生還と召還と有宮涼
序章なので短めです
あれから一週間がたち、俺は病院を退院した。
あれから。
俺が通り魔に襲われてから。
「退院おめでとう、涼」
慣れ親しんだ声に呼ばれ、振り向く。予想通りハルがいた。
「おっす、一度もお見舞いに来てくれなかったハルくん。」
「なにそのいやみ、僕だってそれなりに忙しかったからな、どうせたいしたことで入院してなかったんだろ?」
まあ、たいしたことなかったと言えばそうかもしれない。
「うん、たいしたことではないかな。いま世間を騒がしている怪奇現象に襲われて気が付いたら病院のベットにいた、程度のことだから。わざわざ多忙なハルがお見舞いに来るほどのことでもなかったよ。」
「たいしたことあるわ…って……まじ?」
「まじまじ。本気だよ。」
「怪奇現象ってのはあれか?心臓まひのやつ。」
その通り。
いま世間を騒がしている怪奇現象、それは一言で言うと連続怪死事件である。
二日に一人、路地裏で死体が発見されるのだ。全員死因は心臓まひ。
「あの事件、確かはじめは偶然って処理されていたよな?」
「正確に言うと今もだぜ。正直俺もそいつと出会うまで偶然だと思っていたよ。」
世界的にみれば、たまたま路地裏にいた人が心臓まひで死ぬなんてそこまで珍しいことでもないだろう。
しかし、量がおかしいのだ。初めの死体が発見されてからもう二週間、いや三週間になる。俺が入院している間のことはよく知らないが、それまではきっちり一日おきに人が殺されていった。おそらく俺が死んでいたら十人程度が犠牲になっていると言える。
そして範囲は俺たちの通う高校の校区内。被害者に共通する点は見つからず、警察も偶然と見るしかないのだった。
「で、涼。お前は何をもって怪死事件の被害者になったと言っているんだ?たまたま路地裏で倒れただけじゃないの?いまのところ致死率百パーセントだ。主人公でもないお前はどうやって生き延びた。」
「順を追って話そうか。俺はその日、近道の路地裏を通っていた。そこで人…たぶん女とすれ違ったんだ。」
「女、か。たぶん?」
「マスクと帽子、それと暗さのせいで顔はほとんど見えなかった。で、まあその路地裏はわりとメジャーだから人とすれ違うこともよくあったんだけど、その女は、おかしかったんだ。」
「何が?」
「目が。」
「いや、誰もおかしかった度合いは聞いていない。」
「…は?」
数秒の沈黙。
ああ、メガおかしかった、ね。
「ちげえよ。アイのほうだよ。目がおかしかったんだ。」
「どういうふうに?」
「…瞳が真っ赤だった。」
真っ赤。そう、あの日俺は確かに真紅の眼を持つ女とすれ違った。
「で、さすがに『真紅の眼ってなんだよ、見間違いかな?』と思って振り返った。そしたら…」
「その女もこっちを見ていて、目があった。見間違いでも何でもなく、本当に真っ赤だったよ。そしてその瞬間俺は胸が苦しくなってきたんだ。」
「瞳を見るだけで心臓を麻痺させる能力……?いや、そんなバカな。それで?涼はどうなったんだ?」
「苦しくて唸っていたら突然、そいつがしゃべったんだ。」
『あなた………涼……くん?』と。
「知り合いだったってことか?」
「ああ、おそらく。そしてそれからは覚えていない。気が付いたらベットの上にいた。」
なるほどね…とつぶやき、考え事を始めるハル。
「まあ、なんにせよお前は生き残ったんだ。よかったよ。」
「……そうだな。」
と、なんとなくいい話でまとまりそうな空気を切り裂き、現れる人がいた。
「涼君?」
第三の登場人物である。
天原千綾。俺の一つ上の先輩であり高校三年生。
「退院したのね、おめでとう。」
「ありがとうございます、一度もお見舞いに来てくれなかった千綾先輩。」
「本当は私も行きたかったのよ?でも今頃涼君は看護師さんと中を深めているのかな…とか考えちゃったらどうしても行けなくて…」
「その理由いま思いつきましたよね、どうせよんでない小説がたまっていたとかでしょ。」
「まあ、正直なところそうよ。」
「やっぱり……」
「時に涼君、あなた本当に犯人の顔、見ていないの?」
聞いていたのかこの先輩。
「かろうじて相手が女ってことくらいしか…すみませんね。」
「いえ、こちらこそごめんなさい…」
なんで先輩が謝るのかさっぱりわからなかったが、先輩なりにお見舞いに来られなかったことを悔やんでいるのだろうと思い、追及しなかった。
先輩が俺を手招きする。
「あなた、一度死の淵をさまよったことによって何か特殊能力に目覚めたりはしていないの?」
「するか。」
「…じゃ、こうしましょう。あなたは、一度死の淵をさまよったことによって何か特殊能力に目覚めたふりをする。」
「ふり?」
「そしてハル君をだますのよ、やってみない?」
また気まぐれ千綾先輩のコーナーか。まあここで断ると長いからな
「…いいですよ。どんなやつにします?」
「無難に幽霊モノがいいわね。あなた、ハル君の前で虚空と会話しなさい。」
待って、痛い。
「で、ハル君ならきっと『どうした?頭大丈夫か?』って言ってくるからそこで一言。
『ここに幽霊がいるだろ。』」
やりたくねえ!
「いつまで二人で話してるんすか、僕も入れてくださいよ。」
「そうね。もういいわ。じゃあ涼君頑張って。」
今更だが俺たちは今通学路にいる。時間は朝の七時過ぎ。比較的時間に余裕をもって行動する俺たちなので周りに高校生はいないが、それでも恥ずかしい。
「……もういいから離れろよ…」
「は?いや涼、僕も千綾先輩もそんなに近づいてないって、どこに向かって話してるのさ?」
「ほら怪しまれてるだろ、早く離れろって。」
俺は小さな声で話しかけ続ける。
虚空に。
「…どうした?頭、大丈夫か?」
ハルが問いかけてくる。千綾先輩ビンゴ!!
さ、あと一仕事だ。なんか胸のあたりが痛いんだけど。なにこの罰ゲーム。
俺は心臓付近に右手を当てながら、こう言い放った。
「…ここに幽霊いるだろ。」
ぽかんとするハル。笑いをこらえる千綾先輩。
そして。
ゾクリ―俺の背中に悪寒が走った。
「!?」
表情を見る限り、二人も同じような悪寒を感じたようだ。
「なに…今の。」
「わからんが…気のせいじゃないと思う。」
その時だった。
「あれ?ここどこよ。」
俺たちの目の前に、女の子が現れたのは。
次回は召還された女の子とのからみです