過去と目的と狭山雪
有宮涼によって現世に召還されたわけあり幽霊の狭山雪。
その過去編、ついに完結。そしていよいよ目的が明らかに。
ちょっと短いです。
見つめただけで人を殺すことができる超能力、『殺意』
今までの話をまとめるとこうなる。
『殺意』を継承されたものは、瞳を見ただけで人間を殺す能力を得るが、その代償として二日に一人、人間を殺さなければならない。
『殺意』を継承された能力者は、おそらくだが遅かれ早かれ数か月のうちに死ぬ。
能力者を看取った人間に能力は継承される。
『殺意』は、人間だれしもが持っているが、危険すぎるため封印された超能力『幽罪』のうちの一つ。
「ところで雪。」
俺は重い口を開いた。
「二日に一人、人間を殺さなければいけないって言うルールがあったけど、あれはどう強制されるんだ?」
「……それはあたしがすぐに体験するんだけど、そうね。簡単に言うと、四十八時間人を殺めなければ」
―次の二十四時間、触れたものすべてが死に絶える
ひ、と、息をのむ声が聞こえた。
その臆したような声の主がだれか追及するいつものような軽口の応酬は起きなかった。その場にいた全員が、同じ感情を抱いていたからである。
触れたものすべてが死に絶える。
「さ、山さん」
ハルがさらなる質問を投げかけた。
「いま、触れたものって言ったよね。触れた人、じゃなくて。ひょっとして、それに意味はある?」
「ありますよ。」
その疑問にあっさりと彼女は返答した。とても聞き流せるような内容ではない。
「二十四時間の間は、植物にふれればそれは枯れ、虫が体にぶつかると落ち、捨てられた犬を抱きかかえるとその子の生命活動は停止しました。裏路地でぶつかった男の人はその場に崩れ落ち、駅のホームで横入りしようとしてきた人はそのままホームに転落しました。文字通り、あたしは歩く災厄になっていたのです。もはや『殺意』などと言った軽い名称でなく、あれは『殺戮』と呼んだ方がふさわしいものでした。」
殺戮。
普通に生活している人間にはおよそなじみのない言葉が、とてもリアルに感じられた。
「途中で気付いたので、何とか人間は二人だけで済みましたが、正直たまたまでした。生活すれば人とぶつかるシーンなんていくらでもある。そう考えなおしたあたしは、間違っているとは知りながらも二日に一人、人間を殺し続けました。およそ、三か月の間。」
「三か月?」
「うん。」
「それ以降は、どうなったの?能力は消えたの?」
と、質問を投げかけるのはハルだった。しかしそれは愚かな質問だろう。もう俺には分かっていた。三か月たつと、『殺意』の能力者はどうなるのか。
「能力は消えましたよ。あたしの命も一緒に消えましたけどね。」
「……」
失言だった、という顔をするハル。
「ごめん、狭山さん。ちょっと考えたらわかることだったよ。」
「あ、いえ。大丈夫です。あたしも実は死ぬ間際のことはあまり記憶にないんで。」
「え、そうなの?」
「はい。とてもあっさりと、それこそ姉のようにパタリと倒れるように死んだ…気がする…ので、そこらへんはあいまいです。でも確かその時、あたしの近くに誰もいなかったので、あたしを看取った人がだれかもわかりません。でも…」
「まだ怪死事件が続いている、ということは『殺意』は継承されているのね。雪さんがなくなってから一年だったかしら? ということはあなたが亡くなってから四人…いや、今の能力者が五人目ということね。それに雪さん、雫さん、ストーカーも合わせると、もう少なくとも十人近くが理不尽に死んでいるわけ、か。」
千綾先輩が雪の言葉の続きを奪い、結論を出した。
いや、待てよ。
俺は、小さなことだが大切なことに気が付いた。
「雪。お前さっき、雪が死んだとき周りには誰もいなかったはずだといったな?」
「言ったよ。」
「ということは、継承される条件は、『看取る』ではなく『死体を一番目に見る』ことではないのか?」
「……そこに差はあるのか、涼。」
「大有りだよ。『看取る』ことが条件ならば、誰も見ていないところでひっそりと最後を迎えたら『殺意』はなくなる。でも、死体を発見することだったら……」
