微笑み
えーと、待って。黒音くんは、結婚してるの?既婚者ってこと?…………なわけないよね、だって同い年だもん。女の子は、結婚出来る年だけど男の子はまだだめだ。
なら、奥さんに見られるような人と一緒に買い物に来ていたといこと。彼女、なのかなぁ。旦那さんと呼ばれて普通にしてたから、否定するような関係じゃないし……たぶん。
最近、気になるようになった彼…黒音くんは何に対しても素っ気なくてでもさっき僅かに浮かべた微笑みが、大切な人なのだと物語っていた。……でも、私は諦めたくない。だって、だって、………
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「あ、これ美味しそう。」新刊コーナーに並べてある料理本の表紙に目を奪われ手に取る。パラパラめくり、物色する。
「あ、これ…今度作ってみようかな」好きそう。あ、これ…好物だ。とか、口にするものはすべて黒音くんの好みそうなページだ。
ハッとして、ついつい見ちゃうようになってることに気付く。私、黒音くんを中心に料理を作ってたと今更に思い出す。
いつか、黒音くんとは別の生活になったときのことを思い浮かべて苦笑いをする。好きだからと作って、黒音くんがいないことに気づいてバカだなぁって思うんだろうな。きっと
何冊か購入して、書店から出ると黒音くんは休憩スペースで座って待っていた。私に気づいたのか顔を上げて僅かに微笑んだ。私もつられて微笑む、こんなことが当たり前になった。
今までの私なら、想像もつかないだろう黒音くんの微笑みは珍しいものだ本来。基本、無表情だった彼は最近微笑みを向けるようになった。
「おかえり、雹」「…ただいま?」「かえろ」さっと立ち上がり、食材の入った重そうな袋を軽々と片手で持ちもう片方の手で私の手を握る。手を、というより指をやんわりと掴むの方があっているが。
「一個持つよ?」「んん、いい」首を振って、前を向いて歩き出す。ちゃんと、私に歩幅を合わしてくれるから本当に紳士だなと思う。「私、黒音くんがいなくなったら重い荷物持てなくなっちゃうよ」ぽつり、零した。今まで一人の買い物が当たり前で重い荷物は持たなくちゃいけなかった。「大丈夫、ずっと持ってあげる」ほんと、優しい。ずっとなんて、無理だよ?でも、あえて言わなかった。
「おかえりなさいませ」コンシュルジュに迎えられ、頭を下げる。彼は黒音くんに対して最初は怪訝な顔をしていたが事情をはなして今では私の家族一員として貰った。………本当のことは話してない。従兄弟的な存在として認識してもらった。うん、従兄弟とも確定的に言ったわけじゃないので嘘はほぼついていないに等しい。ちょっと罪悪感あるけれど。
バレたら終わりだ、黒音くんの存在は。
「ただいま」二人でそういって、部屋へと入る。すぐに黒音くんはキッチンへ向かい食材を丁寧に冷蔵庫やらに入れてゆく。その隣で私は手持ち無沙汰になり、ジッと見つめていたら「雹、座ってていいよ?本、よんだら?」と猫目でジッと見つめられた。ちょっとドキッとする。「…うん、読んでる。料理本買ったんだ、どれが食べたいか教えてね」「ん、分かった」
こくり、頷いて微笑んだ。なんだか、その他愛ない会話がすごく嬉しい。その微笑みが私だけのものならいいのに、ってつい思ってしまう。
私よりも、大きい体つきの彼だけど、見ていて可愛いなって思う。可愛いものが好きな私は、少し彼を独占したいのかもしれない。
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