-52- 正直に言おう、後付だッ!!
覚えてるかなー?
忘れてる人は16と17を見てね
現在進行形で行われている変態行為に一先ず唖然とした霧裂は、しかし背中に同じようなものを背負っているお陰か比較的速く回復した。
一度正気に戻ってしまえばこのまま見続けるというのも中々にきつい物がある。
取りあえず拳で二度扉を叩き、声を投げ掛けた。
「こんちは。随分と熱心な信者なんですね」
「おや、これはこれは。至らぬところを見られてしまいました、しかし私の女神に対する熱い気持ちを一目で見抜くとは……ご一緒にどうです?」
おっとこれは予想外の返しが来たぞ。
しかし残念な事に銅像とは言え女神の素足をペロペロする趣味はない。
霧裂は口元が引き攣るのを必死に我慢しながら、
「いえいえお構いなくー」
手を振り既に再起動を果たした瞬谷とともに回れ右をした。
阿吽の呼吸である。二人の意見は言葉を交わしていないにも拘らず、逃げの一択で決定していた。
速やかに退出を試みようとするが、そこへまさかの邪魔者登場。
「あっ、兄貴お帰り! 海行こうぜ海!」
「……? またどこかへ逝くの?」
「おやセレーネ殿に九埜様、兄貴とはもしや……?」
「そう! アタシの未来の夫だぜ」
「違うから!」
慌てて誤解を解くため振り返った霧裂の目の前に、先程まで変態行為に耽っていた変態が目をキラキラさせながら立っていた。
「そうですか! なんという運命のめぐり合わせ! 我々が出会うことは必然だったのでしょう! 女神に『選ばれた者』同士、協力し合いこの世界の女神を知らぬ哀れな子羊に女神の素晴らしさをお教えしようではありませんか!」
「女神って……、あの俺らを殺して騙した奴のこと?」
変態の目からハイライトが消えうせた。
「そのような言い方は良く有りませんよ、ええ良く有りませんとも。貴方は心を読めるのですか? 貴方は全てを理解しているのですか? 私たち下等生物があの完璧なる存在である女神様の全てを理解できるなど言語道断。彼女には私たちに理解できないような尊い考えがあるのです。それを理解もしないで……はっ! 騙すや殺すなど、どの口が――」
「そこまでにしてくれるかな【死教】様。我等亜人に対して偏見無く、アタシが転生者だという理由のみで支援してくれている貴方にはとても感謝している。でも――――その殺気を即刻収めろ、【ブチ殺すぞ】」
険悪な空気が立ち込める。狂気を感じさせる口調でぺラぺラと言葉を吐き出していた口はピタリと噤み、眼球の動きだけで九埜へと視線を動かす。何か陽炎のような揺らめきを身に纏う九埜は、今にもブチギレ寸前といった表情で【死教】を睨んでいた。
今の九埜の姿を霧裂は見たことがある。
前世で九埜の親友に告白された時だ。その時九埜たちはまだ小学生で、当然断ったのだが、その事を九埜に話したところやはり今回のような表情でふらりと家を出て行き、三時間ほどで帰ってくるという事が有った。ちなみに付け加えるなら、それから一ヶ月もしない内に九埜の親友はどこかへ引っ越していった。
まずい。直感的に霧裂は理解する。
「私は――」
「はいストップ! 【死教】さん? 悪かったよ、俺宗教とか良くわかんなくてさ。良ければ教えてくれないか? ほら、俺はなんとも思ってないから九埜も変な事すんなよ」
「……兄貴がそういうなら」
「おお、そうだったのですか。申し訳ない! それでは今から詳しく、女神の素晴らしさについて詳しく! お教えしましょう」
若干の不満を残しているようだが、一先ず剣呑な空気は霧散した。
ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべる【死教】は、霧裂たちを奥の部屋へと先導する。
疲れたように息を吐き出す霧裂の後ろに、今まで無言だった瞬谷が現れ、
「グッジョブです霧裂さん。霧裂さんにしてはナイスな場の納め方でしたよ」
「瞬谷、お前今までどこに居た?」
「逃げてました」
「テメェ……」
さも当然のように言い切る瞬谷に、コイツも段々遠慮なくなって来たななどと考えながら、諭すように言う。
「少しは自信持てって。お前のチートは対人戦に置いて最強に近いんだからよ」
「いやぁ、周りに人外が多すぎてとても自信なんて持てないんですよ。サリィにお世話になった時だって、ちょこっと調子に乗ってたら大怪我負っちゃったんですから」
「でもなぁ」
だが実際のところ、真正面から戦えば霧裂たちに勝てることは無いだろうが、不意打ちだまし討ちなど様々な手を使えば事実瞬谷のチートは最強に近い破格の性能といえるだろう。人相手なら十中八九勝利をもぎ取れるチートである。
