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親愛なる召喚士へ ~世界を越える魔法〜  作者: asahi
第二章 切なる願いは雪となりて
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16.いざ、雪山へ

16.いざ、雪山へ


「そこまでして無謀な道を選ぶ理由がわかりません。こっちの道が良いに決まってます!」


 ノエルは寒さで頬を染めながら、珍しく声を大にして言った。


 イオンとノエルは、二晩ほど悩んで、ウラニル山攻略のための計画を立てた。


 急斜面の多いノザントーレ山系は、峰の間を縫って少しずつ山頂を目指す道が既に開拓されていて、通常はそれを辿ることになる。

 しかしノエルはそれだと雪崩に見舞われる可能性が高いからと言って、峰を辿っていくルートを勧めた。イオンもそれに賛同し、計画自体も地元民であるノエルの案に大体準じたものになったのだが。


「まさかこんなに早く雪崩が起きるとはな」


 イオンは横から叩きつけるように巻き上がって来る吹雪に目を細めつつ、目の前に横たわる巨大な雪塊の山を呆然と眺めた。


「風が強いのは、気圧の差が狭い範囲で大きいからだろうな…」

「イオンさん、聞いてますか!? 冷静に分析してないで、代わりのルートを考えてくださいよ!」


 風が強いせいで、イオンもノエルも頭をすっぽりとフードで覆っているため、声が聴こえ辛くなっている。ノエルは自分の声がイオンに届いていないと思っているのか、いつもより声が大きい。


 イオンは代わりのルートを考えていないわけでは無かったが、それよりも予想以上に険しい道程になってしまったことに驚きを隠せないでいた。

 

 前にこの山を登った時も冬期間だった。その時もこんなふうに雪が横薙ぎで吹いていたが、道や景色が大きく変わるような事態にはならなかった。

 まるで、山が人の侵入を拒んでいるかのようだ。


「雪崩が起きている音がする。できるだけ峰の間に入らないようにルートを変えよう」


 イオンも少し声を大にして言った。ノエルはそれを聞いて頷いた。

 二人は膝小僧まで埋まるような深さの雪をかき分けつつ、少しずつ山の斜面を登り始めた。山の頂は灰色の雲に覆われて全く見えない。

 果たしてたどり着けるのかどうか、早くも意志が挫けそうになっていた。


 ふと、この天気とこの道を、エアも辿ることになるということに気がついた。

 エアの旅には護衛が付いているというが、この障害に対して騎士団の鉄製の剣と盾、そして全身の鎧は全くの逆効果だろう。何の意味も成さない。大丈夫なんだろうか…。


「…イオンさん。ぶっちゃけもう疲れました」


 遂にノエルが根を上げた。勝ち気な彼女に弱音を吐かせるこの山は、それほどに過酷だった。


「すこし休憩しよう。俺が火を焚くから、風除けを頼む」

「この雪原のどこに方陣を描けというんですか。描いた瞬間かき消されるのがオチです。無茶言わないでください」

「俺が魔法の火で一時的に俺らの周りの雪を一気に溶かす。それで、現れた地面にさっと描いてくれよ」

「さっと、って。方陣を何だと思ってるんですか。正確さを欠く方陣は暴発の元ですよ?」

「ノエルの得意分野じゃないか」

「私の方陣は暴発なんかしません!」

「その前だ。早く描くの得意だって言ってたろ」

「そっちですか。…わかりました。やってみます」


 ノエルは毛糸の手袋をした手で魔法杖を握り、姿勢を低くした。


「いつでもいいですよ」


 イオンは頷き、足元に手をかざした。


「いくぞ…。polcaポルカ ignataイグナータ!」


 イオンは叫んだ。

 しかし、何も起こらなかった。雪が吹きすさぶ音がフードの中でこだまし、余計に寒さを感じる。イオンは何回か同じことを試みたが、結局、炎を生じることはできなかった。


「…インチキ魔導士」


 ノエルが背後でぼそっと呟くのが聞こえたが、イオンは言い返すことが出来なかった。


「おかしいな。ポルカ、聞こえるか? ポルカ?」


 イオンは乳白色卵形の石を鞄から取り出し、ポルカに呼びかけた。しかし、ポルカはイオンの声に応えなかった。町中で話しかけたときはすぐに来てくれたのに、どうしたのだ。


「仕方ないですね。まだ遠いですが、しばらく行けばノザントーレの鉱夫達が昔使っていた炭鉱跡があります。落盤して奥へは行けなくなりましたが、一時的な宿にはなるかと」

「すまない。とりあえずそれを当面の目標にしよう」


 イオンは悔しそうに足元の雪を蹴飛ばすと、石を鞄にねじ込み、そのまま雪を掻き分けて前進した。





 足の先、手の先、耳…と、少しずつ感覚が無くなっていくのが分かる。指先の血液が管の中で棘だらけのシャーベットになってしまったかのようだ。四肢の末端で鈍い痛みがしばらく続き、それを通り過ぎて感覚が無くなり今に至る。

 

 ノエルは一言も発せずに黙々と雪の中を突き進んではいるが、たまにふらふらと左右に転びそうになっていた。

 その度に杖を雪に突き立てて踏ん張ってはいるが、その様子は老婆さながらだった。

 

