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親愛なる召喚士へ ~世界を越える魔法〜  作者: asahi
第二章 切なる願いは雪となりて
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12.ご注文はポルカですか?

12.ご注文はポルカですか?


「信じろと言われて、その場で信じてしまうことほど、愚かなことはないよ」

「そういうもんかねえ」

「そういうもんだ」

「おめぇさんはほんとに人間嫌いだな」

「嫌いじゃない。嫌なんだ」

「どう違うんだよ!」


 ジンは飛沫を飛ばしながら言った。


 イオンはデルーサ達や盗賊からできるだけ距離を離すべく、一晩休まずに森を突っ切っていた。幸い、魔物や動物の気配は少なく、盗賊から十分な距離は稼げたはずだ。

 しかし、旅慣れしているイオンでも、一晩未知の森の中を走り続けるのはさすがに堪えた。明けた次の日は歩く気力すら湧かず、小川のほとりで休息をとっていた。

 

 ジンが纏っているせいで宙に浮かんでいる水塊は、木漏れ陽を受けて宝石のように綺麗だ。しかし、中身がジンなだけに、ゆっくりと鑑賞するような気は全く起きなかった。


「人間という種を嫌いになったら、自分自身もその対象になってしまうだろ。その末路は自己否定、自己嫌悪、自己破綻…。そんな無益で損しかしない結果は望んじゃいないよ。むしろ、多種多様な考えの人がいて、面白いとさえ思ってる」

「でも嫌なんじゃねぇのか」

「嫌だね。他人とは関わりたくないって意味で」

「最初からそう言えっての」


 空飛ぶ宝石は低木の大きな葉の上でボールのように弾みながら、ひときわ大きい泡を作った。きっとため息でもついたのだろう。


 イオンは拾った木の枝を無造作に積み上げ、ひとつひとつ丁寧に選別を行っていた。


「あの行商人の二人をまるきり信用してたわけじゃない。実際に身の上にかかったのは初めてだけど、事件としてはよくある事例だ。いくら信頼していると口で言っても、最低限の用心はしておかないとな」

「面倒な生き物だな、人間てやつは」

「ようやくわかってくれたか」

「どんなに口先で嫌い嫌いといいつつ、結局クニヒロみたいに気が合って協力し合える奴を見つけると嬉しがるなんて、とんだ面倒な生き物だよ」


 ジンはイオンの頭上をぐるぐると飛び回りながらそう言って笑った。イオンは黙々と枝の選別作業を続け、聞かなかったふりを貫いた。


「にしてもあれだな。追っては来ないみてぇだが、針路が分からなくなっちまったなぁ。俺はこの辺は水先不案内だぜ。…水だけどな!」

「お前は大気の精霊だろ」

「こまけぇこたぁ気にするな! それに、この姿にしやがったのはてめぇだろ」


 港を帝都方面へ出たから、おそらくその北に広がる森に逃げ込んだ形になる。あの港町周辺の森は山脈と海の間に敷き詰められたように広がっている。山々の峰を目印にした場合、北か南かに進路を絞らざるを得ない。

 そして、南は盗賊達から逃げてきた方向であるため、その道を戻ることはありえない。

 東は海原が広がっているから行き止まり。

 山を越えて西に進路をとる道もあるが、冬山に装備不十分で登るのは自殺行為だ。

 でなければ森を突っ切って北へ進み陸路でノザントーレへ戻る他ない。

 

