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光が散りばめられ星屑が空を彩り、闇が濃い暗闇から、光が溢れて広がる。
空は青に変わり、鳥たちの宴が始まりを告げ、人々は起きだして、それぞれの活動を始める。
翌朝ティリアは、いつも通り朝早くに目が覚めた。
まだ朝日が登りきっておらず東の空から太陽がほんの少し出ている。
古びた時計を見れば、まだ五時前。
狭くて殺風景な部屋、すすけた天井、薄汚れたカーテンも、この部屋とは暫く、お去らばする。
ベッド脇の小机の上に置かれた両親が遺してくれた金庫の鍵と、リタから渡された一通の手紙が置かれている。小机の脇には既に荷造りを終え、トランクが置かれている。その中には、杖も入っている。
ティリアは一気に気分が明るくなるのを感じた。
改めて手紙を開く。
中身を読んだときのあの高揚感が忘れられないか、それでもこの気分を更に安定させたい。
リタとは、ハマンおじさまには内緒で、こっそりと文通を何度かしていたけれど、リタ以外から自分への手紙を読むのは初めてで、すごく嬉しくて、すごくドキドキした。
封筒の印を丁寧に剥がし、一枚目を取り出す。
そこには、こう書いてあった。
“入学証明書
ティリア・エスカフォーネ殿
上記の者、アヴェニュー・オウシャン魔法学院への
入学を許可する 校長”
「……夢じゃないのね」
ティリアは思わずそう呟いていた。
しばらく幸せに浸っていたが、そろそろ起きて朝食を作らねば。部屋を出て、鍵をかけてリビングに向かった。
ロッサム家の人たちに挨拶を済ませ、近所の公園にある森の中を歩く。
森の中に一本だけモミの木が生えている。そこで魔法世界の役人と合流し、迎えに来てくれる手配になっている。
現実世界と魔法世界は、表と裏。
繋がっている所は限られており、魔法省機関の許可なく繋ぐことはできない。
私のようなケースは、必ず役人が一人同行する。
本当はリタに迎えに来てほしかったが、彼女は入学式の準備やらで難しい。
仕方ない、我慢しよう。
私はティリア・エスカフォーネ。
忍耐よ、忍耐。
「あのぉ~」
「!!」
後ろに人の気配!?
いつの間に!
「あなた、只者じゃないわね?」
丸い眼鏡に気の弱そうな雰囲気だが全く隙がない。
前髪の間から覗く深蒼の瞳に、銀色のマッシュセミロング。深緑のローブに身を包み、右手には銀の杖が握られている。
「た、只者? よくわかりませんが、アヴェニュー・オウシャン魔法学院校長から迎えに行くよう指示を受けました。魔法省機関人事部のトモコ・ウェクスラーと申します。学院までの間宜しくお願いします」
きっちり四十五度の礼を受け、呆ける。
日本人ですって?
「じゃぽにーずぃ?」
「あ、髪は先祖帰りで。母親が現実世界出身なんです」
「なるほど」
「さぁ、行きましょう。私の手を、お取りください」
言われるままに、トモコの手を握る。
すると、穏やかだった風が吹き荒れ、私たちを中心に竜巻が起こった。
いや、これは私たちが竜巻の中を飛んでいる!
「きゃあ!」
「手を離さないで下さいね! 海に落ちても知りませんよ」
「!?」
なんですって!?
この、私に対する、ぞんざいな物言い!
くっ!
目にゴミが!
……は!
いけない、謙遜に、謙遜に。
「もう少しですよ」
豪々とした風の音が止み、ゆっくりと瞼を開ける。ゴミは涙で流れた、たぶん。
「う、わぁ……」
視界いっぱいに広がるのは濃青の海と水色の空。分厚い綿雲に、鴎の群れ。
そして、大きな島。その島の山の麓に聳え立つ、クリスタルの城。
おとぎ話に出てきそうな、お姫様が住まう城のような外観。
「素敵……あそこで六年間学ぶのね」
「でしょ? はぁー私も初めて見たときはワクワクしたわ! 卒業したばかりなの」
「そうなの」
「さぁ、降りましょう!」
トモコの手に引かれ、ゆっくりと地に降り立つ。遠くの方に、小さな港があり、大きな船が停泊していた。リタから聞いた話、魔法世界に住んでいる殆んどの生徒は世界中の港から船を利用して、新学期に戻ってくるとか。
風が見たこともない草花を揺らし、不思議な生き物が木上から、こちらを伺っている。外見はハムスターだろうか。ただ、耳と尻尾はウサギのようだ。
「あれは魔法生物の一種でウサスターって名前ですね」
「……」
可愛いが、名前がアレだなぁ。
トモコに連れられて、城門までやってくる。
そこには一人の初老の女性が巻物を手に持ち、立っていた。
藤色のローブに、トンガリ帽子。白髪混じりの黒髪に金色の瞳は、どこか厳しそうな印象を受ける。
「ホクマー副校長。新入生のティリア・エスカフォーネを連れて参りました」
「初任務ご苦労様です、トモコ」
「はいっ」
ビシッと姿勢を正すトモコに、優しげな眼差しを向けるホクマー副校長を見ていると、こちらと視線が合った。
どこか悲しげな表情をしたが一瞬で、元のキリッとした表情に戻る。
この人も、両親を知っているのか。
それはそうか、ここの卒業生だから当たり前か。
「ここからは、私が請け負います」
「はい、宜しくお願いします。じゃあね~頑張ってね」
トモコに頭を撫でられ、来たときと似たように小さな風の渦を纏いながらトモコは空に消えていった。
「さぁ、行きなさい」
副校長に促され、門の内側に進む。
舗装された石板の道の先に聳え立つクリスタルの城。その背後には天まで届きそうな山。それを囲むように広がる森。
「凄い……」
やがて見えた城の中への大きな両開きの扉は開かれており、真っ直ぐ中を進む。
中もクリスタルなのかと思いきや、普通だった。いつしか図書館で見たヨーロッパの城の写真集、中世の城のような内壁。石造りの壁と床。
廊下は壁に掛けられた松明に照らされ、パチパチとはぜる音がする。
木片は燃え尽きることなく、燃える独特の匂いもない。
やがて壁に突き当たり二手に別れ、また巻物を持った教員らしき人物が……
「リタ!」
「ティリア?」
紺色のフォーマルスーツに身を包んだリタが立っていた。
「やっと来たわね!」
「うん、何処に行けばいいの?」
巻物に視線を向け、リタは答えた。
「ティリア・エスカフォーネは一年Aクラスね」
リタは右の通路を指差した。
「ありがとう、リタ」
「また後でね」
「?」
何やらふくみ笑いをしているリタに、怪訝に思いながらも一つの扉の前にたどり着く。
扉の真上に取り付けられた木の板のプレートには、1-Aと書かれていた。
ここか。
中からは微かに人の話し声が聞こえる。もう人が来ているのか。
「すぅー、はぁー……」
深呼吸。深呼吸よ。
あの愚かだった昔の私とは、もう違うのだから大丈夫。
さあ、進め!
取手に手をかけ、扉を開いた。
ご通読ありがとうございました!