-06- ヒャッハー これが生産チートの底力じゃぁああ!
豪華絢爛な、まるで御伽噺に出てくるお城の一室をそのまま持ってきたような空間。
壁は白を基調に金の細工が施されており、床にはふわふわな赤いカーペットが敷き詰められている。真っ白なそれで居て所々匠の技巧を用いられた机、その丁度真上には全て水晶で出来た透き通る碧いシャンデリアが。他にも数え上げたらキリが無く、此処にある物だけで小国の国家予算に匹敵するだろう事は容易く想像できる。
だが白い壁に相反するような黒い重圧のある扉の横にはまだ上に続く階段があり、この塔全て合わせた価値はもしかすると大国のそれをも上回るかもしれない。
そんな大変価値のある部屋でこの塔の主である身長170cm程、太くも細くもない体に黒髪童顔、そして金銀白黒赤青緑と七色に輝く瞳を持ち、裾が足首まであり袖も手首まである長く真っ白なコートを着た少年は、あろうことか肉を焼いていた。二つの宙に浮く火種の上に串刺しにした肉をクルクルと回しながら、肉の脂が赤いカーペットに染みを作るのにも構わず、ニッコニッコと大変ご機嫌そうな顔でまだかな? まだかな? と鼻歌交じりに目を輝かせる。
少年の目的は肉ではない。この肉も同居人が食いたいというから焼いてるだけで、もし許されるなら直ぐにでも行動に移りたかった。
「おっしゃ、完成! 霧裂センセー特性ステーキ! さっさと食わせてやっかー」
ふんふふんふふーん♪ とスキップしながら肉をぶんぶん振り回す。当然そんなことをすれば肉の脂が飛び散り白い壁や碧いシャンデリアを汚していく。もし教養ある者が見れば卒倒するか今すぐ少年の首を跳ねるだろう。
ご機嫌ですよオーラと脂を撒き散らしながら扉の前に立ち、ふん! と蹴り開けるというかぶち壊す。どうやら内側に引いて開けるタイプのようだった。
そんなことはお構いなしに、肉を前に差し出し言う。
「おう起きろ、メシ作ってやったぞ!」
少年の目の前で両足に頭をのせ眠っていた同居人はチラッと透き通るような碧い目を開き、顔を顰めた。
《何だそれは、俺様はもっと旨そうなのが食いたいんだ。何のためにお前に作ってもらっていると思う、せめてソースを掛けろ。塩コショウもちゃんと振ったんだろうな》
ぶすっと不機嫌さを隠しもせずに言い、四本の足で立ち上がる。スンスンと肉に鼻を近づかせ匂いをかぎ、グルグルと唸りながら少年を見下ろし咆哮する。
《全然ダメではないか! 俺様にそんなただ焼いただけの肉を食わせるつもりか! 作り直して来い!》
普通の者なら返事をする前に至近距離から浴びせられたその王者の咆哮に命を失うだろう。しかし少年は少し肩を竦めただけで、言い返す。
「なら良いよ、お前食うな。ハクは朝飯抜きな」
《ま、待て! 誰も食わんと言って無かろう! 仕方ないからそれを俺様に寄越せ! 食ってやる》
先程までの絶対強者の風格は一瞬で霧散し前右足でくいくいと少年、霧裂を軽く引っかき肉を奪い取る。ぼてっと落ちた肉を食らいながらまったく、しかたなくしかたなくだなぁ、などと言いながら残さず食べた。霧裂はそれを聞きながらこれで美少女だったらナイスツンデレ何だけどな~と残念に思い溜め息を付く。嫌、せめて人間の女だったら最高だ! 俺は高望みはしない男! などと言っている霧裂、そう目の前に居る同居人は人ではない。
全長は2mほどと霧裂が異世界転生初日に襲われた大狼と大体同じ大きさだが、そのほかは全く違った。全身を覆う柔らかな毛は、太陽光で仄かに輝く白銀の毛並み。その毛並みの中で、尻尾の先から背を通り鼻までを碧い3本線が繋いでいる。太く立派な4本の足に生える、鋼鉄であろうが紙の如く切り裂くことが可能な碧い爪。右耳に光るリングを付け、その体からは弱者は決して近寄ることが出来ない、莫大なプレッシャーが漏れ出していた。
その白銀の碧い大狼の種族名は【白夜狼】。この世にたった一頭しか居らず、狼系の魔物の頂点に立つ神獣と呼ばれし魔物。他の魔物とは一線を越すその神獣は、一夜にして大国を氷の中に閉じ込めたという伝説もある、災害級の魔物である。
