0.レインの話
私の家族は両親と兄が三人で末っ子の私は、男兄弟の中で揉みくちゃにされながらも逞しく育ったと思う。
周りの子よりも落ち着かないと両親と長男から口酸っぱく言われ続けているけど、心配しないでほしいや。進学が決まったから真面目に勉強するし。
「レイン、学院に行ったら大人しくするんだよ」
「余計なお世話ですぅ~」
目の前の長男アクシス兄さんを少し睨んで、パンにジャムを塗って食べる。少し遅めの朝食だ。
アクシスは三年前に魔法学院を卒業しており、今は父の後を次ぐため修行中の身である。
はう~ん、やっぱりジャムはブルーベリーが一番だなぁ。
いまだグチグチ言う、アクシス兄さんを無視してパンを食べ続けていると、横からクスクスと笑い声がした。
ちらりと横目で見れば右隣で次男のイアン兄さんが珈琲を飲みながら、ニヤニヤしている始末。
なんだよ、もう!
「大丈夫だよ、アクシス兄さん」
「しかしなぁ」
「そうだよ、僕らが見張っているから無問題さぁ」
左隣でデザートのマカロンを頬張る、オトメンな三男ウィル兄さん。
今年、イアン兄さんは六年生で、ウィル兄さんは四年生になり、末っ子の私が入学する。
「はぁ……心配だなぁ」
アクシス兄さんは、あからさまな溜め息を吐いた。
「大丈夫だってばぁ!」
「レイン、食べ終わったら街に買い物に行くぞ」
「一人で行けるよ、道覚えているもん」
「「駄目だ」」
いつも意地悪なイアンとウィルの二人の兄は、急に過保護になる時がある。
一応、中流貴族ではあるけれど絶対に私を一人で外出させない。
いつだったか、メイドさん達と一緒に行ったことが何回かある。
それがバレて以来、二人は、この調子なのだ。
口煩い長男と、構ってくる次男と三男。
決して嫌いではないけれど、私だってもう十二才。
一人で色々と出来なくちゃならないのだ!
……反省点はあるけれども。
四月一日、二人の兄と一緒に魔法学院への定期船へ乗り、両親とアクシス兄さんとの暫しの別れを惜しみ、住み慣れた街が水平線に消えるまで眺めた。
「いよいよ、か」
自分のクラスの教室の前に立ち、とりあえず深呼吸をする。
ちょっと緊張するなぁ。
家で家庭教師に勉強を習っていた時と違って集団生活、友達ならすぐ出来る自信はあるし、幼馴染みも二人ほどいるから大丈夫だよね。
取っ手に手を掛けて開ければ教室にいた何人かが此方を振り向く。
……ちょっと照れるなぁ。
「レイン!」
聞きなれた声に窓側の席にいる、薄紫のロングヘアーに白いカチューシャをした幼馴染みのシャーウと、基本無口無表情の黒髪のおさげの子ローシュの所に駆け寄り、二人と抱擁を交わす。
「二人とも同じクラスなんて」
「「「すごい偶然!」」」
三人揃って声を揃えてクスクス笑う。
よかったー。知り合いが居るのといないのとじゃ、全然違うってイアン兄さんが哀愁を漂わせて言ってたなぁ。
私と違って実は社交的ではないからねぇ……
教室を見渡せば、ルゥナ国の王子ルクス様とその婚約者のニルヴァ様、それから同じ中流貴族のウィドとベルファと同じクラスだ。他は知らない子たち。機会があれば話しかけてみようかな。
昔、祖父に言われたことがあった。
いつか学院に行くようになってクラスで一人ぼっちでいる子がいたら、話し掛けてあげなさいと。分け隔てなく、接しなさいと。
レインは誰とでも仲良くなれる特技があるのだからと。
今は亡き祖父の言葉だ。
社交界や他の貴族の家に招かれたときなど、同世代の子たちを注意深く観察した結果、その人が今どう思っているのかどんな気持ちなのか表情、口調、眼付き、行動で自然と分かるようになった。
私って天才?なんて豪語していたら三人の兄達は揃って溜め息を吐かれたけれどね!
シャーウとローシュ、三人で雑談していた時だ。
後に、生涯の親友となる彼女の悲劇が起こったのは……
◇◆◇
チャイムが鳴ると同時に校庭の池から教室へダッシュ。距離が少しあるので、ゆっくりしていたらホームルームに間に合わないのよね。
彼女も帰っているだろうと、レインは駆けて行く。
途中、廊下を走るなと注意され渋々、競歩に切り替え腕時計で時間をみれば余裕で間に合いそうだ。
教室に入れば彼女がいて、その背中に抱きつく。
「ティリアちゃ~ん」
「うわっ! 急に抱きつかないでくれません!?」
そう言って睨んでくるけど、本気ではないので更に、ぎゅーっと抱きつく。
「はぁ……馴れ馴れしいんですが、セチュラさん」
「だってなんか落ち着くんだもん」
それは本当で、属性の相性が関係している説があるらしいが詳しくはわかっていない。
彼女は嫌々ながらも、でもはっきりと拒否しないから触り放だ……ゲフンゲフン。
「ホームルーム始まりますわよ。席に戻りなさいな」
「えぇー……」
「戻 り な さ い」
「……」
渋々とティリアの隣の席に着く。
たぶんあの時からだ。
初めてティリアを見た、あの時に友達になりたいって思ったのは。
何かを秘めた強い眼差しに熱い心を持った女の子。
誰も寄せ付けないオーラを振り撒き、初めて教室に入ってきたあの日。
目付きは少し鋭いけど、本当は凄く優しいんだって、そんな予感がしたから。
だから、友達になってやると声を掛けた。
寮でも同じ部屋で、これはもう運命じゃないかって雷に打たれたように感じて、放っておいたらティリアは学院生活で友達という存在は出来ないんじゃないかって思った。
今はまだ、友達と認められていないけれども、いつか必ず名前で読んでもらうために今日も明日も私はティリアに関心を示そうと誓い続ける。
ブクマ、評価、ご通読ありがとうございました!