魔法国へ
勢い余って書いてしまいました。ご容赦くださいまし。
加筆修正8/26
自分で言うのもアレだけど、私の最期は実に惨めなものだったと思う。暗い古びた井戸の中で一人、死を迎えた。
婚約者を奪われたのをかわきりに、地位も財産も家族も失ってしまった。
哀れな人生だったと、生まれ変わった今そう思う。
前世の私は、所謂侯爵家の令嬢で、その国の王子様の元婚約者だった。情けないことに、あの頃の私は王子に夢中になるあまり、頭の中がお花畑で浮かれていたんだと思う。周りを見ずに我儘で意地悪な人間でした。
今考えると黒歴史だったと頭を抱えたくなる時がある。あまりにも痛すぎるが後の祭り。あの時はもう戻らない。
だからこそ今ある命を精一杯生きようと決心した。
やらなかった勉強も片っ端から本を手に取り朝から夜まで図書館で過ごし、ジュニアスクールに通ってからは常に成績は一位に君臨し飛び級さえした。
六歳の時に初めてできた友達が二十歳年上のリタで、ハニーブラウンのゆるふわ長髪を水晶玉が付いたヘアゴムで一つに束ね、グリーンの瞳に近所では見かけない珍しい色と思った。
図書館で一番上の本棚から数冊の書籍を取ってもらったのを切っ掛けに、お互い活字好きという共通点があり様々な文学で話が合った。外国で仕事をしているため、七月八月しか帰省できないとリタは言っていた。
夏休みの間しか、リタとの時間は過ごせれなかったけれど、私にとって、とても充実していた時期だと……
それでも随分な世界だなと思ったのは三歳の時だ。同い年の従兄弟のデヴィット・ロッサムから叩かれた時に前世の記憶が、よみがえったのは。
元悪役令嬢なめんなよと、きっちり仕返しをしてやりましたとも。
その後、デヴィッドの両親から怒られ晩御飯抜きになったのはどうかと思う。いや、最低限育ててもらってるけれどさ。育ち盛りなのに酷くありません?
例えば、そう。この世界が、ファンタジーなものなど存在せず、鉄の車が走り回り、高い建物があっちこちに建ち並び、非力な人間が科学の力を駆使して生きている世界だとして。
でも、まさか……魔法に巡り会えるなんて思ってみなかったから、顔には出さず心の中でガッツポーズをとる。落ち着け私。
だからかしら、転生した身になったからこそ、そんな非現実的なことでも冷静に聞けたのは。
現在十二歳、ハイスクール入学前にロッサム家に訪れた彼女から「君は魔法族なんだ」と、中二房臭的なことを言われる始末。この家で、私がどんな扱われ方をされていたのか知っていたのだろうに。
「ティリア、一年ぶりだね。その、なんというか、図書館で会う君と今の君が違いすぎて、ずいぶん逞しいことを喜べばいいのか、逞しく成長し過ぎたことを悲しめばいいのか……」
複雑そうな顔でリタは言った。
「喜ぶべきではなくて?」
ツンと澄まし宣れば、困った笑みを浮かべた。
「リタ、その魔法学院……私、入れますの?」
「もちろん! 君の本当の両親から遺産を預かっている」
「まぁ……」
アヴェニュー・オウシャン魔法学院。一般人に魔法族の親戚がいない限り、その学院も魔法世界があることさえ知られていないらしい。
魔法世界の政府が一般人の世界の政府のトップのみと繋がっていて、綿密に隠蔽しているだとか。
大はしゃぎに飛び回りたい衝動を抑え、淑女らしく微笑めばリタは引きつった笑みを浮かべた。何故だ。
「小娘! 絶対にそんな野蛮なところ行かせんからな!だいいち、ハイスクールに行かせてやる手筈だぞ!?」
「まだ、手続きしていません。おじさま」
顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら怒鳴るのはロッサム家主人ハマンおじさんで、私の母の弟である。よく姉の悪口を言っていた気がする。
