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十二歳という年齢は、まだ子供である。大人になる一歩前の時期、そして、加虐性が高い時期。
一瞬、私の身に何が起こったのか理解できなかった。
只わかったことは、何かを投げられたということだけ。
ドロリとしたものが髪から滴り落ちて床を汚し、ふつふつと沸き上がる心の底から溢れる怒りに何かを投げた張本人に、スッと視線を向けた。
「……やべぇ」
黒髪のアップバングにグレーの瞳は、こちらを見て「やっちまった」感を、漂わせながら後ずさり、その隣で金髪のクラウドマッシュに猫眼の少年が、このアホといった視線を黒髪の少年に向けていた。
どうやら二人で、ふざけあっていて運悪く私に、とばっちりがきたというわけか。
なるほど。
残りの九人は、黒髪と金髪から離れるように黒板側に避難していた。
「ふふっ」
「「!?」」
「運が良かったね、ここにいたのが教師じゃなくて私で」
「わ、わざとじゃねぇんだ!」
「言い訳は結構よ」
自分の杖を取り出し、自分に振れば汚れはサッパリと消えた。
夏休みの間に覚えた幾つかの魔法の中に、あった消失の魔法。
覚えておいて良かった。
その呪文も言わずに無言で魔法を施行した様子を、ポカーンと見ていた二人に、にっこりと微笑む。
「「!?」」
「次はありませんわよ」
ホッとした様子の金髪の少年、なぜか睨む黒髪の少年を一見し、空いている前方列の席に着いた。
子供相手は疲れると、心の中で溜め息を吐いた。
思えばジュニアスクールの時もふざけている男子がいて、そいつに執拗に絡まれた時は、キレてぶん殴った。その後、とても大変だったけれど。結果、その事件が原因で誰も私に話しかけなくなった。
いちいち、相手にしていたらキリがないからね。
転生してから異性というのは、煩い存在に成り代わった。多分、二度と恋愛に発展など程遠いだろう。
する気もないけど。
「ねえねえ!」
隣の席から声を掛けられ、視線を向ければ水色ショートカット風にサファイアの瞳をした女の子が、話し掛けてきた。
「うち、レイン・セチュラ。属性は水なの。あなたは?」
「焔属性、ティリア・エスカフォーネよ。宜しく」
「宜しくねぇ! 初めての友達だぁ」
只単に名乗っただけだよね!?
友達だぁ、じゃないですわ! 何、嬉しそうにしてんの!?
ティリアの手を握り嬉しそうに、はにかむレインに毒気を抜かれた。
「それにしても、もう無言で魔法が使えるんだね! すごいなぁ」
「何回か練習して、試しに無言でやったら出来たというか」
「ほぁ~、頭いいんだねぇ」
キラキラと瞳を輝かせてレインは、こちらを見ている。
なんというか、反応に少しばかり困るな。こういう純粋な態度を示されると。
人から好意的な意思を向けられるのはリタの他にいなかったせいもあるけど、悪くはないが、むず痒い。
レインと話していたら再び教室の戸が開かれ、リタが帳簿を持って教卓の前に立った。リタは私を見ると微笑んだ気がした。
立っていた他の生徒は、それぞれ席につく。
「新入生諸君、入学おめでとう! 私は、このクラスの担当教諭リタ・メティシュです。今から入学式の会場へと向かいます。荷物は用務員の方が寮へと運びますので、そのままで結構です。では、廊下に二列に並んで下さい」
リタの指示に従い黙って生徒は廊下に並び、なんとなく私は最後尾に着いた。
「あっ!」
「……む」
隣を見れば、先ほど私に汚いものを投げつけた男子だ。
ばつが悪そうに、一瞬こちらを見て逸らした。
「……さっきは悪かったな」
「あら、謝れる口を持っていたんですか」
「俺をなんだと思っている!?」
「常識のない人かと」
「悪いことをしたら謝れって……わざとじゃねぇーのに」
「……」
別に、もうどうでもいいと、ジロリと睨む。
「ならば許すので、極力、私に関わらないでください」
「は!?」
誰かに言われて気付くようでは、ダメなのよ。
人として。そういう人とは、ごめん蒙るのだ。
私の睨みが効いたのかは定かではないけれど、隣を歩く男子の視線を感じれど、喋ってはこなくなった。
入学式も簡素なもので、校長と理事長の挨拶とBクラスから一人生徒代表として宣言をし学生手帳を受け取り、終わるという面白味のないものだった。
まあ、校長の話が長々しいのは何処の学校でも同じという万国共通だなと感じた時間だった。
クラスに戻ってから、生徒それぞれ自己紹介というとても面倒な行事も終わらせ、今日は寮に帰って休むだけである。
男子寮は山側にあり、女子寮は森の中にある。といっても学院から数歩先なので移動には然程、時間を取られない。
二人一部屋の同室になった、同じクラスの女の子に向き合う。
「ティリアと一緒なんてまさに運命的?」
「なるべく静かにお願いしたいんだけど……」
言わずもがな、レインである。
きゃぴきゃぴした性格は、まさに女の子だ。少し、うざいが。
レイン・セチュラ。
ルゥナ国首都ステラプレイスの出身で中流貴族の生まれ。
四人兄妹の末っ子で、上は全員男だったかな。
自己紹介の時に色々と身の上話やら、家族のことやベラベラと喋り通していたから、リタが他の人の紹介時間が無くなるからと思わず制止したっけ。彼女は「もっと喋りたーい!」など、ぼやいていたが。
自己紹介時間、クラスで一番長かったのではなかろうか。
対する私は、名前と読書が好きということだけという、当たらず触らずな在り来たりな自己紹介をした。
きっと、クラスメイトも明日になれば忘れているだろう。
今までと同じように、周りと馴れ合うつもりもない。
レインとも、上部だけの付き合いに止めるつもりだ。
「ねぇねぇ、確か消灯まで自由行動していいんだったよね?」
「ええ、そうでしたわね」
「なら、探検しようよ~!」
「はぁ?」
探検なんか一人で行ってちょうだい!
とも、言えず……視線で嫌だなと醸し出しても、何のその。
レインは相変わらず私の手を引っ張る。
「私、本、読みたいのだけれど」
「ええ~…私一人じゃ寂しいよ」
知るか!
レインを睨もうと視線を向けるが、捨てられた子犬のように潤んでいる瞳に、出しかけた声が引っ込む。
「……図書館にも行くのに?」
「……っ、わかりました、一緒に行けばいいのでしょう。行けば!」
「さすが、ティリア! 話がわかる~」
不服だ。家に、帰りたい。
ご通読ありがとうございました!
;_ _){レイン最強説
レイン「ティリアちょろイン♪」