-07- ゴブリンはやっぱりキモイもの
太陽が姿を隠し月が夜空に浮かぶ月夜の下、月明かりに照らされた森の中を1人と1頭が歩いていた。
「あーあ、もう夜だ夜だよ夜ですたい。何でこんなに遅くなったんだっけ?」
《お前のがなにやらブチギレたからだ。自重しろ》
呆れた目で見てくるハクに、このままでは不味いと話の流れをぶった切って問う。
「それは置いといて、こっちで良いんだよな?」
《……お前も『見た』ではないか。それとも俺様の嗅覚を疑っているのか?》
今現在霧裂とハクは無闇矢鱈に人をたずねて三千里している訳ではない。霧裂が外に出ようと決めたのが約一ヶ月前、直ぐに出ようとはせず一ヶ月の時間を全て準備に当てたのだ。
霧裂は一応ハクに異世界の話を聞いており、ハクが神獣と呼ばれる狼系魔物の頂点に立つすごいヤツと言うのは知っている。その神獣と結果的には引き分けたのだからそんな準備をしなくても大丈夫そうなのだが、何が起こっても良いように万全の対策を敷いたのだ。まぁ基本馬鹿なのであまり意味は無いのだろうが。
そんな訳で既に霧裂は周辺の村などを粗方調べ上げていた。
「確か、一週間程度で着くんだよな?」
《そうだな、恐らくそれぐらいだろう》
今霧裂が向かっているのは、カトルシアという街だ。最短距離で人に合うならば、三日歩いたところに小さな村があるのでそこへ行けばいいのだが、どうせならと霧裂は少し離れているもののカトルシアへ向かう事にしたのだ。
それにしても暇だなーと霧裂は、周囲を一切警戒していない気の抜けた顔で歩いていると、不意にハクが顔を上げる。霧裂が視線で問いかけると、ハクは一つ頷き、
《居るな。恐らくゴブリンだ。数は五十、どうする?》
ハクの感知能力は、霧裂のソレを大きく上回る。やはり野生だからだろうか、霧裂が大体半径五メートルが限界なのに対し、ハクは軽く半径百メートルはいける。その事実を霧裂も理解しているため、無駄に肩に力を入れる事無く、リラックスした状態で危険が盛り沢山の森の中を歩けるのだ。
霧裂のいうメインウエポンを使えば、また結果も変わるのだが、今はあまり関係ない。
ハクの言葉に霧裂は少し顎に手を当て、
「そうだな。ゴブリンって俺まだ見たこと無いんだよね」
ファンタジーと言えばゴブリンだろと言えるほどに、テンプレなのだが霧裂は未だにお目にかかった事は無かった。別に素材には期待していない霧裂は、一目で良いから見たいと言うが、ハクはあまり乗り気ではない。
数分の押し問答の末、ハクが折れて、ゴブリン五十匹を目にするべく霧裂は足を動かした。
数分の距離を若干胸を躍らせて歩いた霧裂だが、目の前の光景もとい集団に顔を『私は不快な思いをしていますっ』と言った感じに分かりやすく歪ませていた。
霧裂の視線の先、霧裂にこんな顔をさせているものは当然、
「ギギャッギギャギャギャッ」
ゴブリンだった。
片手に棍棒や岩などを持った総勢五十匹のゴブリンが、股間に揺れる一物を隠す事無く理解不能の音頭に合わせ、説明不能の踊りを踊っていた。
その光景を目の当たりにした霧裂は、ゆっくりと口元を手で押さえ視線を逸らしながら後方で待機するハクに一言。
「殺っちゃって下さい、ハクの親方」
《ふざけるな、俺様は殺らんぞ。手が汚れるだろうが》
「なーにが手が汚れるだ。女々しい事言ってんじゃねーぞ、俺様系のハクさんよぉ」
《ならお前が殺れば良いだろう》
えー、と不満気な声を隠しもせず上げる霧裂だが、ハクの一睨みに首を左右に振りながら『分かった分かった、分かりましたよぅ』とぶつぶつ呟きつつ、流れる動作で腰にある二丁の拳銃を抜き放つ。
棍棒を振り回し、周囲のゴブリン達による『はいはいはいはいゴブリン君の、ちょっと良いトコ見て見たい(霧裂の主観です)』てな感じの大合唱にに合わせ、襲い掛かるゴブリンAの頭に銃口を定め、霧裂は一切躊躇いもせずそのまま引き金を引いた。
ダガァン! と爆発的な轟音を響かせ、木っ端微塵に飛び散ったゴブリンAに驚くゴブリンB~Gが続けさまに弾け飛ぶ。漸くアホな大合唱を止め戦闘態勢に入るゴブリン四十三匹に銃口を向けながら、霧裂はぽつりと。
「本当にすまん。理由も動機もなにも無いが、一先ず死んでくれ」
続けて鳴り響く轟音と共に、一つ、また一つと命が消えていく。