ただやはり上記に記したようにあくまで対人において最強に近い能力であって、霧裂のような異常な耐久性を持つ人外の領域に全身ドップリ浸かっている者を別にして、だが。
「いやー、それにしても。なんか嫌な予感がしてきたなぁ」
霧裂は不意にポツリと呟く。それはやはり先程であった謎の転生者のことが関係しているのかもしれない。
ただ霧裂は漠然と、それだけで終わらないような、巨大な嵐の前触れを意識のどこかで感じていた。
一度始まれば止まらない。連鎖的に引き起こされる。
なにが始まるのかは霧裂には分からない。
ただ漠然と背筋を走る悪寒が無視できない大きさになっているのを感じるだけ。
瞬谷や九埜、他の転生者が感じている様子は無い。
霧裂だけが感じている。途方も無い悲劇の幕開けを。
それはそう、デジャブに良く似ている。
知らないという事は怖いことだ。
霧裂は知らない。自分達が転生した理由も、チートを与えられた理由も。
霧裂は少しだけ勘違いしている。自分のチートの本質を。
自分が造り出した物があまりに『魔道具』と呼ばれる物に酷似していたが為に。
霧裂王間が、自身最初の作品の『正体』に気付くのはもう少し後の話。
そして、自分達が転生した理由を知るのは、もっと後の話。
だがそれは、確実に訪れる。
時の流れには神でさえも逆らえないのだから。
立ち込める暗雲を感じてか、霧裂の頭上でキューが小さく戦慄いた。
動き出すのは明日と言う事で決定した。
九埜とセレーネが迎えを要請したのがつい先程の出来事。セレーネの話によるとここまで来るのに恐らく丸一日は掛かると言う。
丁度鎌咲たちも明日の正午辺りに到着するという事なので、特に霧裂は反対する事無く賛成を示した。
と、そうなったので。
九埜は諸手を挙げてはしゃぎ回る。その際跳ね回る胸を直視した瞬谷は思わず中腰になり掛けた。霧裂はなれたものでスルーである。
「やたーっ! 海だ海ぃ!」
「そうか、良かったな。行ってらっしゃい」
「え、兄貴行かないの?」
「うん兄貴行けないの」
大喜びも束の間、何故かハイライトの消えた真っ黒な目で問いかける九埜に、霧裂は残念そうに言い、
《そうだオーマは行かせない。さっさと造れ、俺様の魔道具》
「アイアイキャプテン」
首元を捕まれ毛布に包まっただけの美女に引き摺られて行った。
セレーネは静かに九埜の肩を叩き、
「……じゃ、海行こうか」
「あう、あうあうあうっ! で、でも、今行ったら兄貴がっ! 行かなかったら友情がっ! どうするアタシ!?」
親友に裏切られて以来、女は敵という認識を植え付けられた九埜は地球では友達は居なかった。
友情を取るべきか、恋を取るべきか悩みに悩んで出した結論は。
「……行こうかセレーネ」
「……ちょろいん」
「え、なに? 今なんて言ったの? ねぇ海にアタシだけ置いて先帰ったりとかしないよね? しないと言ってよセレーネぇ!」
何だかんだ言いながら結局付いていくのはやはりぼっちは嫌なのだろうか。
その様子を見ていた瞬谷は、疲れたように息を吐き出し、一眠りしようと寝室へ足を動かして、
「さてそれでは、神の素晴らしさについて話そうと思います」
「すんません勘弁してください」
逃げられなかった。
◆ ◆ ◆
王都。その一角。【海龍帝】討伐に沸き立つ王国だが、その華々しい雰囲気とは真逆の空気を纏った青年が一人。
首にジャラジャラと何十本ものアクセサリーを下げ、服装も胸元を大きく露出した軽薄そうな姿。
しかし所々に見える包帯はどこか痛々しそうで、青年の今にも自殺しそうな表情がそれに拍車をかけていた。
「おれっちの、おれっちの城がぁ……っ。消えちまった、壊れちまったよぅ」
四肢を地面に付き嘆く彼の前には、嘗て『何でも屋』などという適当極まりない看板を下げた店が一軒立っていた。
その店は消滅した。霧裂王間という名の男から少しだけぼったくったが為に。
今では見る影も無く、木の板へと変わり果てているが。しかも店内の商品は壊れたものも全て盗られてしまっている。
つまり彼は現在一文無しである。家も無い金もないおまけに友達も居ない。
青年の人生はこれから地獄へ向かって一直線に転がり落ちて――
「何やってるんでありんすか?」
「んー? おー、エッチェッツィオーネさんじゃないですかー。お元気ですか、ちなみにおれっちは死にそうでーす」
なんでもないように起き上がり、両手を顔の横で振りながらヘラヘラ笑う青年に、エッチェッツィオーネは呆れたように嘆息する。
「それで? 一体どうしてぬしの店が消えてるんでありんすか?」
「爆撃され散ったのさー」
「ば、爆撃?」
「そーう。全然強そうに見えなかったからさー、少しだけぼったくってやったのよー。そしたら次の日ドガン。死に掛けたねあれはー。まぁどっちかというとその後に待ってた生き地獄のほうがやばかったけどねー。おれっち知らなかったなぁ、寝れないのってめちゃくちゃきついんだね」