 ウラニル山の何分の一を登ったのだろうか。


 振り返ると、木が辛うじて生えている平野が遥か下方に見えた。そこそこの高さまでは来ているのだろう。

 それはいくらか励みにはなったものの、灰色の天井が遥か上方にあるのを見てしまうとため息が出た。


 昔から、忍耐と体力には自信がある方だった。


 自分が小さい頃は、無謀な挑戦や遊びを繰り返す癖があり、それは今でも形を変えて脈々と受け継がれている。思い返せば、コレット村の教会の座席を魔法で壊しては司祭に怒られていたな。


polcaポルカ ignataイグナータ


 応答のこない呪文を何度か繰り返す。相変わらず、石の反応はなかった。

 ポルカはどうしてしまったのだろうか。


 魔法石や杖を用いる魔術、方陣術と、精霊を介する召喚術が異なる点は、精霊からの応答がないと魔法が使えないということも重要になる。


 契約を行った精霊の召喚は、その精霊を表す言葉、そしてそれを伝える音の両方を合わせて楔とする。

 人間が用いている意思疎通の手段である"声"は、その両方を満たす便利な手段であり、一般にこれを呪文とか、祈祷とか呼んだりする。


 しかし、言葉が不正確だったり、音が出せなかったりすると召喚はできなくなる。言葉と音、両方が合わさって初めて成立するのだ。


 もしかしたら、この大吹雪のせいで、その条件が満たされてないのかもしれない。吹雪の音と、寒さでかじかんだ唇のせいで、自分の声を聞くことすらままならないこともあり、その可能性は十分ある。


 炭鉱跡にたどり着くまでは分からないが、着いたらすぐにでも召喚のやり直しを試そう。


「イオンさん…。疲れたのでここでしばらく寝てていいですか…」

「馬鹿言うな。死ぬぞ」


 ノエルの体はふらふらと左右に揺られてはいるが、まだ辛うじて前に進んではいた。しかし、防寒用のフードとマフラーの間から覗いている目はとても細く、本当に眠そうに見える。

 ふらつきながらも歩いてくるノエルをしばらく見ていたイオンは、一旦立ち止まり、ノエルとの距離を縮めた。


「大丈夫か、ノエル」

「大丈夫です。まだ歩けます。弱々しく見えるからって、変な気を起こさないで下さい…」

「言ってる場合か。…お前、浮かしの魔法、描けるか」


 ノエルは細くなっている目をさらに細めて訝しんだ。


「ナメないで下さい。そんなのお茶の子さいさいです…」

「それならよかった。今からインクを渡すから、それで方陣を描いてくれ」

「どこにですか…?」

「俺の背中だ」


 イオンは鞄から、いつも手紙を描くのに使っているインク瓶をノエルに手渡した。


「ペンより、指を浸して使った方が早いです」


 鞄から羽ペンを出そうとしていたイオンに、ノエルはそう言った。そして瓶の蓋を開け、本当に左手の人差し指をインクに浸した。


「それで、何をしようと言うんですか…?」

「炭鉱跡までお前をおぶる」

「えっ!?」


 ノエルは一瞬だけ疲れていることを忘れて大声を出し、イオンから一歩遠ざかった。しかし、すぐにまたふらふらとし始めた。ノエルは自分のその足を恨むかのように見つめると、その目を今度はイオンに向けた。


「本当に変な気を起こしているとは…。正直引きます…。ですが、私が足手まといなのは事実のようですね…」

「そこまでは言ってない。ただ、このままだと二人で共倒れになる。それだけは避けたい」

「なら、私を置いていけばいいじゃないですか」

「こんなことでノエルに死なれて、先生に怒られるのは嫌だからな」


 少し前にノエルに言われたことを、お返しとばかりに言う。ノエルはしばらく黙っていたが、ようやくイオンに近づいて、その背中に人差し指を立てた。

 ノエルの指が背中をなぞる感覚が微かに伝わってくる。分厚い外套の外からでも、指が震えているのがよく分かる。ノエルはあまり言葉による態度には出さないが、体はもう限界のようだった。


「できましたよ」

「よし、じゃあほら。俺の首に腕を回して」


 イオンは少し前かがみになって、ノエルを迎えようとする。しかしノエルは動かなかった。


「どうした?」

「その…。見たことはあるんですが、人の背中におぶさるということを、実際にしたことがないので…。腕を回せと言われても、どうしたらいいのか、わかりません」


 意外な答えに少し戸惑う。上手い説明が思いつかず、結局、身振り手振りで教えた。


「こう、ですか…?」

「うっ。…そこは、だめ。息が、苦しい」

「す、すみません。これでいいですか…」

「それなら大丈夫。よし、いくぞ」

「うわ…」


 ノエルの腕がしっかり掴まっていることを確認すると、イオンはゆっくりと立ち上がった。

 すると、ノエルの体がふわりと宙に浮いた。ノエルは慌てて腕に力を込め、イオンから離れないようにしがみついた。

 まるで吹雪に煽られるマントのように、ノエルはイオンの背中でふわふわと上下した。腕を離せば、そのまま突風に乗って飛んでいってしまいそうだ。


「しっかり掴まってろよ」

「…。はい…」


 ノエルは小さい声で返事をした。憎まれ口しか叩かないノエルにしては素直な返事だ。少々気味が悪い気持ちもしたが、それほどに疲弊しているのかもしれない。

 半ば無理やり雪山にノエルを連れてきた手前、後ろめたい気持ちで胸が苦しかった。彼女の体力的に、のんびり行くわけにはいかない。先を急ごう。

 

 イオンは雪を割く足により一層力を込め、雪の霧の奥に微かに見える断崖の壁を目指して前進した。

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