姿を見たら、諦めろ。来世に思いを馳せ、今世に別れを告げよ。
そんな全ての生物にとって恐怖の具現、死そのものである【白夜狼】は当然の如くプライドが高く、人につくなどアリエナイ。ならば何故霧裂はペットの如く【ハク】と言う名をつけ、共に暮らしているのか。
それは約10ヶ月前、ようやく自身の改造が終了し意気揚々と大狼と巨人に復讐する為外に出た霧裂の前に、血に濡れた大地で7m級の巨人をお食事中のハク、【白夜狼】に出会ったことから始まる。
『テメェーが狼共のボスだな? ここであったが運のつき、死ねっ!!』
雄たけびを上げ突っ込み、見事に返り討ち。うっぎゃぁぁあああああ! と泣きながら無様な敗走でギリギリその命を繋ぐが、あんなのがいっぱい外にいるんだ……と勘違いし心が折れそうになり、引きこもること2週間。宝部屋にある素材を惜しげもなく使い、最高の武器と《魔薬 Ⅹ》《禁薬 Ⅹ》を使い無理やり気分をハイにし、痛みを消して残り全ての薬シリーズを持ちリベンジしに再び塔を出る。
直ぐに【白夜狼】見つけた霧裂は、
『グロォオオオオオオァァアアアアアアアアアア!!』
『おらぁッ!!』
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』
『しゃらくせぇッ!!』
と、言葉の応酬を交わし激突した。
7日間にも及ぶ化物同士の戦闘は、大地を抉り、天を割り、天候さえも狂わせた。最後の一撃は大地と天に未だに癒えぬ傷を残し、決着が付いた。血の海にその2本の足で立っていたのは霧裂。どうやら戦闘中の記憶は一切無いようで、意識を取り戻した霧裂を身に覚えの無い激痛が襲い、一瞬でその意識を闇に沈めたが。
まぁそんなこんなで殺し合い、認め合った1人と1頭。霧裂が造ったイヤリング型動物の声変換機をハクと言う名と共に送り、一緒に暮らし始めたというわけだ。
ハクが肉を食い終わったのを確認し、霧裂は興奮が抑えられない様でピョンピョン飛び跳ねながら言う。
「食い終わった? 食い終わったな! じゃ行こう、直ぐ行こう!」
《ん? どこかへ行くのか?》
ハクの首下にある毛を引っ張りながら早く行くぜ! と急かしていた霧裂だが、ハクの心底不思議そうな声にピシリと音を立てて止まった。何言ってんのコイツと言う目でハクを見つめる。ハクは何故そんな目で見られているか全く見当が付かず、居心地悪そうに身を捩った。
「お前……忘れてんの? 今日が何の日か忘れてんの?」
《何がだ、今日は何かあったか?》
不思議そうにハクはくいっと首を傾げた。そのフリでもギャクでもなく、完全に忘れている様子のハクを見て霧裂はぶち切れた。
「ふざけんな、今日はこのボッチ生活に終止符を打ち、人の住む都市に行って金持ちハーレムルートの記念すべき第一歩を踏み出す日だろうがっ!!」
《む、忘れとった》
「忘れてんじゃねぇぞ犬ッコロがっ!!」
《なっ犬ッコロとはとは俺様の事を言っているのか!? 殺すぞ!》
切れた霧裂の犬ッコロ発言にハクはその体から、弱者や半端な者では浴びただけでその命を落とすであろう膨大な殺気を解き放つが、そんな事一切気にせず血涙を流しギリギリと巨人の一撃を受けても無事なはずのコートを歯で引きちぎっている霧裂を見て盛大にヒく。
《お、落ち着けオーマ。俺様が悪かった、さ、さぁ輝かしい未来に向かって今その一歩を踏み出そうではないか!》
「分かれば良いんだよ!」
ハクが結局折れ言った言葉にうむ、と頷き日が沈もうという頃、漸く彼らは道を踏み出した。
しっかりと復活した霧裂は塔の扉にこの一年で新たにつけた鍵を掛けた。この鍵は霧裂が造ったもので、ハクでさえ壊すことが出来ず、さらに鍵を掛けることで鍵を掛けたものを不可侵略の結界で包むことによって、塔や扉には触れることすら出来なくなるという優れ物だ。
「んん、それではハクよ、行こうではないか。いざハーレムを目指して!」
《俺様はお前と居ると楽しいから付いて行くだけで、面白くなかったら帰るぞ》
「わかってんよ」
