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親愛なる召喚士へ ~世界を越える魔法〜  作者: asahi
第二章 切なる願いは雪となりて
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13.再びノザントーレへ

13.再びノザントーレへ


 ヴェナスの北に延びる森をひたすら歩き続けて二日ほど経ったころだろうか。ようやく目指していた川に辿り着いた。

 川と言っても深い渓谷の底を走る流れの急なもので、ゆっくり川べりで休めるような優雅なことはできそうになかった。しばらくは渓谷に沿って進む必要がありそうだ。


 川の上流を見やると、南北に延びる山嶺が高々と聳えるのが目に入った。ノザントーレの西の山に繋がる巨大な山脈だ。

 ノザントーレの西にはウラニル山という山があり、それがこの山系の最も高く、険しい山として知られている。よほど熟練した登山家でも命を落とすことがあるという、厳しい場所だ。


 そんな場所に、実は魔導士、特に召喚士達はこぞって登る。何故なら、魔術を司る元素の中で最も高貴で優れると言われている元素、そのひとつである"水"を司る精霊が住むと言われているからだ。


 かく言うイオンもまた、その水の大精霊を探しに山へ挑んだわけであったが、あまりにも算段がつかないまま、結局未調査に終わっていた。


 ウラニル山に住むといわれるその精霊は、魔導士達が研究するこの世を構成するといわれる五大元素、そのうちの"水"そのもの・・・・を司ると言われている。

 自然界のあらゆる事象に関わるほど大きな精霊は、とあるひとつの例外を除いては会ったことがない。

 そして、いると言われてはいるが、未だ誰としてその精霊と契約したという召喚士を聞いたことがない。そのことだけを聞いていたら、ただの噂の域を出ないため、行こうとも思わなかっただろう。


 しかし、事情が変わった。


「ジン。ノザントーレについたら、川を上る。そして、ウラニル山に入ろう」

「なんだ急に。気でもおかしくなったか」

「ああ、おかしくなった」

「真面目に話せよ。お前らしくもねぇ」

「エアが、ウラニル山を登るらしいんだ」


 イオンはエアからもらった手紙を取り出していった。

 この手紙で、エアは大陸での巡礼の出発点としてウラニル山に登ると言っているのだ。


「ははーん…?」

「なんだよ?」

「いーや、なんでもない。で、理由はそれだけじゃねぇんだろ。その子がウラニル山に登るのを止めるんじゃなく、自分もついて行くってところが怪しいからな」


 鋭い。ジンはがさつに喋るが、こういうところがあるから侮れない。


「そうだよ。理由は他にもある」

「で? その理由は?」

「水の大精霊に会いに行く」

「ふーん。そりゃご立派なこった…。って、はぁ? お前何寝ぼけたこと言って――」

「つべこべ言ってないで、行くぞ」

「お、おい、待てよイオン!」


 ジンは足早に歩き出したイオンを慌てて追いかけた。



 海沿いの道は断崖と短い砂浜を繰り返して続いていた。


 道といっても、舗装されたものではない、獣道だ。

 沖の嵐の影響か、海の空は濃い灰色の雲で覆われ、海面は白波が立っている。風が強く、とにかく寒い。しかも、なまじ湿り気があるせいで、小雨に降られているような気分だ。だが、風に湿り気があるのは海風だから、という理由だけではないだろう。


 予想通り、断崖の切れ目から見覚えのある船着き場が見えてきた。ノザントーレの港だ。


「聞いた通り、まだ雪は止んでないみたいだな」

「そうみたいだな。奇妙な絵面だぜ…」


 崖の上から見下ろした港町は、一面の雪で真っ白に染まっていた。崖の上は風が吹きすさんでいるが、港町の雪はいたって穏やかに降っていた。

 まるで、港町の上空だけ風が吹いていないかのようだ。


「海からの風がこんなに強ぇのに、町に降ってる雪はちっとも風になびいてねぇな」


 崖を降りる間も、海風は止まなかった。


 しかし、目の前にある雪の町はいたって静かだ。雪が人の足音やざわめきを吸い込んでいるかのように、音が何一つ聞こえてこない。イオンは町の奇妙な風景を横目にしながら、崖を降りきった。


 少し歩くと、船着場の端に出た。

 積み上げられた木箱や樽が雪を被って、こんもりした雪山になって並んでいる。動かしたり、手を加えられた形跡はない。

 冬期間中のため当然と言えば当然だが、船が出入りしている様子もなければ、人気もない。

 置き去りにされた帆船が、帆のないマストを凍えさせながら静かに停泊していた。

 