「そうか、この連鎖は続くのか。たとえ絶対に見つかれないようなところに隠れて死んだとしても、数十年後に発見されたらまた連鎖は始まる……」
つまりこの迷惑な『幽罪』は、存在し続けるのだ。
「じゃあ、どうするつもり?涼君。」
「俺に話をふられても…」
俺に策など何もなかった。しかし雪が声を上げる。
「そうだ。」
「どうしたの、雪さん。」
「……あたしだ。」
「あたし?」
「千綾さんは、運命って信じます?」
「……あんまり信じないかしらね。最近は少し信じてみようかなという気になるときもあるけれど。」
「そうですか、あたしは信じます。というより、今この瞬間運命の存在を感じました。」
「なんでだよ。」
「ストーカー、姉、自分。三人の『殺意』継承者を間近で見てきて、おそらくもっとも『殺意』について詳しいあたし、狭山雪が。『殺意』に殺されかけることによって『干渉』という『幽罪』を持つ有宮涼によってふたたびよみがえることができたこの現世は、ちょうどあたしの後継者によって騒がされていた。」
「まあその通りだが。」
「そしてね、さっき涼が言ったでしょ。『死体の第一発見者に継承される』と。死体の第一発見者が、『死んだら継承され、継承されたものは三か月後に死ぬ』という理不尽な能力を与えられるの。」
「うん。」
当然のことをつらつらと並べる雪。俺にはまだ何が言いたいのかよくわからなかったが、彼女の次の言葉で俺はハッとなった。
「じゃあ、
もともと死んでいるあたしが、継承されたらどうなるのかな?」
「っ……!?」
息をのんだのは千綾先輩であろうか。
「雪は俺の能力によって現世に召還されているから、扱いは人と変わらない。しかし、一度死んでいるからもう死ぬことは、ない。」
「じゃあ、雪さんに『殺意』が継承されたら……」
「この連鎖を、断ち切ることができる……」
希望の光が見えた。
この理不尽なサイクルを断絶する、希望が。
「いける!行けるよ雪!」
「あたしもそう思うわ。でもね、ひとつだけこの作戦、欠陥があるの。」
「欠陥?」
「あたしは涼のそばを離れることができないから、あと三か月……もないね。あと二か月で、今の『殺意』継承者を、涼たちがみつけなければいけない。そしてきっと、真実を知ったとき、涼たちはとても苦しむことになるわ。」
「とても苦しむこと?なんでだよ。」
「今の継承者の行動範囲からして、きっと財力のないこの辺りに住んでいる中高生よ。知り合いかもしれない。そうでないかもしれない。けれど、もし知り合いでなくても、あなたたちは同年代の子が死ぬのを黙ってみなくちゃならない。同年代が殺人を犯すのを黙ってみなくちゃならない……耐えられる?」
俺は唇をかんだ。
「それと、例えばの話、そこにいるハルが継承者だとしたら、あたしは涼に何も言わないから。」
「な、なんで?」
「壊したくないからよ。この楽しそうな関係を。それはハルや千綾さんに限った話じゃない。あなたたちの身内、クラスメイト。あたしは一年前に死んだ、言わば終わった人間なの。その終わった人間の、確信のない心無い発言で、あなたたちを傷つけたくない。これはただのわがままだから許してほしいけど、涼たちが、自分で、継承者を見つけ出したほしい。あたしはそれに従うわ。ごめん。」
雪のわがままだが切実な願いに俺たちは従った。
「わかった、継承者は俺たちで見つける。雪、助言はくれよ。でも、もし『あいつが犯人かも』と思っても何も言わなくていいからな。」
「……ありがとう」
雪は何度もお礼を言った。
「当面の目標は、継承者をみつけることね、涼君、ハル君。わかったかしら?」
「ああ。わかっているよ。」
「うん、大丈夫。涼の迂闊な発言による、変な『干渉』が怖いけどね。」
「ああ、まだそれがあったのか…気を付けるよ。」
「頼むぜ、涼。」
ああ、と俺は頷き、ハル、千綾先輩と目を合わせて
冷めきったコーヒーを飲みほした。
ありがとうございました。
まだ続きます。というよりこれから本番です。あまりお待たせしないよう頑張ります。