コレステロール脂肪率五十パーセントの腹がチャーミングポイント。正直、見苦しいですわ。
「デビーちゃんから退きなさい!」
リタに怯えつつも、青い顔で此方を睨むのはロッサム夫人ベリテおばさん。最近二の腕が気になっているようだ。南無。
「座り心地がよくて」
思ってもいないことを言い、ふるふると小刻みに震えていた人間椅子もとい、標準より痩せぎみな自分より小太りで大柄なガキ大将デヴィッドから立ち上がり、にっこりと微笑めばロッサム夫妻は、あからさまに怯えた。悪役の名残は健在である。幼い頃にデヴィッドから何かと絡まれては返り討ちにし続けていたら、いつしか下僕になっていた。
ロッサム夫妻の前では、あまりデビーを弄らないけどね。睨まれるから。
◇◆◇
アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市地区名マンハッタン。人々が忙しなく行き交う朝の時間帯、大通りを抜けて少し寂れた路地へとリタと私は歩いている。
目的地はこの先にあるらしいが、かれこれ二十分は歩いている気がする。
「本当に魔法族が住んでいるの?」
「ええ。もうすぐよ」
幾つもの路地角を曲がり、たどり着いた先は行き止まり。ここからどう進むのか、ワクワクが止まらない。
「ここよ」
そう言ってリタは地面のマンホールを人差し指で二回叩いた。すると、マンホールの蓋が独りでに開き中を除くとそこには賑やかな市場が広がっていた。
とんがり帽子を被った若い女性、頭にカラスを乗っけている少年、奇妙なものを売っている屋台、全身黒装束のおばあさん。そんな人々が行き交い、今まで見てきた世界とは一風違う。映画や小説でしか観たり読んだ世界が、そこにはあった。
思わず開いた口が塞がらないとはこういうことだろう。
「さぁ、進んで」
マンホールの穴を潜る。真っ逆さまに落ちるのではなく、しっかりと地面に足がついていた。不思議な感じだ。
「凄い……」
空は青いのは変わらないが、小さな島が幾つか浮いている。その上には、大小様々な家が建ち、そこから馬車のようなものに乗って人が降りてくる。
停車場があり、そこから各々買い物に向かっているようだ。小さな島同士が、ぶつからないのは不思議だ。
後ろを振り返れば、どや顔のリタが立っていて。潜った穴は何処にもなかった。魔法とは、なんでもありなのかしら。
「ようこそ、ルゥナ魔法国クレセントの街へ」
初めて見る世界に興奮をしつつ先導するリタについて行く。本当に小説の世界に来たみたい。ううん、来たのね。見る物全てが新鮮でドキドキワクワクが止まらない。
「リタ」
「なんだい?」
数歩、先を行くリタが立ち止まった私の方へ振り返る。
「連れ出してくれてありがとう。魔法使いがいるなんて思ってもみなかった。おとぎ話の物語だと思ってた」
「ティリア……私は先生だからな! それに君の両親の親友だし……」
何か言い淀んだリタだが、その言葉の先を遮るように市場の通りの向こうに時計台があり、その鐘が鳴り朝の九時を知らせる。
「もうこんな時間か! さぁ、今日は忙しくなるよ!」
そうだ。入学の準備をするために来たんだ。
「何処から行きますの?」
「制服専門店よ」
◇◆◇
私とリタが、マンホールの穴から此処クレセントの市場の通称ゲートを中心に左右に馬車停車場があり前後に、ずーと延びる露店が連なる。そして奥には先程、鐘が鳴った時計台が聳え立っている。
アヴェニュー・オウシャン魔法学院の授業に必要な学用品を揃えるため、まず立ち寄ったのは、プリムの制服専門店。
中に入ると、床から天井まで処狭しに様々なデザインの服がビッチリ吊るされていた。定番の黒いローブ物から、何故かJAPANの女学生が着るセーラー服までもある。これ、火事になったら大変よね。