 船着場を半分程歩いても、一向に景色は変わりそうになかった。

 ノザントーレは美しい石畳で有名な港だが、今は完全に雪の絨毯に埋もれてしまっている。


 船着場を抜け、町の広場に出る。広場の中心には銅像があり、前に訪れて見た時はそこから噴水が出ていたはずだったが、今は完全に天然の雪像と化してしまっていた。


 脛の半分あたりまで埋もるくらい雪が積もっており、広場に面した建物の扉も四分の一ほど雪に埋もれていた。そしてこちらも、開かれたり手が施された形跡はなかった。


「なあイオン。冬のノザントーレってのは、こんなに静かなもんなのか?」


 水塊になって宙に浮かんでいるジンが言った。


「いや、俺もこの町に詳しいわけじゃない。これが普通なのかそうじゃないのかは分からない。…それよりもジン。その格好で寒くないのか」

「アホだなお前は。精霊に寒いかどうかなんて、聞くだけ野暮だよ」

「そうか。それならいい」

「それとも、なんか文句言ったらこの格好を改善でもしてくれるのか?」

「そうだな。水だと冷たいだろうから、お湯を沸かしてやるぐらいはしたかもな」

「どっちにしろ水から変わってねぇじゃねぇか!」


 ジンが怒鳴ると、水塊の中が泡まみれになった。


「とりあえず俺はいったん引っ込むぜ。今は人の姿が見えないとはいえ、偶然でも人目につくのは賢くねえからな」


 ジンは言うなり、瓶に飛び込んでいった。


 それからというもの、イオンは無音の町を一人、歩いて散策した。しかし、人がいるような気配はなく、人以外の生物がいる気配もなかった。

 ほんの少し前にノザントーレを訪れた時は、賑やかではなかったにしろ、人の姿はあった。

 道に積もる雪が少しも掻き分けられていないということは、その人達ですらこの町を離れたということなのだろうか。


 うろ覚えの町の地図を頼りに、なんとか町を横断することに成功した。

 この町と農村部は川によって隔てられ、そこに立派な石の橋が架けられている。


 しかし今は、川は凍り、橋は雪に埋もれていた。かろうじて橋の上に並んで立っている照明用の柱からランプが顔を覗かせてはいたが、当然火を灯す人がいないため暗く沈黙している。


 橋を渡りきると、そこには雪原が広がっていた。

 家畜の放牧地を示す柵がちらほらと目に入る以外は、とにかく雪、雪、雪。


 丘になって盛り上がっている台地の先に、連なる山々の影がぼんやりと見える。見晴らしはとても良い反面、どこを向いても同じ景色が続いているため、少し歩けば方角を見失いそうだ。


 イオンはとにかく目を凝らして辺りを見回した。そしてようやく、豆粒のように小さくではあるが農家の家らしき影を見つけた。イオンは目印になるものを見つけることができて少しほっとした。

 

 雪を蹴とばしながら歩き続けて足がつりそうになる頃、イオンは一軒の家にたどり着いた。明かりがついているから、人は間違いなくいるはずだ。


「ごめんください。誰かいますか」


 イオンはごく普通に家を訪ねたつもりだった。しかし、ドアをノックして挨拶をするや否や、ドアが少しばかり開かれた。しかしその隙間から出てきたのは鋭い弓矢の先端だった。イオンは慌てて後ずさった。


「あんた、どこのどいつだい」


 野太い中年女性の声がドアの奥から聞こえる。


「旅の者で、イオンといいます。ヴェナスからノザントーレへ来たのですが、人が見当たらなかったのでこの辺りまでやってきました」

「旅の者? 嘘つけ。こんな時期にこんな僻地にわざわざ旅をしにくる馬鹿がいるかい。どうせ雪女の手下だろ」


 困った。ここ以外で人がいそうな場所はまだ見つけられていない。できれば話をつけたいが、どうしたものか。


「母さん、待って。私その人知ってる」


 突き出ていた弓矢が下げられ、ドアが完全に開かれる。弓を構えたエプロン姿の女性が見え、その女性はイオンを見下ろしていた。

 その彼女が後ろに下がると、今度は雪のような銀色の髪をした少女が現れた。


「イオンさん、帰ってくるの早いんじゃないですか?」


 銀髪の少女は不機嫌そうにそう言った。


 ※


 少女はパンとシチューをテーブルに並べつつ、イオンに勧めた。


「ちょうど良かったですね、夕飯時で。というより、家が周りになかったらどうするつもりだったんです?」

「考えてなかった」

「それでよく三年も旅してるなんて言えますね」

「悪かったな、旅に不慣れで」


 ノザントーレの雪について調査に来たのは、これが二回目であった。クニヒロやデルーサに対して言った"国に頼まれた調査"というのは嘘だが、人に頼まれて調べごとをしているのは嘘ではない。その人が、ノザントーレに調査をしにいくなら頼るといい、と言って、地理に詳しい協力者として紹介してきたのがこの少女、ノエル・チェリツカヤである。