 しかし、闇雲に森を進めば道を逸れるのは避けられない。となると…


「精霊に道を聞くしかないか…」

「お? 俺の出番か?」

「水先不案内の水膨れに用はないよ」

「ンだよ精霊をできものみてぇに言いやがって。じゃあなんだ。この辺の精霊に道を聞くのか?」

「そうするつもりだ」

「やりたくねぇ、って面だな」

「やりたくないからな…」

「お前、召喚士名乗ってるくせに、精霊に評判悪いからなぁ。笑えるぜ」

「お前も人間から嫌われてるんだろ。お互い様だ」


 鞄の中から乳白色半透明で鶏の卵の形をした石を取り出す。

 この辺りの精霊が、まともに話をしてくれる精霊であればいいのだが。


「それじゃジン、終わったらまた喚ぶからな」

「おうよ。都合が悪くなったらすぐ喚び戻せよ」


 ジンが瓶の中に飛び込み、しばらく揺らめいていた水塊はただの液体になった。

 ジン以外の精霊とは久しく交流がない。それもその筈で、洗礼の儀を通過していないイオンは、ほぼ外法に近いやり方でしか精霊を召喚できないからだ。

 だからなるべく避けているし、いざ精霊を喚ぶとなると、とても緊張するのだった。


「ええと…。神に仕えし友たちよ、我が名はジーズ。我が呼び声に応えよ」


 卵形の石を瓶に満たされた水にかざしつつ、片言の慣れない決まり文句を呟く。

 

 しかし、変化無し。

 この地では通じないか?

 

 そう思った矢先、突然瓶の中の水が大量の気泡と共に蒸発し、あっという間に瓶は水蒸気で包まれた。水蒸気は霧散せずに集まり、小さな雲のようになった。あっけに取られて見つめていると、雲が少しずつ晴れ、向こう側が見えるようになった。


 最初はウサギが現れたのかと思った。小さな体に、頭と思しき位置に大きく特徴的な耳、…らしきものがある。

 

 精霊はありとあらゆる形になることができる。

 ウサギは森や平原の象徴でもあるし、森の精霊がその形をとったとしても不思議ではない。

 しかし、ウサギにしてはその他のシルエットが奇妙だった。

 

 もやが完全に晴れると、その奇妙さは確実なものとなった。


 イオンの目の前に、ウサギの耳を生やした人間が立て膝をついて座り込んでいた。


「じっ、ジーズ様っ!? お、お、お呼びになりましたでしょうか!!」


 赤茶色の布地に金色の紋様があしらわれたものを纏っている。精霊の纏っている衣装は女性がよく着ているものだった。

 精霊に性別はないが、その性格や気性にもっとも近い形で現れるため、それが反映されているのかもしれない。

 町娘がよくしている格好だし、この地域を司る精霊には違いないのだろうが…。

 イオンは精霊の見当違いの風貌に少し戸惑いを隠せなかった。


「ほえ? …ああっ、よく見たらジーズ様じゃない! 人間だ! 人間だ!」


 ウサギ耳の精霊はさらに慌てた様子で辺りを見回し、頭を抱え始めた。


「どうしよどうしよ? ジーズ様の名前を騙った人間を咎めるべき? それとも喚んでくれたことを素直に喜ぶべき? あれ? でもなんでジーズ様の球を人間が? それとも、…って何この格好!?」


 姿は人間だが、まるでウサギの様にちょこまかと動く精霊だ。


「私も人間になっちゃったの!? ジーズ様に喚ばれたからと思ってウサギの姿になったはずなんだけど…。でも頭にちゃんとウサギの耳あるよね? 何これ?」

「話を聞いてくれないか…」

「どうしよどうしよ、会話を求めてきてるよ? でも、どうすれば会話できるんだろ? あれ? もしかして私人間の言葉喋ってる? 私喋れてる? ってことは考えてることダダ漏れ?」


 ダメだ。聞く耳を持たれてない。そもそも、どうやら精霊として人間に召喚されるのが初めてのようだ。別の場所でまた別の精霊を探した方がいいかもしれない。


「待って待って! 確かに人間に喚ばれるのは初めてだし、話を聞いてなかったのは謝るけど、私ちゃんと精霊の仕事できるから! だからその、…あれ? 精霊の仕事って何?」