「はぁ、人は見かけによらぬもの。それはぬしが一番よくわかってると思ってんしたよ」
「うぇっへっへっへっへー、金欠だったんだよー」
悪びれもせず、後悔した様子もない。彼は恐らく再び金欠に陥ればどんな相手だろうとぼったくるだろう。
エッチェッツィオーネは諦めたように首を振る。
長い付き合いだが、青年のこの性格は直りそうもない。
しかし、青年が死に掛けたというのには少しばかり驚いた。
青年を半殺しにするとは、かなりの手練に吹っかけたのだろうと考え、さらに呆れる。
もはやエッチェッツィオーネの青年に対する好感度とかその他諸々はゼロどころかマイナスだ。
呆れも哀れみへと変わってしまう。
「それでー、今回おれっちを尋ねてきたってことはー?」
気付いているのかいないのか、適当に地面に腰掛、にやにやと口角を歪める。
「ええ、メンテナンスをお願できんすか?」
「おっけー。でもこんな状況だからぼったくるよー?」
「別に構いんせん。それより道具はあるのでありんしょうね?」
「とーぜん。仕事道具は別に保管してあるさー。おれっち凄くねー?」
「別に」
「ひどいなー。でもさー」
拗ねたように口を尖らせた青年は、
「もうメンテナンスー? 段々、速くなってきてるんじゃない?」
少しだけ、心配するような雰囲気を滲ませた言葉を吐き出す。
そこには僅かな躊躇があった。散々迷った挙句に言った言葉だということにエッチェッツィオーネは気付く。
「ふふ」
思わず笑ってしまった。
まさか彼に心配される日が来るとは思わなかったのだ。
なにぶん今ではヘラヘラヘラヘラ笑っている姿ばかり見ていたものだから、余計に。
「大丈夫でありんすよ。少なくとも、ぬしよりは長く生きるでありんしょう」
「ふーん、なら良いけどさー」
よっこいせと青年は立ち上がり、
「しかしホントに形崩れのしない完璧なおっぱいですねー。おれっちの初めてのオナネタは何を隠そうあなたで――」
「死になさい」
エッチェッツィオーネの右拳が唸りを上げる。
宿屋『旅人の故郷』の一室にて、頬の腫れ上がった青年が両手に特殊な器具を持ちエッチェッツィオーネの背後に立っていた。
エッチェッツィオーネは着物をはだけ魅惑的な背中を見せる。生唾物である。
「行きますよー?」
「ええ」
青年は片手に持ったメスに良く似た刃物を、エッチェッツィオーネの傷一つない真っ白な肌に、躊躇い無く突きつけた。
円を描くように動かし、的確に肌を切り取っていく。血は一滴も出ることはない。
美しい肌の下に見えるのは、真っ赤な血――――では当然無く、機械的な鋼色の精密機械。
一つ一つチェックしていき、不具合の出そうな物があったら取り出し、簡単な修理をして再び取り付ける。
エッチェッツィオーネは最古の魔道具。彼女と同じ部品は存在せず、彼女と同じ物を造ることは絶対に出来ないとされるブラックボックス。
そのエッチェッツィオーネを、しかし青年は的確にメンテナンスを続ける。
青年は所謂天才と呼ばれる分類の人種だ。
恐らく、異世界の歴史上類を見ない最高の魔道具職人。
青年はスラム街出身だった。父の顔も母の顔も知らない。
気付けばそこに居て、泥水を啜って生きていた。
そんな時出会ったのがエッチェッツィオーネだ。
エッチェッツィオーネは青年の才能を一目で見抜き、自分のメンテナンスをさせるために育てた。
打算があったことは確かだ。しかしそれでも青年はエッチェッツィオーネに感謝していた。
だからこそこうして国宝級の腕を持ちながら、いつでもエッチェッツィオーネをメンテナンスできるように、そしてエッチェッツィオーネを国と言う敵から護るために底辺の職人として生きている。
三時間ほどでメンテナンスは終了した。
青年は額の汗を拭う。一歩間違えればどうなるかなど考えたくも無い。
緊張で寿命が一、二年削れたのは間違いない。
「さて、金貨三枚、しっかり出してくださいねー?」
「三枚で良いんでありんすか?」
「三枚あれば一ヶ月は生活できるさー」
うぇっへっへっへ、と笑う青年の手に、エッチェッツィオーネは黙って王貨三枚を握らせた。
「っ、……」
驚きに目を見開き、文句を言おうと口を開けた青年だったが、途中で言葉が迷子になってしまったようで、代わりにこんな言葉が飛び出した。
「【魔王】が、復活したって聞いたけど、大丈夫なんですかー?」
「ええ、大丈夫でありんす。噂の【魔王】は昔の【魔王】とは別の存在でありんすよ。わっちにはわかりんすから」
「それなら、良いんですけどー……」
でもそれは、昔の【魔王】が復活すれば不味いって事じゃないのか?