ゴブリンを虐殺した霧裂は、素材にも食料にもしないのに無駄に殺してしまった事に、僅かながら罪悪感を覚えて居たが、まぁ良いかと直ぐに考え直す。この世界で死んだとしても、それは弱いからいけないのだ。弱者はただ強者に殺されて行くだけの存在。
……と、ハクもとい自然界の王者の一角、神獣【白夜狼】に教わったためだ。霧裂はハクがそういうのならそうなのだろう、と納得しゴブリン虐殺現場を放置してカトルシアへと向かっていた。
「それにしても、次もなんか居たら頼むな」
《ああ、任せろ》
ぽん、とハクの体を撫で白銀の毛皮のもふもふを堪能する。飛びついて体全身でもふれないのが霧裂にとっては誠に残念では有るが、いつかもふり倒してやろうと心に決め、そのまま撫で撫でする。
と、ここでまたしてもハクが、しかし先程とは違って心なしか警戒した様子で霧裂に話しかける。
《オーマ、誰かが俺様たちを見ているぞ。俺様の感知できる範囲には居ない。さらに見ている、というのは感じるかどこから見ているのか、曖昧でコチラに悟らせない。手練だ》
ハクが手練というのならかなりの者だろうと一瞬で今までと打って変わって、ナイフのような空気を纏う霧裂に、ハクはだが、と。
《だが、俺様なら一瞬で殺れる。そう警戒しなくても大丈夫だろう。なんなら今から周囲を探索して殺ってこようか? 十分足らずで殺せるぞ》
「いや……それなら良いだろ。こっちに危害を加えるつもりならなにか仕掛けてくるだろうし、そうなったら殺そう。罠とかも分かるだろう?」
霧裂の問いにハクは首を縦に振った。
それならほっとこう、といい目的地へ歩き出す霧裂は、一つ失念していた。
それは、ハクが居たと言う事。
詳しく言うのならば、神獣、災害級と恐れられる【白夜狼】を従え歩いていた場面をみた者が、一体どんな反応を示すかを霧裂は失念していたのだった。
◆ ◆ ◆
(なんダ、アレハ……)
ハクたちから遠く離れた木の上で、一人の男が戦慄していた。
男の名はジーク。S級冒険者という人外の称号を与えられし人族だ。ジークの視線の先には、霧裂とハクの姿。ジークの異常な視力でも細部まで見ることは不可能であろう距離で、しかしジークは見えた僅かな情報に戦慄していた。
(アレハ、人ではなイ……)
いや、正確に言うならば、人の形をしている何か、だろうか。
ジークが言っているのは霧裂。白いコートを身に纏う黒髪の一見普通の人族に見える彼。ジークもまた、最初は霧裂をただの人族と判断した。
だが、即座に異常に気付く。
もし、彼が普通の人族ならば、何故彼は神獣から逃げない?
ジークは始め助けようとしたのだ。霧裂を、ハクから。
しかし、ジークの視線の先に居る霧裂はハクから当然だが、逃げる素振りすら見せず、それどころかまるで従えているようで……。
(イヤ、イやありえなイ! 人が、災害を従えるなド……)
自身の頭に浮かんだ考えを即座に否定するジークだったが、ふとある言葉が彼の頭に蘇る。
それは昔読んでもらった絵本の一説。それは遥か彼方に消えてしまったと思っていた言葉。
『その者は、万の魔物、災害を従えし災厄の王。病を振りまき死を量産し、災害と共にやってくる彼の者の名は――――』
そこでジークは目を驚愕に見開き、ある称号を呟く。ありえない。そう頭の隅で否定する自分もいたが、それよりも、まさしくそれ以外の答えが思い浮かばなかった。
「魔王……」
正確には、魔王の後に人名のような物があった様な気がしたが、ジークはそれ以上の思考を止めた。今はそんな事はどうでも良いと考えたからだ。ジークは頭を振り、この先の自身の行動について思案する。
(どうすル、総本山へ直に報告するカ? いや、それよりも最寄のギルドに寄ったほうが……)
と、そこではたと彼は思い出す。
視線の先に居た魔王と思われし者は、ある方向へ向かっていなかったか?
そう、カトルシアの街に。
(まずイ……ッ!!)
即座に身を翻しジークは走る。
杞憂だったらどんなに良いか。
だが、ジークの直感が叫んでいた。
アレは、カトルシアへ向かっている、と。
ジークはその身に『闘気』を纏い、自身の出せる全速力でカトルシアへ向かう。
彼がカトルシアの街に着いたのはそれから三日後。霧裂が到着する事となる、ちょうど三日前の事である。