「心を読むなよ…。さてはお前、火の精霊なのか」

「火の精霊? うーん、合っているような、違うような? 確かに火になることもあるし、でも水になる時もあるし…。あれ? 私ってなんの精霊なんだろ?」

「知るかよ。お前、大丈夫か」

「ダイジョウブってなに?」

「いや…、いい」


 とにかく、さっさと道を聞くだけ聞いて、もう二度と喚ばないことにしよう。

 火の精霊はどういう訳か、あまり人間に好意的なものが少ないと聞く。火の精霊の特徴である読心術のようなもののせいなのかもしれないが、関わり辛いことこの上ない。


「そうなの? でも私は人間好きだよ! 話したことなかったけど…」

「そうかい。それは助かるよ。じゃあさっそく聞きたいんだが、北に行くには何を目指して進めばいい?」

「北ね! お姉ちゃんのいるところね。それなら、少し行ったら川があるから、それに沿って一旦海に出るといいわ! そうしたら後は断崖に沿っていけば、人間の町があるよ」

「そうか。ありがとう。じゃあな」

「えーっ、待って待って! もう私喚ばれないの? 喚んでくれないの?」


 召喚に使った卵形の石を再び掲げようとしたが、火の精霊は両手でそれを阻止した。手に触れた精霊の手はとても温かい。


「喚んだところで役に立ってくれそうにないし、どのみち、お前のことはもう喚べない」

「なんでなんで? 召喚魔術で喚ばれたら、喚んでくれた人とちゃんと契約するんだよって、お姉ちゃん言ってたよ?」

「君らの事情は知らないけど、契約する、しないを決めるのは人間じゃなくて精霊の方だろ」

「そうなの?」

「あと、そもそも俺は契約の担保にできる魔術を授かってない。洗礼の儀を通過してないんだ」

「そっかー。じゃああなた、私と契約しよ!」

「本当に話を聞かないなお前は」

「精霊がいいって言ったらいいんじゃないの?」

「だからさっきも言ったが、俺は魔術を授かってない。仮にお前と契約しても、お前は何も得られない、俺に使われるだけの精霊になってしまう。嫌だろ? そんなの」

「うーん、嫌、かも…」

「ならダメだ。契約はしない方がいい」

「でもでも、やっぱり契約したいよ! ダメなの?」

「このまま契約したら、普通は人間にいいように使われたり悪用されて終いだろうな」


 火の精霊は不思議そうに首を傾げた。


「あなたは私を悪用するの?」

「しない、とは断言できない。だから契約はできない」

「自信ないんだ」

「物事に絶対はない」


 イオンは精霊の手を退けて、改めて卵形の石を掲げた。


「お前が性根の悪い人間と交流を持たないように祈ってるよ」

「…ねぇ、ほんとにもう喚んでくれないの? 契約しなきゃダメなの?」

「それは、契約無しに、精霊のお前と交流を持つってことか」

「そう! お話するだけなら、問題ないでしょ?」

「どうだろうな。少なくとも、他の精霊が良く思わないだろう。下手をすれば、お前自身の存在が消されてしまうんじゃないか」


 精霊は自然で起こる現象や理を司り、支配する存在だ。世界の中の立場で言えば、神の代行者と言っても差し支えないくらいだ。人間は、ともすれば自然界に住み自然に支配されている立場にある。言ってみれば、他の動物たちと大して変わらない。精霊からしてみれば、人間は鳥や牛、魚といったありふれた動物たちと一緒なのだ。

 人間と馴れ馴れしくおしゃべりする仲になった精霊がいると聞いたら、他の精霊が黙っているはずがない。


「お前みたいな考え方の精霊は、俺たち人間にとってはとても貴重な存在だ。でも、精霊同士の中では排斥されるべき存在でもある。俺はこんなしょうもないことで、お前みたいな精霊が消えてしまうのは寂しいと思う。だから契約はできないし、友達・・として話すこともできれば避けたいんだ」