店内を見渡せば、同じ年頃の子供や、その両親が買い物をしていたり、少し年上の青年が裾丈合わせを店員としていたり、中々繁盛しているようだ。
リタによると、クレセントの街で唯一制服を扱うお店だということだとか。賑わっているのも納得できる。
「まぁまぁまぁまぁ! リタちゃんじゃないのぉ~。立派になって、懐かしいわね! 元気だった?」
福よかな体を揺らして店の奥からやってきた初老の女性がリタ先生を抱き締めた。一歩後ずさりしたリタだが初老の女性から逃れられるはずもなく、包容されるがままになった。
「プ、プリムおばさん、ご無沙汰しております」
なんと店長さんでしたか。とても包容力のある優しそうな方で。
「貴女が教師になってから十年ぶりね?」
「……はい、色々とありました」
何かを堪えるような、リタの呟きに違和感を覚え眺めていたら店長のプリムさんと眼が合い、何故かビックリされた。
「まぁ!!」
「!?」
「あなたが……あなたが、メルディの娘の」
何か感極まった声で、こちらを見る店主さんの言葉に思い出す。
メルディ。
その名前は、今は亡き私の母の名前。
マンハッタンの路地を歩きながら聞いた私の出生の秘密。
父の名はデセル 。二人は学生時代に知り合い卒業後、就職と同時に結婚する。
その二年後、私が生まれ一家は平穏な日々を過ごしていた。
しかし……
一年半後、二人に不幸が訪れ、二人は死ぬ。原因は教えてくれなかったけれど。いずれ知るときがくるのだろうか。
魔法世界で身寄りのない私を、最初はリタが引き取ろうとした。けれど、魔法学院前校長の判断によりひとまず姉の弟、即ちハマンおじさまのところへ預けられた。
魔法族として生まれたが、魔法に適性はなく魔法が使えない無能のレッテルを貼られ、肉親以外の回りの人間から笑われ嘲られ、ハマンおじさまは、いったいどんな気持ちだったのだろうか。姉は出来て自分には出来ない劣等感。悪口を言いたい気持ちが理解できた気がした。
両親が、どんな人で三人が、どんな学生生活を歩んだかは、かいつまんで話をしてもらった。
何故か、魔法世界に来て浮かれていた気持ちが少しだけ沈む。
「リタ」
少し咎めるようなプリムさんの物言いにリタは謝った。何に対してかわからないけれど。
「ごめんなさい。……今日は、ティリアの制服を買いに来たわ」
「わかったわ。いらっしゃい」
プリムさんに招かれるままに、店の奥へ連れて行かれる。後ろを振り返れば、リタは顔を俯かせて店の出入口の横に立ったままでいた。
学院指定、女子の制服は白のブラウスに赤と白のストライプのリボン、紺のプリーツスカートに金色の三本線が刺繍されており、高級感がある。肩掛けタイプの襟はマントのように長く、生地は綿のように軽い。
寸法を測られ、少しブカブカの制服を手渡された時は疑問符が頭から離れなかったけど、とりあえず着てみて試着室から出ればプリムさんがお裁縫箱を持って待ち構えていた時は跳び跳ねた。心の中で。
「裾合わせをするわね。両腕を左右に上げてちょうだい」
銀の針と、穴を通した金の糸を持って何か呟くと、着ていた制服が体のサイズに合わせて縮んでゆく。プリムさんが針を振るたびに、縮む制服。魔法って凄い!
「スカートは膝下厳守ね。アヴェニューは校則厳しいわよ」
「そうですか」
ご通読ありがとうございました!
登場人物1
ティリア・エスカフォーネ
外見はブラウニー色髪にセシルカット。少しつり目のダークレッドの瞳。
性格は前世の高飛車な令嬢を2で割り、そこに賢さと、微少のおしとやかさを足した感じ。前世での失敗もあり少し慎重になりがちである。
※イメージイラスト
http://15683.mitemin.net/i163668/