今の【魔王】の目的が昔の【魔王】の復活だとしたら……。
青年は下唇を噛み、その不吉な想像を頭を振って掻き消す。
「さてそれでは、そろそろお暇しんすね」
「もう行くんですかー?」
「ええ、わっちにはやるべきことがありんすから」
着物を羽織り、身支度を整える。
青年は手に持った王貨へと視線を落とし、静かに、小さく、掠れた声で。
「気をつけて――――母さん」
エッチェッツィオーネは、本当に、彼女にしては珍しくぽかんと隙だらけの驚きの表情を浮かべ、
「ぷっ、母さん……っ! これってあれでありんすか、教師をお母さんと呼んでしまうあの黒歴史認定の奴でありんすか! アハハハハ、最高でありんす!」
「く……っ!」
腹を抱えて笑い転げるエッチェッツィオーネ。
青年は顔を真っ赤にさせて歯を食いしばり、大きな足音を立ててドアへ向かう。
そんな青年をエッチェッツィオーネは優しく背後から抱きしめ、
「ありがとうござんす、バカ息子」
「………………バカは余計なんですけどー」
窓からふわりと、そよ風が入り込む。
転瞬、青年の背後からエッチェッツィオーネの気配が完全に消え去った。
まるで風に攫われたように、一瞬で。
青年は暫し時間が止まったように俯きぴくりとも動かなかったが、不意に地面を蹴り、
「あーあ、こんなの、おれっちのキャラじゃないですねー」
めんどくさそうに頭を掻き毟りながら器具の片付けを始めた。
◆ ◆ ◆
王国や帝国がある大陸の南の奥地には樹海が広がっている。死の樹海と名高いSS級危険区域の一つである。当然入ってくる者は皆自殺志願者ばかり。しかしこの日、自殺志願者以外のある男が樹海の中へと足を踏み入れた。
男は紺色のローブを被っており顔も、体格も良く分からないが少なくとも二メートル近い体躯がありそうだ。隙間から見える眼光は鋭く、漏れ出す強者のオーラに猛獣は近寄ろうとしない。いや、近寄る獣も僅かだが存在する。しかしその獣らは、男に数メートルほど近づいた所で皆一様に苦しみ、まるで毒を飲まされたかのように死んでいく。
無音。草や土を踏みしめる音も、攻撃を仕掛ける音も、衣擦れの音もなく、男はある場所を目指し歩いて行く。
男の目的地、それは塔。十階建てのビルに相当する大きさの石造りの塔。
男は無遠慮に重厚な扉をノックし、同時に暴風が吹き荒れ、扉を吹き飛ばした。
「失礼」
口先だけの謝罪である事は明白、全く持って心が思っていない。
男は薄暗い質素な塔の中へと歩を進め、二階の中央で木の椅子に座り本を読みふけっている青年を見つけた。
「誰かな?」
青年の問いに対し、男は短く簡潔に返した。
「【天帝】」
「へぇ……何故ここが分かったなんていう無粋な質問はよそうかな? そう、今聞くべきなのは……何の用かな?」
「歪な物を発見。貴様に問いたい。あれはなんだ?」
「もう少し詳しく教えてくれないかな? あれとは、歪な物とは一体どのようなものなのかな?」
「不明」
「……見たんじゃないのかな?」
「目撃。しかし言葉で表すには些か難易度が高い。発見場所は東の果て」
「ふぅむ、これは少しばかり難解な問いかな……」
けれど。
青年は薄く笑い、
「君は運がいい、私は既にその答えを持っているかな」
「……」
「それは恐らく『扉』。しかし驚いた、君は一体何故それを私に聞こうと思ったのかな?」
「……貴様が居た痕跡を発見」
「成る程、これは一本取られたかな? 確かにアレを見て、あの場に他人の痕跡が残っていれば探そうともする。いやはやしかししかし、困った困った。これでは君をここから出す事が出来なくなってしまったかな」
青年の瞳が殺人の冷たい光を灯す。
【天帝】は無言で見つめ返し、
「俺は貴様にもう一つ問いたい。俺たちに付いて」
「成る程成る程、そこに疑問を持ったか」青年は一つそこで区切り、とても楽しそうに「さてはてどうするべきか、迷うかな? これだから人生は止められない」