 ウサギの耳がついた少女の形を模した精霊は、その黒い瞳でじっとイオンを見つめた。


「むー。聞こえる声も聞こえない声も同じこと言ってる。嘘じゃないんだね」

「精霊に嘘が通じるとは思ってないしな」

「ジーズ様の名前を騙って私を喚んだじゃん」

「それは確認しなかったお前が悪い」

「むーっ!」


 精霊は頬、と思しき部分をふくらませて不機嫌そうに声を上げた。


「私、ずっと人間とお話したいと思ってたのに、みんながそれを許してくれなかったの。人間に喚ばれても、私がカタチになることはなくて、他の精霊が代わってカタチになってた。だから今、初めて人間のカタチになれて、あなたとお話できて、すごく嬉しいの!」

「…」

「できれば、その…、嫌じゃなければ、またお話したい。みんなも、きっとあなたが言うほど酷いことはしないと思うし。たぶん。だからね、その…」


 精霊は感情を持たない。感情を持ち、かつそれを豊かに表現するのは人間という種の特徴だ。しかし、目の前の精霊は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「また、喚んでほしいなって…」


 イオンはため息をついた。あの水膨れの次は、かしましい火兎か…。


「わかったから、人間の子どもみたいに泣くなよな。イオンだ。イオン・テールナー」

「ほぇ?」

「呼び掛けるための楔にする言葉がわからなきゃ召喚できない。お前にもあるんだろ、名前」

「あ…、うん! ポルカ! 私、ポルカ!」

「ポルカ、よろしく。けど、ほんとうに必要な時にしか喚ばないからな」

「えー?」

「文句言うな。消されても知らないぞ」

「わかったよぉ…。イオンは冷たいなぁ」

「そう思うなら他の人間をあたってくれ」

「そんなこと言って。聞こえない声は『俺以外はやめてくれ』って言ってるよ? わかるもん」

「このやろ…」

「あはは! イオンは冷たいけど、優しいね! 私、初めてがイオンでよかった!」

「誤解を招く言い方するなよ…」

「嫌なの? 『嬉しい』って聞こえない声は…」

「うるさい!」

「あははは! うんっ、やっぱりイオンでよかった! 私は楽しかったよ、イオン。ありがとうね!」

「どういたしまして」

「またね、イオン!」


 火の精霊ポルカが明るい笑顔を残したかと思うと、忽ちあたりにもやが現れ、視界を遮られた。そして、もやが晴れる頃にはポルカの姿は消えていた。残された瓶の中には、ゆっくりと波打つ液体が入っている。こころなしか、その液体は波打つのをなかなか止めないように見えた。

 そうだ、ジンを喚び戻さなきゃいけないことを忘れていた。


「ジン。終わったよ」


 瓶に向かってそう呼びかけると、今度は蒸発したりせずに液体が瓶の中から宙に塊のまま飛び出し、揺らめきながら飛んできた。


「おうおう。遅かったじゃねぇか。なんでぇ、話のし辛い精霊にでもあたったのか?」

「そんなところだ」

「お気の毒にな」


 ジンは喋る度にぶくぶくと泡を立たせているものの、声は淀みなく聞こえてくるのが不思議だ。


「なぁジン。今俺が考えていることが分かるか?」

「当たり前だ。どうせ腹でも減ってんだろ。で、その辺の木で食えそうなもんがないか俺に探し行かせようってんだろ」

「お前にそんなことさせる訳ないだろ」

「…そうだな。イオンってのはそういう奴だったぜ」


 ジンはそう言うと、木々の間を縫うように飛び回り始めた。


「お前のそういう捻れた思考を全部見透かせたら、好きでお前に着いていかねぇよ。で、先々どこ行けばいいのかわかったのか?」

「わかったよ。川から海に出る。行こう」


 人間に変わり者がいるように、精霊にも変わり者がいる。人間を友達だと言うやつがいるくらいだ。

 そして、変わり者には常識は通用しないのだ。


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