目を爛々と輝かせながらも、作業の手は止めない。今しているのは地面に刺さっている魔道具の調整だ。この魔道具は霧裂が造ったものではない、元からあったものだ。能力は人と亜人以外の生物の侵入を防ぎ、姿を隠す結界だ。この結界のおかげで霧裂は一年前に命が助かったのだ。ちなみに本当はハクも結界に弾かれるのだが、霧裂が改造することにより今では霧裂とハク以外のものをすべて排除する結界となっている。
調整も終わり、最後に塔を見上げる。一見石造りの塔に見えるその正体は霧裂が全力で作り上げた魔道具、【無敵で鏡の絶対要塞】、全ての攻撃を反射する難攻不落の要塞だ。しかも中は偶然掘り当てた宝石などで飾り付けした最高級の癒しの空間である。ハッキリ言ってもう十分すぎるのでここで一生を過ごしても良いのだが、流石に一度くらいは良い感じの異世界気分を味わいたいと思い、出ることを決心したのだ。悪い感じの異世界気分はもうお腹いっぱいである。
「行くか、レッツゴー!」
《くくく、楽しみだ》
パンパンとコートを叩き、腰に2丁の拳銃を提げる。それをハクは見て不思議そうな顔をする。
《何だ、武器を収納しないで出したままにするつもりか? 珍しいな》
「ばーか、本来の戦い方したらソッコー化物認定されるだろうが」
《ふむ、なるほどな》
ハクは一応納得したのか頷き、霧裂と一緒に結界を出た。途端に塔の姿が霧裂やハクですら視認出来なくなる。結界が塔の姿を隠したのだ。まぁ見えないだけで知覚は出来るのだが。
見えなくなっていることを後ろを向いて確認していると、ハクをちょんちょんと霧裂を突っつく。
《どうやら第一歩目で壁が立ちふさがるらしいぞ》
「うにゃ?」
ひょいっと振り向き、ハクが見たものと同じものを見ておおぅと声を漏らした。10m級の巨人が居た。数は一体、右手に3本の木を蔦でまとめただけのお粗末な棍棒を持っている。ぼ~とした顔でつぶらな瞳を霧裂とハクに向けた。
ハクは巨人の接近に当然気付いていたのだが、霧裂は浮かれていたので全く気付かなかった。だからこそ驚きの声を上げたのだ。こんなのに気付かないなんて俺もダメだなと首を振るその姿には恐怖など微塵も感じさせず、余裕があふれ出していた。こんなのは壁でも何でもなく単なる石ころだと言外に言っていた。
《どうする? 俺様が殺ろうか?》
「まーまー待ちたまえワトソン君、ここは私のえ~と……こ、コンバットマグナムが火を噴く場面だよっ!」
腰にある二丁の拳銃を抜きながらかっこよく決めようとして名前を決めていないことに気付き、某大泥棒の拳銃の名ってこれで合ってたよな? とドギマギしながら言い放った。
二丁の拳銃を両手に持ち、銃口を巨人に向ける。顔の割りにやけに小さな目でそれを見つめ、
「ゴァアアアアアアアアアアア!!」
雄たけびを上げながら棍棒を振り上げた。
それでも霧裂は慌てず焦らず、引き金に指をかけ、狙いを定め指に力を込め引き金を引いた。
ドゴバッ! と銃に有らざる凄まじい轟音をたて2丁の銃口から2つの弾丸が飛び出した。銃口から放たれた弾丸は音の壁をブチ破り音速を超える。二つの『特殊な弾丸』は巨人が持った棍棒を振り下ろすよりも速く、巨人の体を通過し2つの大穴を開けた。
「ごぁぁああ?」
巨人は振り上げた棍棒に頭から潰されながら、大地にズシンと沈んだ。
「ふっ、これが俺の実力よ……」
ファサァと髪を掻き揚げながら、ハクに向けてドヤァと褒めて褒めてオーラを出す。が、残念ながらハクは一切興味が無いようで死んだのを確認してすたこらさっさと歩き出した。
「うぉおおい! 待てやこら、何か感想言えやあぁん!!」
《ふん、あの程度を倒すのに時間を掛けすぎだ》
「な、10秒経ってねーぞゴラァ!!」
《俺様なら1秒も掛けずにあの世行きだ》
「くそう、俺だってアイテムボックスに入れてあるメインウエポン使えばそれぐらい……」
異世界転生を果たし約1年、すでに創造神にすら忘れられた哀れな少年がようやくギャーギャーと騒ぎながら動き出した。当面の目標は人に会うことである。