で埋まっていて、とてもじゃないがそのまま入れそうにはなかった。


 炭鉱入り口を示す木組みのアーチや滑車台が放置されて朽ち果てており、積もった雪の下から顔を覗かせていた。


 ノエルは今や何も言わずにイオンの肩に顔を埋めており、時々話しかけて起きていることを確認しなければ、今にも寝てしまいそうだった。


 炭鉱入り口が全く見えないという残酷な現状をノエルに突きつけずに済んではいるが、これを解決しないと、共倒れという展開が現実になってしまう。

 だが、頼みの綱であるポルカは相変わらず応答がなく、水を媒体とするジンも、先程喚びかけてはみたものの「俺には何もできねぇ」と言われてしまった。


 正規の魔導士でないことがこんな形で仇になるとは。

 イオンは唇を噛み締めた。


 目的のためには、自分の体に魔術の力を宿す訳にはいかない。

 しかし、この世は魔法ありきで動いている。取り柄のない人間にとって、魔法が使えないというのは生きにくいことこの上ない。それは、旅をして知った世界の現実だった。


 旅を続けるためには、精霊の力に縋ってでも魔法を使えるようにしなければならなかった。幸い、変わった事情をもつ二人の精霊と契約を交わすことに成功したが、それでも並みの魔導士よりも遥かに劣る能力だ。

 魔法は、試練に耐えうる力として神より与えられる。

 それを持たない人間は、自然の力に屈服する他ない。

 イオンには、猛吹雪を二人の体に叩きつけ、雄々と聳えるウラニル山が、あたかもそう言っているように思えた。


 イオンは、最後の手段に打って出た。


 鞄から例の石を取り出し、深呼吸する。イオンは、ポルカを初めて喚んだ時よりも遥かに緊張していた。


「…。我が名はイオン・テールナー。この世全ての空を統べる天界の長たる精霊、ジーズよ。我が喚び声に応え給え」


 イオンが握る石が微かに輝いた。


 それは一瞬だった。

 横薙ぎに吹いていた雪が全て空に向かって舞い上がった。そして、山に覆いかぶさるように広がっていた灰色の雲から一条の光がまっすぐに差し込んだ。

 その光の道の上を、ひとつの巨大な何かが金色の光をあふれさせながら滑空して降りてくる。イオンはそれを眩しげに見上げ、畏怖と感動に包まれていた。


 金色の光は雪の上に降り立った。ふと気づけば、イオン達の周りの雪は止んでおり、穏やかな静寂が訪れていた。イオンは金色の光に向かって話しかけた。


「また、お目にかかれて光栄です、ジーズ様。本当に来てくれるとは…。夢のような心地です」



 イオン。わたしはにんげんをうらぎるつもりなどないと、そのいしをさずけたときに、いったではありませんか。



 海の王リヴァイアサンと会話をした時と同じように、ジーズは頭の中に響くような声で返事をした。



 かみはしぜんのりふじんさをりかいしておられる。そのために、まほうがあり、われわれせいれいがいるのですよ。

 


「…神が、そう言っておられるのですか」



 いいえ、イオン。われわれせいれいにも、かみのすがたをみたものはいません。ただひとつ、われわれはかみによってうみだされた、というでんせつだけがあるのみです。



「そうですか…」



 イオン。いまはそのことはもんだいではないはず。そのものをすくいたいのでしょう?

 そして、そのためにわたしをよんだのではないのですか。



「はい。今、私とノエルは雪山の猛威にさらされ、このままでは共に命を落としかねない危機にあります。ひいては、ジーズ様のお力で、そこの炭鉱跡の入り口を切り開いてはくれませんか」



 そんなことをせずとも、わたしのちからであれば、あなたたちがめざすばしょへすぐにとどけることもできますよ。そのほうが、よいのではないですか。



「そこまでジーズ様の力を借りる訳には参りません。目の前にある危機が除かれれば、それで良いのです」



 けんきょですね。…それも、あなたにとっては、むりのないことなのかもしれませんが。



「ジーズ様にお願いすることを決めた手前、覚悟はできております」



 イオン。あなたはかしこい。そのかぎりあるいのちのつかいかたには、とてもきょうみぶかいものがあります。こんかいも、そう。じぶんではないだれかのいのちを、じぶんのいのちをつかってたすけようとしている。まこと、しんじがたいことです。



「ノエルは大切な友人です。次の日にはどこかへ行っているかもしれない風来坊の私を、友として扱い、助けてくれる無二の人間です。そういう人を見捨ててしまっては、私はこれから先、生きてはいけないでしょう」



