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授業にも寮生活にも馴れた四月中旬。
月曜から金曜まで、午前と午後に一教科づつ授業を受ける。大雑把な内容は一般教養と魔法倫理、そして実践。
一年生は、一般教養である必須科目の文術、数学、歴史、薬学、魔法生物学と属性ごとによる属学の六科目を必ず習う。
今は大して難しくはないが三年に上がれば、魔法生物学は選択科目となり、更に幾つかの教科がプラスされる。
将来なりたいものが明確すれば、それに合った授業を選択しなければならないと、リタは説明していた。
なりたいものか、本が好きだし出版社に就職してみるのもいいか。
……しかし、こっちで学院を卒業したとして現実世界で就職できるのか、今度リタに相談してみよう。そうしよう。
それからの日々、付いて回るレインを、のらりくらりと回避しつつ、課題を終わらせるために図書館へとやってきた。
図書館に入ると、心なしか人が避けて行くのはもう馴れていることで、さして気にしてはいない。いないが、何故かリタに哀れむような視線を受ける。友達作らないのかと時々煩いが友達はリタだけで十分と言ったら泣かれた。何故だし。
土曜日だからか、いつもより生徒が多い。
ふはははは! 人が避けてゆくぞ! 愉快、愉快!!
……。
ちょっと虚しくなってきた。
まあ、いい。
前世の事だが、私は睨んでいない怒ってもないというのに「すみません!」と、言われるほどの目つきの悪さだった。
今世でも若干緩和されたと思うが、多少はつり目だと思う。
五歳の頃、なにもしてないというのにいつの間にか、"狂眼女"なんて異名をつけられたなと、記憶の隅に思う。ひどい話だ。
それから、極力人目を避けた生活をした。
ある時は近所の悪餓鬼どもを視線で捩じ伏せたし、気性が荒い犬までもが平伏する。
この眼が役に立つといえば魔法生物が恐れるか懐くかの二択であるが、しかし、この眼が嫌いなわけではない。
リタに見せてもらった学生時代の半分破れた写真に写ったリタと両親の三人。
お母さんと同じ瞳を好きになった。
おかげで誰にも邪魔されない穏やかな日々を過ごせた。
魔法学院に入学するまでは……
倫理学関係の本棚の前に立ち、探しているタイトルの本を探し、それを手に取ろうとしたら、横から誰かの手に遮られ、ぶつかった。
「すみません……あ、」
「君は……」
薄暗い図書館でも輝きを失わない白髪の彼は同じクラスメイトの光属性であり、ルゥナ国第二王子であるルクス・フォース。
授業中での課題で話すことはあれど、こうして接触するのは初めてだ。
そう、王子。忌まわしき“王子”という肩書きは私にとってトラウマの一つである。
「本、先にどうぞ」
「ありがとう」
どうやら課題に使う本を取り合ったようだ。
「いえ大丈夫です。終わったら貸してくだされば結構ですから。では」
周りの視線もあるせいか此処は、そそくさと退散するのが正しいだろう。
だが、彼は私の行く手を遮るように立ちはだかり、キラキラした瞳で私を見つめていた。正確には、私の目を見つめていたのだが。
「エスカフォーネさんの瞳って、ドラゴンみたいだね!」
「は?」
「この、つり目具合が、すごい子ドラコンみたい!」
ナニヲ、イッテンダ、コイツ……
誉められているのか貶されているのか、確かに目付きは鋭いですけど!?
高揚とした様子でドラゴンの素晴らしさを小声で語る彼に、捕まったら最後だと感じた。
その翌々日からルクス・フォースが、よく話しかけてきた。
「エスカフォーネさん」
容姿端麗、成績優秀、加えて穏やかな人物。生徒や教授らからの信頼も厚い彼が、手を嬉しそうに振って微笑む姿でも様になるのに、目立って仕方がない。
やめろ!
それ以上近づくな!!
眩しいんだよオメーは!……おっと、失礼。
「エスカフォーネさんは、どの科目が得意なの?」
「魔法生物が……」
思わずその言葉を返したのが、いけなかった。「しまった」と思った時には、もう遅い。「僕も得意科目なんだよ」と、輝いた瞳で私を見る。
嬉しそうに魔法生物、特にドラゴンに関する熱意は異常で、ドラゴンの素晴らしさを小一時間聞く羽目になった。
私の休日を返せこの野郎。……失礼。
ルクスに、どの魔法生物に興味があるのか尋ねられたので、"ユニコーン"とだけ答えた。
ユニコーン。一角獣とも呼ばれ、額の中央に一本の角が生えた馬に似た伝説の生き物だ。最近の報告によると生息地は年々変わり現在では、北方周辺に目撃情報があると月刊学者新聞に小さく載せられていたと思う。
ただ、不安なのは来年に習う予定であるユニコーンの授業で、ユニコーンに逃げられないか心配ではあるが……
目の前にいるルクス・フォースは怖がらずに、私の瞳がドラゴンのようで、とてもいい、かなりいい、カッコいい、美しいと繰り返し言ってくる。
私の平穏な学校生活が程遠くなっていくような気がする。
そんなやり取りを見ていたクラスメイトや同学年や上級生は、なんだかエスカフォーネさんが怖くなくなってきたと言う始末。
どうしてくれよう、この平穏クラッシャー(無自覚)オタク王子。
そんなことがあった翌日の火曜日。
「遅くなってごめんね」
「いえ」
速く本を渡して、とっとと私の目の前から去ってほしいものである。
チクチク刺さる視線に、逃げだしたい。
渡された本を手に取り……
「あの、離してくださいません?」
「ん~」
ん~、じゃねぇーよ!!
一冊の本を引っ張り合いながら、笑顔を崩さない両名に、更に周りからの視線が集中しだす。
女子からの鋭い視線に男子からの好奇の視線。
いい加減渡してくれないかなぁ、と考えて閃く。
「あ、あんな所にドラゴンが!」
「何ッ!?」
空いている手でルクス・フォースの背後に指差す。
嘘も方便とはこの事である。
何もないところを振り返った隙を突き、手を離した王子から本を取り、その場から離れた。
ふはははは!
校内にドラゴンなんて居るわけなかろう!
アホオタク王子め!!
してやったりと走りながら心のなかで爆笑する。
王子が背後で呼んでいるが、待ってやらない。
あんな人が通る廊下で、注目を浴びるようなことをしたのだから。許せよ、王子。あなたが悪い。
だから、私は知らなかった。
ルクス・フォースが、やられた顔をした後、意味深な笑みを浮かべていた事に。
ブクマ、評価、ご通読ありがとうございました!