「それで。故郷はいかがでしたか」

「帰ってないよ。海で襲われて、港で襲われて、ここまで帰ってきた」

「それは大変でしたね。で、雪と大精霊については何かわかったんですか」

「大精霊はあの山に登らないと結局なにもわからない。雪女については、とてもじゃないけどいるとは思えないな」

「当たり前じゃないですか。雪女なんていませんよ。まさか、イオンさんもいると思っていたんですか」


 以前行った調査中も、ノエルは終始淡々としていて、とてもじゃないけど会話を楽しめるような雰囲気にはならなかった。自分もあまり会話を盛り上げようと努力するようなタチではないが、この子はあまりにも棘があり過ぎた。そのお陰で、調査は淡々と、しかし素早く進んだわけではあったのだけれど。

 この町の雪が収まらない原因については諸説あり、そのうちの一つが雪女だった。


「いないとは断言できない。見たことがあると言う人がたくさんいるんだ。その言葉を無視することはできない」

「いるよ、雪女は」


 ノエルの母が念を押すように言った。


「この子は幽霊とか信じないタチだからこう言うけども、あたしゃこの目で見たんだからね」

「母さんは引っ込んでて」

「チェリツカヤさん。具体的にはどんな風貌でしたか」


 ノエルの鋭い眼差しをひしひしと感じつつも、ノエル母の話を促す。


「黒くて長い髪で、真っ白な装束をまとって、よろよろと雪の中を歩いてたんだ。その時、雪女だっ! って思わず叫んじまってねえ。それであいつが驚いて、同時に猛吹雪が起きて、それにあたしが怯んでいるうちにあいつは逃げてしまった。冷静に弓をつがえられていれば、仕留められたのにねぇ。我ながら情けない! でもあれは間違いなく雪女だ。雪山で遭難して死んじまった哀れな人が悪い精霊になっちまったんだよ、きっと」 

「馬鹿馬鹿しい。こじつけよ」


 ノエルはつまらなそうに頬杖をついた。


 俗に言う幽霊や妖精は、亡くなった人が悪魔によって悪しき精霊に変えられた姿だと言われている。

 しかし、実際には亡くなった人の魂は天に召されるものであり、神の魔法としての存在である精霊とは一線を画すものだ。つまり亡くなった人が精霊になるということはありえない。


 そして、悪魔の存在もまた証明されていない。同じような理屈で言うと、神もまた存在が証明されていないわけではあるが。

 とにかく、幽霊や妖精というのは、人に対して悪さや非情な手段をとる悪しき精霊のことを指し、それは存在しない、ただの迷信である。


「この雪は、この辺の氷の精霊が役割を果たしていないだけよ。そうなんでしょ? イオンさん」

「それなんだが、この地域には氷や雪の精霊はいないということがこの前の調査で分かったんだ。いるのは水の精霊だけだ」

「水の精霊? もしかして、ウラニル山にいると言われている大精霊のことですか?」

「そうだ」

「割と安直ですね。氷の精霊がいない、ということのほうが問題な気もするんですが、それは?」

「それもあるが、存在しない精霊に話を聞くことはできない。大精霊に会う外ないよ」


 ノエルのつっけんどんな態度をなんとかやり過ごしていると、突然床からうめき声が聞こえてきた。イオンは驚いて辺りを見回した。ノエルはにやにやと意地悪く笑った。


「イオンさんが幽霊の話をするから寄ってきたんじゃないですか」

「まさか、そんなことが…」

「はぁ。そんなわけないでしょ。私の父さんですよ。ほら」


 ノエルが部屋の隅を指差した。そこでは暖炉の前に設えられた横長のソファで、一人の男が横たわって咳をしているのが見えた。


「冬期間に入るといつもこうなんです。父さんだけでなく、他の人もたくさん同じようになります」

「町の人達が一斉に風邪をこじらせるのか?」

「はい。と言っても、この地を長く空けるわけにはいかない私達農民と違って、町の人達は海外や山の向こう側へ逃げて行くのがほとんどですけどね」

「そうなのか…」


イオンはノエルの父親だという人の様子を伺った。


「大丈夫ですか」

「ああ。いちばんひどい時と比べたらだいぶな。…君がイオン君か」

「突然お邪魔してしまってすみません。何分、尋ねる家がここしかなかったものですから」

「私のことは構わず、ゆっくりしていくといい…」


 ノエルの父親は苦しそうに咳き込んだ。ふと、イオンは自分の視界が何重にもぼやけているのに気がついた。そして、その異変に気付いてから床に倒れこむまでに、時間はさほどかからなかった。


 イオンは意識を失い、抵抗することもできないままにその目を閉じた。

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