 おもしろい。じつにおもしろい。にんげんとはまこと、きょうみのつかないものです。…わかりました。それでは、のぞみのとおり、めのまえのききをとりはらいましょう。



 金色の光が更に眩く明るくなり、辺りは白に包まれた。光で視界が完全に眩まされるころ、イオンはほんのりと空気が暖かくなるのを感じた。

 それと同時に、背中で何かがうごめくのを感じた。

 顔を横に向けると、ノエルが顔を上げ、目を細めて前を向いているのが見えた。


「あ…」


 ノエルはそれだけ言うと、またイオンの肩に顔を埋めて静かになった。


「…ノエル?」


 イオンが喚びかけても、ノエルは身じろぎひとつしない。


「ノエル!? おい、しっかりしろ!」



 イオン。おちつきなさい。そのものはぶじですよ。ただ、ひどくつめたくなっています。ひのそばにしばらくおいてやれば、じきによくなるでしょう。



 金色の光が頭上で収束を始め、周りの景色が元に戻り始めた。そして、目の前では断崖に大きな口が開き、炭鉱跡への入り口が現れていた。



 イオン。わたしはあなたのいのちがあるかぎり、あなたとともにあります。それをわすれないでください



「ありがとうございます、ジーズ様…」



 あなたのかんがえるみちを、ただしいとおもったみちを、しんじてすすむのです。わたしには、それをみとどけるぎむがあり、それがあなたとのやくそくでもあるのですから。



 ジーズはそう言うと、瞬く間に灰色の空へと浮かび上がった。大きな塊だった金色の光は形を変え、長い尾羽と大きな翼を持った巨鳥となった。



 それでは、よいたびを…



 ジーズは巨大な翼をしならせ、厚い雲を突き破るように翔び去っていった。そして、今まで止まっていた時間が再び動き出したかのように、横薙ぎの吹雪が吹き荒れ始めた。

 イオンはノエルがまだしっかりと肩にもたれかかっていることを確かめると、駆け足で炭鉱跡を目指した。



 魔法を使わずに火を起こしたのは一体何年ぶりだろうか。


 修道院で魔法を使わずに火を起こす方法を学んだのが最後だとすると、実に十年と数年ぶりだろうか。それでも、方法とコツをしっかりと覚えているあたり、小さい頃の自分を褒めてやりたい気持ちになった。

 

 鍋で湯を沸かすのに使った枝切れの余りに火をつけて種火をつくり、炭鉱跡に転がっていた木材をかき集めて大きな炎へと育てた。

 その側で、ノエルが小さな寝息を立てて穏やかに寝ていた。

 息をする度に、毛布代わりにかけた外套が上下し、呼吸をして生きていることを確認できる。炎の明かりに照らされて分かりづらいが、その頬は雪山を歩いていた時よりもずいぶんと血色が良いようだ。


 イオンは鞄の中から干し肉を一切れ引っ張り出した。いつもなら餌をねだってユーリが側にやってくる筈だが、ノザントーレに入ってからはしばらく姿を見ていない。


 港町を出た時に飛ばした手紙を最後に、ユーリは戻ってきていなかった。

 今まで、どんなに遠く離れたところからエアへ手紙を書いて送っても、必ずユーリは返事を届けてくれた。それだけに深い信頼を持ってはいたが、それでも少しばかり心配だった。


 イオンが干し肉を火であぶりながらかじっていると、ノエルがのそりと起き上がった。そのままゆっくりと辺りを見渡したかと思うと、途端に驚いた顔で言った。


「なんですかここは。雪は降ってないし火がついてるし」

「炭鉱跡だよ。とりあえず、中継点には辿り着いた」

「私、もしかしてぶっ倒れてしまったんですか」

「いや、意識を失いかけてはいたけど、大丈夫だったよ」

「そうですか…」


 ノエルはぼんやりと炎を見つめた。イオンは手をつけてない残りの干し肉をひとつ、ノエルに手渡した。しかし、ノエルはそれを受け取ったのはいいものの、それを口にはせず、またぼんやりと炎を眺めた。


「…私、生まれて初めて、天使を見た気がします」

「天使?」

「神様がいないのなら、その神の使いである天使もいるわけがないと、そう思っていました。でも、イオンさんの背中でものすごく眠くなってしまった時、光り輝きながら舞い上がる天使を見たような気がしたんです。イオンさんは見なかったのですか?」

「俺は見てないよ。ひたすら、吹雪の中を歩いてたしな」

「そう、ですか…」


 干し肉を両手で握ったまま、ノエルは寂しそうな顔をした。


「精霊すら見たことがないのに、先に天使を見てしまうとは。私、いよいよ召喚術とは縁がないのかもしれません。そして、神や天使、幽霊といった類を信じてなかった自分を、恥じなければいけないのかもしれません…」


 ノエルはぼんやりとした表情のまま、小さく干し肉をかじり、もそもそと口を動かして、飲み込んだ。そして、次からは更に大きく口を開けて、半ば夢中になりながら干し肉を平らげていった。


「この干し肉、美味しいですね。どこのですか?」

「ヴェナスで出回ってたやつだから、南の方の肉かな」

「ノザントーレからほとんど出たことがない私にとっては、その台詞はなかなかに恨めしいものがありますね」

「ノザントーレは他国や北方地域のものばかり集まるからな。次にノザントーレに来る時は、たくさん持ってきてあげるよ。保存食だし、量があっても困らないしな」

「本当ですか。それはいいことを聞きました」


 ノエルは二つ目の干し肉を頬張りながら言った。


「…その、この調査が終わったら、パラケルスス先生の元へ戻るのですよね」

「そのつもりだ」

「次にノザントーレに来るのは、いつなんですか」

「それは分からないな。今回も、たまたま旅先の町でばったり先生に会って、ノザントーレの話を聞いたから来てみたわけだからな。そもそも次があるのかも分からない。…でも」


 ノエルが眉をしかめて不機嫌そうになったのを見つつ、イオンは付け加えるように言った。


「何かあれば手紙とかで報せてくれれば、きっとまたここに来るよ。でも、次にノザントーレへ来る時は、雪の降っていない、暖かい季節がいいかな」

「そうですか。なら、今度は特に長居とか調査とかせずに、山程の干し肉を置いていってくれるのを、首を長くしてお待ちしておりますね」


 ノエルは三つ目の干し肉を頬張りつつ、嬉しそうに言った。

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